目が覚めると時刻はもう正午を過ぎていた。
普段の俺なら睡眠など必要としない。けれども、霊力を使い果たしたあとだけは別だ。パタリと寝てしまいます。それに寝た方が霊力は直ぐに戻ってくれるし。
あの畜生のせいで眠りに就いたのは朝方だった。だからこんな遅い時間に起きてしまうのも仕方が無い。畜生には俺の布団を使わせたため、俺の寝床はなく廊下で寝たが体力は全快。便利なものだ。
さて、あの畜生はまだ寝ているのだろうか? どうせこれからは一緒に生活するのだから、畜生の部屋を用意しないといけない。まぁ、空き部屋がまだあるから大きな問題ではないが。
畜生の様子を確認するため、自分の部屋へ。
そして部屋の中には、すぅすぅと気持ち良さそうに眠る畜生の姿。よくもまぁ、そんなに寝られるものだ。そんな畜生が眠る俺の部屋の中には、何処か甘い香りが広がっていた。ルーミアの部屋も似たような香りだが、それとは少々違う。
めっちゃ良い匂いがする。
畜生を見る。
気持ち良さそうに寝ている。
……いや、流石に我慢できますよ? だって畜生に手を出す勇気なんてないのだから。そんな臆病者なんです。
今までの恨みも込めて、寝ている畜生へいたずらをしようと考えないでもなかったが、それもやめておいた。
何と言うか……どうにも畜生との距離感が上手く掴めないのだ。
他人の嫌悪に鈍感。
他人の好意に敏感。
そんな人生だったから、どうして良いのかがわからなかった。
結局、寝ている畜生に手を出すこともできず、そんな勇気もなく部屋を出ることにした。いつの日か、この畜生との関係を改めて考えさせられる日が来るだろうか。
ま、その時考えりゃ良いさ。
そして、できるだけ静かに扉を閉めようとした時だった。
「…………起きる」
畜生が目を覚ました。
むぅ、起こしてしまったか。
両手でゴシゴシと目をこすり、大きな欠伸を一つ。トロンとした瞳はどう見てもまだ眠そうだった。どうやら寝起きは良い方でないらしい。
「……おはよう青」
「ああ、おはよう。別に眠いならまだ寝ていても良いんだぞ?」
その間、俺はルーミアときゃっきゃうふふしているから寝ててくれ。たぶんルーミアも起きているだろうし。
「……ううん、青が起きてるから私も起きる」
ああ、そうですか。
まぁ、別に問題はないけどさ。ただ、起きていきなり殺し合いとかは勘弁して欲しい。こっちの身が持たない。
「んじゃ、ルーミアのとこ行くか。たぶん飯になるだろうし」
「……うん、わかった」
まだ猪肉も魚も残っていたはずだし、食料は大丈夫。
ああでも、そう言えばコイツって何を食べるんだろうな? まぁ、確か熊って雑食なはずだし、なんでも食うか。
まだ寝ぼけているのか、足元が覚束無い畜生の手を引いてやりルーミアが居るだろう居間へ。どうやら畜生は本当に寝起きはダメらしい。寝ていても良かったんだがなぁ。
畜生と二人で居間へ行くと、ルーミアがお茶を啜っていた。あら? もしかしてもう飯は食べ終わったのか?
「よ、おはようルーミア」
「ん、おはよう」
「……おはよう、るーみあ」
おはようなんて言う時間でもないが、挨拶ってのは大切だ。たった一言を出すだけでその日一日頑張ろうと思えるのだから。
うむ、やはりルーミアは今日も可愛い。
「お風呂入りたい」
「うん? ああ、わかった。沸かしておくよ」
そう言えば、昨晩は風呂に入らず寝ていた。別に俺はルーミアの汗の匂いだって嫌いではないから気にしないが、ルーミアは気にするらしい。だって女の子だもんな。
「……おふろ?」
未だ寝ぼけ眼。そんななんとも情けない表情で畜生が聞いてきた。
「ようは水浴びだよ。お前もする?」
「……じゃあする」
ルーミアと一緒に風呂へ入る日がいつ来ても良いように、風呂場はかなり大きく作った。そのせいで俺しか風呂を沸かすことはできないが、ルーミアも気に入ってはいるらしい。俺がいない時でもルーミアが風呂に入ることができるよう、小さいのも作ってあるがそっちはほとんど機能していない。大きい風呂が良いんだってさ。
「了解、それなら沸かしてくるからちょっと待ってろ」
我が家自慢の大浴場。
しかし困ったことに、ルーミアと一緒に入れたことはない。今度、覗き穴でも開けておこうかな。それくらいは許してもらえるんじゃないかって思うんだ。
風呂の中へ水を入れ、適当な温度まで温める。ルーミアは少し微温いくらいが好きだが、畜生はどうなんだろうか? まぁ、風呂へ入ったことがあるのかも怪しいか。
風呂の準備を終えてから居間へ戻ると、くたりとうつ伏せになった畜生の背中にルーミアが乗っていた。何やってんの?
てか、俺も混ぜて欲しい。ルーミアの上でも下でも構わないから。
「えと、風呂できたよ」
「ん、ありがと。ほら、起きて行くよ」
そう言ってルーミアは畜生をペシペシと叩いた。俺を叩く時もあれくらい優しければ良いのに。
どうやら、畜生の奴は寝ていたらしい。んで、ルーミアは何やってんの?
「……いく」
のそのそと起き上がる畜生。その顔はやはりまだ眠そうだった。風呂へ入れば多少はスッキリするだろう。ゆっくりしてきなさいな。
そんな畜生の手を取り歩き出すルーミア。おお、なんだか姉妹みたいじゃないか。それなら俺は兄役をやろう。お兄ちゃんと呼んでくれ。
ルーミアに手を取られ、風呂場の方へ歩いていた畜生だったが突然止まり、此方を振り向いた。どうしたんだ?
「……青は行かないの?」
行 っ て も 良 い ん で す か ?
ああ、これは仕方無いな。誘われてしまったんだ。これはもう行くしかないだろう。うん、仕方無い。仕方無いんだ。
途中で乱入してやろうと考えていないでもなかったが、これでその必要はなくなった。だって俺にはもうあの楽園に入る許可が下りたのだから。
よーし、じゃあ今日は皆で背中を洗いっこしようか!
ルーミアにぶん殴られた。
覗き穴の一刻も早い開通が望まれる。
――――――――
俺は何の曇りもなくただ純粋に願っただけなんだ。
それはショーケース越しにクラリネットを見つめる少年のそれと何ら変わりはない。一途に、真っ直ぐにただただ願った。
ルーミアの裸が見たいと。
しかし世の中は残酷だ。この純粋な思いは叶うことなく、ただただ風化していくのだから。
人の夢は桜だ。儚く、だからこそに美しい。けれども、夢の花が開くことは難しい。俺の夢の季節は何時まで経っても冬のまま。それじゃあ熊だって起きてはくれやしない。
難しいものだ。
「お風呂空いたよ」
ぶん殴られた頬も痛むがそれ以上に心が痛い。
もしかしたらと思っていたんだがなぁ……良いなぁ、俺も皆と一緒にお風呂へ入りたかった。例え此処がアニメの世界で、不思議な光や煙が邪魔で見えなかったとしても、入りたかった。たまには俺だってきゃっきゃうふふしたいんだ。
ブルーレイの販売はまだだろうか。言い値で買います。
「了解。あの畜生は?」
「お風呂ではしゃぎすぎて逆上せた。だから今は休んでる」
……何やってんだアイツは。体だってそんなに柔な作りをしていないだろうに。
俺の思っていた畜生の印象は崩壊し続けている。
「冷たいお茶飲みたいから、冷やして」
そう言ってルーミアが湯呑を差し出してきた。
最近、暑いもんな。そりゃあ冷たいものだって飲みたくなる。はぁ、面倒だが畜生にも渡してやるか。
それくらいしたって、罰は当たらないだろう。
その後はルーミアとお喋りをしたり、畜生とルーミアがじゃれているの眺めたりしながら過ごした。どうやら、畜生とルーミアの仲は良いらしい。俺も一緒にじゃれようとしたが、ルーミアに容赦なく殴られた。
俺のルーミアが畜生に取られてしまったような気がして、無性に悲しくなった。
夕餉の時間となり、魚と猪肉を適当に焼いて食べる。
俺は食事を必要としないが、ルーミア一人だけで食べるのも可哀想なため、一緒に食べることは多い。皆で食べる方が美味しいもんな。
それで、畜生はどうするのか聞くと
「……あとで食べるから大丈夫」
なんて言って、食事を取らなかった。
その時はその言葉の意味がわからなかったが……まぁ、考えればわかることだよなぁ。だなんて他人事のように思った。
そして、夜。
ルーミアは既に寝てしまっている。だから俺は何時ものように能力の練習をしようと思ったんだが……
「えと、お前は寝ないの?」
「……夜は私の時間」
そうですか。
たぶん、昼間寝すぎただけだと思うが。
畜生と二人きりです。はっきり言って恐怖しか感じない。
「そう言えばさ、あとで食べるって言ってたけど、何を食べるの?」
水を創造し、かっこいい龍の氷像となるよう上手く凍らせる練習をしながら畜生に聞く。俺の“たかし”と“けんた”をかっこよくしてあげるのだ。
そうやって能力の練習をしながら俺が尋ねると、畜生はちょこんと俺の方を指差した。
……うん? どう言う意味だ?
「……いただきます」
あ~…………なるほど、そう言う意味か。
や~ん、そんな俺を食べるだなんて恥ずかしいじゃないか。
「……大丈夫。残さず美味しく食べるから」
シャレにならん。
好きだから食べるって最高の愛情表現ですよね
と、言うことで第14話でした
春雪異変のはの字もありませんが、そろそろ進めます
クマさんやルーミアさんも書くことができ私は満足です
次話は……考えていませんが、霊夢さんとか書きたいものです
では、次話でお会いしましょう