【主人公】戦場起動【喋らない】   作:アルファるふぁ/保利滝良

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【進軍】

 

のそのそと、ぐしゃぐしゃと、見果てぬ雪原を踏む者達があった 列を並べ、多種多様な武器を揃え、ひたすらに進んでいた その顔は、寒さと疲れとで強張っている

歩兵、装甲車、トラック、戦車、ヘリ、ホバークラフト、スキーバイクもあればスノーモービルもある 戦闘機を載せた大きな貨物車の隣には、十メートルを超す鉄の巨人もあった

皆が一様に、真っ直ぐ進んでいた

彼らはユーロユニオンの部隊 居場所を追い出され、ただ歩く軍

ロシアとの勢力圏の境の要塞に、スパイが紛れ込んでいた スパイは要塞の主要施設に爆破工作を仕掛けた 結果、要塞は使い物にならなくなり、中にいた部隊は要塞を捨てねばならなかった

要塞の外側で戦闘が起こっていたため、対応が後手に回ったのも、この惨劇の一助となった

外側からの攻撃と、内側からの工作 急拵えのハリボテ同然の要塞には、あまりにも大きなダメージだった

進退極まった要塞部隊に下されたのは、進軍 このままロシアの領地を別動隊と並行して攻略するというものだ

要塞部隊は有るものをかき集め、要塞を発った そして、今に至る

補給もロクにない、文字通りの強行軍である 全ての将兵に、余裕は無かった

 

 

 

 

人型機動兵器のコクピットの中で、ヘルメットを装着した男が独り

乗機の頭部カメラからの映像が、目の前のメインモニターいっぱいに映っている コクピットシートの周辺にはレバーやらボタンやらスティックやら パイロットの彼はその機器の全てを把握していた

「隊長、ロシアの野営陣地まで残り百キロメートルを切りました」

通信機のスピーカーから女の声が聞こえる 部下の声だ ドラグ小隊の仲間の声

シェリーが、ドラグ6に通信してきている 今ごろ、すぐ後ろを歩くスターライトの中で、寒さに震えているだろう

「レーダーなり見りゃ、わかるだろ」

スピーカーから別の声が響いてきた 部下の声だ これは男の声

「隊長が確認してないハズはないよ」

「エリック、少しは察してよ」

「・・・そりゃ、かれこれ二日はこんな調子だけどさ」

シェリーは、もしかしたら残りの距離から何かしらのトークに繋げるつもりだったのだろう しかし、エリックはイライラしていたためにそれを遮ってしまった そのイライラを紛らわすための一言を、不粋に潰してしまった

長い行軍で、ドラグ小隊の誰もが鬱屈とした気分であった 否、ドラグ小隊だけではないだろう 今ここにいるユーロユニオンの部隊全てが、かなりのストレスを抱えて歩みを進めている

変わり映えしないロシアの長たらしい雪景色は、ずっと見ていて楽しいものではない

「あと、百キロメートル・・・たったの・・・」

「・・・一日くらいかな」

今回の作戦は、オビ川を挟んだ所にある敵野営陣地の攻撃である 長い進軍でヘトヘトになった要塞からの部隊は囮で、空挺強襲師団が一気にダメージを与える寸法だ

彼らの役目は敵の目を向けさせる陽動である 誘蛾灯とも言える

もっと言えば捨てゴマであることも考えられる

そんな戦場まで、あと一日 砲撃やらの射程距離も鑑みれば、それより少し早いくらい

「私達、次もいけるかな」

ポツリと、シェリーが呟く

「・・・多分、生き残れるよ」

エリックがそれに答えた

「今までみたいに、一生懸命頑張れば」

「・・・うん」

そのやり取りを最後に、二人はすっかり黙ってしまった 二人ともこんな退屈な行軍に飽き飽きしているだろうに、戦闘が近いからと口をつぐんだ

ドラグ6の通信機から部下の声が聞こえなくなった頃、ディスプレイの中で一人の歩兵が顔から雪に突っ込んだ

 

 

 

 

ドラグ小隊の真後ろ 車体の上にレーダー機器を載せた装甲車が、雪を掻き分けてゆっくりと走る

中にいるのは、運転手とレーダー官と黒髪の女 その女性は、ドラグ小隊指揮官のサクラ大尉である

彼女は助手席で額に皺を寄せていた 車体後部は丸ごとレーダーシステムの管理・確認のための部屋となっていて、レーダー官の士官が籠っている

だがサクラには、周囲の状況をレーダーで確認しているレーダー官も、ドイツ人っぽい顔立ちの運転手も眼中にない

彼女の興味は別のところにある

「ふむ・・・これか」

ノートとボールペンを取り出すサクラ 何かのマニュアルを下敷き代わりに、何事かを書き込んでいく 運転手の腕が良かったためか、車が揺れることなく字は上手く書けた

「こんなところか」

サクラが書き出したのは、楔作戦以降の、自分の周りの戦況の不審な点だ

彼女には、陰謀論だとかパラノイアの趣味は無かったが、それでも何故だかこの戦争には『妙なところ』が多すぎた

 

「・・・楔作戦においての敵の反撃の緩さ、前線基地防衛戦においての敵のやる気のなさ、要塞防衛戦の時のスパイ」

視点をミクロからマクロに変えれば、他にも色々と見付かってきた

「開戦の理由、普段は仲の悪いユーロユニオン各国の態度、険悪なハズなのにあっさり同盟を組んだ米露、やけに苦戦するロシア、拍子抜けに奪還が済んだブルターニュ半島・・・核を使わない戦争参加国」

 

奇妙な点は、もう少し考えてみれば、まだまだゴロゴロと出てくるであろう それほどに、この戦争は妙だ

自国だけならともかく、敵も味方もやけに動きがおかしい 一点や二点ならまだ『作戦の練り方が甘い』とも思える しかし、こうもおかしい点が散見されると、流石に疑問が生まれる

「なんだ・・・これは・・・」

無茶苦茶だとは思えない 要素さえ揃えば、この不思議な点は充分起こりうる事象だ

しかしそれが幾度も続けば、大きな疑念に変わる

「この戦争は、どういうことなんだ?」

ボールペンを握りながら、サクラはノートを睨んだ

何か、世界の間違い探しをしている気分だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジョン・ジャックマン アメリカ陸軍中尉

彼は今、自分のHAMMASに乗っている 各機器をチェック、武器の残弾を確認 異常無し

作戦開始に問題なし

「隊ちょ・・・失礼しました、ジョン中尉」

「グレンか 別動隊の様子はどうだ」

「異常ありません いつでも作戦開始できます」

通信機から聞きなれた部下の声 ナイト小隊の生き残りの一人、ボブ・グレンの声だ

もっとも、ナイト小隊はとっくに解体された グレンとジョンは別々の部隊に最配属された

こうして通信で話ができているのは、行き先が同じロシアだからだ 部隊は別々になったが、ナイト小隊の志は共にある

「共同してるロシアの部隊の方は?」

「目立った異変は無いようです 我が軍が譲渡したディフェンダーも上手く使えています」

「よし」

ジョンは頷いた 問題や異常は無いに越したことはない

普通ではあり得ない米露共同の作戦だ 成功してもらわないと困る

「・・・なあ、グレン」

「はい?」

だが、少しの疑問もないと言えば、嘘になる

「・・・いや、なんでもない すまなかったな」

「いえ、とんでもないです それではこれで」

「あぁ、通信終了」

そうは言ったものの、ジョンの頭の中では疑念が鎌首をもたげていた

主に、この戦争についての疑念が

開戦の理由、普段は仲の悪いユーロユニオン各国の態度、険悪なハズなのにここまで綿密な同盟を組んだ米露、やけに苦戦するロシア、拍子抜けに奪還が済んだブルターニュ半島、核を使わない戦争参加国

疑い出せばキリがない

そして、そうすると、目の前の戦場がおかしいものに見えてくる

目前いっぱいに広がる、雪原が、異常なものへと姿を変える

「隊長」

アリス・ファースト少尉に急かされる

そうだ、今はそんなことを考えている場合ではない

敵は残り一日足らずで攻勢をかけてくる さらに、空挺降下部隊による奇襲もしてくるらしい

「あぁ、了解した 準備を急ごう」

だが、件のその敵の情報は、どこから来たものなのだろう

未だ消えぬ疑問を燻らせたまま、ジョンは機体を動かした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、最後の一日が過ぎた

「全部隊、突撃ーッ!」

ヘトヘトになりながらも突き進んだ数多もの兵士や兵器が、全速で敵へ襲いかかる 戦闘が始まった

オビ川強行軍作戦

その中に、ドラグ小隊もあった

 

 





人間の歩く早さは、大体時速四キロ程度だそうです
エリックが出した「残り一日」ですが、正確には百割る四で二十五時間となります

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