比企谷八幡のSAO録 作:狂笑
「おおっ!」
俺の視界を包んでいた暗闇が晴れると、そこには中世ヨーロッパを連想させる街並みが広がっていた。
滅入っていた気分が吹っ飛んでいくのが感じられる。
巨大浮遊城《アインクラッド》第一層南端に存在するスタート地点、《はじまりの街》。
元βテスターである俺にとっては懐かしい場所であると同時に、当時の俺の“逃げ”の象徴である。
あの頃は、奉仕部の問題を抱えていた。
そして今は、角宮の問題が発生しようとしている。
この問題から逃げることは恐らく不可能。このことだけは逃げるつもりはさらさらないのだが。
かつて“逃げ”の象徴だったSAOで、一旦“逃げ”を休む。
そう言う意味を込めて、名前と使用武器(スキル)をβ時代と同じの設定にする。
プレイヤーネーム《Hachiman》 使用武器 曲刀
さてと、初期設定も済ませたことだし、武器買ってから、フィールドに出るか。
《はじまりの街》の西側に広がるフィールドに足を踏み入れた瞬間、少し離れたところに懐かしい存在を見つけた。
野生のより少し大きめの青色のイノシシ、《フレンジーボア》
β時代はよくコイツを狩りまくったものだ。そして愛着が湧いてきたまである。
確か初めて狩ったときは……
「ブ~ヒ~ブヒィッ」
俺が思い出(?)に浸っている間にフレンジーボアはこちらに気付いたらしく、こちらに突進してくる。
その姿はまさしく獲物に狙いを定めた獣。
その姿を確認した時、俺は既に剣を抜いていた。
β時代に体に染み込ませたソードスキルの一連のモーション。
突進してくるフレンジーボア
駆け出した俺。
お互いの影が交錯するその瞬間に首を狙って俺はソードスキルを発動する。
剣がヤツの肉体に食い込む感触を味わいながら駆け抜ける。
ぷぎー、という断末魔が聞こえる。
後ろを振り返ると、ヤツの巨体がガラスのように砕け散った。
それと同時に、俺の目の前に紫色のフォントで加算経験値の数字が浮かび上がる。
ふぅ。
如何やら、まだ腕は落ちていないようだ。
あれからひたすらにフレンジーボアを狩り続け、子供はカラスと一緒に帰宅しなければいけない時間をとうに過ぎてしまった。
現在の時間は五時二十七分。少々熱中し過ぎてしまった。
もうログアウトするべきだろう。
そう思ってログアウトボタンを探すのだが――
「ログアウトボタンが無い!?」
――そう、ボタンが見つからないのだ。
ログアウトが出来ない。これは非常に危険かつ重大なバグだ。
何故なら、この世界から脱出不可能になる可能性がある。
家族などと同居している人なら外部から強制的に外してもらえばいいが、一人暮らしの人はそうもいかないだろう。
それ以前に、ナーヴギアは延髄や脳に作用している。そのような強硬策に出た場合、どのような影響が発生するのかはまだよく分かっていないはずだ。
だが、SAOの開発者であるあの大天才、茅場明彦がこんなバグを見逃すはずがない。
だか、そこで俺の考えは途切れた。
「んな……っ」
身体が鮮やかなブルーの光に包まれ、俺の視界を奪ったのだ。
恐らくこれは《転移(テレポート)》。しかも運営側の強制移動だ。
しかし何故いきなり?
青の輝きが薄れると同時に、俺の視界は回復した。
転移した場所は――はじまりの街の中央広場だった。
最低でも、一月終わりまでには次を出します。