比企谷八幡のSAO録 作:狂笑
あと八幡がハイスッペクなら、八幡のお祖父さんがハイスペックでも問題ないよね。
『待って、ハチくん、速いよぅ』
『遅いぞ、○○○』
栗色の髪の小さな女の子が、アホ毛の生えた小さな男の子を追っていた。
この二人はとても仲が良さそうで、よく遊んでいるようだった。
そして近くには灰色の長いあごひげをもった、厳しそうな、でもどこか優しそうな顔をしたお爺さんが二人を見つめていた――
夢か。
なんかとても懐かしい夢を見た気がする。
アレはまだ俺が小さい頃の思い出だ。
もう相手の名前は忘れてしまったけど、祖父ちゃんの家に行くたび、よく遊んだのは覚えている。
確か、小町と同い年だったハズだ。
俺が小六のころまでは夏に一か月ほど祖父ちゃんの家に小町と共に泊りに行っていたからな。それ以外にも、祖父ちゃんの家が東京にあったせいかよく訪れたものだ。
祖父ちゃんも仕事で忙しいのによく俺等の相手をしてくれた。
確か、最後に行ったのは中二の春休み。それ以来、あの子には会っていない。
確証はないが、あの頃が一番楽しかったかもしれない。
今度祖父ちゃんの家にでも行って、ついでにソイツの顔でも拝んでくるか。……小町同伴で。
朝食と月曜日の予習、今週の復讐、でなくて復習を終わらし、ふと時間を確認する。
10時55分。
早めの昼飯でも食べて13時に備えるか。
そう思ってキッチンに向う。
……カップ麺でいいか。
カップ麺を食っていると、珍しく親父が話しかけてきた。
「八幡、来週の日曜日空けとけ。東京のお祖父ちゃんの家に行くことになったから」
「はっ?」
オイオイいきなり突然だな。しかも今度行こうかと思っていた矢先に。タイミング良すぎだろ。
でも何でだ?
「別にいいけど……何で?」
すると親父はバツの悪い顔になって言った。
「ああ、そのことなんだが……親父――お祖父ちゃんと俺の後継者問題、昔話したことがあったよな」
「ああ」
親父の父親、つまり祖父ちゃんの名前は角宮鉄三。東京・多摩地区の町工場の経営者の家に生まれた。
二十四歳で家業を継ぎ、一時は倒産の危機に陥りながらも、僅か十年足らずで日本有数の大企業に育て上げた男だ。
昔は角宮工業だったが、今は色々な方面に進出し、角宮HDグループとなった。
一方親父は長男なのに家業を継ぐのを嫌がり、千葉大学に進学。その後千葉の企業に就職し、結婚の時に母ちゃんの家、つまり比企谷家に婿入りしたのだ。
そのため角宮家の後継者は次男のほう……叔父の角宮輝弥だったのだが、東北、釜石の子会社に出張中、震災に巻き込まれたらしく、今も行方不明だ。
しかも叔父さんは
「仕事は嫁だ!」
と発言するほどのワーカホリックだったようで、未婚だったのだ。
祖父ちゃんももう七十代後半、そろそろ後継者を決めたいらしく、親父を後継者にしようとして親父が反発、というサイクルがここ数年続いている。
普通に社内から決める選択肢はないのかな。
「取りあえず、後継者問題は八幡を候補にすることで一応決着がついた」
「は?」
はああああああああ!?
な、なんでええええ!?
「え、なんで俺なの?」
まあ、当たり前の反応だよな、という顔しながら親父は説明した。
「如何やら親父――お祖父ちゃんは、自分の直系に会社を継がせたいらしい。もう角宮は中小企業じゃないのにさ」
直系……だから俺なのか。勘弁してくれ。俺には専業主夫という夢が……でも社畜よりマシか?いやでも管理職のほうが勤務時間長かったりするんだよな。前親父が
『課長って大変だな。責任の関係上、部下が全員帰れないと自分が帰れないし、部下が休日出勤しようものなら自分も出なきゃいけないからな』
って愚痴零していた気がする。
「どのみちお祖父ちゃんはお前を角宮に就職させるつもりのようだけどな」
大学決まる前に就職先確定かよ。普通逆じゃね?
「そのため、お前にいくつか聞きたいことがある。まず一つ目、大学、志望校決まっているか?」
「いや、私立文系としか決まっていない」
「そうか。なら、経済学部とか経営学部の方向で頼む。そのためにも――」
親父が一旦言葉を切る。そのせいか、とてつもなく嫌な予感がする。
「数学、どうにかしような。俺が叩き込むから」
オワタ。逃げられなくなってしまった。
くそ、高三からは逃げられると思っていたのに。
「次二つ目。お前、好きな人、いる?」
オイ親父。あまり息子のプライベートなところ突っ込むな。黒歴史ばかり思い出しちまうじゃないか。具体的には携帯ゲーム機で恋愛シュミレーションゲームして、ヒロイン相手に愛の言葉囁いていたら母ちゃんに
「好きな子、できたの?」
と聞かれたこととか。
「別にいねーよ」
そもそもこんなこと聞いて何になる。
「なら丁度いい。あのジジイ、婚約者用意するつもりっぽいし。ついでに120歳まで生きて曾孫、玄孫の顔まで見るつもりのようだし」
「婚約者って、流石にそれはちょっと……」
俺だって鈍感ではない。
俺に向けられている好意にある程度は気付いている。
ただ気付いていないふりをしているだけ。
それに、政略結婚のような愛のない結婚は、偽物のようでおれには到底受け付けられない。
だが親父は、笑ってそれを一蹴する。
「大丈夫だ、問題ない。親父の口振りから察するに、相手はお前も知っている相手だ。恐らく、お前が親父の家に行った時よく遊んでいた女の子だと思うぞ」
「いやだからって――」
愛が育まれるとは限らない、
そう言おうとしたが
「あとは今度お祖父ちゃんに直談版してくれ」
言うことを許されなかった。
ベッドの上でナーヴギアを装着して、13時を待つ。
奉仕部の問題を解決して、スッキリした気分で迎えたかったな。
βテストの時は現実逃避に使わせてもらったが、今度はそれをしたくなかった。
どうすりゃいいかな……
若干気が滅入りつつも、気を取り直して時計を見る。
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「リンク・スタート」
SAOがデスゲームになること。思わぬ出会いがあること。
この時は、知る由もなかった。
八幡が昔遊んでいた相手、誰だと思います?