比企谷八幡のSAO録   作:狂笑

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鈍色が光る剣尖が、俺の肩を浅く抉った。

視界左上に固定表示されている細い横線が、わずかにその幅を縮める。同時に、胸の奥をひやりと冷たい手が撫でる。

横線――HPバーの名で呼ばれる青いそれは、俺の生命の残量を可視化したものだ。

まだ最大値の九割近くが残っているが、言い換えればだいたい一割ほど、死の淵に近づいている、ということだ。

敵の剣が再度の攻撃モーションに入るより早く、俺は大きくバックダッシュし、距離を取った。

敵のモンスター――レベル82のモンスター《リザードマンロード》は、細長い顎に並んだ牙を剥き出し、ふるる、と笑っていた。

その時俺はもう、動いていた。

刀の上位ソードスキルを放つ。

それは見事に急所にクリティカルヒットし、HPを根こそぎ奪い尽くす。

リザードマンロードの緑色の巨躯が、ガラス塊を割り砕くような大音響とともに、微細なポリゴンの欠片となって爆散した。

これがこの世界における《死》

この世界ではモンスターもプレイヤーもHPがなくなれば平等に死を迎える。

死は種族や身分の関係なく平等であると聞いたことがあるがまさにその通りだ。

と言ってもモンスターはただのデータでしかないが。

 

迷宮区に潜って早八時間、こめかみの奥とか痛くなってきたしそろそろ帰るか。

帰りた~い、帰りた~い、あったかハイムが待っている~、なんてな。

だが、時期的に物理的にあったかいはわからんが、心情的にあったかいのは確かだ。

――大切な人が待っているから――

 

大切な人

それはこの世界で確かにできた。結果的にはデスゲームになったこの世界で評価できるものの一つだ。

だがそれと同時に、おれは現実世界に大切な人たちを置いてきてしまい、かつ常に心配させているだろう。

だからと言って、俺は攻略を止める気はない。

かつては、一刻も早く生還するため。

今はそれ以外に、大切な人たちが死なないよう、お互いがお互いを守る、またはフォローするため。

昔の俺から見たら、らしくないことをしているんだろうな、と自分自身でも思う。

だが、これも成長の一つなのだろう。

だから俺は、たとえVRMMO――仮想大規模オンラインゲーム――に骨の髄まで取りつかれた中毒者と見られても、不遜にも己の剣で世界を解放しようと考えている大馬鹿野郎と見られても構わない。

何故なら、あの時戦うこと、そして生き抜くことを決めたおれは決して間違ってなどいなかったと断言できるからだ。

ただ、帰った後の懸念事項が少しあるだけで。

 

俺は74層の迷宮区を後にしつつ、ふとあの日のことを思い出した。

二年前。

全てが終わり、そして始まった、あの瞬間を。

そして、

奉仕部の空中分解を停止させたあの日からの出来事を――

 


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