「真姫、長靴はいたか? その足に泥水かかったら俺が俺を許せないんだ」
「ねぇ真士、デートなのにそんなに殺伐とした雰囲気丸出しの顔をしないでちょうだい。これじゃあデートじゃなくて、何かのテレビの企画を体験しているみたいだわ」
「そういいながらも梅雨前に買った長靴はいてくれる真姫マジ愛してる。出る前にキスしよう」
「もう! そうやってことあるごとにキスを強請るのはやめてって言ってるじゃない!」
「昼飯も食ったし歯磨きもしたし……だめか?」
「……もう、それを持ち出してくるのは卑怯よ」
「……じゃあ、いいかな?」
「……約束だもの。いいわよ」
「イッヒッヒ、さすが真姫は話がわかるなぁ! 愛してるよ」
予報通り雨が上がりいい感じに雲間も晴れはじめた午後。
予定通りにデートへ行くことができるこの喜びをぜひ真姫と分かち合いたいと思い、約束通り歯磨きまでのいつもの流れを済ませていつも通りキスを強請る。
当然許してくれるので気持ちは止まらず真姫にキスをする。
ああ、やっぱりそんな彼女に愛されるなんて俺は幸せものだ。
実は一つ真姫とのキスに関して気を付けなければならないことがある。
あまり性的興奮を誘発するようなキスをしてしまうと、真姫のスイッチが入ってしまい、当然それによってこっちもそういう気分が誘発されるために、結局家に戻って夜まで一つになりかねない。
今日すべきことはデートなので唇が触れる程度のキスで済ませる。
正直キスすること自体について過去裕也たちに指摘されたりはしたが、今更過ぎてキスする事実だけでは性的興奮を煽られることはない。
でもやっぱり真姫とキスすることは俺にとっての三大幸福の一つなので大事だと思っている。
話がそれたが無事誰に邪魔されることもなくキスを終えられた俺たちは手を繋いで街へ出ることにする。
頬が赤い真姫は歩いてすぐ、俺の腕にすり寄ってそのまま腕をホールドする。これは「私がリードする」 というサインで、この状態では真姫の気が済むまで真姫の好きなように回らせなければならない。
まぁ真姫のしたいことは俺の望むことだし全然問題ない。寧ろもっとわがままになってほしい。
真姫に体を預けるように歩いてたどり着いた先は最近できたらしいたい焼き屋の屋台。
ザックに聞いたことがあるが、ここは風変わりなものを売っていることで有名になっているらしい。
つまりたい焼き屋なのにたこ焼きとかげそ焼きが出てくるのだろうか。
だったらもうそれで売ればいいじゃねぇかと思ってしまうのは悪いことだろうか?
そんなことをぼんやりと考えていたら真姫がいつの間にか俺の腕を離し屋台まで移動していて、屋台の店主らしきおじちゃんからふたつのたい焼きを受け取っていた。
戻ってきた真姫が俺の顔を見て盛大にあきれながら片方のたい焼きを渡してくる。
「やっと戻ってきたわね。さっきから何を聞いても生返事だったんだから。ほら、あなたの分、買っといたわよ。あっちで食べましょ」
「ああ……ごめん。また考えに浸ってたのか。詫びに後で何かおごるよ。……てかこれ見た目普通のたい焼きだな、あそこは風変わりが売りだったはずじゃあなかったか?」
「ほんと、あなたって周りが見えなくなり過ぎよ。あのね、なんでそれを知ってるかは大体わかるから聴かないけど、風変わりではあってもあそこはたい焼き屋よ? たい焼き以外は全く売ってないわ。あと、今度あそこのたい焼き屋が、新作を作るって言ってたからおごるのはそれにしてちょうだい」
「まじか……風変わりってザックから聞いた時点で何かたい焼き以外で売れてるのかって思ってた。新作か、真姫ってよくあそこで買うのか?」
「ええ。あのたい焼き屋さんサービスもいいし、ちょっと小腹がすいた学校帰りとかに丁度いいの。駅からだとちょっと道外れちゃうからわからなくてもしょうがないわ」
真姫に叱られながら付近のベンチに移動をする。
既に誰かが座った後だからなのか雨上がり特有の水溜りもなく、何の問題もなく座れそうだ。
保険としてタオルを軽くたたんだうえで、真姫の座る位置に置き、座ってもらう。
俺がその隣に腰を下ろしたのを確認した真姫はうれしそうに持っていたたい焼きにかぶりつく。
俺もあんな風に首筋か指あたりにかぶりつかれたいなぁと思いながら自分の持っているたい焼きに恐る恐るかぶりついた。
「フグッ」
「ほんと……何だったんだあのたい焼き。まるで特徴的過ぎてなにも分からない独特の風味と食感だったぞ。何を買ったんだ?」
「フフッ、ボーっとしてたから何を買ったかがわからないんでしょ? 当然教えてあげないわ」
「くぅ、あの後真姫のたい焼きを食わせてもらったが中身がわかる分あっちのほうが俺にはつらかったぜ」
「フフッ、やっぱり真士ってトマトになれてないのね。あんなにおいしいのに」
「頑張ってるけど……頑張ってるけどやっぱりまだ無理なんだよな……!」
俺は真姫が買ってきた故に残すわけにもいかず、にちゃぬちゃねちゃねちょが混ざったようなとにかく筆舌にしがたい粘着的食感と、鼻と喉を侵略してきそうな、おいしくもなくかといって汚物的風味でもないあたりに悪意を感じる冒涜的風味のたい焼きを食す
しかし耐えられなかったので、口直しに真姫のたい焼き(トマト尽くし味)を食し、それでも口の中が混沌と狂気に叫ぶので、自動販売機でこれまた好みでない炭酸飲料をがぶ飲みして、ようやく口の中が落ち着く。
そんな俺を見てニコニコ笑顔になった真姫を俺が先導してある場所に向かう。
「そういえばだんだんと音ノ木坂のほうに近づいてるけれど、こっちに何かあるのかしら?」
「おお、そういえば言ってなかったな。こっちには俺が前々からひいきにしている和菓子屋があるんだ。真姫を連れていったことがないのを思い出してなー。せっかくだしその味を知ってもらおうと思ったんだ」
「え……? まって真士。和菓子屋……って、確かに口にしたわよね?」
「おう、大丈夫だぞ? 前の義母さんみたいな間違えは絶対に犯さないから安心してくれ」
「そっ……そうじゃないわよ……そうじゃなくて……」
どうしたのか珍しく真姫がはっきりしない。
その表情に写るのは……怯え?違う。おそれでもない。恥?そうだ。恥がある。あとは……?
と、見つめてみるが真姫はどうも顔をうつむけ読ませまいとする。
よろしい、ならばこれは戦争だ。
ぐるぐるぐるぐる。真姫と俺の表情をかけた鬼ごっこを続けるほど体感時間約五分。
元々、ビートライダーズでダンスをしていなかった頃は走るのも嫌がっていたほど運動が得意ではない真姫に、一応とはいえビートライダーズのリーダーを務める俺が負けるはずもなく。
息を荒げて酸素を取り込む真姫に近づき、しゃがみこみながら顔をそっと掴んで俺の視線にさらす。
まぁしかし当然ながら顔には疲れと悔しさ、そして汗を流す顔を見つめられることによる羞恥しか浮かばない。
カバンからタオルを出し、真姫の顔をそっと拭きながら当初からの目的である和菓子屋に向かう。
先ほどまで反対だった真姫も運動による疲れからか大人しく誘導される。
こうしてたどり着いた和菓子屋穂むら。
看板を見た瞬間真姫はなぜか「やっぱり……」 と先ほどの表情を浮かべて逃げ出そうとする。
「真姫、どうしたんだよ本当に。ほら、中に入ろうぜ?」
「いっ、嫌! ダメなの絶対にダメ! 行くならお兄ちゃんだけで行って!」
「ちょっ、ほんと大丈夫か?何かここに嫌な思い出でもあるのか?」
「そ、そうじゃないの! でもね、私ここに入れないからお兄ちゃんだけで用事済ませてもいいのよ!」
「入れないってどういうことさ、あと呼び方も昔のころに戻ってるぞ。何が真姫をそんなに焦らせるんだ?」
「そっ……それは……」
「あー! お兄さんだ、久しぶりー!」
穂むらのほうから声が響くので振り返ると、オレンジ髪のポニーテール少女が手を振っていた。
人間早々見た目は変わらないからおそらくあれは穂乃果ちゃんだろう。
しかし真姫はなぜ彼女の声を聴いた瞬間俺の陰に身をひそめるのだろうか?
コソコソと隙さえあれば逃げ出してやろうという雰囲気が隠しきれていない。
そういえばこの子も音ノ木坂に通っていると聞いたような覚えがある。
果たしてこの子が真姫の不可思議な様子の原因なのだろうか?
「お兄さんどうしたの? 最近来なかったけど忙しかった?」
「あ、ああ。大学も新学期の準備やサークルの新歓とかで時間がなくてね。久しぶりにここの饅頭が食べたくて」
「本当? いつもありがとう! 最近来ないからお父さんも雪穂もお母さんも会いたがってたよ! さ、中に入って入って!」
「あー、すまない穂乃果ちゃん、少し連れが」
「ほーら! お兄さん早く早く! お父さん、お母さん! お兄さんが来たよー!」
「あっ! そんなに強く引っ張ったら!」
「キャッ!」
「あ……真姫、ちゃん?」
穂乃果ちゃんが強く俺の腕を引っ張ることで当然俺のバランスは崩れる。
そうなれば俺の陰で俺を支えに体勢を調節している真姫もバランスがずれ、その場から移動を余儀なくされる。
その方向が俺と離れ、且つ俺より横方向にずれるとしたらどうなるか。
幸い真姫は踏みとどまれたため倒れることがなかったが、穂乃果ちゃんの視線に捕まることとなる。
穂乃果ちゃんの瞳と真姫の瞳が交差する。一瞬なぜか……世界が凍った気がした。
・スイッチ
真姫のキューティーパンサー化。捕まったら逃げられない。なお真士的にはバッチコイなので問題ない。
なぜこうなったかというと、洗脳的同棲してるのに今更普通のキスで性的に盛れるのか?という疑問があったから。やりすぎたとは感じている。
・三大幸福
真姫とキスすること、真姫と一緒に寝ること、真姫と話すこと。
これのほかに、真姫の手料理を食べる、真姫とお風呂に入る、真姫とデートする、真姫と【自主規制】すること。の続四大幸福がある。
もはや七大幸福というかまとめて「真姫と過ごすこと」でいいんじゃないだろうか。
・たい焼き
真士が食したのは「拷問風の味」であり、すべて安全な食料で構成されているが風味と食感があまりにも悪疫すぎるためにこう名付けられた。
なお新作は常連でトマト尽くし味が好きな真姫のために作られた「トマトカーニバル味」である。なぜかナスとバナナと紫玉ねぎが使われるらしい。
・表情をかけた鬼ごっこ
実ははた目から見たらフェイント、ステップ、ターンなどと動きが激しすぎるやり取りをしているようにしか見えない。
これはいくらダンスを学んでた真姫とは言え疲れるのは当然。
・前の義母の間違い
みかん大福をいちご大福と間違え真姫に食わせた事案。
暫く真姫は大福を視界に入れないようにしていた過去がある。
・穂むら
みんなご存知ラブライブ定番の和菓子屋(すっとぼけ)
老舗だし近所からの客も多いだろうとのことで真士は常連に。
こちらも、穂乃果の兄が主人公な小説設定を作ったその名残から来ている。
・穂乃果
今回の終わりでは修羅場っぽい雰囲気を醸し出すが、次回あっさり解決する。
・真姫と真士
互いにイケイケドンドンな押し圧しカップルのため片方が推すともう片方が極端な受けの態度になることが多い。だが双方押されることに何ら嫌悪などあるわけもなく、ただのバカップルにしか映らない。
日間ランキング、週間ランキングランクインしていたそうです。当初目標のUA7777も軽々超えてしまい驚いています。
見てくださったすべての皆様、ありがとうございます
今回でデート書ききれなさそうだったので次回に回します。
読了ありがとうございました。