先日の音ノ木坂訪問(アポなし)から数日。
俺はいつも通りビート・ライダーズの練習を終え、今日は一人電車に乗って家までの帰路につく。
外はもう暗くなり始めていて、夕陽がまぶしく目に当たるため、サングラスがほしくなってくる。
あの夜音ノ木坂に行ったことをこっぴどく叱られ、さらにその翌日真姫から音ノ木坂に近寄ることを禁止と言い渡され、破ったら二度と一緒にお風呂に入らないといわれてしまったのだ。
真姫を迎えに行くことをしたい気持ちにやっぱり揺るぎはないが、それよりも二度と真姫とお風呂にゆっくり浸かれなくなると考えると、俺に選択権は存在しない。
しかしそれほどの条件を持ち出してくるというのは真姫にとってよっぽどの案件だったのかもしれない。
今までにお風呂とか添い寝を代償の条件に出されたことなんてそうそうなかったし、あっても受験時期だけだった。
ということは音ノ木坂によられたくない事情が真姫にはあったのだとやっぱり考える。
それは何かと考えれば当然条件は絞られる。
その中でも最有力なのはやはり数日前に裕也たちに見せてもらったスクールアイドルなるものに関することなのだろう。
もしかして真姫には俺が、スクールアイドルに対して嫌煙の気持ちを抱いている。と思われているのだろうか?
いや、そんなはずはないし今までそういう態度もそういう興味も持ったことがない。
寧ろ真姫がスクールアイドルを始めるとか言ってくれていれば俺は喜んで真姫のためにすべての力をもってサポートをする。当然知識や助けになる情報もすべて詰め込んで真姫の邪魔にならない程度に適度な助けをしていくつもりだ。
俺にとって真姫はすべてであり、俺の原動力なのだから。
別に真姫以外の友達や、趣味に興味がないわけじゃあないが、真姫とほかのすべてそれぞれにかける時間の比率が圧倒的に違うだけだ。
はて、ではなぜ真姫は俺にスクールアイドルの話をしないのだろうか。
最近母さんとかおばさんと三人か二人きりで話すことが多いがそれと関係あるのだろうか?
やはり俺に何か知らせたくない事情があるのだろうか?
前に見たPVでは衣装が少しきわどかったが、イチャイチャしてる時にあれよりもきわどい服なんぞ何度か来ていたし、ダンスや歌も全然恥ずかしくないものだった。
表情が少しこわばっていた気もするがそれはカメラを前にしてるのだから至極当然の道理だと思う。
うむ、やはりわからん。
数日ほどずっとぐるぐる渦巻いてばかりのせいで練習に少し身が入っていない気がする。
これは確実にまずい。早急に対策を講じる必要がある。具体的には真姫とのプールデートとか、海デートとか、山に登るのもいいかもしれん。ロープウェーで山観光とかもいいな……。
ああ、そうだ、そろそろ暑くなってきたしあの別荘で二人っきりってのもいいかもしれないなぁ……絶対親父に鉢合わせたら拉致されそうだしなぁ。あぁ嫌だ、親父に会いたくねぇ!」
「お父さんのこと、嫌いなん?」
「嫌いってわけじゃないさ。ただ親父に対して苦手意識を持ってるってだけだ。昔からいっつも勝手に物事決めてくるんだから」
「東原さんも苦労してるんやね。な、困った時の神頼みやし、お参りでもしていかへん?」
「あーどうしようかなぁ……ん?」
ふと立ち止まって今の状況について考え直す。
おかしい。俺は一人で帰ってたはずなんだが。
それとこのおっとりした関西弁みたいな雰囲気の声に聞き覚えがある。
確か……と当たりを付けながら声がした方に体を向けてみるが、誰もいない。
「……あれ? おっかしいなぁ、明らかに東條ちゃんだったと思うんだがなぁ」
「おお、うちのことちゃんと覚えててくれたんやね。ありがとな東原さん」
「うぉぁっ!? いきなり後ろから声をかけるのはやめてくれ、心臓に悪い!」
首を左右に回し東條ちゃんを探していたところ、いきなり後ろからポン。と彼女によって肩に手を置かれる。
びっくりしてバッと音が鳴る勢いで前に跳んで東條ちゃんに向き直る。
数日ぶりに会った彼女はとてもニコニコとしており、楽しそうだ。
そして気付いたのは、制服ではなく巫女服だったことである。
俺の視線に気付いた東條ちゃんはなぜか胸を隠し非難めいた視線を送ってきた。
「もう、じろじろみんといてな。東原さんのエッチ」
「これはひどい風評被害を受けた。どういうことなのかまるで意味がわかんないぜ」
「むー、つまらんなぁ。東原さん冗談通じないとかよく言われへん?」
「残念ながら生まれてこのかた真姫にすら言われたことがないな」
「真姫ちゃんがなんでそこで出てくるんかが、わからんようでわかってまううちがちょっと複雑やわ」
はて、裕也にもらった参考ゲームでああいうときはどういう反応をすればいいのか忘れてたな。必死になって否定すればよかったのか?なんかそれも違う気がする。
とりあえず恋人ではない女性だとしても、衣装などはだいたい必ず褒めておくのが男のセオリーだと裕也の参考ゲームにも、ザックにも言われたし、東條ちゃんの巫女服についても褒めてみた。
すると「もう、そういうの真姫ちゃん以外の女の子に軽々しく言うたらあかんよ?」 と、怒られてしまった。どういうことだ裕也、ザック。喜ばれるどころか怒られてしまったではないか。
「あー、それはすまなかった。お詫びにお参りでもしていこうかな」
「それはありがとな。お賽銭は多目で頼むで?」
「あー、それはさすがに勘弁してほしいかなぁ。今月小遣い厳しいんだ」
「東原さん大学生やろ? バイトとかせぇへんの?」
「してはいるがなぁ……おっと、真ん中を歩いたらダメなんだったな」
東條ちゃんの相槌を確認した後、さい銭箱まで移動し、財布から適当に小銭を出して投げ込む。音的にたぶん500円だろうか。あんまり確認してなかったけど500円は地味にきつい。
特に神様信仰を表立ってしてたりするわけでもないので形だけ礼をとってさっさと東條ちゃんのいる入り口付近まで戻る。
それと同時にふと意識から外れていたスクールアイドルについての話を聞こうと思った。
東條ちゃん副会長だし、多分真姫の活動についても知っているはずだ。
「そういえば東條ちゃんさ」
「なあに? 音ノ木坂のスクールアイドルについて知りたいん?」
「えっ……なんでわかったんだい?」
「ふふっ……カードが、うちにそう告げてたんよ」
巫女服の胸元あたりから一枚のタロットカードを見せる東條ちゃん。
なんということだ、彼女は人の悩みもピンポイントで当ててしまうほどのスーパー占い師だというのだろうか。
ただ少しドヤ顔なのが気になる、激しく気になる。
「教えてあげてもええけど一つ条件があるんや」
「えっ? 教えてもらえるならよっぽどのことじゃない限りなんでもするけど」
「迷いのないあまりにも素早い返しだから、ちょっとうち戸惑う……」
そんな引いた目をしなくていいだろう。
わかってる。俺が真姫を愛しすぎてるのが露骨で変なやつなんだって思われてるのはわかる。
だけどそこまで引き気味にならなくてもいいだろう。
「ま、まあええかな。そんな難しいとか大変じゃなくて簡単なことやし」
「ほうほう、そうなのか? で、俺は何をしたらいい?」
「この流れで言うのはすっごい心苦しいけど……うちのこと名前で呼んでもらうって話なんよ。そしてうちも東原さんのこと名前で呼ぶってことでな?」
「……ん? それだけ? それくらいなら構わないけど」
「それだけって……東原さんって普段どんな要求周りにされてるん……?」
蔓葉先輩の履歴書を代筆したり、裕也の代わりに発売日にゲーム受け取りに行ったり、ミッチに頼まれて孝虎さんからかくまったりしてたなぁ……
と、かいつまんで説明したら東條ちゃんはすっごい申し訳なさそうに顔を伏せ始めたので慌ててなだめる。
いや、俺別にパシリにされてるわけじゃないから。すっごい誤解を生んでる気がするけど違うから。
お願いだから
「真士さん苦労してるねんな。ごめんな、うちが配慮に欠けてたせいで辛いことおもいださせてもうたな」
とか言わないでください。
ほら、奥で宮司さんがなんかにらんでるから。俺のことにらんでるから!
「てめぇなに希ちゃん泣かせてるんだゴルァ」 みたいな顔してるから!
あとすごいナチュラルに名前呼びしてるから俺もしていいのかね? いいんだろうねきっと。
その後何とかなだめ終えた俺は希ちゃんと連絡先の交換をし、スクールアイドルについての話はまた次の時に教えるから暇出来たら連絡する。との旨をいただき、その日は帰宅した。
帰ったら玄関で久々に真姫に甘えられたのでイチャイチャしてたら母さんに怒られた。
しかし真姫が本当にスキップしそうなレベルで気分がよかったがどうしたのだろうか。
まぁ、真姫がうれしいなら俺もうれしいし、それでいいかな。
・スクールアイドルに対しての真士の感覚
きっと真姫が昔からそれに興味を持っていて、それを真士と共有していたら真士はスクールアイドルマニアになっている可能性がある。
・真士の考察
理由は実に単純でわかりやすいのだが、良くも悪くも真姫しか見ていない真士には答えに行きつけなかった。
・別荘
本編で出てきた海に近いほうの別荘
・のんたん
真士を「スクールアイドルである真姫」と繋ぐための重要な存在。
実は口調で一番悩む。
・参考ゲーム
良くも悪くも真姫以外の女性とまともな接触をしたことがなく、これはいけないということで渡された裕也のコレクション。通称ギャルゲー。
・誤解
真士の話し方はのんたんでさえ誤解をするほどの省き方をされていると考えると。
次回久々のビート・ライダーズ
読了ありがとうございました。