近所の病院の娘と許嫁だけど何か質問でもある?   作:次郎鉄拳

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辟易<真姫>

今、音ノ木坂では先日に起こったある出来事が話題になっている。

 

そう、真士が真姫に会いに来校したが、アポイントメントを忘れたために中に入れず、校門に立ち尽くして注目を浴びた例の一件である。

 

生徒会長である絵里まで出てきたこの件が翌日以降の学院内で話題に上がらぬはずもなく、女子高故に男性との触れあいが家族を除けば極端に少なくなるような年頃の女子が、その話題に飛びつかないはずがない。

さらに、当事者である絵里が所属する生徒会が、希の指揮のもとこの件については一切の沈黙を通すことを選んだために、拍車がかかり噂の広まりはとどまることを知れず。

やれどこかの王子様だ、やれアイドルスカウトだの、やれ近くにある男子校の生徒だの、ヒレがつきすぎて全く持って真実がつかめなくなるほどに、真士の残した印象の痕跡とは想像以上で、その影響は現在進行で盛り上がった状態でキープされるほどである。

沈黙は金ではなく、沈黙は抑止力になりえず。というものであろう。

 

 

しかしお気づきだろうか。ここまでの話の中で真士にとって最優先且つ、もっとも重要な少女の存在がここまで一度も挙がっていないことに。

そう、真姫のことだ。

真姫はその美貌と紅い髪を持ち、さらにはあの西木野総合病院の跡取り娘として、もともと音ノ木坂では知らないものはとても少なく、最近ではスクールアイドルとして活動をしているために、さらに知名度も上がっていて、今もはや学院内で真姫を知らぬものはいないといっても過言ではない。

そんな真姫が真士に全力ダッシュからのタックルをかましておきながら、他人に見られていないはずも、周りに気付かれないはずもない。

当然真っ先に噂として『あの西木野真姫の彼氏ではないのか?』というものが挙がった。

こちらのほうが状況証拠的にも断然揺るぎのない正答であるのは、この二人の関係性を断片といえども知る者たちからしたら明白である。

 

 

しかしそこは花も恥じらう年頃の女子の集まり。

『あの西木野真姫に彼氏がいた』 よりも、『誰だか知らないイケメンの男が学校に来ていた』 ことのほうが重要であって、自然と真姫の話題が裏に引っこみ、うやむやになっていったのである。

さらに、これが実は最大の理由だが、当時真姫はタックルをかましたあと、気絶した真士に向かってこう叫んでいた。

 

 

「お、おにいちゃぁぁぁぁぁぁん!?」

 

 

幼少時代からずっと共に過ごしてきた真士は真姫にとって許嫁であり、それとともに兄のような存在である。

当然一人っ子である真姫は、幼いころは「お兄ちゃんお兄ちゃん」 と彼を呼んでいたもので。

彼の予想外の気絶に対して真姫はらしくない動揺をし、ついつい昔の呼び方をしてしまった……というのが、

今回の『西木野真姫には彼氏がいた』 という噂が中心から流れていった主な原因である。

当然普段からの真姫と真士の会話や呼び方を知る者もいるはずがない。

つまり、彼氏のことを『お兄ちゃん』 と呼ぶのも、現実では明らかに変な話だと認識されたのだ。

 

 

ここまで話をまとめたうえで導き出される結論として、噂の主流になったのは『西木野真姫にはとにかくカッコいい兄がいる』 という内容である。

こうなってくると、もともと人付き合いもそれなりにうまく、スクールアイドルという話題の存在にもなった彼女に対して臆していたものも口実を見つけ、話しかけ始める。

まぁ、その話の大半は意訳にまとめて「お兄さんを紹介してほしい」というものではあったが。

 

 

なお、当然ながら噂の当事者……の許嫁である真姫は気にいるわけもない。

本来なら声を大にして全校集会などで、

 

 

「真士は私の許嫁で今とてもラヴラヴに過ごしているんだからほおっておいて!」

 

 

と叫んでしまいたいところだが、残念ながらそんなことをしようものなら周りへの牽制どころか逆効果になってしまうというのも、真士が自分の学校生活に気を使って許嫁だと周囲に触れ回らないようにしているのだという気づかいにも、今の自分はスクールアイドルとして活動しているのだという自意識にも、聡明な彼女は気付いているため、あきらめざるを得ない。

しかしそれと感情とはまた別問題である。

今日も今日とて彼女は、真士について聞いてくる同級生や先輩たちをどうにか振り切って、日に日に増していく彼への不満と周りへの対抗心によって高められる愛情を原動力に、スクールアイドルの活動に身を費やすのである。

 

 

 

 

 

 

「きたわね真姫。今日こそは噂の件についてしっかり聞かせてもらうわよ」

「矢澤先輩……毎日毎日よく飽きないですね。真士のことは毎日同じように返してるでしょう?」

「それじゃあ納得がいかないのよ! あの日急に出ていったと思ったら結局練習にも来なかったし、気になるじゃない!」

「ああもう……またその話に戻るのね……意味わかんない……」

 

 

スクールアイドルμ’sの部室として使われているアイドル研究部の部室。

いつも通りに真姫が入ると、真っ先に突っかかるように噂の件について、真姫の二年上の先輩で同じμ’sのメンバーである矢澤(やざわ)にこが問いただしてくる。

かれこれ毎日ずっと学校にいる限り同じことを問われるため、心休まる暇のない真姫の表情には疲労の色がにじみ出ている。

 

 

ちなみに真姫は一貫してずっと、真士のことを許嫁だといわず、生まれた時から一緒にいる大事な人。とだけ説明をしている。真士が自分を許嫁だといわないのに自分がそう紹介するのも何か違うと感じているのであろうか。

しかし当然そんな察せるようで察しきれないあまりにもピンポイントかつあいまいな返しで、アイドルというものに強いこだわりを持つにこが同じアイドルである真姫に対し納得をできるはずもなく、故にこのような毎日のやり取りが行われることに互いが気付いていない。

そんな空回りとすれ違いを起こしている二人のことを、同じく真姫の先輩でメンバーの(みなみ)ことりが手作りのクッキーを差し出しながらねぎらう。

 

 

「どうぞ真姫ちゃん、ちょっと疲れてる?はい、にこ先輩も。」

「ありがとう南先輩。みんなして毎日毎日同じことをしつこく聞いてくるの、さすがに困っちゃいます」

「ありがとことり。んで、なに?にこが悪いって言いたいの?」

「別に。矢澤先輩に限った話じゃないですけれど。休み時間もお昼休みも教室から離れてても私が落ち着ける場所がないのが……音楽室にも押し寄せてきて、嫌になっちゃいます」

「あはは……そういえば、私のクラスからも休み時間になるとこぞって真姫ちゃんのところに行く子いっぱいいるなぁ……」

「ふぅん……思った以上に収拾ついてないのね。でももう一週間くらい経たない? 少しは収まってるでしょう?」

「人の噂も七十五日っていうんですよ。でも実際に噂をされる方じゃなくて、その関係者になるのは初体験。にこ先輩も体験してみます? 何日で音を上げるかも知りたいですし」

「げっ、嫌よ。さすがに勘弁するわ」

 

 

どんよりと重い空気を発しながら話す真姫に周囲は顔が引きつる。

勝手に悪者扱いをされている気分になり顔が膨れていたにこも、真姫の空気と表情と声色から彼女の辟易さをひしひしと感じ、これ以上のこの件について追及はすべきではないだろうと考える。

 

 

現在ここで会話をしているのは主にこの三人だが、部室にはあと四人のメンバー、合わせて七人全員がそろっており、その残り四人のメンバーのうち一人を除いてが、会話に入るべきか否かで顔を見合わせる。

しかし、自分へのとばっちりと噂の実態への好奇心を天秤にかけた結果、現状大人しく真姫の機嫌を損ねない選択をする方が賢いと見たようである。

これは機嫌の悪い真姫が、ことりの次に恐ろしいという認識が出来上がり始めている故である。

しかし一人だけは違った。そう、μ’sのリーダーでありそれを発足させた高坂(こうさか)穂乃果(ほのか)の好奇心と行動力は伊達ではない。

 

 

「真姫ちゃん、前から気になってたんだどね、その真士さんってどんな人なの?」

「えっ……どんな人って……」

 

 

周囲は身を乗り出して真姫に質問をする穂乃果に対し、「やってしまった」と「よくやった」という、複雑な想いを混ぜ込んだ視線を向ける。

その理由として、これまで数日間の噂に関するμ'sでの会話の中で、一度たりとも真士の印象や人柄についての質問がなかったということと、現状の真姫の辟易さを見たうえでこの質問というのは一種の地雷起爆になるのではないかという恐れ。の二つが挙がる。

当の穂乃果は天然なのか気にしていないのかわかりはしないが、外野の懸念など知らぬ存ぜぬとばかりに、無邪気な笑顔で今まで誰も聞いていなかったであろうことについて問うている。

その純粋さに当てられたからなのか、真姫は頬を赤らめ、髪を弄りながらぽつぽつと愛しの彼について話し出す。

 

 

「そうね……まず、かっこいい。うまく言えないけど全部かっこいいの」

「ふむふむ」

「それでね、優しいの。私がトマト好きだからっていう理由で、トマト必死に克服しちゃうくらい。それも私に黙ってこっそり克服しようとしてたの」

「へぇ……真姫ちゃんトマト好きなんだ!」

「ええ、大好き。でも私、真士のほうがもっと好き。それとね……」

 

 

しかし、この告白ともいえるような盛大な惚気話は、およそ一時間以上経っても真姫が語りたい内容の半分まで届かず、その空気に耐えられなくなったメンバーほぼ全員の提案で、その惚気話を後日に回してもらうことでいったん止め、日課の練習を急いで行うことにするのであった。

 

 

しかしその甘い甘い惚気話によって胃が持たれそうになった状態である故に、まともに練習ができるわけもなくいつもより三十分も早く切り上げての解散をほぼ満場一致で可決したのであった。

なお話し足りない真姫は我先にと逃げ出そうとするにこをとっつかまえ、さらに一時間弱もの間、真士の良さについて力説し続けた。

にこは今回で懲りたのか、その日以降一切真姫に真士、またその関係の話題を振ることがなくなったという。

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

「お帰りなさい真士。ご飯とお風呂どっち先に済ませる?」

「あー、ダンス練習で疲れたし、先に風呂入りたいな」

「そう? じゃあ私も一緒に入るわ。久々に髪、洗ってちょうだい」

「お、おうかまわないが……どうした? 今日はやけに機嫌がいいな」

「ええ。私があなたのことをどれだけ愛してるかってことが、改めてよくわかったから」

「なんだよいきなり……俺も好きだよ、真姫」

「もう、バカ。当然でしょ」

「あんたたち、玄関でいちゃつくのはいいけどお風呂はいるんだったら早くしなさい。ご飯冷めるわよ?」

 

 









・噂
だいたい真実よりもヒレがつきまくった嘘のほうが広まりやすいですよね

・お兄ちゃん
真姫ちゃんの初恋かつ現在進行形での彼氏かつ許嫁は近所のお兄ちゃんでしたということです。

・真姫
完ぺき美人真姫ちゃん。一番の不満は真士が相手に最初から許嫁として自己紹介してくれないこと。
惚気るときは敬語が見失われる模様。

・にこにー
原作でも貧乏くじひかされるので今作でも当然。おもに真姫ちゃんの惚気の被害者になってもらいます。

・ことり
ブラックバードの印象は強いけれども、お菓子好きなフォロー役としてのんたんとともに頑張ってもらう所存です。

・穂乃果
行動力と好奇心で惚気の地雷を踏む担当として。天然気質って怖いですよね。

・トマト
真士はケチャップすら最初はダメな人でした。



次回はのんたん×真士(嘘は言っていない)予定です。

読了ありがとうございました。

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