あくる日、早朝の西木野家と東原家の共同生活用住宅では、ある人物の怒号が響き渡った。
その人物とは、東原美穂。
東原真士の母親であり、西木野真姫の義母、そして……
「優姫……今日という今日は決着を付けてやろうじゃない……!」
「うふふ……そうね、今日こそは白黒はっきりつけようと思うわね」
「194271戦中全戦引き分け……!」
「今日こそは勝ちをいただくわ……!」
西木野真姫の母親……西木野優姫と
その後、美穂の怒号で優姫の夫である西木野
本日の食卓に並んでいる朝食は無難な白米、味噌汁、卵焼き、お浸し。
加えて大樹の好物である納豆が、大樹の下にだけ存在していた。
「……で、美穂ちゃん……今日はどうしたの」
「私は悪くないわ。優姫が全ての原因よ!」
「……って彼女は言っているけど、その優姫はいったい何をしたんだい」
「そうね……心当たりはないけど、ああ、そうね。たぶん冷蔵庫に一つだけ入っていたプリンを食べたことかしら?」
「優姫、それって要するに心当たりがあるって言ってるんだよ?」
「ごめんなさい大樹さん、間違えたわ」
「アンタ……私があれをどれほど楽しみにしてたか……!」
「フフフ、悔しいでしょうねぇ? 次からは自分の名前を書いておくのね、美穂」
「テメェ……!」
「あーはいはい、落ち着いて美穂ちゃん、素が出ているよ、素が。優姫もわざと煽らないの」
「クッ……!」
「はーい」
特に悪びれる様子もなく、「テヘッ」と舌を出しウィンクをする嫁と、それに向かって威嚇するようにうなる友人を見ながら大樹は天井を仰ぎ見る。
今の彼に在るのはただ一つの願い。
親友への縋りである。
君が帰ってくるまで、僕はこうしてほぼ毎日場を収めないといけないのかい?
本当にはやく……帰ってきてくれ。
仕事と称して旅に出ている、親友であり、美穂の夫である東原士に、帰ってこいと、ひたすら念を送る大樹であった。
「そういえば真士君と真姫はまだ寝てるのかい?」
「んー、そろそろ起きてる時間よ。でもあの二人のことだしあと三十分くらいは布団でいちゃついてるわ。間違いない」
「いちゃついてるというより朝から早速励んでいるんじゃないかしら?」
「優姫、はっきりといいすぎだよ。真姫のほうは未成年なんだからあまりぶっちゃけることじゃない」
「そうよ優姫。まぁ、それはともかくとしてもうしばらくは部屋から出てこないと思うわ」
「そっか、今日は僕も優姫も病院に行かなくていいみたいだから、一緒にどこかに出かけようかって思うんだけど……」
「あら、真姫も真士君も今日はデートでどこかに出かけるって聞いたわ」
「あの二人暇さえあれば毎日デートしている気がするんだけど……」
「そうなのかぁ……最近父親として何もしてあげられてないから、せめてどこかに遊びへ行こうかって思ったんだけど……」
優姫から義理の息子と娘のカップルの話を聞くと大樹はただうなだれる。
西木野総合病院の院長という基本多忙すぎる立場ゆえに、溺愛している娘、そして義理の息子とコミュニケーションが不足していることを常々感じる故の悩み。
もしかしたらそれのせいで自分のことを父親と思えてないのではないだろうか。
とまで邪推してしまうのは、普段の仕事で見られる威光ある病院の院長という立場からはとてもかけ離れてしまっているもので。
この時ばかりはただ一人のどこにでもいるような父親の姿であった。
そんな友人を見ながら美穂は苦笑し、慰めの言葉を贈る。
「そんな悲観することはないわよ。いっそのこと起きだして来てから誘えばいいじゃない」
「そうですよ大樹さん。二人とも父親失格だなんて思ってないんですから。元気を出してください」
「うう……二人ともありがとう……」
「……なんだこれ」
「……パパ……」
食卓で女性二名に慰められる大の男が一人。
なんともシュールな光景に、優姫の予想通り起きてからきっかり30分いちゃついていた真士と真姫は戸惑う。
寝室から着替えて出て、朝食を取ろうと思ったら自分の母親二人が父親を慰め、その父親は何やら情けなくさめざめと泣いているではないか。
これには苦笑いも飛び出ない。
そんな二人に気付いた美穂は手招きをする。
「ほら大樹。当の二人が出てきたわよ。気合い入れなさい」
「あっ……ああ」
「母上、これはいったいどのようなご状況で」
「パパ……またなにかしたの……?」
「なにかしたって真姫、義父さんが何かやらかす前提なのはどうしてなんだ……」
「だって……パパ、このまえ……」
「待つんだ真姫、言ってはいけない。義父さんがどうやらトラウマを発症して倒れる」
立ち上がった大樹はそのまま着席して再び机へ突っ伏す。
彼の記憶に渦巻くのは、これまでに娘と義理の息子の前で酒に酔ってやらかした所業の数々。
そのまま彼は、己の浅はかさに頭を抱えてうなり始めてしまった。
そんな義理の父に不憫な想いを抱きながら、改めて真士は美穂に問う。
「母上、マジでどんな状況なんですかね」
「大樹があまりにも情けなく嘆いてるから背中おそうとしただけよ」
「はぁ……さいですか。ちなみに何の話で」
「それがね真士君。大樹さんがね、最近父親らしいことをできてないんじゃないかって悩んでたのよ」
「まさか。そんなことないですよ、義父さんはしっかり良いお父さんやってますから」
「グスッ……ほんとかい?」
「そりゃあそうですよ。家族に顔見せにも来ないような親父殿と比べて全然父親でしょう」
「……ありがとぉ……真士くん……」
「ちょっと義父さん、恥ずかしいですって……」
「真士君も大きくなったなぁ……! 気付けばこんなに立派になっちゃってなぁ!」
「ちょっ……髭が当たってますって!」
感動のあまり真士に抱き着く大樹を、微笑ましそうに見る優姫。
真士も文句を言いながらも義理の父親からのスキンシップを拒絶はせず、笑顔で彼の応対をしている。
義理の息子と愛する夫の仲良き関係に優姫がホワッとした笑顔を見せるその横で、当の真士の母親である美穂は面白くなさそうに口をすぼめる。
美穂としては夫が家にあまり帰らず、実の息子はその夫にそれに関係して苦手意識を持っているというダブルパンチの状態が、面白くないのである。
そんな表情の美穂を見た優姫は、何やらたくらんだのか真姫を手招きして呼びつける。
首をかしげながら近寄った真姫と、隣で不満げな顔を緩めない美穂の肩に、彼女は腕を回し二人を引き寄せる。
「わぷっ、なによ優姫! どういうつもり!」
「マッ……ママ!? 恥ずかしいわ!」
「んふふ……大樹さんと真士君が二人だけで仲がいいから、こっちはこっちで仲良くして嫉妬させちゃおうって思ったのよ」
「だからって……! ちょっと! どこさわってるの優姫、やめなさい!」
「ヒャァ! くすぐったい!」
「よいではないか、よいではないかー」
突如始まった優姫と真姫と美穂のじゃれ合い。
二人の声が少々艶めかしいのもあるのか、真士と大樹はピタッと止まり、彼女たちのほうへ視線が向く。
二人の視線を感じた優姫は突如パッと真姫と美穂から手を離し、ニヤニヤとした笑いを浮かべ始める。
嫌な予感を感じた男性二人は顔を見合わせ、無言でうなずくと、何事もなかったかのようにそれぞれの部屋に戻ろうとする。
しかし現実とは存外に非常なものである。
優姫はわざとらしい声で、二人をとがめるのであった。
「あらあら~? 大樹さんも真士君も、美穂と真姫のほうに注目しちゃっていっけないわねー。黙っていれば気付かれないと思ったのかしら?」
優姫の言葉に真姫が真士の下へ、美穂が大樹の下へそれぞれとも顔を真っ赤に染めながら歩み寄っていく。
「大樹……アンタ、優姫がいながら……!」
「まっ、待ってほしい美穂ちゃん! 君は優姫に言いくるめられているんだ! 気付いてほしい!」
「問答……無用!」
「真士……助けてくれないなんて……!」
「待つんだ真姫、知らないやつなら迷わずぶん殴っても構わないが、相手は君のお母さんだ。問題がないって思ったんだ!」
「……それもそうね」
「だろう? だから、だから次は俺とイチャイチャしよう、義母さんと真姫のやり取り見てて、俺もまた真姫を抱きしめたくなった!」
「……うん」
ニヤニヤと友人に仕置きされる夫を眺める優姫と、すっかり落ち着いた真姫と自室でイチャイチャする真士。
大樹の悲鳴がまれに響くのが、西木野家、東原家である。
・戦い
いつまでも勝ち負けが決まらない母親同士の戦い。
学力、運動、料理などと色々行ったが結局キリがない。
・悔しいでしょうねぇ→テメェ!
極東エリアチャンピオンとそれにファン一号になってもらったサメの人のやり取り。
悔しいでしょうねぇと煽りに使える万能名言
・美穂
荒々しい口調が素で時々現れる母親。
ちょっと粗雑な口調のほうの母親。
遊ばれる方の母親。
・優姫
遊んでくる方の母親。
なんだかんだで美穂のことは大好き。
・西木野大樹
苦労する方の父親。
忙しい立場で子供たちとのコミュニケーションに悩んだ結果、結局外食に誘うことくらいしかできない人。
頑張って子供たちの入りやすそうな店を選ぶがほんのちょっとからまわる。
・東原士
いないほうの父親。
真士からは結構よく思われていないことが発覚。
お父さん家に帰ってきて。
・トラウマ
酒を飲んで酔いつぶれる人が生み出すもの。
悪い絡み方ともいう。
酒は飲んでものまれるな
・真姫と真士
だいたいいつもの。
そろそろドギめもを出したいところです。
読了ありがとうございました。