「ベージュ色の髪で、なおかつ髪型がうまく表せない女性?」
「ああ、音ノ木坂付近で見かけて一目ぼれしたというザックの気になるお相手さんだそうだ」
「それ、ことりじゃないかしら?」
「あ、やっぱり真姫もそう思う?」
「私、該当する人はほかに……理事長くらいしか知らないわよ」
「だよなぁ……理事長さんってことりちゃんの母親だし人妻だろうしたぶんないだろ……」
「そうね、少し……説明にもやっとはするけれど、たぶんそうよね」
「まぁ、ザックのいう女性なんてだいたいほとんどの女の子に対してもだろ。少女って呼ぶのは小学生とかくらいじゃね」
「ザックさん……本当に中学生以上の子が相手だとどもっちゃうのね……」
ザックからの相談を受けて真姫に説教をくらった翌日。
俺たちは食卓に着きながら二人で情報の共有を行っていた。
内容はザックの気になるお相手について。
詳しくは
「ベージュ色の髪の毛を持った、なんか説明し難い複雑なヘアースタイルを持った、包容力を感じる色気がにじみ出る女性」
ではあるが、長ったらしすぎてそこまでの情報を伝えてしまっても正直面倒だ。
というかザックに熟女趣味があるなんて正直……いや、理事長さんはあったこと数回あるが普通に若々しいもんな、どういうことか、うちの母親といい義母さんといい、店主の奥さんといい、なぜああも周りの母親に当たる方々は総じて若々しいのだろう。
……まぁさすがにないだろう。ザックが現状気になっているのはことりちゃんで間違いはないはずだ。
……だがμ’sを知ってるであろうはずなのに、ことりちゃんのことだと断言しなかったのも気になる……
「それで、どうしていこうか」
「正直悩みどころね。ザックさんを音ノ木坂に呼んでもヘタレなんだからカチカチになって動けないわ」
「しかしそれ以外で鉢合わせようとしても……なぁ」
「そうね、ザックさんがヘタレなのが困っちゃうわ」
「いや、そもそもザックがヘタレじゃなかったらザックじゃないんじゃない?」
「……それもそうね。どうしようかしら」
「……まぁやっぱそれしかないよなぁ……」
「そうね、任せたわ、真士」
と、いうわけで結局ザックを音ノ木坂に連行するという方向性で話がまとまったため、計画を実行に移すこととなった。
計画といっても大層なものではない。
ザックの希望通り本人らしき人物が見つかったから一緒に来い。
という素直に説明すれば来るようなタイプだからこそ、頭をひねる必要はない。
ビート・ライダーズの練習後に、音ノ木坂での練習にメンバーを一人連れていくから入校許可証を発行よろしく。
という旨を希ちゃんに送っておき、ザックを一人連れだす。
一応今日は暇だと聞いているために、つれていくことは可能なはずだ。
「どうしたんだよリーダー。わざわざ俺だけ放してまで話すことって何かあるのか?」
「ザック……お前自分で言ってたこと忘れてない?」
「……え? まさか、マジで?」
「ああ。見つかったぞ」
「……詳しく聞かせてくれ」
「いや、今からその人がいる場所まで行くんだ。お前も来い」
「……ハイッ!?」
緊張で固まったザックを引きずって音ノ木坂まで向かう。
電車に乗って音ノ木坂が近づくにつれてそわそわして、駅についたとたんUターンをしそうになったのであらかじめ用意していた荒縄で捕縛。
強制連行という形で音ノ木坂まで担いでいくことにした。
「いやだぁぁあ! リーダー! 音ノ木坂に行くってそこ女子高だろぉ!」
「だまらっしゃい。相手も忙しいんだから呼び出すのも大変なんじゃ」
「まってくれよまってくくださいまってぇ!」
「やだ、待たない」
「ガフッ」
ザックがあまりにも騒がしくてとうとう周りの人に注目され始めてしまったので、軽く当て身を入れて気絶させてから担ぎなおす。
あっ、なんか警官が走ってきた。まずい。これは遅れそうだ。真姫に連絡を入れねば……
「まったく……バカじゃないの? 駅前であんなことをしていたら、当然のごとく問題よ」
「返す言葉もありません」
「あの……俺被害者なんだけど」
「そうね、ザックさんがそもそも、ヘタレてるのがいけないのよ」
「被害者主張ガン無視かよっ!?」
「そうだそうだ。ザックがヘタレだからいけないんだ」
「真士?」
「あっ、ごめんなさい」
あれから怪しいからと説明を求めてきた警官に、迎えに来た真姫が代理で説明をしたことで無事に音ノ木坂に行くことができた俺たち三人。
入校許可証受け取りまで少々時間がかかるということで真姫にザックと共々正座をさせられて、お説教をされている。
確かに騒いだ俺は悪いが、もともとザックの為にここまでしているのにそれを拒むザックが一番悪いのではないだろうか。
真姫よ審議を求める。
「拒否よ」
「あっ、はい」
「……ほんと、バカだな。リーダー」
「ザックさんも反省してください」
「……ワリィ」
「……真士さんも真姫ちゃんも、なにしとるん?」
真姫の眼光によって反省を強いられていると、希ちゃんが入校許可証を持って呆れた顔で見ていた。
真姫以外の女子がいることを認識したザックはたちまちと固まる。
これは何度見てもヘタレってレベルじゃないぞ……
「あ、希……それがね、真士ってばね、ザックさんを当て身で気絶させて、そのまま運ぼうとしてたのよ。当然、警察だったり駅員に呼び止められると思わない?」
「ええと……真姫ちゃん、少し落ちつこ? まず、ザックさんって……そこの汗だくなお兄さんであっとる?」
「……ええ、そうよ」
「真士さん、なんであの人、あんなにがちがちなん?」
「……気にしないでやってくれ」
希ちゃんはこういう時苦笑いをしながらも、なんとなく察して話を進めてくれるのでありがたい。
返答にどもりながら怪しさ満点な言動で入校手続きの簡易書類を書いていくザックに、説明をしている彼女を見ながら。
改めて希ちゃんへの印象がよくなった。と思う。
そんな良い子にむけて壊れたラジオのように言葉が出ないザックは一度しばかれてしかるべきなのかもしれない。
そんなことをぼーっと、真姫と体をつつきあいながら考えていると、どうやら手続きは終わっていたようで。
ザックの顔が先ほどよりもこわばっていた。
「そんな今にも死にそうな顔するなよ。μ’sの練習を見れるんだしいいじゃないか」
「それとこれは話が別だリーダー……俺は……」
「お前が探してる相手もここにいる。安心しろ」
「……ああ、ありがとう」
「ほら、行くわよ。ザックさんも、そろそろその汗ふいてちょうだい」
「お、おう……」
そんなやり取りをしながら希ちゃんの案内で屋上までたどり着く。
歩いている途中もザックの脚はぎくしゃくで、顔がこわばりすぎて少しだけいかつくなっている。
申し訳ないと少しだけ思うが、面白くて笑いが止まらない。
隣で歩いてた真姫も笑いをこらえて少し頬がきつめに上がってたし。
さて……まぁ、まずはレッスンの時間だ、ザックには一度気分を一度入れ替えてもらおう。
「佐久間さん、本日はありがとうございました」
「あ……ああ。こちらこそありがとう。貴重な体験ができたよ」
「ぜひまたよろしくお願いいたします。それでは、私はお先に失礼いたします」
「あっ……」
レッスンになった途端ザックがキリッとし、兄貴分としての雰囲気もあったために打ち解けることには問題がなかった。
絵里ちゃん達の反応を見る限り好評だし、良きかな。
だが本番はここからだ、ザックをことりちゃんとしっかり会話させ、ザックに一歩自分から踏み出してもらうことが今回の目的なのだから。
少し緊張も解けて、肩の力が抜けたザックを呼ぶ。
こちらに来たザックは少し不満げに、問いただしてきた。
「なぁリーダー。その、俺が探してる人がいないぞ。どういうことだ」
「……は? そこにいるじゃん、ザックの探し人って」
「……どこだ?」
ザックが真姫と話しているμ’sのメンバーに目をやるが首をそのままかしげる。
ことりちゃんを示すが、ザックはただ首を横に振るだけだった。
……どうやら、ザックの探し人はことりちゃんではなかったようだ。
と、いうことはすなわち……
落ち込むザックをしり目に、真姫を呼び、作戦失敗であることを伝えたのであった。
「なんだ……結局リーダーの勘違いか……」
「そう落ち込むなよザック……すまないとは思っているさ」
「ごめんなさいザックさん。力になれなくて」
「いいんだよ真姫ちゃん。しかし……これで振り出しかぁ」
「ザック、そのことなんだが、ほかに具体的に思い出せることはなかったか?」
「そう、例えば、だれだれに似ているとか、わからないかしら?」
顎に手を当て思い返しているであろうザック。
もし、俺の仮説が間違っていなければ……
「そういえば、ことりちゃんに似てたな、そんな気がする」
「やっぱり理事長か!」
「そっちだったのね……!」
「お前ら、いきなり……どうしたんだ?」
「あっ……ああ、あー……」
「どうした、はっきりしねーな」
「そうね。私の話題が出ていたようですが、どうしました?」
最初の予想である理事長がビンゴだったことに喜ぶ俺たち。
しかし理事長は人妻のはずだ……
事実を見ると、これは言うべきなのか、言わぬが花なのか……とても悩ましい。
そうして悩んでいると、噂の当人が、話題に寄せられたのか、声をかけてきた……
「あっ」
「こんにちは。西木野さん、東原君。校門で話し込んでいたようですが、私に何か関係あるようですね」
「あぁ……」
「あー、こんにちわ理事長。いやぁ、理事長もですが俺たちの母親ってみんな美しいなぁという話でして」
「そっ……そうなんです!丁度お母さまから連絡が来ていたので……オホホ」
「っ……!」
「東原君もお世辞が上手ですね。ですが、あまりここで長居していらっしゃるのはいけませんよ」
「……申し訳ない」
「申し訳ありませんでした。ほら、真士、言葉だけじゃなくて頭も下げなさい」
「イテッ……ん? ザック……?」
先ほどからほとんど声も出さないザックのほうを見ると、誰もおらず。
前を向くと、ザックは理事長の目の前に移動をしていた。
……こいつはいつの間に動いたんだ。
そして、突如ザックは膝立ちになり、どこから取り出したのか一本のバラを彼女の前に出し、叫んだ。
「一目見た時からあなたしかいないと惚れていました! 結婚を前提に俺と、おつきあいしてください! そして、愛してください!」
お前は、いったい、なにを、言っているんだ。
・ザックのお相手
最後まで読んでくれた読者の皆様は
「ザックってこれサムのMV見てなかったっけ、ことりちゃんに似てるって最初に言えばいいんじゃあ?」
と突っ込んでくれるかもしれない。
しかし、ザックのひとめぼれは、だれそれに似ているというものが、全く意識の外にいっていたために真士たちの無駄な深読みが起こったのである。
・髪型
理事長もですが南母娘の髪型はどうやって文章で表現するのであろうか。
・母
総じて若々しい。若者の人間離れが昨今話題になっているが、親御さんのアンチエイジングも問題提起すべきではないだろうか。
・ザック
前回と合わせてメインな人。ヘタレ。
だが、レッスンの際には男女関係なく扱えるという、実は優秀な公私混同しないタイプなのかもしれない。
・入校許可
今回は真士の関係者で、真姫からの口添えと真士からの根回しによって手続きとかそういうものはほぼ形式上の書類だけになった。
ぶっちゃけてしまうと入校の手続きはいらないかもしれないレベル。
・審議拒否
ナチュラルに心を読んじゃう系許嫁真姫ちゃん。
真士くんがわかりやすいのもあるかもしれないが、最愛の許嫁である彼の琴でわからないことがあるのだろうか。
いや、ない。(反語
・のんたん
困った時ののぞえもん。
真士君は実はえりちかが苦手なのでのんたんに用件をすべて通しているという事情がある。
・壊れたラジオ
音がとぎれとぎれという意味合いで≪言葉がとぎれとぎれにしか話せない≫という様を表しています。
・結果
ザック君段階色々すっ飛ばしたような半プロポーズは当然翌日学校ですでに噂に。
実の母親が、特別講師に来た青年にプロポーズされたという事実をしったことりちゃんは白目を向いて理解を棄てたとかそうでないとか。
なお、ザックへの返事は≪お友達から始めましょう≫だったが、ザックは真正直に受け取り、友達付き合いを始めたらしい。
新たに高評価をつけてくださった方々(敬称略
蒼陽、スターダスト、A's、クーマン、時雪貴音、lemon、l爺l、Nazuna.H、時間DEATH
お気に入り登録をしてくださった皆様も、ありがとうございます。
一か月ぶりの更新でした。次はもう少し早くできるように努めます。
読了ありがとうございました。