ザックこと佐久間岳は、現在のビート・ライダーズにおいてナンバースリーに就く重役である。
先代リーダー蔓葉紘汰のライバルである駆門戒斗の下で幼いころから様々なことを学び、その経験から彼は自身の様々な良さを引き出すことに成功している。
その面倒見の良さから年下のメンバーに好かれ、その責任感の強さから年上のメンバーに頼られ、そのフランクさから同年代のメンバーから慕われている。などといったカリスマ性がこの良さに、主に該当する。
さらに、一年上で現在サブリーダーである角井裕也や、リーダーである「あの問題児」である東原真士と親しく長年来の友人のように話せる貴重な人物でもある。
今はだいぶましな部類ではあるが、初期から真姫以外の他人に好き好んで興味を持つことを望まない真士を、裕也と二人でサポートする姿は
「東原に過ぎたる佐久間と角井」
と、裏で揶揄されたことがあるほど、堂に入っているものである。
そんな優秀な彼には今現在、ある悩みが立ちはだかっていた。
それは、ずばり色恋沙汰である。
幼少の頃から戒斗の下で悪戯や、不良まがいの行いをちょいちょい繰り返してきた彼には誰かに恋するという経験がなかった。
一人息子である自分を、半不良になっていたとしても決して見捨てず丹精込めて育ててきてくれた家族は好きだが、恋と呼べるものをしたとはいえず。
高校時代ほどになるまでの行いが行い故にどうしても惚れた腫れたと騒ぐ気にもなれず。
やれ女だ、やれ経験だと盛り上がる周りに辟易していたころもあった。
そんなものに現を抜かす前に戒斗の役に立ちたい。という願いで動き続けていた彼。
当時からすでにその根の実直さは現れていたともいえる。
つまりだ、忌諱し、避けていた故に、意中の女性ができた時の行動や心構えなどが何一つ成り立っていない彼が、現在進行形で恋をしてしまったのだ。
そうなると当然ながらザックはテンパってしまう。
大事な両親に相談をしても
「あの岳に好きな人ができた!今日は赤飯だ!」
とこちらが質問した内容とは、ずれた返事しかもらえない。
自身を弄ってくるミッチは当然論外。
裕也はなんだかんだで自分と似たような感じだと知っている。伊達にミッチに弄られてるわけではない。
慕っている戒斗は彼自身のトラウマなどを掘り下げてしまうことを危惧したため除外。
紘汰は現在仕事で近場にいないため相談もしづらい。
そういう流れで今ザックは、一番頼りにならない反面、その特異性故に頼りになると思わざるを得ない人物を、藁にも縋る思い一つで、大学から少し離れたカフェに呼びつけているのであった。
「……というわけなんだリーダー。頼れるのはアンタしかいねぇ、聞いてほしいんだ」
「いやさ、なんというかザックの言いたいことはわかるよ? ミッチにはいじられるの目に見えてるから相談したくないとか色々理由あるのわかってるよ? でも俺にしなくてもいいじゃん……今日これから真姫と家でずっとイチャイチャする予定だったのに……」
「あんたの場合予定ってそれもはやその場の勢いばかりじゃねぇか! 少しくらい俺らに時間使ってくれねぇかなぁ!?」
「仕方ないなぁ……んで、ザックはさ、何に悩んでるの?」
「アンタ聞いてなかったのかよ……! だから、その……な? 気になる人が……」
瞬間周りの空気が止まる。
いや、正確には真士がザックの言葉を聞いて微動だにしなくなっただけのことであるが。
ザックの反応を見る限り真面目な話だ。というよりも散々彼と二年ほどともに同じグループでやってきたわけだがドッキリなどは得意な気質でないことを真士は知っている。
要するにそういうことだ。現実逃避に集中したとしてもそれに変わりはない。
つまりザックの恋愛相談に乗らざるを得ない。きっと真士の最愛の女性がここにいれば彼に話を聴くようにも促すだろう。
弄る対象が少しだけ成長したことによる何とも言えない寂しさと、自分のように相手を愛していく人物がまた一人増えることによる一種の歓喜などといった複雑怪奇入り混じる感情を一度飲み干し、冷静に真士は問い始める。
「んで……その気になる人って、どんな人なんだ?」
「おっ……おう。それがな、前に野暮用で音ノ木坂の駅近く歩いてたんだよ」
「ふぅん、音ノ木坂に来るのはそう珍しいことではないよなぁ」
「まぁな、まぁ、その時さ、俺、ツレの奴と別れて一人だったんだ」
「ふむふむ、一人の時に運命的な出会い、それこそ裕也の貸してくれたゲームみたいないい出会いだな。縁は大事にしろよ」
「ああ、まぁその時に出会ったのは特に今の話に関係ないことなんだが……」
思わず机についていたひじが滑り、真士は体勢を崩す。
当のザックは恥ずかしそうに頬をかきながら、
「はずかしいから少し前の話をして気を落ち着けてた」
と謝罪を述べる。
真士としてはその時に何か一目ぼれなりといったような現象が起こったようなものなのだろうと期待していただけに盛大な肩透かし。
正直心の準備などに付き合っていては、この後真姫を自宅で抱きしめて借りたDVDを見るという行為の予定に大きな障害になってしまうと彼は判断した。
故に率直に切り出す。ザックという青年にとって今心を占める大半である存在についての具体的な情報を聞き出す質問を。
「とりあえずその人の容姿とかわかるか?」
「はっ……!?」
「もしかしたら知り合いかもしれないし、せっかくの恋ならやれるとこまでやって成就させたいだろ?」
「……リーダー……?」
「その相談乗った。成就までは約束できねぇがこっちの手腕で何とかするとこまでしてやる」
「リーダー!!」
「ただし、期待は過度にするなよ」
「ああ、わかった! 連絡を待ってるぜ!」
自宅に帰り、真姫とイチャイチャし、夕飯を済ませ、風呂も済ませ、寝る前のお話し時間になった真士と真姫の寝室。
真士は縮こまるように床に正座をしている。
かれこれ短くはない時間をこの姿勢で過ごしている彼の顔はそれなりに苦痛を耐えており、その顔に浮かぶ感情は「反省」の一言である。
対して真姫はベッドに腰かけ、脚と腕をそれぞれ組み、真士を見下ろすか如き視線に非難を湛え、あきれた口調で真士を追い詰めている。
「……それで、いつものように私を優先した揚句、また後先考えない承諾をして、それで最終的に私に泣きついたって……感じでいいわね?」
「……返す言葉もございません」
「まったく……あなたは本当になんでいつも私を優先してばかりなの? 私を常に一番にしてくれるのは許嫁として素直にうれしい。でもあなたそのままだとまた二年前の繰り返しよ?」
「……反論なんてございません」
「そうね、だってあなたいっつもそう。私ばっかり私しか見なくて私しかとらえてない。ここ最近また少し緩和したと思ったけど思い違いだって分かったわ」
だから。と真姫は立ち上がり箪笥の付近にある真姫専用物の詰まった箱から何やらを取り出す。
真士はそれが何か視認したとき急激にこの場から走って逃げ、情けなく声を上げて義母である優姫の下へ駆けよりたい衝動に襲われた。
そう、その品とは、よくアダルト的な商品の代表とされる変わった見た目の鞭。
どうやら真姫はお仕置きという名目で、この鞭を真士へ使用する魂胆のようだ。
逃げようにも逃げられる手段なんてどこにも存在しない。
そもそも義母の下に逃げ込んでどうなるのだろうか。母である美穂もそうだが義母も大概真姫に協力的だ。
もしやするとこの鞭を与えたのも義母なのかもしれない。
真士には如何にする術も持ち合わしていない。
大人しく審判を、ただ、従順に、情けなく、服従して、受け入れるだけ。
与えてくる相手が最愛の許嫁でなければ、彼だってこんなもの受けるつもりは毛頭持たないだろう。
なんだかんだで真姫にとことん優しく甘い彼だからこそ、お仕置きという名目の行為も無抵抗で受け入れるのだろう。
「さ、真士。覚悟はいいかしら? 大丈夫よ、そんなに、痛くないように、ちゃんと打ってあげる」
「おう……! こい!」
真姫の鞭を持った右手が真上まで上がり、勢いよくおろす際に手首の返しも入り、威力のましたしなりが彼の右の頬を勢いよくたたく。
痛みも十全に愛であると、この夜、真士は悟ることとなった……
・ザック
幼少時代は戒斗の腰ぎんちゃく程度だった人。
そのヒーロー性やカリスマ性はビート・ライダーズの過半数を牛耳れるレベル。
しかし彼自身は「真士を支える」ことを現在至上の務めとしているため牛耳るつもりもない。
・真士
今は割と仲良く会話しているが【回想<真士→穂乃果>】後書きでの内容のように、
最初のほうは嫌われ者だった。
前は紘汰が、今はザックと裕也がいるおかげで他人と接している。
真姫至上主義はやはりいつになっても揺るがないらしい。
・気になる人
次回詳しく語られると考えられる。
ヒントは、音ノ木坂近辺の人のみ。しか今回は明かされていない。
・借りたDVD
割と無難な最近話題の映画作品がほとんど。
裏設定の話にはなるが真士の母親である美穂の趣味は映画の撮影地巡りである。
・真姫
割と苦労人な事実がここでも明かされる。
原因はほとんどが真士の真姫至上主義。
悪い気はしないがそれが原因で真士に生きづらくなられるのも嫌なので必死に真士の興味を少しでも他人に向けさせる努力を続けるけなげな許嫁。
・鞭
SMのアレ。
なぜそれで真姫は頬をひったたいたのか…
まんざらでもない真士はやはり真姫至上主義を拗らせている。
・痛みも十全に愛
歪み過ぎると痛みこそが愛に変わってしまう。
魂が融合するまで病まないように真士も気を付けてほしいところ
次回、ザックの気になるお相手は…?
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