あ~、すっきりした!
Mr.5とミス・バレンタイン……あいつらはいいサンドバッグになってくれたよ。その後にはちゃんと、正座させてお説教もしといたし。人の気にしてることを言っちゃダメなんだぞって。
おかげで気分も晴れたし、運動して酔いも醒めた。引き換えにあいつらはボロボロになってたけど。
うん、問題無し! あいつらが誰にどうされようとどうでもいいことだよな!
さて、そんな気絶している2人組は放っといて、だ。
俺は、2人をボコッてる間その様子を黙って見てたらしいビビの方を振り向いた……が。
「ご、ゴメンナサイッ!!」
何故かビクッと体を震わせて謝ってくるビビ……あれ、デジャビュ? いや違う、確かに前にもこんなことがあった……双子岬か!
「いや、さ……」
そんな風に平身低頭されても、こっちの方が対応に困る。
「俺、君に何か謝られるようなことされたっけ?」
前回も今回も、ビビは何もしてないよね?
「いいえ、そんな覚えは私も……」
自分でも自分の言動に疑問を持っているのか、ビビは困惑しているような表情だ。
「じゃあ、何で謝るんだよ。」
「え~っと……何となく?」
「おい」
小首を傾げるビビに思わずツッコんだ。
え、まさかの答えだよ。
俺は1つ溜息を落として首を振った。落ち着け、冷静になるんだ。
そして冷静になってみると、気付いたことが1つ。いつの間にか町が静かになっている。ルフィたちの喧嘩も終わったってことなんだろう。
「……とりあえず、あっちの様子を見に行ってみない? 何があったのか気になる。それにもう追手もいなさそうだから、君の事情も聞かせてよ」
そう提案してみたけど、ビビは迷っているようだった。このまま逃げるかどうするか考えているんだろう。何故迷っているのかといえば。
「イガラム……無事かしら……」
ポツリと呟かれた言葉が、全てを物語っていた。イガラムのことが気がかりらしい。
現時点ではもう刺客もいないのだし、様子を見に戻ってもいいんじゃないかと考えているようだ。
「ほら、行こう」
俺はビビの手を取り、半ば引き摺るようにして現場へと向かった。ビビも初めは驚いたようだけど、やがて自分から足を動かして付いて来てくれた。
「ちょっと待って『紅髪』、もう少しゆっくり……」
あー、ちょっと引っ張りすぎたかな。悪いことしたかも。
でも、1つだけ言わせてもらおう。
「『紅髪』っての、止めてくれないかな?」
立ち止まって苦笑しながら言うと、ビビは不思議そうな顔をした。
「だって、あなたの二つ名はそうでしょ? 手配書に書いてあったわ」
うん、まぁそうなんだけど。
「別にあれは俺が自分で名乗ったわけじゃないからね。そういう風に広まっちゃってるから否定する気は無いけど、それで呼ばれるのはあんまり好きじゃない」
だって、どっかの誰かと微妙に被るし。
頼むとビビは了承してくれた。あんまり納得はしてないみたいだけど。多分、この二つ名を嫌がる理由が解らないからだろう。
「……解ったわ。助けてくれてありがとう、ユアン君」
「いや、別に……」
って、あれ? 君付け? ビビってあんまり君付けはしてなかったよな? ……ま、いっか。どうでもいいことだし。俺も呼び方になんてそれほど拘ってないし。何より、今はそんなのどうでもいいもんな。
さて、向こうで何があったのやら。気になるところだね。
現場に辿り着いてみると。
「どうすんのよ、このバカども!!」
拳を握って仁王立ちするナミと、その前で頭にでっかいコブを作りながら正座させられているルフィとゾロがいた。そしてそれから少し離れたところで、この世の終わりのような顔をして倒れ伏しているイガラム。
何てカオスな状況なんだ……。
「……新たなコントのネタでも作ってるのか?」
「違うわよ!! ………………って、ユアン!?」
ナミはツッコんだ後になって初めて、俺が背後に立っているのに気付いたらしい。
「イガラム!」
俺と一緒にここまで来たビビの目的はあくまでもイガラムであるらしく、その姿を見つけると駆け寄っていった。
「ビビ様!? ご無事でしたか!!」
完全に放心状態だったイガラムがガバッと飛び起きる。現金なもんだね。
抱き合って互いの無事を喜び合う2人は置いといて。
「局地的な災害にでも見舞わられたのか?」
俺は3人に説明を求めた。
周囲は酷い状態だ。倒壊した建物、えぐれた地面。まるでトルネードに襲われたみたいだよ。
「そんなわけないでしょ! 全部こいつらのせいよ!」
ナミは憤慨した様子で正座させている2人を睨み、次いで俺にも訝しげな視線を向けてきた。
「そういうアンタこそ、何であの子と一緒なの?」
あの子、と言ってビビにも視線を向けるナミ。俺はちょっと苦笑した。
「いや~、酒盛りを邪魔された仕返しに町を略奪してた時に出くわしてさ。追われてたみたいだから、取りあえず助けといた。んで、こっちが騒がしいから、様子を見に来たんだけど……!」
起こったことを簡単に説明していたら、何故か感極まった様子でナミに抱き着かれた。
「よくやったわ! 10億ベリーの可能性が残った!!」
抱き着かれたといってもあまり色気は無いけど、バンバンと背中を叩かれて『私の味方はあんただけ!』とか言われてしまった。
まぁ……他はみんな経済状態に無頓着だしね……。
でも、サンジがこの場にいなくてよかった。もしいたら、絶対に因縁を付けられてたはずだ。色気は皆無なのに。
ちなみにナミの目は、俺が引き摺ってきた戦利品(木箱だから中身は知らないだろうけど)を見たことでベリーになってたりする。
「それで……そっちは何があったんだ?」
聞き返すと、ナミはスッと真面目な顔つきになった。
「それがね……」
ナミの話を纏めると、こうだ。
3バカが潰された一方で、ゾロとナミはちゃんと宴の後も起きていた。しかしすぐに行動を起こしたゾロと違い、ナミの方はギリギリまで潰れたフリを続けていたらしいけど。
ゾロがウィスキーピークの賞金稼ぎ約50人(エージェント4人を含む)を倒した後で、騒動が起こる。
新たに現れた2人組(Mr.5ペア)によってアラバスタ王国の王女ビビと護衛隊長イガラムは抹殺されそうになり、イガラムと、ビビのペアのMr.9が作ってくれた隙を突いて彼女は逃亡したものの、追い付かれて始末されるのは時間の問題。
イガラムが満身創痍ながらもゾロにビビの救助を頼むものの、事情がさっぱり呑み込めないゾロは当然拒否。しかしそこで、金の匂いを嗅ぎ付けたナミが話に乗っかった。
けれどナミ本人がビビを助けられることは不可能と考えゾロを使おうとしたが、ゾロはこれも拒否。
さて、ここまではほぼ原作通りの流れだ。違いと言えば、ゾロが倒した賞金稼ぎの数ぐらいだろうか。だが、ここで決定的なズレが生じていた。
原作でのナミは、ローグタウンでの借金をネタにゾロに言うことを聞かせた。でも、こちらでは財布の管理をしているのは俺。当然ながらゾロが刀調達の資金を要求したのも俺だった。
つまり……ゾロには、ナミに対して借りが無いのだ。それが無ければ、基本的に使われることが嫌いなゾロがあっさりナミの命令を聞くわけも無く。
結果、2人は結構長いこと口論になってしまったらしい。
とはいえそれだけならまだ問題無かった。何だかんだ言ってもナミの方がゾロよりもずっと口達者なのだから、言い合っていればその内ゾロは丸め込まれていただろう。しかしそこに勘違いルフィが乱入し、ゾロに喧嘩を売った。
ゾロもナミも事情を説明しようとしたがルフィは聞く耳を持たず、結局2人は盛大な喧嘩を繰り広げることとなってしまった。
2人の喧嘩はしばらく続いたけれど、やがてナミがブチ切れて鉄拳を以て鎮めたとのこと。しかしその時にはMr.5の爆弾に依ると思われる爆音は止んでいて、てっきりビビを仕留められてしまったんだと思ったらしい。
あぁ、それでナミが切れててイガラムが絶望してたのか。
町の賞金稼ぎたちを潰したのは俺も同じなんだけどな……あ、俺の場合は潰した相手を川に捨てておいてたから気付かなかったのかな?
喧嘩が始まるタイミングが早かったのは、ゾロが移動してなかったからだろう。だからルフィはゾロを探す必要なんてなくて、その分少しだけ早く喧嘩が始まったってことか……って、ちょっと待て落ち着こう整理しよう。
つまり何だ? ゾロが助けに来なかったのはナミと口論してたからか?
何故口論になったかっていうと、それは借金が無かったからで。
何故借金が無かったのかっていうと、一味の財政を俺が管理してたからで。
何故財政管理を俺がしているのかっていうと、それは俺が大きな買い物をしたからで。
大きな買い物って何かっていうと、それは鍵付き冷蔵庫で。
………………………………うん。
危なッ! マジで危なッ!!
だってあのままビビ死んでたら、バロックワークスを止める者はいなくなってて、アラバスタ王国は完全崩壊で……うわぁぁぁぁぁぁぁぁ。
え、てことは何か!? 極端な話、アラバスタは1つの鍵付き冷蔵庫のせいで滅びかけたってことか!?
いやいやシャレにならんよ、鍵付き冷蔵庫1つのせいで1国が滅びるとか! マジでありえん!
ってか、これか! この島に来る途中でゾロに『猫の手』の代金を渡された時に感じた嫌な予感はこれのことだったのか!?
よかったー、俺、町に出てて……ってか、野次馬根性出して……。
「そういえば、あの2人は?」
ひとまずあらましを説明し終えたナミが、Mr.5ペアについて聞いてきた。
「取りあえずぶっ飛ばしといた」
「そう」
あいつらに関しては正直どうでも良かったのか、ナミの答えはあっさりしていた。
「ぶっ飛ばした!? バロックワークスのオフィサーエージェントを!?」
この場でただ1人驚愕しているイガラムに、ビビが話し聞かせる。
「本当よ、イガラム。流石は5000万ベリーの賞金首というか……あんな人間が、まだこのグランドラインの序盤にいるなんて」
褒めてくれてるんだろうけど、妙な言い草だよね。
「グランドラインの中で生まれたんでも無い限り、どんなやつだって初めはあるさ。俺に限ったことじゃない。俺たちの中でも、ルフィやゾロやサンジだったらあれぐらい出来るはずだし」
チラと視線を向けると、当然だと言わんばかりにゾロが頷いていた。
「なぁ、何がどうなってんだ?」
一方で、全く状況が飲み込めていないらしいルフィ。ついでに言うなら、ルフィの体型は風船のごとく膨れたままだ。一体どんだけ食べたんだこいつは?
ルフィの疑問を受けて、ナミが真剣な顔になった。
「そうね、私も詳しい事情を聞きたいし……とりあえず、あなた」
ナミはビビに視線を向けた。それに訝しげな顔をするビビ。
「ちょっと、私たちと契約しない?」
「? 契約?」
目をパチクリさせているビビは、王女でも犯罪組織の一員でもない、ただの年相応の女の子に見えた。