突然だけど、クロッカスさんは医者である。
だから、持っているかどうか聞きたいもの……もっと言えば、持っているなら譲ってもらいたいものが2つある。その内の1つはまだ口には出せないけど、もう1つはこの時点で聞いても問題ないだろう。
「ドラム王国への永久指針?」
「はい。俺たちには船医がいなくて……出来れば、勧誘したいなって」
「なるほどな……確かに持っている。1つやろう」
よっしゃ! 医者であるクロッカスさんなら医療大国ドラムの永久指針を持ってるかなと思ったけど、当たりだった!
もう1つの方は……まだ口には出せないな。まぁ持ってるかどうかも解らないけど。
そしてクロッカスさんは永久指針を持ってきてくれたけど……何だか複雑な表情をしていた。
「どうかしたんですか?」
「いや……昔を思い出してな。昔、ルミナにもドラム王国への永久指針をやったものだ。医療大国に興味があったようだからな」
あぁ……そういえば、ドラムに行ったって日記にも書いてあったっけ。Dr.くれはやヒルルクにも会ったとか、王子サマがダメダメだとか……その王子って、ワポルのことだよね?
俺がワポルのアホ面を思い出していると、ルフィの声が聞こえてきた。
「んん! よいよ! これがおれとお前の戦いの証だ!」
あ、終わったのか、ラブーンのペイント。なら俺も、あの新しい手配書のことでも伝えに行くか。
間近に見たラブーンの『証』は、ウソップが手伝っただけのことはあるというか、結構イイ感じだった。
「おれたちが戻ってくるまでに、頭ぶつけて消したりするなよ!」
ルフィの言葉にラブーンは返事を返す……本当に賢いな。何にせよ、これでラブーンの自傷行為は止まるはずだ。
さて、問題の手配書だけど……。
「おー、上がった!」
やっぱりというか何というか、ルフィは喜んでいる。
にしても、今の時点で6000万なら頂上戦争の頃はいくらになってるんだろうね?
それも気になるけど、今はそれ以上にエレファント・ホンマグロの方が気になってたりする。サンジが調理してるはずだけど、どんな味なんだろ。
「あーーーーーーー!!!」
ナミの絶叫が聞こえたから様子を見に行ってみると、コンパスを見て固まっていた。
「コンパスが壊れちゃった! 方角を示さない!」
その発言に、一緒にこっちに来ていたクロッカスさんが呆れ顔になった。
「何だ、記録指針のことを話していなかったのか?」
聞かれたので苦笑いで頷くと、溜息を吐かれた。いや……何となく、タイミングが無くてさ。
「
聞き慣れない単語に、ナミが首を捻っている。と同時に俺に向けられる視線。その目が雄弁に語っていた……『ちゃんと説明しろ』と。
「グランドラインは、点在する島々が多くの鉱物を含んでいるせいで常に磁気異常を起こしてるんだ。だから、コンパスは正確に方角を示さない。ついでに言えば、グランドラインは天候も海流も風も恒常性が無い……怖いだろ?」
正直、目的が無ければ絶対にお近付きになりたくない海である。ナミもその意見には頷いた。
「そうね……海で方角を見失えば死ぬわよね」
「そこで必要になるのが記録指針なんだ」
どん、と無駄にカッコつけて言ってみました。
「記録指針……聞いたことないわ」
まぁ、それはそうだろう。グランドラインの外での入手は困難なんだし。
ちなみに余談だが、この話はルフィとある意味で戦いながら進められている。何故か?
……放っておくと、コイツが折角のエレファント・ホンマグロを食い尽くすからだよ! なので俺は現在、ナミと話しつつもコッソリと自分の分を取り分けている。後で食べるんだ。
「グランドラインの島は多くの鉱物を含むって言ったけど、そのせいかある種の法則に従った特殊な磁気を帯びてるんだ。その島と島の間で引き合う磁気を記録させて航海の指針とする。それが記録指針の役割だよ。知らなくても仕方が無いんだけどね。グランドラインの外での入手は困難なものだし」
「つまり、変なコンパスか」
エレファント・ホンマグロの鼻を齧りながらルフィが口を挟んできた。
「うん、まぁそうだね。もっと言うなら、さっきルフィが甲板で拾ってたアレが記録指針だ」
「? これがか?」
言ってルフィが取り出した記録指針。
「何でアンタが持ってるのよ!」
そして何故か、ナミにノリで殴られるルフィ……ご愁傷様。
当然それは、あの2人組の持ち物である。
「文字も何も書いてないのね」
上から下から横からと観察するナミがポツリと呟いた。
「まぁ、島の方向を示しているだけで、東西南北を示すわけじゃないからね」
実際、不要だよね。記録指針に文字盤とか。
「グランドラインの航海では、頼りになるのは唯一、記録指針の指し示す方角のみ。航海の初めは、このリヴァース・マウンテンからの……7本、でしたっけ?」
ちょっと本数があやふやだったからクロッカスさんに確認してみたら、黙って頷かれた。
「その7本の中から1本の航路を選ぶんだけど、それらの磁気はやがて引き合い、1本の航路に結びついてグランドラインを1周する。そして、グランドラインで最後に辿り着く島の名が、『ラフテル』。歴史上でも、その島を確認したのは海賊王の一団だけと言われてる」
「海賊王の一団……」
ナミの呟きに反応し、未だにエレファント・ホンマグロに夢中なルフィ以外のこの場にいるメンバー……ナミ、ウソップ、サンジがクロッカスさんを見た。
「おい、じいさん! そこにあんのか、ワンピースは!」
ウソップが興奮したようにクロッカスさんに詰め寄った。
「……さァな。その説が最も有力だが、誰もそこに辿り着けずにいる」
クロッカスさんが本当に知らないのか、それとも知っているのか。それは解らないけど、上手いことボカしてくれた。
「じゃあユアン! お前は何か知らないか!?」
ウソップは随分と興奮しているらしく、俺に話を振ってきた。
「あのなァ……いくらグランドラインの基礎知識があるとはいえ、流石にラフテルのことなんて俺が知ってるわけないだろ? 海賊王のクルーだったんじゃないんだから」
肩を竦めながら呆れたように言うと、ウソップはあっさり引き下がった。そりゃそうだろう。グランドラインについて多少知ってるだけの俺に拘らなくたって、海賊王の船に乗っていて色々知ってるであろうクロッカスさんが目の前にいるんだし。
それに実際、俺はラフテルやワンピースのことなんて知らない。母さんの日記でもそこら辺の部分は喪失していたし、俺の知る限りでは原作もそこまで行ってなかった。
俺に聞くのは早々に諦めたウソップだったけど、その分クロッカスさんに食い付いていた。
「じいさん、もったいぶるなよな! いいじゃねェか、それぐらい教えてくれたって!」
「ウホッフ!」
ウソップがさらに踏み込もうとしたのをルフィが遮った……けどな。
「口の中を空にしてから喋りなよ」
ビヨンと、風船のように膨らんだルフィの頬を引っ張らせてもらいました。
ルフィはもぐもぐと咀嚼して口一杯に頬張っていたエレファント・ホンマグロを飲み下す。
「プハァ……ウソップ! それ以上聞くな!」
「何でだよ! そもそもワンピースは実在するかも解らないって言われてる代物だぞ!」
「花のおっさんに答えだけ聞いても、つまんねェだろ! ここでおっさんに何かを教えてもらうぐらいなら、おれは海賊をやめる! つまらねェ冒険なんて、おれはしねェ!! あるかどうかは、行けば解るんだ!」
どキッパリとした宣言に、ウソップが怯んだ。そして渋々引き下がる。
何と言うか……ルフィはやっぱりルフィなんだね。色んな意味で。
「うん、ルフィ。お前のその姿勢は俺も好きなんだけどね? もう少し周りをちゃんと見ようよ」
言って指差したのは、空になった皿……ただし、俺の分は先に取ってあったので無事だ。けどそれ以外は全滅。
「骨まで無ェし!」
ウソップは目玉が飛び出そうなぐらいに驚いている。しかし、ある意味サンジが受けたショックはそれ以上だったみたいだ。
「クソゴム……おれは……ナミさんに食ってもらいたかったんだァ!!」
……当のナミは、記録指針の観察に忙しくてエレファント・ホンマグロに興味無いみたいだけど。そして、その傍らで今度は俺が1人黙々と食べてるけど。
そして悲劇が起こった。
「げふっ!」
ルフィが怒れるサンジに蹴り飛ばされ……運悪く、ナミが腕につけていた記録指針が割れた。
《………………》
一同、沈黙。
「……あんたら」
ナミのどこか静かな声に、サンジが何故か嬉しそうに目を♡にさせて振り向いた……が。
「海で頭を冷やしてこい!!」
ルフィと揃って、海に蹴り落とされていた。哀れなり、ラブコック。
「どうすんのよ、記録指針はグランドラインでの命綱なんでしょ!?」
「大丈夫、俺も1個持ってる」
「持ってんのか!」
半ばパニックに陥っていたナミに、ポケットから取り出した記録指針を見せたら殴られた……ノリって怖い。
「どうして持ってるのよ、そんなの」
その疑問は当然だろう。グランドラインの外での入手は困難だって、さっき俺が自分言ったんだし。
「いずれグランドラインに入ることになるってのは、解ってたからね。ある海賊から奪ったんだよ」
「ある海賊?」
きょとん顔で聞き返すウソップに、俺はイイ笑顔で返した。
「懸賞金1500万ベリーで、赤っ鼻でデカっ鼻で、『ハデに』が口癖の海賊」
当然、そんな特殊な条件に当て嵌まる海賊は1人しかいない。
「………………奪ったのか、そいつから」
クロッカスさんがもの凄くビミョ~な顔をしている。それが誰だか解るからだろう。
「はい、奪いました」
「……バギー……とことん報われんやつだ……」
クロッカスさんが何かを小声で呟いてたけど、声が小さすぎて詳細は聞き取れなかった。予想はつくけど。
それにしても、この親バカドクターが純粋に同情するなんて……バギー、よっぽど脈ナシだったんだな!
「じゃあ、今まで何でそれを言わなかったの?」
記録指針を受け取りながらも、ナミは腑に落ちない様子だ。
「グランドラインに入ったら言おうと思ってたんだよ。でもルフィが別のを拾ってるのを見たからさ、これは予備としてでも置いとこうかとも考えたんだけど……早速の出番だったけどね。あ、エレファント・ホンマグロ、食べる?」
ナミとウソップに皿を差し出した。
結構美味いよ、エレファント・ホンマグロ。2人も舌鼓を打っている……ついでと言ってはなんだけど、クロッカスさんにも少しあげた。
「それなら、私の物も1つやろう。備えあれば憂い無しとも言うしな」
クロッカスさんのご厚意により、さらにもう1つ記録指針を受け取ることになったのだった。
そしてそんな最中、海の方では何かの爆音がした。明らかに怪しいけど……まぁ俺たちには関係無いからどうでもいい。
それからさらに少し経つと、海に落とされたサンジがあの2人組を連れて来た。ちなみにルフィは、未だに目を回している。
……俺も後であいつを少し海に沈めようと思ってたけど、やめとこう。何だか可哀相になってきた。
2人組は、自分たちをウィスキーピークにまで連れて行って欲しい、と言ってきた。
疑問なのは、何故その2人との交渉を俺がしてるのかってことなんだけどね。船長が目を回してるからか?
「随分と虫がいいよな、あれだけの啖呵を切っといて……『田舎海賊』、だっけ? それに、ラブーンのことだって殺そうとしたくせに」
正座している2人は、何も言わない。ウソップが、お前らは何者なのかっていう基本的な事柄を聞くと。
「王様です」
Mr.9が答えた。
……コイツ、これをマジで言ってるんだろうか。
俺は溜息を吐いた。
「まぁ、お前らの記録指針を俺たちが拾っちゃった以上は、頼まざるを得ないよな」
「でもあんたたちの記録指針、壊れちゃったわよ?」
ナミが綺麗に割れている記録指針を見せながらからかうと、2人は激昂した。
曰く、下手に出てりゃ調子に乗りやがって、らしいけど……別に、調子に乗ってたつもりは無いのに。
元々は自分たちのものだった記録指針を壊されて憤慨している気持ちは解る、解るけど……だからって、許せることと許せないことがある。
「あのバズーカのことだってそうだ! 返せ、チビ!」
………………あはは、コイツ何を言ったのかな。
「ぐふ!!」
「Mr.9!!」
ビビが悲鳴を上げたけど、何てことは無いよ? ただちょっと、正座状態だったMr.9の頭に踵落とししてそのまま踏み付けてるだけだよ?
「チビ? チビって言った? それって人に物を頼む態度じゃないよねェ?」
落ち着け俺。ここは冷静に、出来るだけ穏便な空気で諭すんだ。
≪暫くお待ち下さい (自主規制中) ≫
「皆さんと同じ大地を歩いてすみません………………」
あれ? 俺はちょっと説教しただけなのに、何でMr.9は滝の涙を流しながら地面とお友だちになっているんだろう?
「お前、久々に毒を吐きまくったなー」
いつの間にか目覚めていたルフィに呆れたような視線を向けられた。やりすぎたか? ……でも、ルフィも止めなかったんだし、言うほど酷くはなかったんだろうと思う。多分。
「大丈夫だ、問題ない……で」
俺がふとMr.9から少し離れたところに座っているビビに視線を向けると、何故かビクリと肩を震わせていた。
「ご、ゴメンナサイ!」
「………………何が?」
え、俺ってば、何かビビに謝られるようなことされたっけ?
……ダメだ、やっぱり思い付かない。スルーしよう。
「壊れたのはあくまで君たちの記録指針であって、俺たちは他にも記録指針を持ってる。ウィスキーピーク、行きたいのか? 行きたくないのか?」
聞くとビビは、ハッとしたように顔を上げた。
「い、行きたいです! 船に乗せて下さい!」
……何で敬語? 君って王女様だよね? ま、いっか。
「だ、そうだけど。どうする、ルフィ?」
これでメリー号の進む航路が決定するんだ。それは船長が決めることである。
「いいぞ。乗っても」
特に考えることも無く、ルフィはあっさりと引き受けたのだった。
さて。次の目的地がウィスキーピークに決まったことだし、クロッカスさんにもう1つ聞きたいことがある。
だから記録を貯めるまでの間にまたクロッカスさんと2人きりになったんだけど……何だろう、この微妙な空気は。
「……俺の顔に何か付いてますか?」
あんまりにもジィっと見られるもんだから、ちょっと聞いてみた。
睨まれてるわけじゃないんだけど……何となく、居心地が悪い。
「いや……お前には確かにルミナの血が受け継がれているのだな、と思っただけだ」
……え? 何が?
クロッカスさんは、懐かしむような頭痛を抑えているような、そんな微妙な顔である。
「あの子も本気で怒るとお前と同じように、穏やかな笑顔と共に淡々と毒を吐いて相手の心を殺していた……ロジャーですら、それからは逃れられなかった」
海賊王も!? ある意味スゲェ!
「特に、平均よりも低い身長を気にしていたな……」
うわ、他人とは思えない! って、母さんなんだから赤の他人じゃないか。
いや、それよりも聞くべきことがある。
ってか、これ以上聞きたくない。母さんが低身長だったとか、聞きたくない。俺のこの身長が遺伝のせいだなんて、思いたくない。
「それより、俺たちの航路はウィスキーピークに決まったわけですけど……そこからログを辿ると、次に行き着くのはリトルガーデンですよね?」
聞くとクロッカスさんはちょっと驚いたみたいだった。
「知っていたのか?」
「まぁ、ちょっとは調べましたから。でもそこって、太古の島でしょ? しかもジャングルらしいですし……ケスチアとかが残ってたりしたら、洒落になりませんよね? 抗生剤とか持ってませんか?」
聞くとクロッカスさんは、大きく頷いた。
「そうだな、病はバカに出来ん……確かに持っている。少し待て、他にも役に立ちそうな薬をやろう」
よっしゃ、あった! 昔はこの岬で診療所を開いていたらしいから期待してたんだけど、本当にあるなんてな。
永久指針、抗生剤……欲しかった2つが手に入るなんて、幸先がいいかもしれない。しかも、他にも色んな薬のオマケつき。優しいな、クロッカスさん。ありがとう。
リトルガーデンでのケスチア感染は、避けてはいけない。むしろ、何が何でも成就させなきゃいけない。
何しろ、チョッパーを仲間にするにはドラムへ行かないといけないけど、アラバスタへと急いでいる道中なんだ。そんな中で自然な形で寄り道するには、病人が出るのが1番手っ取り早い。しかも、ケスチア……五日病のように、普通の治療では治せずに特別な処置が必要な病気は打ってつけ。
けれど、リスクは当然ある。もしも何らかの想定外の出来事が起こってドラムへ行くのに手間取れば、下手をしたらそのままお陀仏だ。それは避けたい。
万一の時のために、抗生剤があれば安心だ。
まぁ、そうしたらドラムへ行く口実を失いかねないから、にっちもさっちもいかないって状態になるまでは口外しないけどね。