16年前に何があったのか、俺が知る限りのことは聞かれるままに話した。といっても、大半がこの間ミホークに聞いたことなんだけど。
「ダイアル?」
「はい、これです……知ってますか?」
話に出て来たあの
「ああ、それは確かにルミナが使っていたものだな。私は直接その場面を見ていたわけではないが、ロジャーに貰ったのだと言っていた」
やっぱりロジャーからだったのか。でもそれなら、俺の記憶は正しかったわけで……何で記述が見付からなかったんだろう?
「日記を持っていると言ったな? 見てもいいか?」
俺は頷き、船から持ち出していた日記を差し出した……持って来てたんだよ、実は。元より、望まれたならば見せようと思ってたからね。
クロッカスさんはパラパラとページを捲り、ふとその手を止めた。
「その前後に立ち寄った島から見て、時期的にはおそらくこの頃だったと思うのだが……何故ページが抜けているのだ?」
広げたまま差し出されたその見開きを見て、俺は1つのことを心に決めた。
即ち。
「今度ルフィを海に沈めておきます」
「何故そうなる?」
何故か? それは、そこが昔ルフィの『うっかり』によってオシャカになった部分だったからだよ! そりゃあ、昔は見たことがあるのに現在は見付からないはずだよな!
何でそんなピンポイント!? ほんの数日分だったのに、よりによって何でそこ!? どこまで神懸かり的な巡り合わせ!?
「……まぁ、船長は大事にしろ」
クロッカスさんは何も言わないことにしたらしい。ありがたいことだね。
「考えておきます。で、話は戻しますが、結局ソレはどんなダイアルなんですか?」
重ねて聞くと、クロッカスさんは少し遠い目をした。思い出そうとしているらしい。
「名前は確か……中々出てこんな、年か……そうだ、パックダイアルといったか」
「パック? 収納?」
聞き返すと、クロッカスさんは頷いた。つまり、
「ルミナは、薬や医療道具を持ち歩くのに使っていたな」
なるほど、医者だもんね……って。
「このサイズで?」
掌で包み込んでしまえる、小さな貝。これに何が入るっていうんだ。
「使用時には、大きくなる。大体50cm四方ほどにな」
う~ん、ちょっと想像がつかない……いや、俺の能力を解除した時と似たようなものなんだろうか。
「ちなみに、使い方は……?」
「忘れた」
「オイ、じいさん」
思わずツッコみました。サラッと言ったな、この人!
「仕方がないだろう……私があの子がこれを使っている場面を見るときは、大体既に大きくした後だった。実際にそうした所を見たことは殆ど無いのだ。それに、もう22年以上も経っている」
まぁ……その年数を言われちゃうと、何とも言えないよな……確かに22年は長い。
けど、なるほど。それで二枚貝の形なのか。多分、アタッシュケースみたいに開けて使うんだろう。
「それに入れたものは、外界の影響は一切受けんらしい。衝撃で壊れることも、時の流れで劣化することも無いのだと言っていたな」
地味にスゲェな。
極端な話、100年前に捌かれた肉だってこれで保存していれば現在でも食べられるとか、そういうことだろ?
「それより……」
俺がちょっと溜息を吐いていると、クロッカスさんが難しい顔になっていた。
あまりにも真剣な表情をしてるもんだから、何かあったのかと俺は居住まいを正した……が。
「小僧、さっき……何と言った?」
さっき? さっきって……。
「使い方、思い出してくれたんですか?」
「いや、その後だ」
その後、って…………おい、まさか。
「じいさん?」
言うや、クロッカスさんは少し涙ぐんだ……おいこら。
何を感動してるんだこの人は。
「……いや、すまんな。ロジャーの船に乗っていた頃、いつだったか宴の時にルミナとレイリーが話していたのを耳に挟んだことがあったんだ……あの子の子どもなら孫も同然と……それを思い出した」
さいですか……何でそんなことを思い出すんだよ。ってか、どこをどうしてそんな話になったんだ。そんな風に言われたら、俺、何も言えないじゃないか。
「……何なら、これからもじいさんって呼びましょうか?」
言ったら、また涙ぐまれた……そこまでか!? まぁ俺としても、睨まれるよりかはよっぽどマシか。母さんの子ってことを前面に押し出して対応させてもらおうっと。
取り敢えず、感動を噛み締めているらしいクロッカスさんは置いといて……母さんは俺に何を遺したんだ?
このダイアルの役目が収納、つまるところ単なる鞄の1種なら、大事なのはこの貝ダイアルそのものじゃなくてその中身だろう。
クロッカスさんは、母さんはこれを医療鞄として使っていたと言うし、海に出た子どもに薬やその他があればいいと考えても可笑しくは無いけど……ミホークは、これを受け取る前に母さんが何かゴソゴソとやっていたと言っていた。恐らくはその時に、何かを入れたんだろう。わざわざ子どもに遺そうと思う『何か』を。
しかし、それにしたって妙な話だ。
母さんが俺を大事に想ってくれてたのは、今更疑う余地も無い。けど、そこまで想ってくれてたんなら……何で託した相手がミホークなんだ? わざわざ遺したい『何か』があったんなら、祖父ちゃんにでも頼めば確実なのに。俺を受け入れて、(一応)匿ってくれてた祖父ちゃんだ、それぐらいは頼めば聞いてくれてたと思う。
それが何でミホーク? あまりにも不確定要素が多すぎるだろう? 海を離れようって時に偶然出くわしたから、なんて単純な理由かもしれないけど……そもそも、俺が出会うかどうかすら解らない相手だ。
お礼を押し付けるための方便? あり得なくは無いけど……それなら、渡す前に『何か』をわざわざ入れる必要は無いはずだ。ただ押し付ければいい。
『それ』が俺の手に渡ったとしても、使うか使わないかは俺が決めること。そう言っていたらしいけど……母さんは何がしたかったんだ? わけが解らない。
……いやそれ以前に、俺がいくら考えようと解らないのかもしれない。
何だかんだ言ったって、その時の母さんは精神的に結構切羽詰っていたというか、追い詰められていたと思う。でなければ、一足飛びに死を覚悟なんてしないだろう。そんなギリギリの精神状態、俺は経験したことがないから。
もしもそうなのだとしたら母さんがしたことは、傍目には支離滅裂で、けど俺のことを考えてのこと……なんじゃないかと思う。
だとしたらそんなこと……俺には解らない……。
俺はふるふると頭を振って思考を切り替えた。
解らないことを今考えても仕方が無い。中身が何なのか解れば、その先も少しは見えてくるはずだ。
幸い空島には行くんだし、流石にそこまで行けばこれの使い方も解るだろう……ん?
「ニュース・クーか?」
空というか上空に意識を向けたら、ふと何かの気配がしたから顔を上げた。予想通り、ニュース・クーが飛んでいた。
「1部買おうかな」
懐から小銭を取り出して翳して見せると、ニュース・クーが降りてきた。
金を渡して新聞を受け取りふと前を見ると、クロッカスさんがまじまじと俺を見詰めていた。
「お前は見聞色の覇気でも使えるのか?」
あ、それですか。
「一応、少し……でもよく解りましたね、これぐらいで」
ニュース・クーを見付けた、ただそれだけでそんな連想をするなんて……そりゃあクロッカスさんにしてみれば覇気は珍しいものじゃないかもしれないけど、俺は今さっきグランドラインに入って来たばかりのルーキーでしかないのに。
俺が首を捻ると、クロッカスさんは肩を竦めた。
「ルミナの資質を受け継いでいるなら、あり得ん話では無い。あの子は生まれ付きそれが使えた」
あ……そういえば、そんな記述があったっけ。
バギーとかミホークとか、話に聞く母さんがあんまりにもボケボケな感じだったから、忘れてた。
「普段は完璧に押し込めていたがな。本人が言うには『何でもかんでも解ってしまうなんてつまらない』かららしいが……そのせいなのか、日常では酷い鈍感娘だった」
なるほど、つまり。
「それで赤っ鼻の気持ちにも気付かなかったのか」
考えてみれば妙な話だもんな。心の声が聞ける人間が、あんなに解りやすい好意に気付かないなんて。
俺が納得しているその一方で。
「……バギーに会ったのか?」
クロッカスさんがものすっごく微妙な顔をしている。多分、バギーが取ったであろう行動が予想できるんだろう。
「はい。オレンジの町ってトコで……逆切れされましたけど」
しばし、沈黙。お互い、何て言ったらいいのか解らなかった。
話を逸らそうそうしよう。
「けど、俺の見聞色は生まれ付きのものじゃないですよ? 小さい頃から頑張ったんです」
思い出す、あの痛かった日々……。
「頑張った? どうしたんだ?」
「目隠しして、後ろからルフィとかに殴ってもらったんです」
「馬鹿かお前は」
馬鹿って言われた……ちょっとショック……。
「でも、他にやり方が解らなかったんですよ。お陰で、ちょっとずつ気配が読めるようになりましたし」
「普通はならんぞ、そんなことでは……やはり資質は受け継いでいるのか? あの子の覇気の才能は目を瞠るものがあったのだし……」
そうか、普通はならないのか。我流だからメチャクチャなのは自覚してたけど、そこまで言われるなんて。
にしても。
「覇気の才能? 確か、シルバーズ・レイリーに師事してたんですよね?」
医学はクロッカスさんに、覇気はレイリーに……あれ? 俺、何でレイリーは呼び捨てなんだろう? 直接会ったことが無いからかな? だから、生身の人間というよりも伝聞上の人としか思えないんだろうか?
俺の内心なんて今はどうでもよく、クロッカスさんは頷いて懐かしむような顔をした。
「武装色・見聞色・覇王色……3種類全て使えていた」
…………え?
「覇王色も……ですか?」
「そうだ。何だ、知らなかったのか?」
知りませんでした。
日記にも、『覇気の訓練』としか書いてなかったし。武装色と見聞色のことだけだと思ってたよ。
「まぁ、使うことは滅多に無かったがな。あの子が使う必要など無かったから、覇王色に関しては制御訓練程度しかしていなかった」
使う必要が無い? ……そりゃそうか。
見習いなんて下っ端が使う前に、船長のロジャーとか副船長のレイリーとかが使って敵を追っ払っただろう。それ以後にしても、船医である母さんよりも船長である『赤髪』が使うことの方が多かっただろうし…………って、ちょっと待て?
俺……………………両親共に覇王色持ちデスカ?
………………どーでもいっか! だからって俺にあるわけじゃないんだし!
持ってない覇王色よりも、持ってる見聞色について聞こう! 気になることもあるし!
「あの……ちょっとお聞きしたいんですけど」
俺はアーロンパークであったことを少し話した。普段は不完全にしか使えないのに、怒ったときはどうやらかなり使えていたらしいことを。
俺としては、何かアドバイスでももらえないかな、という軽い気持ちだったんだけど。
話を聞いて、クロッカスさんは考え込み……ふと口を開いた。
「それ以前に、思い当たることは無かったか?」
「思い当たること?」
「相手の行動の先が読めたり、心が読めたり、気配を察したり……つまりは、解るはずのないことが解ることだ」
行動の先読み……心を読む……そういったことは、今でも滅多に無いんだよね……。
気配を読むのはしょっちゅうだけど、それはまた別の話だろう。
解らないはずのことが解る、だなんてそんなことは……………………………………あ。
よくよく考えてみれば……アレも、『解らないはずのことが解った』ってことなんだろうか。