「下等な人間が……同胞たちに……何をしたァ!!」
あ、アーロン切れてる。そりゃそうか、これじゃなぁ……て、やった本人なんだよね、俺。何か他人事みたいな感覚だけど。どっちかっていうと今の俺は、スッキリしてる。発散したからだろうか。
でも、何をしたって言われると……うん、まさに文字通りの。
「雑魚散らし」
プチ、とアーロンの血管が切れた音がした気がした。
アーロンの、そういった所だけは嫌いじゃない。種族主義の差別主義者だし、冷血な極悪人だけど、仲間思いだって点だけは事実なんだよね。
まぁ、だからって好きにはなれないけど。
「この……下等種族がァ!!」
怒りのままに襲い掛かろうとしたアーロンを、幹部3人が引き止める。
「アーロンさん、あんたは大人しくしててくれ」
「あんたに怒りのままに暴れられちゃ、このアーロンパークが崩壊しちまうッチュ♥」
チュウ……語尾の♥がウゼェ!
「ん~~~~~~!!」
とか何とかやってる間に、ハチが何かしている。
「たこはちブラーック!!」
「蛸墨だ!」
けど全員かわしました。だって、ルフィの足も埋まってないし。
「テメェはもう充分暴れただろうが」
ヒョイ、と後ろ襟を掴まれて引っ張られる。その犯人はサンジだった。
「後はおれたちのエモノ……違うか?」
「ま、そうだね」
元々そのつもりだったし。
それに正直、体中べとべとで気持ち悪い。動きたくない。洗いたいけど……俺ってカナヅチだから、海には入れないしなぁ。
うん、ちゃんと考えて行動しないと後で酷い目に遭うっていういい例だね!
「俺はこの後はもう観戦でもしてるよ……問題無いだろ?」
ちょっと下がって、大きめの瓦礫の上に腰を下ろす。え? 略奪? 流石にここではしないよ、だってここにある金品はこの島のものだし。後々復興資金としているだろ?
「無ェな」
「レディーを泣かせるようなクソ野郎どもは、おれがオロしてやるよ」
「剣士ってなァどいつだ?」
「だが! どうしてもというなら手伝わせてやってもいい!」
「……お前、策があるんじゃなかったのか?」
最後の最後、ウソップだけちょっと不安だけど、まぁ大丈夫だろう。
そしてまず火蓋を切って落としたのは、そのウソップだった。
「必殺・鉛星!」
自分が狙うべき相手、チュウに挑発の一撃をかましたのだ。
当然、ただのパチンコが魚人に大ダメージを与えるわけがない。
「テメェ……殺されたいらしいなァ!!」
元々(俺のせいで)苛立っていたチュウは、あっさりとその挑発に乗った。
ウソップは踵を返すと、ルフィが開けた壁の穴から走り去る……まぁ、ウソップの戦法は周囲に別の者がいない方がいいだろう。万一のことを考えると。チュウもそのままウソップを追いかけていった。
そしてふと気付いた。いつの間にかココヤシ村の人たちが外に集まっている。ゲンさんやノジコもいるけど……ナミの姿は見えないな。まだちょっと落ち着いてないんだろうか。
ヨサクとジョニーがちゃんと押し留めてくれているらしくて中には入ってこない。外から見ている分には一向に構わない。むしろ見届人としていてもらった方がいいな。
さて……各々の死合は、どうなるだろうね。
俺としてはとりあえず、大怪我が治ってないゾロはさっさと終わらせて欲しいんだけど。
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ウソップは走っていた。魚人海賊団の幹部、キスの魚人のチュウ。今回ウソップが倒すべき敵だ。
本当は、幹部との1対1なんて冗談じゃないと思っていた。もっと言うなら、誰か……特に、幹部との戦いを控えていないユアンあたりにさり気なく手伝ってもらおう、と思っていた。
けれど、掘り起こしたナミの宝を見た時、その考えを変えた。
ボロボロになった宝……紙幣に付いていた血は、全部とは言わなくても殆どがナミのものなんだろう。
(あいつはずっと1人で戦ってきたんだ! おれだって、勇敢なる海の戦士になるために海賊になった! 戦わなきゃいけない時には戦う! どんな手を使ってでも!)
自分だけみっともない真似は出来ない、そう思った。
それに、さっきのユアンの姿。正直に言えばとても怖かったし、怒りのままに暴れているようだった。それでもそれは、喧嘩なんて生易しい戦いで済むものではない、と見せ付けられた気がした。
(海賊なんだ……敗ければ死ぬ! 『海賊ごっこ』は終わったんだ!)
出来るだけのこともせずにすぐに諦めるようなことは出来ない、と思った。
事前に相手の情報を得られたのは僥倖だった。お陰で、じっくり作戦を立てる余裕が出来た。確かに足は竦むが、それもこうして走っている間に落ち着いてきた。
(策は立ててある! 大丈夫だ、おれなら出来る! おれは『狙い』は外さねェ!)
ウソップの海賊としての初めての戦いの幕が、上がろうとしていた。
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ゾロは六刀流の剣士だというハチと対峙していた。
正直に言えば、さっさと終わらせたいところだ。剣士との戦いを逃すつもりはないが、『鷹の目』にやられた傷は確実にゾロの負担となっていた。
それでも、早期治療と(ゾロにとってはかなり不本意な)強制的な安静のお陰か、短時間ならば大きな問題は無さそうである。
「おれは魚人島では1人を除けばNo.1だった剣士、『六刀流のハチ』! 人間には決して越えられない壁というものを見せてやる!」
「……要は、小さな島のNo.2ってことだろうが。この最弱の東の海のNo.1とどっちが上か……試してみるか?」
そうは言っても、相手の自己申告がウソでないのなら、決して弱い相手ではないのだろう。下手に動き回れば、傷が開く可能性がある。だが……。
(それでも負けられねェ……普通は死ぬような怪我でも、おれは死ねねェ。普通じゃない『鷹の目』のヤツに勝つには、普通でいちゃいけねェんだ!)
或いはこの戦い、ゾロにとっての敵は己自身なのかもしれない。
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「覚悟は出来てんだろうな、このクソ魚野郎」
「覚悟? それは貴様らの方だろうが」
こちらはサンジVSクロオビ。
サンジは燃えていた。
ナミが受けてきた仕打ち、先ほどのアーロンの口ぶり……そのどれをとっても彼の神経を逆撫でするものばかりだった。もしもユアンが先陣を切っていなければ、サンジの堪忍袋の緒もブッツリ切れていたかもしれない。
だが、少し時間を置いたことで冷静さを取り戻せた。
海賊同士の戦いであるから、船長同士が戦うべき。それに関しては、不本意ながら納得した。しかし、アーロンの相手をすることを諦めたからといって、彼の怒りのボルテージが下がるわけではない。
「女を泣かせる者は許せない、と言っていたな? 海賊がそんな生ぬるい騎士道を振り翳すとはな……所詮そんな口先だけの騎士道では、誰1人守れん」
「……なら試してみるか、サカナマン」
サンジは吸っていたタバコを吐き、踏んでその火を消した。
「おれは怒りでヒートアップするクチなんだよ……!!」
逆鱗に触れる、とはこのことだろうか。
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暴れてくれるな、と言われても、人数の都合上アーロンも黙って座っているわけにはいかない。
「……おれとテメェの絶望的な違いは何だと思う?」
アーロンはルフィに尋ねた。対するルフィの答えは実にシンプルだった。
「鼻」
……確かに全然違う。違うが、今そんなことをわざわざ聞くわけがあるまい。
アーロンは、この目の前の少年を決して甘く見てはいない。先ほどの赤い髪の少年、彼は間違いなくグランドラインで通用するレベルだった。そんなのの船長である。弱いわけがあるまい。それを考えるぐらいには、アーロンはリアリストだった。
しかし同時に、レイシストでもある。
「あご? 水かき?」
「種族だ!!」
所詮は人間、魚人である自分が本気になれば何とでもなる、と思うぐらいには。
ルフィの答えが気に入らず、アーロンは自慢のキバとあごで思い切り噛み付こうとした。それはかわされたが、逸れたキバが石柱を噛み砕き、得意げになる。
「これが種族の差だ! 人間にはこれだけの力など無い! だから下等なのだ! 産まれた瞬間から次元が違う!」
しかし、流石に思い知るだろうと思った相手は、それを全く歯牙にもかけていなかった。
「それがどうした」
ドゴ、とアーロンが噛み砕いた石柱を殴りつける。
「別に噛み付かなくたって、石は割れるぞ!」
ブチ、とアーロンの血管が再び切れた。
「屁理屈を!!」
船長対決は、早々に開幕したのだった。