あー、美味かった。
自分が作った料理以外もいいもんだ。むしろ、気楽に楽しめた。しかも、何故か上等な酒も飲めたし。
ウソップは支払いだけ済ませて、時間が来たからと先に店を出て行ってしまった。
んでもって……さっきから店の外でうろうろしている気配が3つ。正直、来るなら早く来いって思う。
にしてもウソップ、慕われてるんだな。これも1種の人徳だろうか。
「「「ウソップ海賊団参上!」」」
俺がウソップの人柄に思いを馳せていると、明らかに緊張した面持ちの子どもが3人、店へと入って来た。うぉ、見事に頭が野菜型だ。名前を覚えるの簡単そうだな。
でもさ、ウソップにも言ったけど、海賊相手に海賊だなんて名乗らない方がいい。いや、ごっこ遊びなのは解るんだけど、だからこそ。世の中にはその言質を取ってわざと曲解するヤツらだっているだろうし。実際、さっき俺も似たようなこと言った。
「おい、キャプテンがいないぞ……」
この場にウソップがいないことで、警戒を強めたらしい。
「海賊ども!」
「キャプテンをどこにやった!」
「キャプテンを返せ!」
いや……『海賊団参上』って名乗りを上げながら、呼びかけた言葉が『海賊ども』って……まぁいいけど。
「あー、肉美味かった!」
ルフィ、お前本当に間が悪いと言うか……いや、良いのか?
「「「肉ーーーーー!?」」」
おお、面白い! 顎ガックンになってる!
「お前らのキャプテンなら、さっき……食っちまった」
ゾロは解ってて悪ノリしてるね、コレ。よし、俺も。
「気にするな、ヤツは快く食いものになってくれた」
ウソではない。ヤツは自分からバカ高い酒を奢ってくれた。その懐を食いものにさせて頂きました。
「「「ぎゃ~~~~~~!!」」」
お子様3人組、涙目で驚愕……面白い。そして俺は性格悪いな。
に、しても何でだろう。
「「「鬼ババ~~~~~~!!」」」
何で何も言ってないナミに非難が集中してるんだろう? しかも、泡吹いて気絶しちゃったし。
「あんたらが変なこと言うからでしょ!」
腹を抱えて笑ってたら、濡れ衣を着せられたナミに怒られてしまった。
意識を取り戻した3人組に聞いたところ、ウソップは毎日同じ時間に屋敷に行き、元気付けるためにウソを吐いているのだという。
「それってウソっていうより、漫談とかなんじゃないか?」
ウソップだって騙そうとしてるわけじゃないだろうし、お嬢様……カヤも、信じているわけではないだろう。単に互いに盛り上がって楽しんでいるだけなんだから。
ある意味では、カウンセリングに近いのかもしれない。病は気からって言うし、気持ちが上向いていれば元気にもなれる。
「あいつ、いいヤツじゃん」
ルフィも感心している。
「うん! おれはキャプテンのそんなお節介なところが好きなんだ!」
「おれは仕切りやな所!」
「ぼくは、ホラ吹きな所!」
順に、にんじん・ピーマン・たまねぎの言葉だけど……お節介は解るし、仕切りやもまだ納得できるけど、本来ホラ吹きは好きになる要素じゃないよね?
でもそこがいいって言われるのは、それだけ慕われている証拠でもあるだろう。
「もしかして、もうお嬢様、具合いいのか?」
「だいぶね!」
まぁ、いくら体が弱いとはいえ、両親を亡くした1年前から寝たきり状態ってことは、むしろ精神的な問題なんだろうからなぁ。まさに、病は気から、だ。
「よし! じゃあやっぱり、お嬢様に船を貰いに行こう!」
ルフィがどん、と宣言した。
「さっき諦めるって言ったじゃない」
早すぎる前言撤回にナミが食い付いた。
「当のお嬢様の具合が悪くないんなら、いいんじゃない? ウソップがホラ話で元気付けてるっていうなら、俺たちもほら、この間の珍獣の話とかしたら面白がってくれるかもしれないよ?」
うん、あれは珍しかった。今まで見たことなかった。
やっぱり世界は広いよね。いつか自由に見て回りたいもんだよ。
そうしてやってきた屋敷は、まさに豪邸だった。俺が今まで見てきた家の中で、2番目にスゴイ。ちなみに、1番スゴかったのはサボの実家だ。
「ごめんくださーい! 船くださーい!」
ルフィ……なんてど直球な。ってか、本人もいないのに言ってどうする。
「さあ入ろう!」
……って。
「何やってんだお前は」
扉をよじ登って入り込もうとしたルフィの足を掴んで、引っ張り下ろした。
「ちゃんと挨拶はしたぞ!」
「あれは挨拶とは言えないし、言えたとしても門をよじ登る理由にはならない。大体、何考えてるんだ」
門を登るだなんて。
「見つけてくれって言ってるようなモンじゃないか。忍び込むなら裏からこっそり入るんだ」
「そういう問題じゃないでしょ!」
ナミのツッコミが脳天に落ちてきた。地味に痛い。
「ちょっとはまともなこと言うかと思ったら、何コソドロのような理論持ち出してんのよ」
……海賊専門泥棒に言われたくない、と思ってしまう。
そして、俺がちょっと悶絶してる間に。
「よし、じゃあ裏に回ろう!」
「やめんか!!」
ルフィにもナミのツッコミが入っていた。
結局俺たちは、門を乗り越えての侵入となった。
全く、これじゃクラハドールことキャプテン・クロにすぐ追い出されて当然だよね。
肝心のウソップは、カヤに巨大金魚の話を聞かせている所だった。巨大金魚……島喰い……ウソップ、図らずもそれは実在するぞ?
カヤも楽しそうに聞いている。こういう話は、素直に聞いて楽しむのが1番だよね。
「キャプテン!」
3人組の呼びかけに、ウソップは心底驚いていた。気恥ずかしかったのだろうか。
「何でここに!?」
「この人が連れてけって」
そう言って指差されるルフィ。ムダに胸を張っている。
「お前がお嬢様か? 船くれ!」
オイ。
「あにふんだ!」
訳すれば、『何すんだ!』だろう。何で言葉になってないかって?俺がルフィの口……というか頬を思いっきり引っ張ってるからだよ。
「まず挨拶!」
名前と目的ぐらい言おうよ。
摘んでいた皮膚から手を離すと、ゴムの頬はビヨンと元に戻った。
「あなたは?」
ホラ、聞かれちゃった。
「こいつらはおれの噂を聞いて遥々ウソップ海賊団に入りに来た」
「何か言ったか?」
「すいません」
またホラを吹こうとしたウソップを見たが、途中であっさり謝られてしまった。つまらん。
ルフィはちょっと頬を擦っている。どうせ痛くなんてなかったくせに。
「おれはルフィ! 海賊だ! おれたち、でっかい船が欲しくてさ」
「そこで何をしている! 困るね、屋敷に勝手に入ってこられちゃ!」
ルフィの言葉を遮って現れたメガネをかけた執事……クロだ、クロ!
カヤが弁護してくれているけど、聞く耳は持ってないらしい。
「さぁ、出て行ってくれ。それとも何か用があるのか?」
そのセリフに、ルフィは満面の笑みを浮かべた。けど。
「おれたち、船が欲しいんだけど」
「ダメだ」
言い切る前にスッパリ断られてた。まぁ、この場合はクロの判断が妥当だろう。いきなり現れた初対面の人間に無償で船をくれるお人よしの方がそうそういるまい。
ずーんと落ち込むルフィが面倒なので、俺は持ち歩いている干し肉を進呈した。何でそんなもの持ってるのかって? ……だって、大抵の場合ルフィはこれで機嫌直してくれるんだもん。実際、今回もすぐに立ち直ってくれた。
「ん?」
クロが……クラハドールって言うべきなのか? ま、クロでいっか。とにかくヤツが、ウソップの姿に反応した。
「君は、ウソップ君だね? 噂はよく聞いてるよ。村では評判だからね」
うわー、嫌味ったらしい言い方。いや、たらしいんじゃなくて、嫌味か。
クロの嫌味にウソップは得意の軽口で対応していたけど、どうにも分が悪い。経験の差ってヤツだろうか。何せ相手は『百計』のクロ。頭の回転や口の達者さで勝つのは難しいだろう。
それでもあまり問題は起こさないようにウソップも対応には注意していたみたいだが……どうしても、許せないことというのはある。
例えばそれは、エースが出生のことを言われたり、ルフィが命の恩人のことを言われたり。譲れないことというのはあるのだ……俺も、身長のことは言われたくない……あれ? 何か俺だけせせこましくね?
そして、ウソップが言われたくないこととは。
「所詮君は薄汚い海賊の息子だ」
父親への侮辱なんだろう。