念のために簡易医療セットと今ある中で1番度数が高い酒、それにフード付きコートを持って、俺はオレンジの町に足を踏み入れた。
何でコートもかって? 万一バギーと会うことになったらフードで顔を隠そうかなーって……うん、人はこれを無駄なあがきと呼ぶね! でももしかしたらそのお陰で気付かれずに済むかもしんないじゃん。
ルフィたちを探して歩いていたけれど、そう経たない内に。
「誰じゃ、そこの小童」
第1町民と遭遇した。そう、町長のブードルさんだ。
多分、シュシュへのエサやりに行く途中なんだろう。
ここは……礼儀正しく挨拶しておいた方がいいかな。海賊に町を襲われている人に『海賊です』なんて名乗るバカはいない……いや、ルフィなら名乗るだろうけど。
「こんにちは、俺はモンキー・D・ユアンといいます。ついさっきこの島に着いたんですが、仲間と逸れてしまって……麦わらを被ったゴムとマリモ頭の迷子剣士を見ませんでしたか?」
聞いたら、ブードルさんが微妙な顔をした。
「何じゃ、麦わらを被ったゴムとは?」
「俺の兄です」
キッパリと断言したら、生暖かい視線に晒された。まるで頭が可笑しい子を見てるような目で……ちょっとその気持ちも解っちゃうのが悲しい! 自分で言っといてアレだけど、『麦わらを被ったゴム』って何だよ。
でも他に言い様が無いしね。
まぁ、わざわざ聞かなくても大体の位置は解るんだけど。
「わしはこの町の長、さながら町長のブードルという。悪いが、そのような者たちは見ておらん」
だろうね。これから会うんだろうから。
「悪いことは言わん、すぐに出て行った方がいい。今この町には海賊が居座っておる」
知ってます。
でも、凄く悔しそうだけれど忠告してくれるあたり、親切な人だよね。
「そうはいきません。さっきも言いましたけど、仲間と逸れてしまったので探さないと」
実際には逸れたんじゃなくて二手に別れたんだけどね。ゾロとは。ルフィは……何も言うまい。
現在、俺はブードルさんと一緒に町を歩いてます。何か成り行きでそうなった。
けど、ルフィたちは原作通りにペットフード店付近にいるらしい。気配が段々強くなっていくんだ。
「犬ー! お前今飲んだの吐けー!!」
あぁ、ルフィの声が懐かしく感じる。
ルフィは顔が四角い犬……シュシュの首を絞めていた。その近くでへたりこんでいるゾロと、呆然としているオレンジ髪の女の子……ナミだな。
飲まれたんだな、鍵。そしてゾロ、お前は結局負傷したのか。
ゾロは腹部からかなりの出血をしていた。
「小童ども! シュシュを苛めるんじゃねぇ!!」
バン、とブードルさんがルフィたちに怒鳴った。
「シュシュ? あーっ! ユアンー!!」
ルフィがシュシュから手を離して満面の笑顔でブンブンと俺に手を振ってきた。
「ルフィ……お前、バカか?」
いや、聞くまでも無くバカには違いないけど。
俺の呆れたような声に、ルフィが膨れた。
「失敬だぞ、お前!」
だってさ……鳥に攫われて、見付けたら檻の中って……バカとしか言い様がないよ。
「お前何してたんだよ! お前がいれば、おれ、こんな檻なんてすぐ出られたのに!」
だから、そもそも捕まるなって話だっての。
「道に迷ってたのか? ダメだぞ、あちこちふらふらしてちゃ!」
………………うん。
「お前、もうちょっと檻の中で反省した方がいいと思うよ」
「えーーーー!?」
鳥に食われて攫われたテメーが何を言うか!!
確かに、俺は略奪に走った。走ったけど……お前のやらかしたポカよりはマシなはずだ!
俺の冷たい一言に、ルフィはあからさまにショックを受けていた。擬音を付けるならガーンって感じだ。
「それより、ゾロ……やられたのか?」
ここから出せ、と言わんばかりに鋼鉄の檻をガシガシと噛むルフィはスルーして、俺はゾロの腹巻を捲って傷口を見た。
うわー、グッサリいってるねぇ。
「………………油断しちまった」
もの凄くバツが悪そうで視線を合わせてくれないのは、俺が事前に忠告していたことを生かせなかったからだろうか。
「ブードルさん」
俺は後ろでナミとルフィに自己紹介していたブードルさんに声を掛けた。
「すみませんが、一応コレの応急処置をしておきたいので、場所を提供して頂けませんか?」
コレ、のところでゾロの腹の傷を指すと、ブードルさんはあっさりとペットショップの隣にある自宅に入れてくれたのだった。
「あ~あ」
服を捲ってよく見てみると、傷は見事に脇腹を貫通していた。
「麻酔なんて無いからな、痛くても文句言うなよ?」
確認とってみたけど、不愉快そうな顔をされた。
「誰に言ってやがる」
ハイハイ。
煮沸消毒したタオルで血を拭き取り、持ってきた酒をぶっ掛けてアルコール殺菌。顔を顰められたけど、気にしない。
んでもって、火で炙った針で傷口を縫っていく。結構痛いんだよね、コレ。麻酔も無いし。
当然ながら、俺は母さんとは違って医者じゃない。独学だし、決して上手い縫合では無いだろう。けど、一応慣れてるんだよね……主に、嵐脚でルフィを切ってしまった時とかはこうしてたし。うん、昔よりは縫うの上手くなったと思うって自画自賛してみる。
腹側と背中側、両方を縫い終わると、酒を染み込ませたガーゼを当てて包帯を巻く。
うん、応急処置は出来た……多分。責任は持てないけど。だって独学なんだよ。
酒は染みるだろうし、麻酔無しの縫合はかなり痛い。それでも処置中のゾロは一言も文句を言わなかった。
「取りあえずこれでいいと思う。ってか、俺じゃこれ以上は出来ないし。でも、輸血なんて出来ないから血は足りてないはずだ。暫くは大人しくしときなよ。後、本職の医者に診せる機会がきたらちゃんと診せること。ついでに、コレ」
俺は薬とコップ一杯の水を差し出した。
「痛み止めと抗生剤だよ……飲んでおいた方がいい」
ゾロは案外素直に受け取ってくれた。
「おおげさなんだよ。こんな傷、寝てりゃ治るんだ」
うん、まぁ、ゾロなら治しちゃいそうだね。
俺は肩を竦めた。
「それでも、治る速度に違いが出てくると思うぞ?」
実際、縫った傷と縫わなかった傷では、縫った傷の方が治りがいい。
ゾロ……俺と目線合わせてくれないなぁ。はぁ。
「俺はルフィたちのところに行ってるから、ゾロは取り敢えず寝ときなよ。寝れば治るんだろ?」
「……もう」
俺が立ち上がり、部屋の扉を開けた時、微かにゾロの声が聞こえた。
「もう、油断はしねぇ」
キッパリとした宣言に、俺は小さく吹き出してしまったのだった。
「きっとこの店はシュシュにとって『宝』なんじゃ」
俺が外に出ると、丁度ブードルさんが語っているところだった。
形見が『宝』か……気持ち解るなぁ。
「あ、ユアン!」
俺に真っ先に気付いたのはルフィだった。
「ユアン、いい加減出してくれよ!」
ガタガタと格子を揺するルフィ。まるで駄々っ子だ。
そうだね、確かにそろそろ出した方がいいかも……。
「おれ、腹減ったんだよ! アイツらの宴会もただ見てただけだったし! 肉食いたい! 鳥肉!」
………………うん。
「お前、本当にもっと檻の中で反省すればいいと思うよ。」
「えーーーー!?」
鳥肉獲ろうとして攫われたヤツが舌の根も乾かない内に何を言うか!
再びガーン状態になったルフィは無視し、俺はナミに視線を向けた。
「ルフィとブードルさんはともかく……この人は?」
視線はナミに向けているけれど、実際に問いかけているのはルフィに対してだ。
ナミは警戒心も露に俺を見ている。
まぁ……ルフィは海賊=話し振りからして俺はルフィたちの仲間=俺も海賊っていう方程式が出来てるんだろうな。
「そいつは、ウチの航海士だ!」
流石というべきか、ルフィはすぐにショックから復活して答えてくれた。
にしても……航海士!
「ならないって言ってんでしょ!! ……って、アンタ何涙ぐんでるのよ!?」
しょうがないだろ!? これで航海士代理が返上出来ると思うと……!
俺はニッコリと友好的な笑みを浮かべてナミの手を取った。
「俺はユアン、以後よろしく!」
しかし。
「よろしくするかっ!!」
ナミは非友好的だった。思いっきり手を振り払われたよ。
まぁ、仕方が無い。海賊嫌いな人なんだし。
「私はね、海賊が大っ嫌いなの! 好きなものはお金とみかん!」
何でそこで好きなものまで暴露するんだ?
「海賊なんて! 人の大事なものを平気で奪って! みんな同じよ!!」
激昂して肩を怒らせているナミ。
「ま、一理あるかもね」
俺はゾロの消毒に使ったヤツの余った酒のボトルの蓋を開けてペットショップの入り口前……ブードルさんの隣に腰掛けた。
そのままラッパ飲みでボトルを傾ける。
うん、やっぱりバギーんトコの下っ端たちと飲んだ酒とは比べものにならない。シェルズタウンで奮発した甲斐があったよ。
「けどさー、人の大事なものを奪おうとするのは、何も海賊だけじゃないよ? 世間一般じゃ正義で通ってる海軍だってそうだ」
頂上戦争。その切っ掛けであるエースの公開処刑は、エースが海賊だからではなく、海賊王・ロジャーの息子だから決定されたようなものだ。ロジャーの息子に産まれたことで、何故エースが罪を背負わされなければいけないんだ?
そんな理由で俺の大事な者、エースを奪おうとする。俺に言わせりゃ、海賊も海軍も一皮剥けば似たようなもの、表裏一体。
ナミだって、知ってるはずなのに。アーロンとネズミ大佐が賄賂で繋がってるって。
そりゃ、受けた仕打ちを考えれば仕方がないとは思う。けれど、恨むなら『海賊』ではなくあくまでも『アーロン一味』にして欲しいもんだよ。
……言うのは簡単なんだけどね。そう簡単に割り切れるもんじゃないか。
あー、ムシャクシャする!
俺が苛立ち紛れにもう1口酒を口に含んだその時。
「グオオオオォォォォォォォ!!」
ある意味では酷く聞きなれた声……猛獣の雄叫びだ。
来たなリッチー! ……ついでにモージ。
「も、『猛獣使い』のモージじゃ!」
ブードルさんの悲鳴にナミも反応し、2人はすたこらさっさと逃げてしまった。けど、物陰でこちらを窺ってるのがよく解る。
「なぁ、出してくれよユアンー。何か来ちまったよ」
そうだな、そうしたらアイツら瞬殺でシュシュの『宝』も守られて……。
「動物が来たみたいだしな! 久し振りに肉獲るぞ!」
………………うん。
「お前、もう一生檻の中で飢えていればいいと思うよ」
「えーーーーー!?」
お前の頭にはソレしかないのか!?
いや、別に本気で一生飢えろなんて思ってるわけじゃないけどさ、もうちょっとルフィには食以外にも考えを向けて欲しい。
いいや、もう。
シュシュの『宝』は俺が守ろう。同じ、形見を『宝』に持つ身として。