麦わらの副船長   作:深山 雅

34 / 133
東の海編
第33話 2人の海賊少年


 遭難しました。そして大渦に呑まれようとしてます。

 ……うん、普通に考えたらこれって詰んでるよね!?

 そもそもルフィも俺も能力者でさぁ、カナヅチなのに。そんなコンビで海に出るのがそもそも無謀なんだよ。

 って、こんな盛大な渦に呑まれようとしてるんじゃ、泳げても意味無いから同じかー……とか、そんなこと考えながら俺はタルに荷物を詰めてます。

 うん、ちゃんと防水のためにビニール袋も持って来といた!

 で、最後に俺も小さくなってタルに入って……最後?

 

 「って、何1人で暢気に寝てんだコラァ!!」

 

 何で手伝ってくれないんだと思ってたら、ルフィのヤツぐーすか居眠りこいてやがった! ……アレ? 原作ではちゃんと起きてたよね?

 殴ってもどうせ効かないから、軽く嵐脚を放つ。俺は今小さくなってるから技の威力も落ちているし、大した傷にはならないだろう。

 

 「いでぇっ! ……あ、ユアン! 準備できたか?」

 

 俺の嵐脚で少し切れて血が滲む頬を押さえながら、ルフィは至極無邪気にのたまった……そして、俺は理解した。

 コイツ、俺に任せっきりにして自分は休んでやがったな!!

 俺の勘は正しかったかもしれない。俺の最優先業務は、ルフィのお守りだ。

 まぁいい。今はそんなことより避難だ、避難。

 

 「このタルに入れ。小さくするぞ……1/10!」

 

 原作ではタルにはルフィが入ってただけだからその後暫く着の身着のままだったみたいだけど、今回はちゃんと必需品や日用品もタルに詰めてある。まぁ、その分狭くなってるんだけど……人間も小さくなれば、問題はない。

 1/10サイズ(体長はおよそ16~17cmぐらい)にまで小さくなった俺とルフィは、そのままタルに乗り込んだのだった。

 船が渦に呑まれタルで漂流することになるまで、後わずか。

 

 

 

 

==========

 

 

 

 

 とある島に一隻の船が停泊していた。帆に描かれた♡やアヒル型の船首だけを見れば、遊覧船にも見えただろう。

 けれどそれが遊覧船などではないことは、船に取り付けられた大砲と掲げられている旗が示している。旗に描かれているのは、横を向いたドクロとそのドクロの上の♡マーク。

 海賊の証、ジョリー・ロジャーだ。

 この島は、懸賞金500万ベリーの女海賊・金棒のアルビダが統べる一味の休息地なのである。

 

 アルビダは♡マークを好む女海賊……が、その実態はなんとも厳ついオバサンだった。

 その自慢の腕力を以って振るう金棒で、今日も1人の手下を殴り倒すのを、雑用少年・コビーは震えながら見ていた。

 彼が殴られたのは、掃除で手を抜いた(らしい)から。

 確かに掃除を徹底するのはいいことだ、いいことなんだが……度を越えている。

 間違って乗ってしまった海賊船で、海の知識があるからと生かされているコビー。しかしそれは航海士などではなく、雑用としてだ。毎日毎日朝から晩まで扱き使われながら、恐怖で震えながら海賊の中で過ごす日々……。

 いや、たとえ雑用扱いでなくとも、今いるのが海賊船という時点でコビーにとっては悔しいことだ。

 何故なら、彼には『夢』があるのだから……海軍に入り、悪人を退治する、という夢が!!

 

 「コビー!この海で最も美しいのは誰だい?」

 

 「も、ももももももももももちろん、レディー・アルビダ様です!!」

 

 ……今のままでは到底無理だろうが。

 コビーはその後、言われるがままに靴磨きに勤しんだが……下手だから、と今度は便所掃除を申し付けられてしまった。

 アルビダを刺激しないように、反抗の意思など欠片も見せず、おどおどとした笑顔でコビーは引き受けた……尤も、反抗の意思など初めから無いのだが。そんなもの、折られるよりも前に自ら放棄してしまっていた。

 

 

 

 

 便所掃除をしながら、コビーは屈辱と己の情けなさに密かに涙していた。あまり人がやりたがらない掃除場所だ、この場にはコビーしかおらず、気兼ねすることもなかった。

 思えば、ほんのちょっとのボタンの掛け違いで、思い描く未来からは随分と離れてしまった。海軍に入りたい自分が、海賊船の雑用をしているだなんて。もし今乗っている船が海賊船ではなく海軍船だったのなら、例え扱いは同じ雑用だったとしても、どんなにか誇らしく嬉しかったことだろう。

 けれど、現実は無情で変わることなくそこに横たわっている。だが……。

 

 (あの舟で……逃げ出せたら……)

 

 ふと、2年がかりでコツコツ作った舟が脳裏に浮かぶ。

 まるで棺おけのようでボロボロだが、短期間ならば航海出来ないこともない。この辺りの地理も既に掴んでいるし、上手くいけば逃げられるかもしれない……ただし、捕まれば今度こそ殺される。逃亡者を許すほど、アルビダは寛容じゃない。

 その『もしも』を考えると、コビーは動けなかった。それでまた自分の不甲斐なさを突きつけられる。

 力で勝てないのは仕方がない。だから、プライドよりも命を優先するならば、一時的に降り従うのも仕方がない。悔しくはあるが、それを情けないとは思わない。

 けれど、逃げ出せる可能性が目の前にあるのにそれを実行出来ない自分には、情けなさが込み上げてくる。それが出来ないのは仕方がないからではなく、勇気がないからだからだ。どうしても、あと1歩が踏み出せない。

 

 舟を作ってる間は『アレが完成すれば』と思えた。けど、実際にボロボロながらも出来上がってみると、結局何も出来ない自分を見せ付けられるだけだった。

 自分は、何のために2年も海賊船の雑用をしてきたのか? それは、死にたくなかったからだ。

 では何故死にたくないのか? それは『夢』があるからだ。

 しかし、このまま唯々諾々と海賊船に乗り続けていたら、『夢』は叶わない。これでは本末転倒じゃないか!

 …………と思うものの、結局は動けないのだ。

 

 (情けない……ん?)

 

 ふと顔を上げると、海岸に何かが流れ着いているのが窓から見えた。目を凝らしてよく見てみると。

 

 (あれは……樽?)

 

 1つのタルが、波に揺られながら海岸に打ち上げられていた。

 

 

 

 

 コビーは流れ着いていたタルを転がしながら(重くてコビーの腕では持てなかった)、海岸にある小屋に持っていった。まだ中身があるようだったからだ。

 小屋の掃除番だった男3人は、降って沸いた余剰の酒を喜び、こっそり飲もう、ということになった。

 勿論コビーへの口止め……脅迫も忘れない。

 コビーではアルビダだけではなく、この海賊団の誰にも敵わない。当然頷き……その瞬間だった。

 

 「あーーーー、よく寝た!!」

 

 タルの中から1人の少年が出て来たのだ。

 

 (……って、タルから人が!?)

 

 あまりの驚きに一同は声も出ない。だが、少年はそんな周囲の様子など気にもしていないらしい。

 その少年は酷く場違いな、満面の笑顔を浮かべていた。年の頃は10代後半、左目の下の傷と頭に被った麦わら帽子が特徴的だ。黒髪黒目、中肉中背の見た感じではどこにでもいそうな少年である……タルから出て来た、という特異性が無ければ。

 

 「助かったなー……って、大丈夫か?」

 

 少年は自分の足元に向かってそう言った。

 

 (……って、誰に!?)

 

 疑問に思った次の瞬間、もう1人人間が顔を出した。

 

 「大丈夫じゃねぇ……酔った……」

 

 酷く顔色の悪い、彼もまた少年だった。

 見たところ最初に出て来た少年よりも小柄で、1・2歳年少なのかもしれない。赤い髪と緑の目を持っていて、もう1人よりも身体的特徴はある。だが、傷や帽子のようにはっきりとした特徴は無い。言うなれば、彼もまた一見どこにでもいそうな少年である……タルから出て来たのでなければ。

 

 (……って、このタルのどこに2人分のスペースが!?)

 

 1人が入ればもう一杯一杯になりそうな、そこまで小さくはないが特別大きくもないタルだ。そこから人が出て来た、というだけでも驚きなのに、どうやって2人も入っていたというのか。

 

 「ん?」

 

 麦わらの少年がやっと周囲に気付いたらしい。

 

 「何だ、お前ら?」

 

 ……何とも能天気な質問である。しかし、この瞬間固まっていた者たちが再び動けるようになった。

 

 「「「お前らが何だ!?」」」

 

 コビーを除く3人が見事にハモりながら思い切りツッコんだ。しかし。

 

 「うるせぇな…………」

 

 グロッキー状態だった赤い髪の少年がギロリと3人を睨んだ。その眼光に3人は……いや、睨まれていないコビーも纏めて気圧された。

 

 「な、何なんだよテメェらは!」

 

 こんな子どもに圧されたことに腹が立ったのか、3人の内の1人が声を荒らげた……が。

 

 「うるせぇっつってんだろ……俺は今気分が悪ぃんだよ……」

 

 通常ならば恐れられる海賊の睨みも恫喝も、この少年ときたら全く堪えていないらしい……いや、少年たちは、というべきか。

 

 「しししっ! お前、まるで二日酔いの時と同じだなっ!」

 

 もう1人の麦わら少年もケラケラと腹を抱えて笑ってるのだから。

 赤い髪の少年は、ギロリとさっき海賊たちを怯ませた睨みを浴びせかけるが、それもまるで堪えてないらしい。いや、むしろそれが愉快だとでも言わんばかりに笑みを深くする。それを見て、赤い髪の少年は深く長い溜息を吐いた。

 

 「ただでさえ参ってたってのに、ゴロゴロと転がしやがって……誰の仕業だ……?」

 

 その言葉にコビーはビクリと震え、3人の男は一斉にコビーを見る。その様子で察したのだろう、少年もコビーを見て……笑った。

 瞬間、コビーの背筋が凍ったような気がした。

 

 (ま、ま、ま、ま、まるで獲物を見つけた肉食獣のような目をっ!)

 

 「そうか……お前が……」

 

 ユラリ、と少年は立ち上がった……コビーは彼の背後に陽炎が見えたような気がした。

 

 「悪いな……今の俺は、極めて沸点が低いんだ」

 

 まるで地を這うような重低音の声だった。

 

 (ヒィィィィィィィィィィィィ!!)

 

 コビーは内心で悲鳴を上げた。気分はすっかり、ヘビに睨まれたカエルだった。

 だが。

 

 「さぼってんじゃないよっ!!」

 

 アルビダの怒号と共に、金棒が飛んできて小屋を大破させた。

 舞い上がる砂埃にその場にいた者の姿が紛れ、コビーは今初めてアルビダに心の底から感謝した。まるで天の助けのように思えた……尤も、儚い希望だったのだが。

 

 「剃!」

 

 あの少年の声がした、と思った次の瞬間には、コビーは彼に抱えられていた。

 

 (え? え? な、何で? だって、さっきまであっちに……ってか、何でぼくの場所が……って、捕まってるぅぅぅぅぅぅぅぅ!?)

 

 ニヤリと笑う端整な顔が間近に見えて、コビーは一瞬死を覚悟しかけた。

 別に、何かされたわけじゃない。殴られたり蹴られたりしたわけでもない。ただ、怒っていると言われただけなのに、何故こんなにも怖いのか。正直、アルビダよりも怖かった。

 

 「ルフィは吹っ飛んだか……じゃ、俺も行くかね。剃!」

 

 え、と思ったが、その時にはコビーは既にあの赤い髪の少年に抱えられたまま森の中にいた。

 

 「何だ、ソイツ連れてきたのか?」

 

 未だ下半身をタルに突っ込んだままの麦わらの少年が、呆れたような声を出した。返す声は何だが嬉しそうだ。

 

 「まぁ…………色々、お礼がしたくてね……」

 

 (あぁ、ぼくの人生、空しかったなぁ……)

 

 逃げられないことを悟り、コビーは逆に腹を括った。だがその一方で、麦わら少年はちょっと引き攣った笑みを浮かべている。

 

 「え~とな、ユアン? ちょっと落ち着け。まずは酔いを醒ますんだ……どうした?」

 

 赤い髪の少年は不思議そうな顔をしていた。不思議そうというか……どこか愕然としているような顔だ。

 

 「俺が、ルフィに……宥められた…………っ!」

 

 麦わら少年はムッときたらしく、声を張り上げる。

 

 「失敬だぞ、お前!」

 

 しかし、赤い髪の少年の怒りの波動が目に見えて減っていくのが解り、コビーは漸く余裕を取り戻した。

 

 「あ、あの~~~~」

 

 黒と緑、2色の視線が自分に向く中、コビーは勇気を振り絞った。

 

 「あ、あなたたちは何なんですか……?」

 

 2人は顔を見合わせ……まず名乗ったのは麦わら少年の方だった。

 

 「おれはモンキー・D・ルフィ。海賊だ!」

 

 「…………は?」

 

 今彼は何といった? 海賊? アルビダと同じ?

 クエスチョンマークを飛ばしていると、赤い髪の少年がコビーを地面に降ろした。彼の視線には、もう先ほどまでの激しい怒りは無かった。

 

 「俺はモンキー・D・ユアン。同じく海賊で、一応アレの副船長」

 

 アレ、と言ってタルに埋まっている麦わら少年……ルフィを指差す赤い髪の少年……ユアン。

 

 

 

 

 これが、コビーと彼らの出会いだった。 




 始まりました、東の海編。

 しかし、新章1話目はコビー視点。
 でも筆者の構想通りに進んだとしたら、コビーは頂上戦争でとても大事な役割を持つことになるんですよ。なので、ちょっと掘り下げてみました。
 あと、第三者の目から見たユアンを書いてみたかったってのもあります。せっかくの新章ですし。
 中間のコビーの心情は筆者の捏造なので目を瞑ってやって下さい。

 後、補足が1つ。途中、ルフィがユアンに睨まれても全然平気だったのは、ユアンが『目に見えて不機嫌』だったからです。彼が本気で怒った時は『穏やかな笑み』を浮かべると解っているので、そうならなければ過去のトラウマ(笑)は発動しません。
 ユアンは別に揺れに酔いやすい体質ではありませんが、流石にあの渦巻には参ってしまったようです。で、彼は酔うと気分の悪さからかなり短気かつガラが悪くなります。しかし、それで周囲に当たるのは理不尽だと解ってるので、注意されれば割とすぐに落ち着いてきます。
 弁護するなら、彼も本気で当り散らしてるわけじゃないんですよ?コビーに向けたのも『穏やかな笑み』ではなく『獰猛な笑み』ですし。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。