ゴア王国。ゴミ1つ落ちていない、東の海で最も美しい国。それがこの国の認識。
…………ゴミ1つ落ちていないだなんて、そんなことはあり得ないっていうのに。
この国が今まさにやろうとしていること。それこそが、この国がいつか辿る末路なんじゃないだろうか。
因果応報、という言葉が脳裏にちらつく。
尤も俺としては、むしろそうなって欲しいとすら思ってしまうのだけれど。
無邪気な子ども。良識ありそうな大人。人の好さそうな爺さん。
一見すれば平和そのものの町にしか見えない。
けれど、そこに住む人々はグレイターミナルが燃やされるのを『可燃ゴミの日』と言って気にも留めていない。そこにいる人々のこともゴミとして認識している。
ただその事実を知っているというだけで、何の変哲も無いはずの光景が酷く歪に見える。
「狂っている……」
正直言って、吐き気がした。
原作で読んだ。知っていた。それでも、実際にソレを目の当たりにすれば衝撃を受ける。
俺でさえそうなんだ。この町で生まれたサボにはより以上だろう。真っ青になって震えている。
とはいえ、あんな飛び出し方をしたんだ。家出少年として捜索されるのもむべなるかな。落ち着いて考えを纏めたくても状況がそれを許してくれない。
「いたぞ、あの子だ!」
町を彷徨っていれば発見もされてしまう。
「サボ、ちょっと人通りの無さそうな道に入って」
「? 人込みに紛れた方がいいんじゃないか?」
「普通ならね。でも、俺の能力を使えば隠れるのは簡単だ」
小さくなれば、普通なら到底隠れられない物蔭にだって隠れられる。そもそも、そんな大きさの人間なんているはずがないっていう思い込み、先入観こそが人の目を曇らせるんだ。
サボも納得したらしく、すぐにわき道に逸れてくれた。
流石は名高い悪童なだけあって、サボの身体能力は高い。完全にとはいかなくても少しの間撒くぐらいならなんとでもなる。
まぁ、本気で逃げれば今のところは逃げられるだろうけど、周囲を気にせず行動するには小さくなるのが効果的だ。見つかる心配が格段に下がる。
……なんか最近、俺の能力って戦闘力の欠如を補って余りある利便性があるような気がしてきてる。
小さくなった俺たち(俺は元々ミニサイズだったけど)はその後見つかることもなかった。
とはいえ、小さくなったら別の意味で移動に苦労する。例えば、たった50mの距離も1/50サイズにまで小さくなれば単純計算で50倍、2.5kmに感じられてしまう。
けれど、高町を出て中心街まで行ってしまえば元のサイズに戻っても特に問題はない。中心街と高町の間の壁は高く厚いし、検問は厳しい。
まさか、門がちょっと開いたスキにちみっちゃいのがコッソリ移動してるだなんて、知ってなきゃ解りっこない。
結果、捜索は高町内に留まり中心街では普通に行動できたんだ。
それでも端町の壁に辿り着けたのは夜になってから……そう、既に火の手が上がってからだった。
消火活動は我々にお任せを、とか言ってる兵士がいたけど……お前ら絶対やる気無いだろ! ってツッこみたい。
それがその現場を見た俺の正直な感想だった。
だって、彼らがしてるのはせいぜい端町の人々の避難誘導ぐらいで、肝心の火事現場には視線も向けてない。扉も開かずにどうやって消火活動する気なんだか。
「開けてくれよ!」
グレイターミナルへと行くための門を開けてくれ、と必死で食い下がるサボ。
その一方で、この火事はブルージャム一味の仕業らしい、と避難していく人たちが口々に噂していく。
確かにそれは間違っていない。実行犯はあいつ等だし、それで嵌められようが結果として焼き殺されようが、自業自得だ。少なくとも、あいつ等に関しては。
そもそも、馬鹿じゃないの? って思う。
この国の王族・貴族はグレイターミナルに住む人々を生ゴミと呼んで憚らないんだ。そんな連中にとってみれば、海賊だって生ゴミっていう認識だろうと、解りそうなモンなのに。そして、生ゴミとの約束なんて、約束とすら思ってないに違いないって。
けど、それはそれとして……あまりにも話が伝わるのが早すぎる。
門はずっと閉じられているんだ。いくら人の口に戸は建てられないとはいえ、こうも確信を持って話が伝わるっていうのは……うん、多分情報操作でもされてるんだろうな。
この火事はあくまでも海賊による不慮の事態だ、と。真実は闇の中へ……ってか。
「邪魔だ、あっちに行ってろ!!」
そんなことを考えてる間に、ドン、とサボが突き飛ばされた。
「サボ」
倒れこんだサボに駆け寄ろうとした時、それより前にサボに近付いた人影があった。
顔にイレズミが目立つ男……あのイレズミの模様からして、間違いない。
「大丈夫か?」
サボに掛ける声音は優しい。
何が、『世界最悪の犯罪者』だ。あの兵士どもや、今高町で高みの見物を決め込んでいるヤツらより、よっぽどマシじゃんか。
俺はサボの背中を擦った。サボは泣いていたから……他にどうしたらいいか解らなかった、というのもある。
「おっさん、この火事の黒幕は、本当はこの国の貴族たちなんだ……!」
この人に言ったからって、何がどうなるわけでもない。それでも……誰かに聞いて欲しかったんだろう。サボの叫びも涙も止まらなかった。
「おれは貴族の生まれなんだ。でも、この町はゴミ山よりもっと酷い、腐った人間の匂いがする……おれは……貴族に生まれて恥ずかしい!」
……恥ずかしい、とそう思えることこそが、サボがまともである証拠だと思う。この国の貴族がみんなサボのようだったらいいのに。そう思えてならない。
「解るとも……おれもこの国で生まれた……」
男……革命家、モンキー・D・ドラゴンは静かに語った。今の自分ではまだ力が足りない、ということも。
力……世界政府を倒そうとするほどの力。それはどれほど途方も無い話なんだろう。
そうこうしてる間に、新たな人物が現れた。
「ドラゴン! 準備が出来ティブルわよ!」
この口調は、と思い俺は声のした方を見て…………固まった。
「顔デカッ!?」
思わず口走ってしまい、視線が俺に集中した。……シリアスな空気をぶち壊してゴメンナサイ。でも、それぐらいにインパクトに溢れた人がそこにいた。
そう、オカマ王、エンポリオ・イワンコフが。
うん、確かにこれなら、1度でも会ったことがあれば忘れないね! 頂上戦争でくまにキレても無理ないね!?
うわ、本当に3頭身の人間なんて初めて見た!!
……って、そんなこと言ってる場合じゃないって! 目的を果たさなきゃ、ここにいる意味がなくなる!
「今、ドラゴンって言った?」
俺の問いかけにドラゴンは答えない……当然か、手配書や賞金額が一種のステータスになってる海賊とは違うんだ。まだ力が足りない、というならば情報は出来るだけ伏せておきたいだろう。
でも、俺には俺だけが持つ原作知識と母さんの日記というカードがある。
「ドラゴンって、母さんの兄さんのドラゴンさん?」
その言葉には三者三様の反応があった……共通してるのは、それが驚きという感情だということ。
サボは、母さんの兄さんという言葉に、まさかルフィの父さんなのか、と。
イワンコフは、ドラゴンに家族……妹がいたのか、という驚きだろう。そりゃそうだ、原作でも息子がいたことすら知らなかったんだ。
ドラゴンのは多分……俺が母さんの子なのか、って驚き。それは、ドラゴンの次のセリフに表れていた。
「まさか……ルミナの?」
よし、向き合ってくれた。
俺は小さく頷くと、ドラゴンは目を細めた。
「母さんの日記で読んだんだ。お兄さんが革命の道を進んでるって」
それは事実である。家出以降の日記なだけあってあまり名前は出てこなかったけど、けれど1日だけ。はっきりとその名が記されていた日があった。
「海賊王……ゴール・D・ロジャーの処刑が行われた日、ローグタウンで再会した……思えば、あれがあの子に最後に会った日だ」
懐かしむような、どこか遠くを見ているような目をしていた。
そう、母さんがドラゴンという名を書いていた唯一の日。
ロジャー処刑の日がそれだ。
「あの子は……どうしている?」
……こう聞くということは、知らないんだろうか。母さんが死んだことを。原作では、祖父ちゃんと連絡を取っているらしい描写があったと思ったんだけど……。
でも、知らないんだろう。だから……消息が途絶えたことで、心配してたんだろうか。
「死んじゃった。俺を産んですぐ」
言って、ドラゴンの表情に過ぎったのは、おそらく失望だろう。
海賊が消息を絶ち、しかも海軍が探しても居場所が知れない。そうなったら真っ先に死を疑うだろうけど、俺の年齢を見て取って僅かに希望を抱いたのかもしれない。
即ち……母となって、どこかで静かに生きているんじゃないか、と。
けれどその考えはあっさり裏切られたわけだ。
「そうか……」
だが、それでもそれを今この場で表に出さないドラゴンは……大人だな、と思う。
ドラゴンはポンと俺の頭を1回だけ撫でた。
まぁ何てレアな体験……って、それよりもだ。
「準備って、言ってたよね? ひょっとして伯父さん、この火事何とかできるの?」
あえて伯父、と呼んでみる。拒否はされなかったからホッとした。
予想外の展開に呆然としていたらしいサボとイワンコフも、その言葉で現実に戻ってきた。
特にサボは、グレイターミナルの人が助けられるのか、と焦り顔だ。
ドラゴンから返ってきたのは小さな苦笑だった。
「この火事はどうにもならん……火の手が強すぎる」
だろうね。それは解る。壁の内側からでも、外は火の海だって解るような勢いなんだから。けれど、火事『は』ってことは……。
「だが、人命は出来る限り救うつもりだ」
力強い宣言に、サボは明らかに安堵したような様子だった。
俺は……もう1つ、言っておこう。
「あそこに、エースとルフィが……俺たちの兄弟がいるかもしれないんだ」
かも、じゃなくて多分間違いなくいるだろう。上手く逃げてくれているといいけど……。
ドラゴンはルフィの名に少し反応したけれど、それはごく小さなものだったから、おそらく俺以外の2人は気付いてないだろう。
もう1回俺の頭を撫でると、ドラゴンはイワンコフと共にどこかへと向かっていった。イワンコフは少し俺の方を気にしていたみたいだけど、すぐに気持ちを切り替えたらしい。あるいは、今は火事の方を優先するべきと割り切ったのかもしれない。
でも、こちらとしてはそれでいい。もうイワンコフの記憶にはしっかり残っただろうから、後は人助けに専念してもらいたい。
「ユアン……」
サボが少し言いにくそうに話しかけてきた。
さっきの話に驚いたせいか、涙はもう止まっていた。
「さっきの人……本当にお前の伯父さんなのか……?」
「らしいね」
「…………ってことは…………ルフィの…………?」
「だろうね」
ものすごく微妙な表情を浮かべてるサボの思いは、俺と同じだろう。
そう、つまり。
「「全っ然似てない!!」」
この間の『『ウソ下手っ!?』』と同様にハモってしまったことに、俺たちは顔を見合わせ、小さく吹き出してしまった。
ようやく、火事のせいで張り詰めていた気が、少し緩んでくれたような気がした。