エースによるルフィ襲撃は、そのさらに翌日だった。流石エース、行動が早い。
例によって、グレイターミナルへと向かう俺たちをルフィが追い、1度撒いてからエースは1人、ルフィを待ち構えた……うん、襲う気満々だね?
俺? 俺は先に行ってろって言われたけど、やっぱり不安だったからこっそり木の上から2人を観察してます。ちなみに、万一の時のために武器を持ってる。1/50サイズに小さくした石をいくつか。元のサイズに戻せば1mぐらいあるだろう。実は昨日、エースが1人闘志を燃やしてる間にこれらを準備しときました。
現在はせいぜい2cm程度の小石だから、簡単に投げられるし狙いを定めるのも簡単だ。でも、投げた後で元のサイズに戻したりしたらどうなるか。
考えてみて欲しい。1mを超える石が頭上から降り注いでくるんだ、それも正確に対象を狙って……恐怖しかないね! ゴム人間には平気だろうけどな!
万が一の場合……例えば、エースが予想以上にやりすぎたりした場合なんかは、これを投げて牽制しようと思ってる。これなら流石にビビるだろうし。
ちなみに今、ここにいるのは俺だけじゃなくて……。
「やっぱりやる気だな、エースは」
うん、何でサボここにいるの?
いつもならゴミ山にいるサボが、今日は俺たちを待ち構えていたんだよね。理由は……見学。
動機は簡単、『なんか面白そうだから』。……ハァ。
確かに、これが自然発生した衝突なら、俺も内心ではちょっと楽しんでたかもしれない。でもこれは、俺が故意に仕組んだことであって……。
ルフィにうっかりと見せかけて実はワザと能力を教えたのも、秘密にするって約束を交わさせたのも、エースがルフィを問い質す(?)ように言葉を選んだのも、全部俺の策略で……うぁ、良心が痛い。
ルフィ、襲わせてゴメン。エース、こっそり唆してゴメン。
「エース、どうした?」
ルフィ、嬉しそうだな……うん、エースが自分からルフィに接触しようとするの、初めてだもんな。
「お前、ユアンに何聞いた?」
エース、直球ド真ん中!
やっぱりね。エースなら真正面から聞きに行くと思ったよ。
ルフィには、誘導尋問が有効だろう。けど、元々直情的な上にカッとなってるエースならそんなこと考えないだろうって。でも、そんな風に言われたらさ……。
「し、知らねぇ! 何も聞いてねぇぞ!」
目は泳ぎ、口元は引き攣らせながら答えるルフィ。うん。
「「ウソ下手っ!」」
思わずハモって、顔を見合わせる俺とサボ。
もう本当にウソ下手だな、ルフィ! それでその言葉を信じるヤツがいたらお目に掛かってみたいよ。ここまでウソが下手だと思ってなかったんだろう、エースもすっごいビミョーな表情だ。
「…………ウソ吐くな!」
「ウソじゃねぇ!」
いや明らかにウソだろ。顔に全部出てるって。
その後、ウソ吐くな、ウソじゃないの問答が続くこと約10分……って長いわ!
うん、エースにしては辛抱したよ、10分も同じこと言い合うって……。
いい加減飽きてきた俺たちは木の上であっち向いてホイをしてた。新たな動きがあったのは、俺が3勝2敗したころだった。
「いい加減にしろよ!」
ゼェゼェと息の上がってきてるエース。おまけに、さらに頭に血が上って……ヒートアップしてるって感じ。
「聞いてないもんは! 聞いてねぇ!」
息が上がってるのはルフィも同じだ。それでも言わないルフィにいい加減エースは焦れてきたらしい。
「……そうかよ」
そう言い放ったエースにルフィはホッとした表情をしていた。納得してくれたと思ったんだろうけど……うん、エースの不穏な空気に気付こうよ!
これはいよいよ目を離したらいけないか、と思い俺は2人に意識を戻した。
「じゃあ吐かせてやる!」
ルフィに掴みかかって押し倒し、馬乗りになるエース。あー、あれは頭打ったかな。
「言えよ、じゃねぇと殺すぞ!」
おいおい、そういうこと言っちゃう? ……そういえば、原作でも初めルフィが海賊貯金を見た時そんなこと言ってたっけ?まぁハッタリだろうけど。
「いた……くねぇ! おれゴムだから!」
あ、本当に頭打ってたんだ。
ルフィに打撃は効かない。ゴムの能力が上手く使えてなくても、それは変わらない。そしてエースは刃物を待ってないはずだ。つまり、そこまで不安になるようなことは起きないはずなのに……何でだろう、胸騒ぎがするのは。
……多分、計画が上手く行き過ぎているからだろう。ここまで、俺の想像通りに物事が進んでいる。だから不安になるんだ、世の中に完璧な計画なんて無いはずだから。
けど、結構なことじゃないか。上手くいけばそれに越したことはないし、これ以上妙なことを考えずにすむ。
俺は頭を振って目の前の光景に集中した。
「おれ! 本当になんにも聞いてねぇ!」
ルフィの目には涙が溜まってる。
当然だろう、ルフィにはエースの言葉がハッタリだということは解らない。俺は実年齢6歳でも前世の享年15から人生始まってるようなモンだからエースの睨みも可愛いものだけど、真実7歳のルフィには10歳のエースは怖く見えるだろう。大人になれば何てことのない3歳の年の差は、子どもにとってはとても大きい。
それでも言わない。『約束』したから。
「おま……!」
ふと止まったエースのセリフが気になり、俺はその視線の先を辿り……そして、思い至った。俺が何を失念していたのか。
それは、ここが山の中だということだ。
聞く内容が内容なのだから、エースがダダンの家付近で行動を起こすはずない。かといって、信用してないのだからグレイターミナルにまで引き付けることもまずない。ならば必然的に、現場はこのコルボ山内になる。
そんなのは予測できたことだし、実際そうなった。
なのに俺は……こういった可能性に気付かなかった。
山の中とは即ち、いつどんな獣が出ても可笑しくない場所ということだ。
そして、エースはともかく、ルフィにはまだそれを退けるだけの力がない。そりゃそうだ、今のルフィはおそらく、俺より弱いのだから。
「こんな時に……」
内心で打った舌打ちは、この状況に対するものなのか、それとも詰めの甘い俺自身へ向けたものだったのか。
エースの視線の先にいる狼……普段は谷の下にいる人食い狼は、明らかに捕食者の目でルフィたちを見ていた。