エースは強い。そんなことは解っている。
少なくとも、完全なる不意打ちでもなければこんな風に思いっきりぶん殴ることは出来なかったはずだ。
けど今回は決まった。ものの見事に顔面クリーンヒットだ。
「んなっ!?」
おぉ、飛んだ! 飛距離はイマイチだけど!
いや~、俺の体力づくりも無駄じゃなかったな!
「うぉいっ!? 何だその『やりきった!』って感じの顔は!」
あ、エースもう復活した。っていうか、あんまり堪えてないみたいだ……思いっきりやったのに。ちょっと悔しい。
「ユアン! お前どっから湧いて出て来た!?」
何だ、随分取り乱してるなぁ。……そりゃそうか。あんなイジケた姿、見られたくないだろう。
でも気を遣ってなんかあげない。俺怒ってるし。
「木の陰からだぞ? 最初からいたし」
「ハァ!?」
「そもそも、祖父ちゃんに話を聞いてもらうように頼んだの、俺だし」
ギンッと思いっきり祖父ちゃんを睨むエース。祖父ちゃんはバツが悪そうだ。
「あ、祖父ちゃんありがとね。でも、俺エースにちょ~~~~っと話があるからさ、悪いけどまた後でね?」
俺は出来るだけニッコリ笑顔を作ってエースの腕を掴んだ。
アレ、やだなぁエース、何でちょっと青くなってんの?
多少の抵抗を覚悟していたけれど、掴んだ腕を引っ張ると結構あっさり付いて来てくれたのだった。
「エース」
祖父ちゃんから少し離れて2人きりの森の中、向かい合って名前を呼ぶとエースはピクリと震えた。
「な、何だよ?」
……いや、だから何でそんなに動揺してんの?
「さっき何て言った? え? 産まれてきてもよかったのか、だって? 何ソレ? 何言っちゃってんの? それってつまり、産まれてこなければ良かったとか欠片でも思ってんの? そういうことだよね? ってかそうだと見做すよ? 本気? エースって馬鹿? どうしてそういう結論に至るかな。そんなブチ切れして暴れといて、結局そんなヤツらの言うこと間に受けてるわけ? いや、それはそれで仕方がないのかもしれないんだろうけどね。言われた当人にしか本当の意味でその苦しみを理解することなんて出来ないんだし。俺がとやかく言うことじゃないかもしれないよ? でもそれでも腹立つんだよ。つまりエースは、エースの母さんのこと馬鹿にしてるってこと?」
何となく顔色が悪いまま俺の言葉を聞いていたエースの表情が変わった。
あ、コレは怒ってる顔だねぇ。
「お前、何が言いたいんだよ! 馬鹿だと!? そういや、さっき殴ってきたときはアホって言ってたよな! それに……おれがお袋を馬鹿にしてるだと!?」
「してるじゃん」
「ふざけんな!!」
うわ、襟首掴まれた。
「おれは……お袋には大恩を感じてんだ! それを……!」
大恩、ねぇ。
「大恩って、何? 命がけでエースを産んだこと? 20ヶ月もお腹に子供を宿し続けて? うん、確かにすごいよね。俺も本当に尊敬するよ。でも、エース、自分が産まれてこなきゃ良かった的なこと考えてるんでしょ? それってつまり、エースの母さんは産まれる価値の無い命を世に送り出すために自分の命を削った愚か者ってことだろ?」
「おれは! そんなこと言ってねぇだろ!?」
「言って無くても。考えてすらいなかったとしても。エースにそのつもりが無くたって、そう言ってるのと変わらない」
言うと、掴まれたままだった首元からそのまま後ろの木に叩き付けられた。
息が詰る……うん、やっぱ効くね……エースはやっぱ強いや。
でも、エースにこれだけ加減無くやられたのは初めてかもしれない。それだけ怒ったってことなんだろうけど。
「お前に! 何が解る!」
エース……何だか泣きそうだ。
「お前は、違うだろ!? 鬼の子じゃねぇだろ!? お前に解るのかよ、ただアイツの血を引いてるってだけで世界中から否定されるってのがどういうことか!」
まぁ、確かに俺は海賊王の血なんて引いてない。母さんは伝説のクルーだけど、海賊王本人なんかじゃない。
父さんがロジャーってことも無いだろうしね。流石に俺の年齢的に無理がある。それに、母さんとそんな関係だったりしたら、ロジャーはロリコンなのかよって話になる。
「確かに解んないや。だって言われたこと無いもん。でも、そんなのどうだか解んないよ? だって俺、父さんのこと何にも知らないし。まぁロジャーではないだろうけど、だからって善人とも限らないよ? もしかしたら、俺も世界に否定されたりするかもよ? 何だかんだ言っても、母さんも海賊だったんだし」
父さんのことは、母さんの日記でも明言はしてなかったしねー。え、鏡? んなもん、あの3歳の誕生日からこっち、1度も見てません。だって何か怖いもん! 別の意味で! 俺は知らん! 俺は何も知らないんだ、何かあり得そうな妙な設定は!
現実逃避です、ハイ・・・俺も身勝手なもんだよ。
あ、でも多分もうじきルフィ来るよね……ま、何とかなるか。だってルフィだし。
……コホン、話が逸れた。
まぁだから、俺がエースに偉そうなこと言える立場じゃないかもだけど……。
それに、さ。
「そもそも、鬼って何?」
そう、それが気になる。
ってか、原作じゃドラゴンを『世界最悪の犯罪者』って言ってなかったっけ? 最悪ってことは、ロジャーよりもってことじゃね?
「世界中がロジャーのせいで迷惑してる? 確かに、ロジャーの最期の一言がこの大海賊時代の幕開けになったかもしれないよ? でも、誰がどんな言葉を残したって、『そう』なるのを決めるのは本人だ。同じ時に同じ言葉を聞いていても、この時代に産まれても、海賊になるという選択をした人もいれば海兵になるという選択をした人もいる。ロジャーなんて、切っ掛けに過ぎない。大体、数は今ほどではなくたって、それ以前から海賊はたくさんいたんだ。その全ての原因がロジャー1人にあるわけがない」
例えば、白ひげ海賊団傘下の大渦蜘蛛スクアード。あいつの恨みはまだ解らなくもない。親への恨みを子供にまで投影しようとしたって意味ではナンセンスだけど、少なくともアレはまだヤツ自身がロジャー本人へ動機のハッキリした恨みを持っていたゆえのことだ。
けれど……ロジャーの遺した財宝? それが何だ、別にそれで海賊になれって強制されたわけでもない。そうなろうと決めたのは当人たちだ。
それに、俺には他にも理由がある。
「ロジャーとは因縁の関係だったっていう祖父ちゃんは、ロジャーを憎みきれなかったって言ってた。世間からの評判は最悪でも、仲間からの信頼は絶大だったって。
俺の母さんは、ロジャーの船に乗ってた。日記に書いてあったよ、ロジャーは仲間思いのいい船長だったって。母さんも船長……ロジャーのおかげで命を拾ったことがあるって。別に、だからってロジャーを受け入れろなんて言う気はないよ? でも1つ確実なのは、ロジャーがいなかったら母さんが死んでたかもしれないってこと、つまり俺も産まれてなかったかもしれないってこと。
エースにまで意見を押し付ける気は無いよ。それでも、少なくとも俺はロジャーを鬼とは思えない。名前も知らない赤の他人が何人そう評価しようと、俺にとってはこの2人の評価の方がずっと大きい」
世界がロジャーを憎み、それをエースに押し付ける。それは確かに重いだろう。だから、エースがロジャーを憎む、恨むことを責める気は毛頭無い。けれど……そんな理不尽なことを、本人が受け入れる必要がどこにある。
「ロジャーを海賊王として見るからどつぼに嵌るんだ。ロジャーのこと、俺の母さんの恩人で俺にとってもある意味恩人だって、そう思ってみなよ。お前の母さんが愛した1人の男だと思ってみなよ」
言うのは簡単だけど、そんなに単純な話じゃないだろう。想像は出来る。でもそれなら。
「それでもどうしても嫌なら、自分をロジャーの子だと思わなければいい。父親1人で子供は産まれないんだから。母さんには大恩があるって、エース、自分で言ってたじゃんか。エースは、その強い、優しい女性の血を引く子。そう思えば、自分に流れる血も誇れるんじゃない?」
「お袋は……おれを産んで死んだんだ。おれがいなきゃ……きっと今も生きてた」
まーたそういうこと言うか。でも、そう来るなら俺にも言い分があるぞ?
「なら逆に聞くけど……エースは、俺が産まれてこなければ良かったって思うか?」
「は?」
何だよ、そんなに目を見開いて。だって、そうだろう?
「忘れてるなら思い出させてあげるよ。俺の母さんも、俺を産んで死んだ。俺は海賊王の子じゃないけれど、母さんの命と引き換えに産まれたって意味じゃエースと同じだ。……エースは、俺が産まれてこなければ良かったって、そう思うか?」
エースは、何も言わない。ただ、襟首を掴んでいた手はやっと離してくれた。
俺この言い分は、ある意味屁理屈で極論だ。でもインパクトはあるだろう。
「俺の母さんもエースの母さんも、自分の命より子供の命を選んだ。それは、愛してくれてたからだろ? 生きて欲しかったからだろ? それなのに、『産まれてきてもよかったのか』なんて……母さんたちが懸けた覚悟と命は、そんなに安いものなのか? そんな疑問を持つこと自体、彼女たちへの侮辱だ。どうせこの世に、誰もに好かれ望まれる存在なんてあり得ないんだ。だったら、例えたった1人でもその生を喜んでくれる人がいるのなら、答えなんて、解りきってるじゃんか。……少なくとも、俺はそう思う」
出産で女性が味わう苦しみは、並の男ならショック死してしまうだろうほどの物だと、前(前世)にどこかで聞いた。
通常分娩でさえそうなのだ、20ヶ月も子供を胎内に宿せばどうなるかなんて、ルージュさんだって解ってたはずだ。
母さんもそう。日記によれば、母さんは俺を妊娠中、あまり状態が良くなかったらしい。堕ろした方がいいんじゃないかって医者にも言われるほどだったんだと。まだ若いんだから今回は諦めて次に期待した方がいいって。
それでも2人とも、諦めなかった。それは自分の命よりも大事だったから、それ以外に何がある?
俺は男だし、子供だっていない。でもそれくらいは解る。
「エース、お前が俺を、産まれてきてはいけない存在だと思わないのだとしたら、それはお前も同じだ。俺はエースがいてくれて嬉しい。すごく感謝してるんだ。俺だけじゃない、サボだって、祖父ちゃんだってきっとそうだ。ダダンたちは……うん、まぁ、表には出さないけど、憎からず思ってると思うぞ?……これからだってそう。きっとお前を大事に思ってくれる人たちがたくさん出来る」
時期的に、ルフィももうすぐ来る。いずれは白ひげたちにも出会うことになるだろう。
苦しいだろうし、辛いだろう。もしも事実が公になったら、という恐怖だってあるだろう。それほどにロジャーの、海賊王の名は重い。この世界に転生して6年、俺もそれぐらい解ってはいる。気にするな、だなんて無責任にもほどがあるセリフだ。それでもあえて言おう。
「エース。産まれてきてくれてありがとう」
それは、嘘偽りない本心だから。
面倒看ててくれてありがとう。いつも一緒にいてくれてありがとう。
もうじきルフィが来る。そしたらきっと、俺と同じことを思うだろう。
だってエースは、本当にいい兄ちゃんだから。