麦わらの副船長   作:深山 雅

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第108話 ダイアルの中身

 半ば呆気に取られている様子のドクトリーヌに、ヒートアップしすぎたかと思って、1つ溜息を吐いてから憎しみの理由を口にした。

 

 「身長のことで、その……色々ありまして」

 

 詳細は口にしたくないけどな!

 

 

 

 

 あちらこちらで、色んなヤツからチビだなんだと言われてきた。

 まぁ、それは事実だ。腹立たしいけど、否定は出来ない現実。この間双子岬でビビと初めて会った時も、俺の方がちっちゃいもんだから、内心ではかなりのショックを受けた。

 というか、事実だからこそそれを揶揄されると腹が立つわけで。

 

 腹が立つから、そんなことを言うヤツには遍く制裁を下してきたつもりだ。でも同時に、俺もそこまで狭量じゃないつもりだし、1度爆発したら出来るだけ後には引き摺らないようにしてきたつもりでもある。

 

 けどヤツは……ネズミだけは別だ。

 『赤い髪のチビ』だと、わざわざ全世界に広めて定着させやがった……その罪は重い。

 よって俺はヤツが憎い。そりゃあもう、徹底的に殺っちゃいたいぐらいに憎い。

 とはいえ、色々とやってやりたいことも言ってやりたいこともあるけど、まだ具体的な復讐案は練ってない。何しろこれは私怨であって、後回しにすべき事柄だからだ。

 なので今はひとまず、その憎しみは心の奥底に仕舞っておくことにする。

 

 あぁでも、何で俺はちっこいんだろう? まさか、ミニミニの能力の弊害か?

 1人悩んでいると、ドクトリーヌが納得したような顔で頷きつつ口を開いた。

 

 「なるほどね。お前さんはルミナに似て、随分と小さいからね」

 

 ………………ちっこいの遺伝だった!! クロッカスさんもそれっぽいこと言ってたけど、確定した!

 日記には書いてなかったのに……当然か。もしも俺が日記をつけてたとしても、自分がチビだなんて書くはずがない。

 俺、今まで何度となく、母さんに似たかったって思ってきた。思ってきたけど……何でこんな部分が似たんだ!?

 昔を懐かしむような遠い眼差しになり、ドクトリーヌは続ける。

 

 「当時のルミナは、今のお前よりもさらに小さかった。150無かったんじゃないかい? 年齢的にも、あれから劇的に伸びることはなかっただろうしね」

 

 小っさ! マジで小っさ! え、まさかのミクロ系!?

 

 「本人も気にしてたようだったよ。船長がしょっちゅう『チビ』だの『ガキ』だのとからかうもんだから、余計にさ」

 

 「…………………………それは許せないな」

 

 はっきり言おう。俺は今、ヤツに対して初めて明確な敵意を抱いた。今までは被ってきた理不尽な被害への腹立ちや、何となく漠然とした苛立ちだったけど、初めて敵と認識した。

 

 そう、敵! 間違いなく敵! ちっこいものの敵! 

 

 そういえばミホークも言ってたっけ。母さんと『赤髪』の喧嘩はしょっちゅうだったって。ひょっとして、からかってたってのはこのことだったんだろうか……だとしたら母さん、よく惚れたな。俺なら絶対許さない。

 あ、そうだ。ミホークの話といえば。

 

 「ドクトリーヌ、これの使い方って解ります?」

 

 言ってポケットから取り出したのは、あのダイアル。クロッカスさん曰く、パックダイアル。

 これの使い方に関しては、ミホークは聞いてなくてクロッカスさんは覚えてなくて……これでドクトリーヌも知らなかったら、多分もう空島まで知る機会が無い。万一空島でもダメだったら、シャボンディ諸島で会うだろうレイリーに期待するしかない。もしもそれでもダメだったら、手詰まりだ。

 あ、インぺルダウンでバギーに会うんだっけ? でもその時はそれどころじゃないだろうしな……うわ、ローグタウンで聞いときゃよかったかも。知ってる可能性はあったのに。

 

 ここは是非ともドクトリーヌに知っていてもらいたいもんだ。

 

 「これは……ルミナのかい?」

 

 運よくというか、ドクトリーヌは知ってくれてたらしい。目を丸くしている。俺は頷いた。

 後は、使い方を知っていてくれているかどうか……。

 

 「蝶番の両端を同時に押してみな」

 

 何の前触れも無くそう言われたけれど、どうやら知っていて教えてくれるらしい。

 

 このダイアルは二枚貝になっているから、巻貝のように殻長は無い。けど代わりに、蝶番はある。なるほどここか、と案外単純だった使い方にどこか拍子抜けしながら指示された通りにしてみる。

 蝶番の端を同時に押すと、カチッという音がしたと同時に貝が大きくなった。掌で包み込んでしまえる程度の大きさだったのが、およそ50cm四方にまで……クロッカスさんの話通りだ。

 しっかし、ドクトリーヌの方がクロッカスさんよりも倍近く生きてるのに……記憶力のいいばあさんだ。

 いや、今はそれよりもダイアルの中身だよ。

 

 

 

 

 俺は少し緊張しながら、ゆっくりとそれを開けた……が。

 

 「え?」

 

 ………………説明しよう。

 医療道具は、入っていた。薬が入っているのだろう小瓶や処方箋らしき紙束、実験に使うような器具に注射や聴診器。他にも年代ものっぽい医学書……その他にも色々。怪我の治療に使うような道具類があんまり無いけど、これが元は母さんの持ち物だということを考えれば可笑しくはない。何しろ、悪魔の実の能力で怪我は治癒できたのだから。

 けどそれよりも何よりも目を引いたのは……その1番上に置かれた紙だ。

 それのどこが目を引くのか? ………………目の前で、何もしてないのに急速に燃え尽きていく紙切れに、目を奪われないはずがない。

 燃え尽きていく紙……それに当て嵌まるものを、俺は1つだけ知っている。

 

 あぁ、そうか。

 

 得心がいった。

 クロッカスさんが言っていた。

 

 『それに入れたものは、外界の影響は一切受けんらしい。衝撃で壊れることも、時の流れで劣化することも無いのだと言っていたな』

 

 これはミホークに託されて以来、恐らく開けられたことが無い。

 つまりこの貝の中身の時間は、16年以上前から止まっていたわけで。

 けれど開けてしまえば、その影響下に晒される。

 そうは言っても、例えば薬類だったら何の問題は無い。そんなすぐに劣化したりもしない。でも、これはダメだろう。

 ビブルカードは、当事者が死んでしまえば燃え尽きる。

 これが誰のビブルカードかなんて、予想が付く。ビブルカードを持っていて、ここに入れることが出来て、既に死んだ人間……1人しかいない。

 

 『そうかもね。でも、捕まってあげない。ホラ、これも回収しといたし』

 

 ミホークの話にも出ていた。丁度その時、母さんは自身のビブルカードを所持していたのだと。

 今まさに燃え尽き、灰に変わったビブルカード。これはまず間違いなく、母さんのビブルカードだろう。

 何だか、見たくないものを見せつけられた気分だ。

 

 

 

 

 「ふん……見てて気分の良いものじゃないね」

 

 一緒になってダイアルの中を覗き込んでいたドクトリーヌが、感情の窺えない声音で吐き捨てると酒瓶に口を付けてラッパ飲みした。

 

 俺としても、全くもって同感だよ。

 母さんが死んだってことぐらい、とっくの昔に理解して、受け入れている。祖父ちゃんがそんな性質の悪い嘘を吐く理由も無いし、墓参りだってしたんだし。

 ただそれでも、出来れば見たくなかったよ、こんなの。何だってこれを(ダイアル)の中に入れたんだ? ……って、そういえば。

 

 「ドクトリーヌ、さっきのが何だか知ってるんですか?」

 

 ビブルカードは新世界にある技術で、ここはグランドライン序盤なのに。

 

 「知ってるさ。伊達に長生きしちゃいないよ」

 

 そうですか、流石は亀の甲より年の功……口には出さないけどね! そんな失言はしません!

 けど鋭いドクトリーヌは、敏感にそんな空気を感じ取ったらしい。ギロッと睨まれてしまったので慌てて視線を逸らす……けれどそれによって再びダイアルの中に目をやることになり、ふと気付いた。

 

 「あれ? 他にもある?」

 

 思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

 一気に燃え尽きていくビブルカードに気を取られてしまって今まで気付かなかったけど、ビブルカードは他にも入っていた。しかも。

 

 「メモ?」

 

 手に取ってみるとそれには、慌てて書いたらしい走り書きのメモがあった。ちなみに筆跡は間違いなく母さんのものだ。日記で見慣れているそれ。かなり乱れてはいるけど間違いない。

 このビブルカードの人は生きてるんだろう。燃え尽きてないし、少しずつ動いてもいる。まぁそれは解りきったこととして、まずはこのメモを読んでみよう。

 

 『これを見ているということは、少なくとも海には出ているのね? その時はもう何歳になってるのかな?』

 

 前置きも無くいきなり本題だよ。時間が無かったからだろうか。

 けどこれはまず間違いなく、俺個人に当てたメモ……というか、言葉だろう。

 固有名詞が入っていないのは、ミホークから俺ではなく第三者の手に渡った時のことを考えて、かな。見られても、他人には内容が意味不明になるように。

 

 『お願いがあるの。出来ればでいいんだけど、このビブルカードの人に顔を見せに行って欲しいの』

 

 何それ唐突。

 

 『昔、ちょっと約束してね……あちらが覚えていてくれてるかは解らないけど』

 

 どんな約束だよ。

 

 『もしも行ってくれるなら、あたしが昔すっごくお世話になった人だから、くれぐれも失礼の無いようにね? ……あたしの言うことなんて聞きたくないって思われても仕方がないけど、出来ればお願い』

 

 いえ、そんなことは。むしろ全力で聞かせて頂きます……でも本当に、これ誰の?

 

 ちょっと待て、落ち着いて考えてみよう。

 

 母さんが『昔凄くお世話になった人』といえば、高確率で元ロジャー海賊団クルーだ。赤髪海賊団は抜けた直後だったんだから、その面子を『昔』なんて表現しないだろう。

 そりゃ、中にはドクトリーヌのような例外も無いことは無いだろうけど、そういった人はそもそもビブルカードを持ってるかどうか。

 『あちら』とか『失礼の無いように』とか……ってことは、明らかに母さんから見て目上の人間だよね。見習いだったんだから大抵の人は当て嵌まるけど。少なくとも、見習い仲間ではないか。

 けど、『約束した』なんて言い方をするってことは、それなりには親しかったはず。ビブルカードまで持ってるぐらいだし。

 元ロジャー海賊団で母さんが世話になった人で、目上で親しい……候補はたくさんいるけど、1番可能性が高いのは……やっぱ、師匠だったっていうクロッカスさんかシルバーズ・レイリーだよね。

 でもクロッカスさんは何も言ってなかった……ってことは、もう1人か?

 飛躍しすぎかもしれないけど、やっぱり可能性は高い。そうだとしたら、『約束』に関してはシャボンディ諸島で解るかな? 

 もしこれがその人……レイリーのじゃなくても、何かを知ってるかもしれない。

 まぁ、あれこれはレイリーに会ってから考えよう。そこまで差し迫った問題でもなさそうだし、それまでは保留だ。

 ……でも、あれ?

 

 『賭けてるのかもしれないなぁ……そんな有り得ないぐらい可能性が低い出来事が起こったら……しょうがないなって。あたしの身勝手で振り回すことになっちゃうし……勿論、それを手に入れたからって使うかどうかはこの子次第なんだけどね。別に強制してるわけじゃないもん。決めるのは本人』

 

 母さん、そう言ってたんだよね? 何かちょっとニュアンスが違くないか?

 『別に強制してるわけじゃない』、『決めるのは本人』……これは正しい。これはあくまでもお願いであって、命令や言いつけじゃないもんな。

 『身勝手で振り回す』というもの、まぁ間違ってはいない。勝手に失踪して、周囲に心配をかけてるだろうから。

 けど『しょうがない』ってことはないだろう?

 不思議に思って、手に取っているビブルカードをまた見てみると、裏面にもメモ書きがあるのを見付けた……何だ、このA面B面のような扱いは。

 けど、これで疑問は解けるんだろうか。

 

 『追伸:あたしのビブルカードもついでに入れとくね。』

 

 ついで!? あれってついでだったの!? そのせいで俺は地味に精神的なダメージを負ったよ!?

 

 『あ、あとそれから、もう1枚。別のビブルカードも入れとくからね。計3枚』

 

 え、他にもあったの?

 再びダイアルを見ると、確かにあったよ、うん。

 え~っと、つまり……何だ? 

 初めは燃えていくビブルカードに目を取られて他のに気付かず。次にはメモ書き付きのに気を取られて見逃し。

 うわ、何て影の薄いビブルカード。

 

 『それをどうするかは任せるわ。好きにして』

 

 え、どうしろと?

 つまりはこれが『しょうがない』の部分か?

 

 『あたしの身勝手で言わなかったけど、会いたいと思ったら会いに行ってもいいし』

 

 ………………何だろう、これが誰のビブルカードか予測が立ってしまった。

 

 『もしもあなたが海兵か賞金稼ぎになってるなら、いっそ捕まえて手柄にしちゃってもいいし』

 

 え、いいの?

 

 『っていうのは冗談だけど』

 

 

 「チッ」

 

 何だ、冗談か。

 けど危ない危ない、思わず本気の舌打ちが出てしまった。

 

 『本当に、好きにしていいからね? 親の喧嘩に付き合う必要は無いんだから』

 

 はい確定! 予測はしてたけど確定した!

 けど確定したらしたで、どーしましょーねー……好きにしろも何も……何もしないって選択肢もありかな?

 俺はどこか現実逃避に近い考えを脳裏に思い浮かべていたけど、メモにはまだ続きがあったのを思い出して強制的に思考を遮断した。

 

 『それじゃあ、身体に気を付けて……自分を大切にしてね』

 

 それで締め括られていた。本当に、これで最後らしい。……ゴメンナサイ自分を大切にしませんでしたわざと病気に罹りましたもうしません。でもそれを言うなら、母さんだってさ……。

 

 にしても、確かにこれじゃあ祖父ちゃんには預けられないはずだよ。

 祖父ちゃんに預けて、もしも中身がバレたら……大変だ。特に3枚目。もしも祖父ちゃんがこれを手にして、誰のものか解れば……カチコミかけに行くかもしんない。

 預けたのがミホークだったのは、本当に、単に海で最後に会った相手だったからなのかもしれない。ある意味うってつけの相手だよね、バレても問題無さそうだし。

 

 

 

 

 けどさ、本当に……俺にどうしろってのさ。いや、それは俺が自分で決めることか。

 母さんが与えたのはあくまでも選択肢の1つで、それをどうするかは俺自身なんだから。

 自分は離れてしまったけれど、俺がどうしたいかは俺が決めろ、と。

 冒頭にあったように、いつの日か俺がこれを手にしていたとしたら、それは海に出た後だ。そして海に出た後ということは、それなりの年齢……自分のことは自分で決めるべき年頃になった後。

 そうなってから、可能性の低い偶然がいくつも重なってまでこれを手にしたら……『しょうがない』と。

 そういうことなんだろうか。

 

 

 

 

 そして………………俺は結局、どうしたいんだろう。

 はっきり本音を言えば、会いたくない。でも……それで本当にいいのだろうか。

 俺ばかり逃げてても、いいのだろうか。

 




 ネズミへの憎悪が深いのは、『世界に広めたから』です。

 

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