ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド   作:亀川ダイブ

56 / 67
これにて、本編完結です。
どうぞ、ご覧ください。


Epilogue 『アフター・ザット』

 ――季節は巡り、春。卒業式を終え、しかし春休みにはまだ入っていないこの時期、大鳥居高校の敷地内に植えられた早咲きの桜は、満開に咲き誇る。グラウンド脇の日当たりのいい高台に位置する部室棟周りの桜は特に早咲きで、吹く春風に薄桃色の花吹雪を乗せていた。

 

「あーっはっはっは! 新ぶちょーの、爆☆誕! な の で す !!」

 

 そんな平穏かつ風流な情景をぶち壊す、これでもかというほどの高笑い。

 

「ナルミが新部長に就任したからには、スパルタ&スパルタ&スパルタン! なのです! ビシバシいくから覚悟しろなのですーっ!!」

 

 大鳥居高校ガンプラバトル部の新部長、来年から三年生となるのだがどう見ても中一ぐらいにしか見えない小さな暴君ナルカミ・ナルミは、どうやら炭酸ジュースで酔っ払える質らしい。一杯目に呑んだコーラよくなかったようで、ついさっきまでは卒業式以来数日ぶりにあったアマタ・クロに泣きついていたくせに、今ではコップを片手に、今後の部活についてなどを声高らかにぶち上げていた。アマタは困ったように笑いながら、ナルミのコップにオレンジジュースを注ぎ足す。さすがに、もう炭酸を飲ませるつもりはないようだ。

 

「あっひゃっひゃ♪ こりゃあウチの部は、今後も退屈しなさそうだなー。ねっ、ダイちゃん♪」

「……うむ。これなら、安心して旅立てるというものだ」

 

 新部長の扱いにあたふたしている下級生たちを見てゲラゲラ笑いながら、カンザキ・サチはバリボリとお菓子を口に放り込む。前部長であるギンジョウ・ダイは、腕組みをして頷いていた。

 大鳥居高校ガンプラバトル部の新旧部長の引継ぎは、遅れに遅れてこの時期となった。その理由は、たった一つ――部室の壁に新しく作られた、金属製の棚。そこに飾られた、誇らしげに輝くトロフィーたち。

 全日本ガンプラバトル選手権、チームバトルの部、優勝。金色に輝くRX-78ガンダムの胸像。

 世界ガンプラバトル選手権、チームバトルの部、ベスト8。同じくガンダムの、ブロンズ立像。

 そして、三人一組(スリーマンセル)のバトルに二人(タッグ)で挑戦し勝ち進んだ栄誉を称える、審査員特別賞。シャアザクの横顔を象った、赤銅のレリーフ付き表彰盾。

 これらの功績から、ダイとサチの二人はかの私立ガンプラ学園、その大学部への推薦入学が決まっていた。

 

「……あっ、そうだ! アカツキは? アカツキはどこに行ったのです! 今からあいつを、特別にナルミの専属パシリに任命してパワハラ祭りなのです! アーカーツーキー!」

 

 すっかり暴君と化したナルミは、エイトを呼びながら部室内を走り回る。巻き添えを避けようと慌てて壁際に飛び退く部員たち。あきれてため息を吐きながらも抑えにかかるアマタ。ダイはどう見ても日本酒が入っているようにしか見えないお猪口からミネラルウォーターを飲みつつ、サチに目配せをした。

 

「……おい、サチ。教えてやらなくていいのか」

「んー? ああ、お目当ての彼はなんか用事とかって、ナノカちゃんとご一緒に早引けしたって? ん~、ど~しよっかな~。教えよっかな~、やめとこっかな~……あっひゃっひゃ♪」

 

 楽しそうに――心底、楽しそうに。サチは笑いながら、ジンジャーエールをペットボトルからラッパ飲みした。ダイはあきらめたように首を振り、フッと微笑んだ。

 今この時は、進学しこの地を離れることが決まっている二人にとって、大鳥居高校で過ごす最後の時間。自分たちで立ち上げ、ガンプラ制作やバトルの練習や、それ以外にも多くの時間を過ごしたこの部室とも、これでさよならだ。ならば何もこんな時に、事を荒立てる必要もないだろう――以前は幼馴染としてしか見ていなかったサチと恋人として付き合うようになってから、ダイにもそれなりに「察し」というものがつくようになっていた。

 

「おい、ナルカミ二年生……いや、ナルカミ新部長。俺からの最後の引継ぎだ。貴様にガンプラバトルを申し込むっ!」

「ほほう、突然ですがいい度胸なのです、()部長。今のナルミは調子に――違う、ノリにノっているのです。例え世界選手権ベスト8の()部長といえど、今のナルミは止められないのです!」

 

 酔った勢い(炭酸に)で気の大きくなっているナルミは、気分の移り変わりも早い。大口を叩きながら百里雷電を引っ掴み、GPベースにセットした。ある意味お祭り騒ぎでもあるこの新旧引継ぎ会では、いつでもガンプラバトルができるように、システムの電源は入れっぱなしだ。システムはすぐにプラフスキー粒子を放出し始め、バトルフィールドが形成される。ダイも愛機ダイガンダムを、GPベースに乗せる。

 

《GANPRA BATTLE.Combat Mode. Damage Level,Set to B.》

「……オレも甘くなったものだ。上手くやれよ、アカツキ一年生。アカサカ同級生」

「なぁにをブツブツ言っているのです、()部長! ガチバトルなのです! 油断するななのです、()部長!」

 

 ナルミはわざと「旧」を強調して、ダイを挑発する――だが、その眼は、真剣そのもの。武人であるダイには、炭酸に酔った勢いだけで勝負を受けたのではないことが、その眼差しから感じられた。そんなナルミを微笑ましく思いつつ、軽く挑発し返してみる。

 

「いいのか、ナルカミ二年生。その機体は複座式のはずだ。アマタ同級生なしの貴様が、このオレと戦えるつもりか」

「ふふん、心配はご無用なのです。根暗前髪先輩はもうご卒業なのです。先輩なしでもナルミは戦える――戦うのです! 戦ってみせるのです! なにせナルミは、新部長なのですから!」

 

 ――その意気や良し。ならばこの部活は、きっと大丈夫だ。ダイは自分の部長選びに改めて納得し、ちらりとサチを――元副部長を見返した。視線に気づいたサチは、いつものように「あっひゃっひゃ」と笑いながらも、力強く頷き返す。

 その間にもバトルフィールドの形成は終わり、出撃準備は整った。ダイは大きく息を吸い、目の前のバトルに集中する。

 

「ダイガンダム。ギンジョウ・ダイ。……参るッ!」

「百里雷電・改式! ナルカミ・ナルミ! 暴れるのです!」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ヤマダ重工大鳥居支社・工場裏の社員寮、その女子寮と男子寮の間に造園された中庭。寮の中庭というには余りにも美しく手入れされた欧州風の庭園に、桜の花びらが舞い込む。工場のすぐわきには桜並木が東西に走っているので、おそらくそこから春風に乗り、流されてきたのだろう。

 

「――では、裁判は長引きそうなのですね。アカサカ室長」

 

 短く刈り込まれた新緑の芝生、その中央に置かれた欧州風のティーテーブル。その上には一部の隙も無く磨き込まれたティーセットと、ヤマダ重工の社章が刻印されたノートパソコンが置いてある。

 

『ヤジマ法務部から報告を受けた。かなり腕利きの弁護団が、奴のバックについたそうだ』

 

 今から約半年前。〝黒色粒子事変(ブラックアウト・インシデント)〟の後、ヤジマ電脳警備部は総力を上げてイブスキのアクセス元を解析。これまでの用意周到、神出鬼没、深謀遠慮が嘘のようにあっさりと居場所は判明し、通報を受けた地元県警により、イブスキ・キョウヤは逮捕された。

 ネット社会に与えた衝撃の大きさから、この件は大きな話題になるかと思われたが、マスメディアは悉くこの事件を無視し、黙殺し、報道しなかった。ヤジマ商事ガンプラバトル事業部の公式会見にも、取材に来たのはネット上を中心に展開する一部のメディアのみ。それはまるで、メモリアル・ウォーゲームの直前、ネット上で大きな騒ぎとなっていたゴーダ・レイの動画のことを、マスメディアが一切取り上げなかったときのようで――裏で、何かが。何かの力が。働いているとしか、思えなかった。

 

『私も公判の傍聴には参加しているが……警察の取り調べでは完全黙秘を貫いた奴が、裁判官が止めろと言うまで立て板に水の雄弁ぶりだ。ヤジマの情報管理の甘さ、VRゲームが心身に与える影響、プラフスキー粒子の危険性。そして今回の、弁護団の手配。奴の裏には、単純な資金源というだけではない何か(・・)がいると、我々は考えている』

「気になりますわね。イブスキ・キョウヤを、支援する存在……黒幕の、さらに裏を暗躍する何者か……」

『……〝這いよる混沌(ビハインド・ザ・カーテン)〟……奴もまた、闇の一部にしか過ぎなかったということだ』

 

 苦々しさを感じさせるアカサカの声に、アンジェリカは形の良い眉の間にしわを寄せつつも、気品に満ちた所作で薄いティーカップに満たされた琥珀色の紅茶を飲みほした。そして、音もたてずにカップを置くと、そばに控えていたラミアが、とくとくと静やかに紅茶を注ぐ。男物の執事服を一部の隙も無く着こなすラミアの姿は、私服の真珠色のドレス姿のアンジェリカとも相まって、まるで最初からそう描かれていた絵画のような美しさだった。

 ……しかし、そんな雰囲気をぶち壊しにする男が二人。

 

「ぅあっちぃッ!?」

「あー、もう、だめだめッスねぇ、バンさん。こーゆー紅茶は、もっと優雅にあっちいッ!?」

 

 やけどした舌を突き出して、ひぃひぃ騒ぐバンとタカヤ。

 

「もう、あんちゃん、タカヤにぃちゃん。ふたりとも、ガサツなんだから……あっ!」

 

 そんな二人に、レイはほっぺを膨らませてぷりぷり怒りながらも、コップに水を注ぎ、手渡……そうとして何もないところで躓き、二人に頭から水をぶっかける。

 瞬間、ラミアは目にも止まらぬスピードでティーセットを片付けノートパソコンを持ち上げテーブルクロスを盾にしてアンジェリカへの水しぶきをガード、さらにどこからともなく替えのテーブルクロスを取り出してしわ一つなくテーブルにセット、ティーセットとノートパソコンをまた完璧に配置、そしてひっくり返るバンとタカヤは放置してレイだけイスに座らせて、子供用にガムシロップを多めにしたアイスティーと簡単なお茶菓子を用意した。この間、実に二秒足らず。

 

『……ん? どうしたヤマダ女史。一瞬、映像が乱れたが』

「いいえ。お気になさらずに、アカサカ室長。この半年でラミアがまた人間離れしてきただけですわ」

「お褒めにあずかり光栄です、お嬢さま」

 

 深々と腰を折るラミア。澄ました表情の中に、自慢げな色が隠しきれていない。

 

『そ、そうか……ならば、よいのだが。では、次の要件に入らせてもらおう』

「ええ、お願いいたしますわ」

 

 そう、そもそもが今日このタイミングで、アンジェリカ達がここに集まっているのはアカサカに呼ばれたからなのだ。ここにいる五人は、全員がアカサカに指名されたメンバー……先のイブスキの裁判に関する話は、因縁が深くはあるが、本題ではない。アンジェリカはノートパソコンのスピーカー音量を上げ、他にも見やすいように画面の角度を変えた。

 レイはちょっと背伸びをするようにしてアンジェリカの横から画面を覗き込み、バンとタカヤも、ラミアから雑に投げつけられたタオルで頭を拭きながら画面の前に集まる。

 

『君たちも承知の通り、〝黒色粒子事変(ブラックアウト・インシデント)〟以降、ネットゲームを取り巻く環境は大幅に変化した――実名登録、本人確認は当たり前。その他にもありとあらゆる安全確保のための方策が、文字通り万策尽き果てるほどに張り巡らされた。中でも我がヤジマ商事は、GBO運営本部は、最大限かつ最大級、そして最高峰のセキュリティ対策を実装した。事変の当事者として、当然のこととして』

 

「そして、完成したのがGBOVer2.0……あの事変から半年となる今日、満を持して配信される、新たなるGBOの姿……ですわね」

『その通りだ、ヤマダ女史。GBOVer2.0〝THE WORLD〟……我々が考えうる最高のセキュリティに守られた、世界で最も安全なネットゲーム。そして、ガンプラバトルの魅力を、世界に広める箱舟だ』

 

 ノートパソコンの画面上に、GBOのタイトルロゴが大きく映し出される。GBOの三文字の下に、《Gunpla Battle Online ver2.0 THE WORLD》の表記。そして、もう残り数分となったカウントダウン。刻一刻と減りゆくその数字がたどり着く時刻は、三月十五日十六時二十四分二十七秒――黒色粒子を、デビルフィッシュとイブスキ・キョウヤを、〝黒色粒子事変(ブラックアウト・インシデント)〟を、燃え盛る太陽が焼き尽くし終わらせたあの瞬間から、ぴったり半年後。

 GBOの新生を祝すには、実に相応しい時刻といえるだろう。

 

「うち、とってもたのしみだよ。あたらしいGBOで、あんちゃんたちとあそべるの! タカヤにぃちゃんや、アンジェおねぇちゃんや、ラミアおねぇちゃんともなかよくなれたし!」

『……ゴーダ・レイさん。貴女がそう言ってくれることが、我々にとってどれほど救いになることか……ありがとう』

 

 声だけで姿は見えないが、無邪気に言い切るレイに対して、アカサカが画面の向こうで深々と頭を下げているであろうことが、聞いている誰の目にも浮かぶようだった。バンはそれもわかったうえで、アカサカに問うた。

 

「その件は、あの男が裁判で裁かれりゃあいいことだ。あんたたちからの謝罪も補償も、もうこれ以上いらねぇ。大事なことは、俺たちもあんたたちも同じ間違いを繰り返さねぇってことだ。俺は、レイを守る……あんたはGBOと、その全プレイヤーを守る。そうだろ、アカサカさん」

『そうだな、ゴーダ・バン君。そしてそのためにできることを、私なりに考えた結果があるのだが……それが、君たちに集まってもらった、本題ということになる』

 

 画面に浮かぶGBOのロゴとカウントダウンが、画面下へと最小化された。そして入れ替わりに、ヤジマ商事との秘匿回線が開かれた。おそらくアカサカがヤジマ商事側で様々な操作をしているのだろう、数々の認証やその他の素人目には何をしているのかもわからない無数の情報のやり取りが行われた。

 そして浮かび上がった無味乾燥な五文字のアルファベット。ひょこりと画面の前に顔を出したレイが、それを無邪気に読み上げる。

 

「じー、えいち、おー、えす、てぃー……?」

『ガンプラ・ハイパー・オンライン・セキュリティ・チーム……通称、〝GHOST(ゴースト)〟。外側から管理・監督する運営本部と対となり、GBOの内側からGBOを見守る、影なる目――それがこの〝GHOST(ゴースト)〟だ』

《Gunpla Hyper Online Security Team》

 

 アカサカの言葉を追いかけるように、文字列が表示される。その様はまるで、初めて起動したストライクのコクピットで、GUNDAMの頭文字からOSの正式名称が現れた時のようだった。いまいち状況の呑み込めていないらしいレイの頭をぽんぽんと撫でつつ、タカヤはドヤ顔でアカサカの後を引き継いだ。

 

「俺がやっていた外部特別協力員ってのは、実はコイツを結成するためのテストケースだったんスよ。アカサカさんは以前からこの種の部隊の必要性を訴えていたッスけど……GBOのセキュリティ強化を最優先課題なんて言っておきながら、ヤジマ上層部からのOKが出たのはつい数時間前。ま、大人の世界はメンドクサイってことッスね」

『説明を感謝する、サナカ君。彼の言葉を補足するなら、この〝GHOST(ゴースト)〟は当面の間、GBO運営本部室長付き特別運用試験部隊――つまりは、私直属の存在しない部隊(・・・・・・・)ということになる』

「――概ね、理解いたしましたわ。アカサカさん」

 

 アカサカの言葉の切れ目を捕らえて、アンジェリカは飲み終えたティーカップを優雅にソーサーに置き、ラミアに軽く目配せをした。それだけで意図を察したラミアは、一瞬にしてティーテーブルの上に人数分のノートパソコンとGBO用デバイスを揃えた。軽く頷いてラミアの働きをねぎらうアンジェリカの左右の席に、いまだに状況を掴めていないバンとレイが、とりあえずといった様子で腰を掛ける。

 

「あー、悪い。ヤマダのお嬢さん。俺は学がなくてよ、状況を教えちゃあくれねーか?」

「う、うちも……えっと、むずかしい、おはなしかな……?」

「うふふ、そうですわね……つまり、アカサカさんは秘密の部隊を結成したいのですが、その許可が出たのはつい数時間前。大事な仕事ですから、きちんとしたメンバーを集めたい。でも、なにせ秘密の部隊ですから、オープンにはできない。そのうえ、GBOの再稼働はもう目前。だから……と、いうことですわね?」

 

 生徒会風紀委員長のヤマダ・アンジェリカとしては絶対に見せないような、気品の中から悪戯っぽさを覗かせる視線。すでに委細承知のタカヤは肩を竦めて、アカサカに続きを任せた。

 

『ヤマダ女史。ラミア君。バン君。レイさん。そして、タカヤ君。君たちを、特務部隊〝GHOST〟に迎えたい』

「お、俺たちを……!?」

「とくむ、ぶたい……に……?」

 

 驚き、目を見開くバン。レイは相変わらず話の半分も理解していない様子だったが、ラミアがレイの隣にしゃがみ込み、かみ砕いた言い方で耳打ちをすると、「なるほど!」と手を打った。レイの反応を待って、アカサカは言葉を続ける。

 

『私はGBOの責任者として、いくら謝罪してもしきれない……あの事件で、あの事変で。真正面からぶつかり合い、戦い抜いたアカツキ君や私の娘以上に……君たちの戦場は、厳しいものであった』

 

 それぞれの胸に去来する、それぞれの記憶と思い。悪友を、親友を、家族を。欺いた、救えなかった、守れなかった。任務のために。嫉妬のために、生活のために。それぞれに理由と形は違っても、ここにいる五人はそれぞれに、それぞれの傷を負い――それでも、戦い抜いたのだ。

 

『それを生き抜いた君たちにこそ、GBOの護り手になっていただきたい』

 

 ――沈黙。五人の集う中庭を、桜まじりの春風が吹き抜ける。ディスプレイの中ではGHOSTの文字が明滅し、その隣のウィンドウでは、残り数十秒となったGBO再開までのカウントダウンが、やけにゆっくりとその数字を減じていく。

 そんな、停滞したような時の流れ打ち破ったのは、アンジェリカだった。

 

「……ラミア?」

「はい、お嬢さま」

 

 声色だけで意図をくみ取ったラミアは、答えた次の瞬間にはすでに仕事を終えていた。ノートパソコンとGPベース、セッティングされた二機のガンプラ。〝強すぎた白雪姫(オーバーキルド・プリンセス)〟レディ・トールギス・フランベルジュ。〝姫騎士の忠犬(ロイヤルハウンド)〟サーペント・サーヴァント。

 アンジェリカはラミアに全幅の信頼を置き、ラミアもまた、主人への盲目的な依存ではなく、確固たる自分の意志でアンジェリカを信じ、付き従っている。一点の曇りもなく、寄り添い輝く白銀の主従。それこそが、アカサカに対するアンジェリカとラミアの返答だった。

 

「――俺は引き続き、ってことでお願いするッスよ。室長!」

 

 口元はへらへらと笑いつつも、その視線は真剣そのもの。タカヤもGPベースにケルディム・ブルーを乗せた。その腰に装着された青いGNウォールビットには、すでに〝GHOST〟の文字がペイントされている。しかもそれは、フレンド登録したプレイヤーにのみ見える特別仕様という気の早さだ。

 

「こんな俺でも、あんな事件を起こさせない力になれるのなら! ……レイ、無理はしなくていいんだぞ」

「ううん、あんちゃん。うちも、おてつだいしたい……もうだれにも、ガンプラでかなしんでほしくない……!」

「そうか……じゃあ、一緒に頑張るか! 俺たちもやるぞ、レイ!」

「うん、あんちゃん!」

 

 バンの太く力強い手が、GPベースにガンダム・ヘビーナイヴスをセットした。レイはガンプラを持たないが、バンの大きな掌を、小さな両手で包み込むようにきゅっと握った。

 

『……感謝、する……! 情けない大人たちに、どうか力を貸してくれ……!』

 

 その言葉が途切れ途切れに聞こえるのは、通信障害ではないはずだ。アカサカの声色には、GBO運営責任者としての罪悪感と後悔と、そして感謝の念が入り交じっている。アカサカのそんな様子を察しながら、特務部隊〝GHOST〟となった五人は、GBO用ヘッドギアを装着する。

 ちょうどその時、GBOの再始動を秒読むカウントダウンの全ての桁が、ゼロを表示した。勇壮なファンファーレとともに、半年ぶりに表示されるGBOメインタイトル。セキュリティポリシーやその他さまざまな表示が画面上を流れ、GPベースにも火が入る。湧き出すプラフスキー粒子がガンプラをスキャンし、ヘッドギアからの網膜認証との組み合わせで、事前登録された本人確認情報と照合される。

 

《GANPRA BATTLE.Combat Mode. Damage Level,Set to O.》

 

 耳になじんだハスキーな女性のシステム音声。GBOが――GBOVer2.0〝THE WORLD〟が、始まる。

 

『……では初任務だ、〝GHOST(ゴースト)〟の諸君。半年ぶりのリスタートとあって、このタイミングでのGBOへの同時接続数は十数万が予想されている。正直なところ、運営本部は集中アクセスの弊害や初期トラブルへの対応で手いっぱいだ』

 

 語るアカサカの声の背景に、運営本部で飛び交う報告がかすかに入ってくる。十万以上の同時アクセスを捌く戦いが、始まっているようだ。

 

『そこで諸君には、運営権限の一部を用いて各バトルフィールドに潜入、一般プレイヤーと同様にバトルに参加しつつ、悪質プレイヤーの発見・報告をしてもらいたい。運営で審査・検討ののち、対応を通達する。違反行為の内容や状況によっては、〝B弾(バン・バレット)〟の使用許可を出す可能性もある』

 

 アカサカの言葉と同時、アンジェリカ達のウェポンスロットに、新たなSP兵器が登録された。現在は《使用禁止》と表示されているが、多少ネットゲームに詳しければ、名前だけでもその性能の見当はつく。

 

「……おい、アカサカさんよ。このバン・バレットってのは、俺の名前とは当然関係なくて……運営だけができるアレを、まさか俺たちができるってことかよ……?」

『明察だ、ゴーダ・バン君。この弾で撃たれたガンプラとその使用者のアカウントはGBOから半永久的に排除(BAN)される。だからこそ〝GHOST〟は、信頼できる者にしか任せられない』

「……そりゃあ、設置許可がなかなか下りないわけだぜ……意外とやるじゃあねぇか、アカサカさんよ」

『――GBOを、誰もが安心して遊べる、ガンプラバトルの一大プラットフォームにする。それが、私の使命だ』

「その覚悟、確かに受け取りましたわ。私たちにお任せくださいな……その力に見合う責務、果たして見せますわ!」

 

 アンジェリカが言うと同時に、画面がぱあっと大きく開けた。

 広大な世界。連なる山脈に、広がる大海原。立ち並ぶ摩天楼と、コロニーの墜ちた廃墟。流れる大河と滝を抱く密林、砂塵舞い踊る荒野、寒風吹きすさぶ雪原。天井のない蒼穹は、そのまま大気圏外、衛星軌道から宇宙空間にまで繋がっている。

 この世界観こそが、再始動したGBOの最大の特徴。〝THE WORLD〟の名づけの元ともなった、シームレスに広がるオープンワールド。

 

『次世代のガンプラバトルを生み出す、電脳遊戯空間(ディメンジョン)構築計画〝GBN(ガンプラバトル・ネクサス)プロジェクト〟。この〝THE WORLD〟には、そのひな型という側面もある』

「すごい、ですわ……」

 

 勢い勇んで飛び出したアンジェリカですら、暫し見惚れるほどの遠大な光景。ラミアとバンは言葉すら失い、ヤジマ内部での稼働テストに参加していたタカヤも、景色に見入っている。

 

「……ここを、まもるんだね」

 

 ぽつりと呟いたレイの言葉が、全員の耳に、静かに響いた。

 ここにいる誰もが、GBOで傷ついた。でも、だからこそ。もう誰にも、傷ついてほしくない――この世界(GBO)を、守りたい。

 コントロールスフィアを握る手に、自然と熱い力が宿る。

 

「ヤマダ・アンジェリカ! レディ・トールギス・フランベルジュ! 参りますわ!」

「ラミア・ヤマダ! サーペント・サーヴァント! 参ります!」

「サナカ・タカヤ! ケルディム・ブルー! 目標を、狙い撃つッス!」

「ゴーダ・バン! ガンダム・ヘビーナイヴス! 獲物を掻っ攫う!」

「ご、ゴーダ・レイ! うちも、がんばるよっ!」

 

 新生したGBOの空に、バーニアの軌跡を長く曳いて。この世界(GBO)を守るため、〝GHOST〟たちは飛び立った。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ――マズい。ミスった。

 ヒシマル・ナツキは後悔していた。今になって思えば、GBOが再始動するという記念すべきこの日に、そんな、期待していたような展開があるわけがないのだ。弟が隠し持っていた男子一人女子多数のハーレムマンガぐらいでしか色恋沙汰を知らなかった自分自身の想像力の限界を、もっと切実に捉えておくべきだったのだ。

 

『ナツキさんに、大事な話があるんです。GP-DIVEに来てもらえませんか――』

 

 嗚呼、約束の日付と時間で気づけよ、私。どう考えてもGBOVer2.0のスタートを、デカいモニターのあるGP-DIVEで一緒に、ってェぐらいの意味だろうが。

 

「んっふっふー。それで、そんなべっぴんさんにキメてきたん? おもろすぎるやろー!」

「やめてやれよ、エリサ。ナツキちゃん、顔真っ赤じゃあねぇか」

「ふぉ、フォローすんじゃねーよ店長! よ、よけいハズいだろうが……ッ!」

 

 半年前の夏、ヒシマル屋でエイトがアルバイトをした時に、出迎えたワンピース姿。もちろん夏服そのままでは少々肌寒いので、春物のカーディガンなどを羽織っている。化粧は道具も経験もまともにないので諦めたが、いつもは自由気ままに外ハネしまくっている赤髪を、今日はできるだけ抑えてきている。

 初めておしゃれに挑戦した中学生のようなコーディネートの、しかしモデル顔負けの長身とスタイルの美女。GBOでの〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟などという悪名とは似ても似つかない姿のナツキが、顔を真っ赤に染めてGP-DIVEのカフェスペースで机に突っ伏していた。

 

「まあまあ、べっぴんさん。顔を上げぇや、べっぴんさん。ほら、あともうちょっとでGBO再開やで、べっぴんさん」

「ッだァァァァ!! おちょくってんじゃあねェぞ、エリサぁぁぁぁ!」

「きゃーこーわーいー! カメちゃーん、たーすーけーてー! んっふっふー♪」

 

 牙をむいて怒鳴り、エリサを追いかけまわすナツキ。実は同い年だったということもあり、この半年の間にエリサとナツキは、気の置けない仲となっていた。小学生とその親ほども身長差のある二人の追いかけっこにタメ息を吐きつつ、店長は店内の大型ディスプレイに目をやった。

 カフェスペースの壁ほぼ一面を占領するその画面には、大きくカウントダウンが表示されている。〝黒色粒子事変(ブラックアウト・インシデント)〟から半年、新生GBOの指導まで、残り十分を切ったようだ。

 

「エイトの坊主、遅れてるな……間に合うのか……」

「――すみません、遅くなりました」

 

 まるで店長の呟きを見計らったかのように、声が響く。いつの間に店内に入ってきていたのか、カジュアルな私服姿のエイトが、カフェスペースの入り口に立っていた。

 

「お、おゥッ!? えええ、エイトォォ!?」

 

 動揺するナツキ、瞬間、意地の悪いニヤリとした笑みを浮かべてエリサはナツキの陰に隠れ、ドンとナツキの背中を押した。必然、たたらを踏むようにしてナツキはエイトの目の前に押し出される。

 

(エリサてめェっ、ちょっ、準備! 心の、心のォォ!)

「あの、ナツキさん……」

「あ、いや、これはエリサが! じゃねェ、服はあの、ちょっと間違ってよォ!」

「……姉さんと、店長にも。お話が、あります」

 

 静かに告げるエイトの声色に、真っ赤に沸騰しかけたナツキの顔は一気に引き締まった。

 すっと道を開けたエイトの後ろから、二人の人物が現れる。ひとりは、アカサカ・ナノカ。いつものように穏やかな表情で、車いすを押している。

 そして、その車いすに乗っているのは――

 

「……現実世界(リアル)では、初めまして、ですね……」

 

 長年の入院生活でやせこけてはいるが、顔立ちはナノカと瓜二つ。身長は明らかに低く、髪の毛も灰色にくすんではいるが、間違いなく双子の――ナノカの、弟。

 元・GBOJランキング〝不動の一位〟にして〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟。イブスキ・キョウヤと共謀し、GBOの転覆をはかった、〝黒色粒子事変(ブラックアウト・インシデント)〟の中心人物の一人。

 

「……アカサカ・トウカ……です」

 

 ナツキも、エリサも、店長も。真一文字に口元を引き締めて、トウカを見つめた。空気は冷たく張り詰め、固く凍り付いている。およそ十年ぶりに家族や病院関係者以外と現実に顔を合わせるトウカにとって、その圧迫感は想像を絶するものであった。

 青い入院着に包まれた痩せた身体が、ガタガタと震える。胸が苦しい。息が切れる。頭が痛い。しかし、車いすを押すナノカは、ただ穏やかな視線をトウカに注ぎ、軽く頷くのみ。病院からここまでの道すがら、少しは会話もできたエイトも、何も言わずに車いすの脇に立っている。

 

 ――自分で、やるんだ。トウカ。

 

 病院に迎えに来たナノカと、父さんと、そしてアカツキ・エイトと、話をした。父さんはついてきたがったが、断った。父さんには、新しく始まるGBOを守る、大事な仕事があるから。姉さんが間に入ると言ったのも、断った。これは、自分の責任だから。アカツキ・エイトは、最初から何も言わなかった。あいつがただの甘ちゃんじゃあないことは、バトルを通じてわかり合えていた……気が、するから。

 

 ――誰かのせいになんて、しない。自分で、やるんだ。

 

 トウカは目を閉じて深く息を吸い込み、そしてゆっくりと吐いた。それでもまだ震える掌に、細く筋肉の足りない両掌にぐっと力を込めて、車いすのアームレストを押し下げるようにして立ち上がった。長らく自分の足で立つということをしてこなかった両足に、痩せこけているはずの自分の体重が重くのしかかる。

 

 ――自分の足で立つって、こんなに苦しかったんだな。

 

 その事実に比喩めいたものを感じて、トウカは自嘲。ただ立ち上がるだけで、その額には玉のような汗が浮かんでいた。

 アームレストから手を放すと、トウカの体は大きくぐらついた。ナノカは思わず手助けしそうになったが、車いすの押し手を力いっぱい握り締めることで耐える。一方エイトは、ただ真っ直ぐな黒い瞳で、トウカの一挙一動を見守っていた。

 そんな二人の様子を感じながら、トウカは何とか真っ直ぐに立ち、気を付けの姿勢をとった。そして顔を上げて前を向くと、ナツキの、エリサと店長の、今まで逃げて避けてきた、他人の生の視線が、自分に突き刺さっている。

 電脳世界では感じることのない、感情の乗った目。言葉に、バトルに、感情が乗ることはあっても、こうも圧力を感じる目というのは、GBOのアバターには実装されていない。

 トウカは自分の中で、気持ちが萎えかけるのを感じた。

 

 ――しかし、それでも。

 

「ほん、とうに……」

 

 痩せこけた全身の筋力を総動員して、腰を曲げる。頭を下げる。それだけで呼吸困難に陥りかけるが、それでも肺から空気を絞り出し、掠れそうになる言葉を何とかつなげる。

 

「ぼ、ボクの、わがまま、で……甘え、で……申し訳、ありま……せん、でした……っ!」

 

 ――わかっている。こんなもので、済む話じゃない。GBOに与えた被害。ヤジマ商事に与えた損害。世間を騒がせた罪。そして、未遂に終わったとはいえ、一歩間違えば一人の少女(ゴーダ・レイ)の心と体に、一生消えない傷を残していたかもしれないという事実。

 罪深い。底なしに、罪が深い。そして自分の思慮の浅さに、今になって身震いする。歯噛みする。〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟という二つ名も、的外れではなかった。ボク自身が黒い黒い罪の底に沈んでいるということを、よく表しているじゃあないか。深すぎて、暗すぎて、黒すぎて、太陽に照らされるまで自分の醜さにすら気づけなかったボクには、まったく丁度いい名前だった――

 

「――ッたく、しゃあねェなァ!」

 

 ぽんっ、と軽く。肩を突かれて、トウカは車いすに座らされた。目を白黒させるトウカの髪を、ナツキの掌ががしがしと乱雑にかき乱す。かき乱しながらグイっと顔を近づけて、吐息のかかる様な距離で睨みつける。

 

「ガンプラ、持ってきてっかァ?」

「え、あ、が、ガンプラ?」

 

 言葉の意味を飲み込めずにいるトウカの目に、大画面に映し出されたカウントダウンが飛び込んできた。そこに示された残り時間は、あと2秒、1秒――そして、

 

《GANPRA BATTLE.Combat Mode. Damage Level,Set to O.》

 

 勇壮なファンファーレとともに、GBOが、再び始まる。

 再開を心待ちにしていた数万、数十万のGBOプレイヤーが、好敵手が、仇敵が、戦友が、怒涛の勢いでメインサーバーに繋がっていく。画面に満ちていく情報の奔流、溢れ出すプラフスキー粒子、文字で、音声で、繋がり合う通信の数々。

 

『――久しぶりねっ、アカツキエイト! この私がGBO再開一番に、わざわざ声をかけてあげてるんだからっ! 早く来なさいよねっ!』

『ふふ……また、私と、ユニコーンとぉ……遊びましょぉ……♪』

『きゃっほー♪ ひっさしぶりのGBO! 兄兄ズといっしょに、あっばれちゃうにゃーん♪』

『待っていたぜGBO! 俺たちのガトリングが火を噴きまくるぜぇぇぇぇッ!!』

『ゆかりん☆放送局、今日はここまでっ♪ ……ここからは、私も本気で遊ばせてもらおう!』

『待っていたよ!』『ありがとう運営! ありがとうGBO!』『楽しむぜ!』『やったーー!』『GBO、いきまーす!』『はじまるぜー!』『戦闘開始っ!』『俺が、ガンダムだ!』『ひゃっほおおお!』『また会えたな!』『コテンパンにしてやるぜ!』『不死身のGBOサワー様のお通りだ!』『再開、嬉しいです!』『みんな、ありがとう!』

 

 つながる、つながる、そして広がっていく。色とりどりのメッセージやサインが、〝THE WORLD〟を映し出す画面いっぱいに広がっていく。ただの電気信号のやり取り、たかがゲームに過ぎないGBOの中で、喜びが、感謝が、人の心の光が、絡み合いながら広がっていく。

 その光景を目の当たりにして、トウカの目からは大粒の涙がこぼれだした。

 

 ――そうか、ボクは……ボクが、目を背けていたのは……これ(・・)、だったんだ。

 

「てめェをブン殴るのは、ガンプラバトルでにしといてやらァ。行くぜ、ナノカの弟!」

 

 ナツキはにやりと犬歯を見せて笑いながら、トウカの涙など全く気にも留めないかのように、ヘッドセットとGPベースを投げ渡す。

 

「おいおいナツキちゃん、店の備品を投げるなよ。えーっと、トウカの坊主の分、PC一台追加だな……二階にあったかな」

「んっふっふー。悪いけどカメちゃん、ウチはもうこれ以上ガマンできひんわ! エイトちゃんナノカちゃんナツキちゃんトウカちゃん、グズグズしてたら置いてくで!」

 

 店長は頭を掻きながらトウカの分のPCを探しに行き、エリサは遠足の前の夜の小学生のような表情でGPベースにAGE-1シュライクをセットした。プラフスキー粒子の走査線がシュライクの表面をなぞり、電脳世界にその写し身を生成する。

 

「僕たちも、行きましょう! ナノさん――」

「ああ、エイト君」

 

 エイトは目を輝かせながら、ナノカに右手を差し出した。ナノカは躊躇いなくその手を取り、そしてもう一方の手を、トウカへと差し出す。エイトもまた、ナノカとつないだ掌はそのままに、もう一方をトウカへと差し向ける。

 トウカの目の前に差し出された、二つの掌。自分に向けて開かれたその掌はあまりにも眩しく、向けられた真っ直ぐな視線はあまりにも輝いている。自分には、罪に塗れ、償いも終えていない自分には、その太陽のような煌きは強すぎて――その手を取るのを、躊躇ってしまう。

 

「トウカさん!」

「トウカ、行こう!」

 

 ――でも、ここで。一歩、踏み出せば、もしかしたら。ボクも。ボクにだって……!

 

 差し出された手を取り、信頼して、身を任せる。

 だけど、立ち上がるのは、踏み出すのは、歩みだすのは、自分自身の足で。

 どんなに迷っても、間違っても、立ち止まっても。

 太陽を目指して、歩き続ければ――きっと――!

 

「〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟、ヒシマル・ナツキ! ドムゲルグ・デバステーター! ブチ撒けるぜェェェェッ!!」

「〝赤姫(レッド・オブ・ザ・レッド)〟、アカサカ・ナノカ。レッドイェーガー。さあ、始めようか!」

「〝太陽心(ブレイズハート)〟、アカツキ・エイト! ガンダム・クロスエイト! 戦場を、翔け抜ける!」

 

 ――起こせるはずだ。奇跡の、逆転劇を!

 

「……アカサカ・トウカ。デュランダル・セイバー! 全身全霊、走り抜けるっ!」

 

《――BATTLE START!!》




――と、いうことで。
以上を持ちまして、『ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド』本編完結でございます。
私の実力不足から執筆の停滞を挟みつつも、なんとかここまでこぎつけました。
ここまでお付き合いくださった読者の皆様、感想や指摘をくださった皆様に、無上の感謝を! 本当にありがとうございます。

以下、製作の裏話的なものを。

そもそもGBFで二次小説を書き始めたのは、数年ぶりにやってみたガンプラ作りがすっごく面白かったからです。
私事ですが、実は三年ほど前に結婚式をあげました。その時、ウェルカムボード代わりにMGのガンダムとシャアザクを新郎新婦に見立てて飾ろう、と思い付きまして。幸い、妻の理解も得て実現しました。
その時の、ガンダムをタキシード姿っぽくしたり、シャアザクにウェディングドレスを着せる改造がとても楽しくて楽しくて、ビルドファイターズが面白かったのもあって、小説を書き始めた、というのが始まりでした。

実は私、作品を完結させたことは人生で二回しかありません。
一回目は、某小説大賞に応募した作品。一次予選すら通りませんでした。
そして二回目が、このドライヴレッドです。
作品を書いていく中で、キャラが勝手に動き出す、しかもそのまま突っ走って完結までいってしまうという、大変貴重な経験ができました。
ドライヴレッドで勝手に動き出したキャラ――ここまでお付き合いいただいた皆様はお気づきのことでしょうが、もちろん彼女、“自走する爆心地(ブラストウォーカー)”ことヒシマル・ナツキです。
もともとはエイトとナノカのバディもののつもりだったのですが、かなり早い段階でナツキが勝手に走り出し、重要なポジションを掻っ攫っていっちゃいました。そこからはもう、いろんなキャラが勝手に動くわ動くわ。特にガトリングラヴァーズとか、二回目の登場はもちろん作者の想定外だし、まさか最終決戦まで参戦するなんて、欠片も思っていませんでした。
いろんな作家さんのインタビューなどで「キャラが勝手に動き出す」という話はよく目にしますが、私も作家気分を味わうことができて本当によかったです。

ビルドダイバーズとのネタもろ被りというまさかの展開にビビりつつも何とかここまで来た拙作ですが、私なりの解釈でファイターズとダイバーズをつなげることができないか、と考えた結果、GBOVer2.0“THE WORLD”と特務部隊〝GHOST”が誕生しました。この世界観では、ダイバーズでのGPDの位置にプラフスキー粒子制のガンプラバトルやGBOが入り、“THE WORLD”からのGBNという時系列になっていくはずです。
反省したトウカも、きっとエイトたちと一緒に“THE WORLD”の中で遊ぶことができるでしょう。

つらつらと書き連ねましたが、書き続けていく中で、なにより「読者がいる」ということが最大の喜びでした。
いままでも小説は書き続けてきましたが、なかなか完結まで書けなかったのは、単なる自己満足、読者に読んでもらうために書いたものではなかったからなのかもしれません。読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。

それではまたいつか、作者と読者、もしくは作者仲間として、お会いできる日を楽しみにしています。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました!




















《特報》

「なんだぁ、転校生! このバトルはなぁ、うちの部ではずっとやってる入部テストなんだよ!」
「…………」
「だんまりかよおいッ、転校生! 女の子の前でヒーロー気取りですかぁ、コラぁッ!」
「も、もういいですから……わ、わたしは、大丈夫ですから……このままじゃ、あなたまで、ひどい目に……」
「――ここで退いたら、俺の正義が廃る」
「……えっ? で、でも……そんな……」
「大丈夫ですよ。うちの熱血バカマスターさんは、こうなったらもう止められません――誰にも、ね」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド2 (仮題)

「ヒムロ・ライ。ガンダム・クァッドウィング――悪を、討つ!」


 鋭 意 執 筆 中 !



「……ん? なにかしら、このメール……?」
『添付ファ るヲ開い 、えあレイだーノ   Dataを更 し クダさイ』
『〝シンの力〟ヲ、解ホウ る トガできma が』
『  サんにハ、も スコしdaけ、ガンバって iマ 』
『たダし―― おに サん は、なイしょ すヨ?』

『おーばー ズ すテム suたんバ ……』




▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。