ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド   作:亀川ダイブ

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Episode.19 『インターミッション』

 

「「ありがとうございましたー!」」

 

 大鳥居高校ガンプラバトル部の面々を乗せた貸し切りバスが出発する。エイトはナツキともども、深々と頭を下げてバスを見送った。窓越しに手を振るタカヤやナノカに手を振り返したい気持ちをぐっとこらえて、気持ちは仕事(バイト)モードを崩さない。

 

「……んっ、まァこんなモンだろ」

 

 バスが防風林沿いの旧国道へと消えていったのを見計らい、ナツキはググッと伸びをしながら言った。エイトも肩の力を抜き、ふぅと息をつく。

 

「ありがとうございました、ナツキさん。バイト中、いろいろと教えてもらって」

「べ、別に気にすンなよ、そんぐらい。そ、それよりなァ、なァに仕事終わったみたいに言ってんだよ。オレたちは客が帰った後も忙しいんだよ! 片づけ、いくぜェ!」

 

 ナツキはぽんと軽くエイトの背中を叩き、ひしまる屋へと駆け込んでいった。

 

「は、はいっ」

 

 エイトも慌ててそれに続き、チェックアウト後の部屋の掃除へと取り掛かるのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「……ふぅーん、そりゃあ貴重な経験やったなぁ」

「うん。旅館で働くことなんてそうそうないしね……って姉さん、いつ神戸に帰るの? もう八月も二週目に入っちゃったよ」

「んっふっふー、エリサお姉ちゃんには、ヒミツの目的があるんよー。〝アイツをぶっ倒すまで、地元にゃあ帰れねぇぜ!〟ってやつー? あ、アイツって誰かなんてのはー、エイトちゃんにも言われへんでー♪」

「はぁ……姉さん、1500番のペーパーある?」

「ほいほーい」

 

 エイトは短く「ありがと」と言ってエリサの差し出した耐水ペーパーを受け取り、手元のパーツを丁寧に磨く。

 バトル部の夏合宿と、偶然にも重なったバイトから二日。エイトは連日、朝から晩まで、GP-DIVEの共有作業場(オープンスペース)でガンプラ製作に勤しんでいた。

 本来、この作業場は店で買ったガンプラをすぐに作りたい人や、家にエアブラシなどを置けない人のために店長がサービスの一環として用意したものだ。店で商品を買った人なら、誰でも使える――しかし、今のエイトのように朝から晩まで入り浸るのは、いくら常連だからと言ってもマナー違反だ。エイトは非常に心苦しく思いながらも、店長の厚意に甘えて作業場の一番端っこを、ほぼ占有させてもらっている。免罪符というわけではないが、バイトで入ったお金のほぼ九割はここでガンプラ関係のモノを買うのに使ったし、併設されているカフェスペースの店番を手伝ってもいる。

 

(きっと、姉さんが裏で店長にめいれ……いや、お願いしてくれたのもあるんだろうけど)

「エイトちゃん。このパーツの肉抜き穴、どうするん?」

 

 そんなエイトの内心を知ってか知らずか、エリサはやたらと機嫌よくガンプラ製作を手伝ってくれている。さすがは神戸心形流のエースだけあって、その作業は恐ろしく精度が高く、そして速い。春休みにF108を一緒に作っていた時よりも、さらに速いような気さえしてくる……GBOではエース級の腕前を誇るナノカをたやすく抑え込んだ、AGE-1シュライクの性能も頷けるというものだ。

 

「あとで埋めるよ。姉さん、こっちのサフ吹くの任せていい?」

「んっふっふー、合点承知の助ー♪ おねーちゃんにまかしときー♪」

 

 エリサは上機嫌でパーツを受け取り、エアブラシ専用ブースに入っていった。しばらくして、エアブラシの噴射音に、楽しそうな鼻歌が混じるようになった。

 

(本当は、全部自分でやるべきかもしれないけれど……あのイオリ・セイさんだって、第七回大会では主にビルダーで、メインのファイターは別にいたって話だし……)

 

 エイトは手元のパーツを上から下から角度を変えて眺め、ヤスリ掛けを続けた。

 今、手元にあるこのパーツは、新たなエイトのガンプラの主推進機関(メインバーニアユニット)となるモノだ。HGUCのV2ABからとってきた、本来はミノフスキードライブユニットの一部となるはずだったパーツ。これを新機体の機動力の要とする――作業台の上には、HGUCが三箱と、いくつかのビルダーズパーツが積み上げられていた。

 F91、クロスボーンX1、そしてV2AB。F108を作った時と同じ、宇宙世紀系列の小型MSたち。これらから、新たなガンプラを作り上げる――F108を継ぎ、そして超える新たな愛機を。

 

(あの、燃え盛るプラフスキー粒子……あれを自在に使いこなせれば……!)

 

 チーム・ドライヴレッドにおいて、切り込み隊長となるのは間違いなく自分だ。戦場に一秒でも早く突撃する速力(スピード)と、一撃必殺の破壊力(パワー)。双方を兼ね備えることが、チーム内での自分の役割だと、エイトは心得ていた。

 そのために必要なのは、シュライクの日本刀(タイニーレイヴン)さえ焼き切った、あの〝粒子灼熱化現象(ブレイズアップ)〟を使いこなすこと――それを実現する「設定」は、すでにGPベースに入力済みだ。あとは、その「設定」に説得力を与えるだけの完成度で、ガンプラを仕上げることができれば。

 

「僕は……僕たちは。ドライヴレッドは、もっと強くなれる……!」

 

 エイトは一人呟いて、再びパーツの成形に集中するのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 しんしんと雪の降る戦場、大統領総督府。GBO内VRミッションの中でも特に鬼畜な難易度を誇るミッション〝終わらない舞踏曲(エンドレスワルツ)〟、その最終局面である。

 

「ブチ撒けろォォォォッ!」

 

 降り積もった新雪を全て溶かしつくす閃光が、辺り一面を呑み込んだ。一瞬遅れて、激烈な爆風と高熱が吹き荒れる。後に残るのは、焼け焦げた市街地と消し炭と化したプラスチック、そして――

 

「オレの、勝ちだァッ!」

 

 ドムゲルグの太い核熱ホバー脚が、黒焦げになったトールギスⅢの残骸をぐしゃりと踏みつぶした。装甲は傷だらけで穴だらけ、左腕などは辛うじて肩部ジョイントからぶら下がっているだけといった、まさに満身創痍の状態。しかし間違いなく、生きている。生き残っている。

 

『MISSION CLEAR!!』

 

 システム音声が高らかに告げ、リザルト画面が表示される。

 戦果報告、トロフィーや称号、ゲーム内マネーの獲得――そして、歴代のハイスコアが表示される。上位二十人まで表示されるはずのその画面に、BFNはまだ十一しか並んでいない。それもそのはず、今までにこの鬼畜難易度(トミノエンド)ミッション〝終わらない舞踏曲(エンドレスワルツ)〟をクリアしたファイターは、GBO最強のレベル8プレイヤー〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟だけだったのだ。

 今そこに、新たに一つの名が加わる――レベル7プレイヤー〝自走する爆心地(ブラストウォーカー)〟ビス丸。GBO始まって以来の快挙である。

 しかし、当のナツキの感想はと言えば、

 

「っだァ! 疲れたァ!」

 

 その一言である。

 ナツキはVRヘッドセットを投げ捨て、畳の上にごろんと大の字に寝転んだ。かなりの長時間連続プレイで、眼も肩も腰もバッキバキに固まってしまっている。ナツキはそのまま体を捻ったり伸ばしたり、凝り固まった体をほぐし始めた。タンクトップとスポーツパンツから伸びるしなやかな手足が、右に左に振り回される。

 

「んっ……よっ、ほっ……すゥー……」

 

 細く長く息を吐きながら、筋を伸ばす。関節からパキパキと小気味よい音がする。そんなストレッチをしながらも、ナツキの目はGPベース上のドムゲルグへと向いていた。

 ボディはドレッドノートのままだが、武装が大幅に強化されている。ミサイルの搭載数は約二倍。シュツルムファウストは、ザクドラッツェにも装備している対艦大型弾頭(オリジナル)。そしてなにより、バズーカが違う。HG規格のガンプラには明らかに巨大すぎる、機体バランスを確実に崩壊させるレベルの大型バズーカを、ドムゲルグはそのパワーにモノを言わせて装備していた。

 

(……ってもさすがに、ホバー走行じゃあ右にもってかれてたなァ)

 

 両足をほぼ180度に開き、ぴったりと胸を畳に付ける運動をしながら、ナツキは考えていた。

 今のナツキはもはや一匹狼ではない。チーム・ドライヴレッドの一員だ。武装強化で機体バランスが保てないようでは、連携に問題が生じる――エイトの持ち味は、絶大な推進力を活かした超高速突撃機動。ナノカは狙撃屋ではあるが、決して動かない機体ではない。むしろ中近距離での銃撃戦では、かなりのスピードだ。足を引っ張るわけにはいかない。

 

「ィよっし! ボディも改造すっかァ!」

 

 意を決し、ハンドスプリングで跳ね起きる。勢いよく襖を開ければ、そこはヒシマル家の食卓だ。ナツキが用意した遅めの昼食を、ゲンイチロウと一番下の弟が仲良く食べているところだった。

 

「あ、おねーちゃん。おひるごはん、ありがとー!」

「おゥ、しっかり食えよ、ハル。アキとフユは?」

「アキラにぃちゃんはぶかつ、フユキにぃちゃんはプールだよ」

「なんじゃいナツキ。おまえが二人の弁当、用意したんじゃろゥが」

「あァ、そうだったそうだったァ。ルーティーン過ぎて逆に意識しねェわ」

 

 ナツキは台所に入り、2ℓペットボトルから麦茶をラッパ飲みした。そこら辺にあるもので適当な具入りおにぎりを三つほど作り、手早くアルミホイルで包む。

 

「ん……作業場かァ? またなんぞ、改造案でも思いついたかァ」

「まァな。旅館の作業場ァ、借りるぜ。晩飯までには帰るわ」

 

 言いながら、和室に脱ぎ散らかしていたジャージを着込み、ガンプラケースにドムゲルグを入れ、おにぎりはポケットに突っ込んだ。

 

「おねーちゃん、がんばってね!」

「今日は客もおらんし、存分に励んでこいよォ」

「おゥ! 行ってくらァ!」

 

 玄関を出た瞬間、真夏のぎらついた太陽から、遠慮のない熱と光が降り注ぐ。何種類も入り混じったセミの鳴き声は、スピーカーが壊れたような大合唱だ。体感温度はソーラ・レイでも直撃したかのようにうなぎ上りだが、今日は湿度が低く、からりとした熱気なのがせめてもの救いだろうか。

 

「良い晴れだな……走るかァ!」

 

 VR画面に慣れ過ぎた目には、少々眩しすぎる真夏の光景。しかしナツキはにやりと犬歯(キバ)を剥き出しにして笑い、走り出すのだった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 照り付ける太陽の光も、真夏の空気の暑さも、すべてを拒絶するように調節された室内。白一色に塗りこめられた病室には、完全に空調が効いている。季節を感じさせるものと言えば、無機質に「八月」とだけ書かれた月めくりのカレンダーと、お見舞い用に包装された小玉スイカぐらいのものだ。

 

「ナノカ、最近、楽しそうだね」

 

 出し抜けに、そう言われた。ナノカは、特に表情が緩んでいたわけでもないはずだがと思いながら、無言でトウカを見返した。

 

「いや、別に。だから何だってわけでも、ないのだけれど」

 

 カタカタと、キータッチの音だけが病室に残る。トウカはベッドから上半身を起こしてパソコンと向き合ったまま、ナノカの方には視線も向けない。もう慣れっことはいえ、やはり、心の隅っこがチクリと痛む――長年の入院生活で肌も白く身体の線も細く、小さいころはトウカと同じく艶やかな漆黒だった髪も、心なしか灰色にくすんで見える。身長も、もう20センチ以上離れているだろう。これで同い年、一八才同士の双子だとはなかなか見てはもらえないだろう。少し年の離れた姉と妹だと、部屋付きの看護師にも最初は思われたらしい。

 

「トウカのおかげさ」

 

 ナノカは読みかけの文庫本をぱたりと閉じ、相変わらずパソコンしか見ていないトウカへと向き直った。

 

「部活の夏合宿、楽しませてもらったよ。トウカが、行っていい、って言ってくれたおかげさ」

「ふぅん、そうなんだ」

 

 さして興味もなさそうに、トウカは言い捨てる。キータッチの手は止まらない。大量の文字情報が、雪崩のように画面を流れていく。USBポートにはGBO用の接続デバイスを介してGPベースが接続されており、ガンプラの設定を編集中であることを表すランプが光っていた。

 それからしばらく、沈黙が流れる。

 ナノカはじっとトウカの横顔を見つめていたが、寂しげに一つ、音のないため息をついて文庫本を開こうと――

 

「……そんなんで」

 

 ――手を止める。相も変わらず目は合わないが、ナノカは待った。

 そしてさらに間があってから、ぽつりと一言、トウカがこぼした。

 

「……ボクとの約束、守れるの」

「守るさ」

 

 ナノカは力強く、断言した。それ以上の言葉は要らない――そんな気持ちを込めて、トウカの横顔をじっと見つめた。視線が交わることはなかったが、きっと気持ちは通じていると、そう信じて。

 それに応えてか、はたまた別の理由か。ほんの一瞬だけ、キーを叩く音が途切れた。

 

「……そう。できたよ、ナノカ」

 

 何事もなかったかのように、トウカはエンターキーを押し、編集中のランプが消えたGPベースを、ナノカへと投げてよこした。ナノカは片手でそれを受け取り、軽く頷いて「ありがとう」と短く告げる。

 

「あまり期待しないで待っているよ、ナノカ。精々、悪あがきをするといいよ」

 

 言いながらすでに、トウカは次のプラグラムを走らせていた。キータッチがまた、絶え間なくカタカタと響く。

 

「新機体のデータ、編集は抜かりないよ。要求されたスペックは発揮できるはずさ……まあそれでも、〝覗き返す深淵(ブラック・オブ・ザ・ブラック)〟を相手にどこまでもつかは……」

「私は一人じゃあないんだよ、トウカ」

 

 ナノカはGPベースをポケットに入れ、愛用の真紅のガンプラケースを手に立ち上がる。

 

「あの時とは違う。今の私には、仲間がいる。エイト君が、ビス子が、チームメイトが私のバトルを、ファイターとしての私を支えてくれている。そしてトウカが私のガンプラ作りを、ビルダーとしての私を支えてくれている。だから――」

 

 ガンプラケースを握るナノカの手に、ぐっと力が入ったのを、トウカは横目でちらりと見た。

 

「今度こそ見せてあげるよ、トウカ。エイト君と、ビス子と、私が。チーム・ドライヴレッドが――〝奇跡の逆転劇〟ってやつをね」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「お嬢オオオオっ! 狭くてエエ、手が入らねえんだアアアアっ、いけるかアアアアっ!」

「そんな大声じゃなくてもおおおおッ! 聞こえていますわああああッ!」

 

 大声に大声で怒鳴り返し、アンジェリカはぐわんぐわんとうるさく駆動する重機の下にもぐりこんだ。油まみれのツナギ姿の男性と入れ替わり、入り組んだ機械類の奥に工具を突っ込み、力任せにバルブを開く。

 

「これでっ……どうかしらああ!」

 

 しゅっこおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!

 時代遅れの蒸気機関から白煙がもうもうと噴き出し、工場は一瞬で真っ白に染まった。そこかしこから作業員たちの歓声が上がり、工場は明るいムードに包まれる。

 

「よっしゃあ、これでイベントに間に合うぜええ!」「ヤマダ重工、ばんざあああい!」「百年モノの蒸気機関車が、ついに復活だーっ!」「徹夜も今日でお終いだーっ、寝るぞーっ!」

 

 好き勝手に大声を上げる作業員たちに苦笑しながら、アンジェリカは機関車の下からはい出してきた。自慢の金髪も、ツナギを袖まくりした白い腕も、機械油で汚れていたが、全く気にする様子はない。にこにこと満足げに微笑み、作業員たちの喜ぶ様子を眺めている。

 

「ありがとよ、お嬢。まだ若ぇのに、ほんっと頼りになるぜ」

「あら、チバさん。もう腰はよろしいんですの?」

「ああ、おかげさまでな。ほれ、きれいな顔が油まみれだ」

 

 灰色の髪と髭を短く刈り込んだ壮年の作業員が、清潔なタオルをアンジェリカへと投げた。アンジェリカはそれを受け取り、首にかけて顔を拭う。

 

「ありがとう、チバさん」

「ったく、お嬢は小学生のころから何も変わらねえなあ。何度危ねえって言っても工場に来てよ」

「ヤマダの家訓で、お爺様の遺言ですわ。ただ一言、〝現場主義〟。ヤマダ重工の発展を支えたのは、お爺様もお父様も貫いてきた、その心。わたくしもそれを継ごうと、努力しているだけのことですわ」

「がはっはっは! 社長令嬢の女子高生が、油まみれのツナギ着て言うことかよ」

「お褒め頂き光栄ですわ。わたくしもみなさんと身体を動かすのは好きですし――なにより!」

 

 眼鏡の奥の碧い眼が、いたずらっぽくキラリと輝く。

 次の瞬間には、アンジェリカはツナギからいつもの制服姿へと着替えていた。何をどうやったのか、あれだけ汚れていた金髪もきれいさっぱり、くるくるカールも見事に復活。校内でもないのに、なぜか左腕には〝生徒会風紀委員長〟の腕章が、誇らしげに装備されている。

 そしてその右手には、これもどうやって取り出したのか、白く輝くレディ・トールギスが握られていた。

 

「さあ皆さん、本日の就業時間は終了ですわ! 懸案だった蒸気機関車復活プロジェクトもひと段落! 今日は全員残業はなし! ここからは――ガンプラバトルの時間ですわよ!」

 

 ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!!

 地響きのような歓声が上がり、作業員たちは皆、我先に更衣室へと走った。ツナギを脱いでロッカーに叩き込み、愛用のガンプラをひっつかんでタイムカードを通してゲートを抜ける。向かう先はたった一つ、工場の敷地の片隅に建てられた、決して広くはないプレハブ小屋。そこにはすでに準備状態(スタンバイ)に入ったガンプラバトルシステムが、ファイターたちを待ち構えている。

 

「うふふ……さぁて、今日は二十対一ぐらいかしら……♪」

「ったく、お嬢もいい趣味してるぜ。負けたら一週間〝多すぎる円卓(サーティーン・サーペント)〟として働く、勝ったら何でも言うことを聞いてあげる、か。若ぇやつらにゃあ毒だぜ……」

「お褒め頂き、光栄ですわ♪」

「やれやれ……またブレーキ役をせにゃあならんか」

 

 首を振りながらも、チバ自身もガンプラを用意していた。

 そのガンプラは、武骨な旧ザク。目立った改造はないが、随所に金属パーツを使用し、完成度は恐ろしく高い。

 

「先に行くぜ、お嬢。ダメージレベルはBにしておくぞ」

 

 チバもゆっくりと作業場を後にし、残されたのはアンジェリカだけ……と、思いきや。ふらふらとした足取りで、ほとんど使う者もいない女子更衣室へと向かう人影が一つ。

 

「ああ、ラミア! ラーミアー!」

 

 アンジェリカの声に、その褐色の肌の少女はびくりとして立ち止まり、そしてそそくさと女子更衣室へと駆け込んでいった。アンジェリカは「もう!」と追いかけるが、目の前で扉の鍵を閉められてしまう。

 

「ちょっとラミア、いっしょにガンプラバトルしましょう。あなた、ここ最近バトルに来てくれなくて寂しかったんですのよ!」

 

 扉の前で声を張るが、反応はなし。

 

「もう……どうしたのかしら……」

 

 褐色肌の少女・ラミアは、外見からも名前からもわかる通り、海外の血が流れている。複雑な経緯で両親とは離れ離れになり、これまた複雑な経緯でヤマダ重工で働くこととなった。親も故郷も失い、金もなく、日本ではまだ中学しか出ていない彼女はきっと、ヤマダ家に拾われなければ社会の闇に沈んでいたに違いなかった。

 しかしそんなこととは関係なく、アンジェリカはラミアとは気の置けない友人だと思っていた。男所帯のヤマダ重工で、同年代の女の子はラミアだけだ。無趣味で、無言で働くばかりだったラミアを、ガンプラバトルに誘った。いっしょに買い物にも行ったし、カフェでデートもした。

 その後もしばらく扉の前で粘っていたが、ラミアからの反応は何もない。最後に「先に行きますわね」とだけ言い残し、アンジェリカはその場を離れた。

 

「すみません、お嬢さま……」

 

 消え入るような小さな声で、ぽつりと呟く。ラミアは薄暗い女子更衣室の中で、鍵を閉めた扉に背中をつけて座り込んでいた。

 その胸にあるのは、後悔と懺悔。しかし、それ以上に――

 

「私は……私は……!」

 

 ぎりりと唇を噛む。と、その時、ラミア用のロッカーの中で、携帯電話の着信音が鳴り響いた。旧式の、折り畳み型の携帯電話。その画面に表示された名前に、ラミアは狂喜して通話ボタンを押した。

 

「できたのか!?」

『おやおや、随分と慌てておいでだ。何もそう噛みつくことはないでしょう』

「戯言はいい、できたのか!?」

『そうですねぇ。とりあえず、イエスとは答えておきましょうか』

「よし、すぐ行く!」

 

 通話相手はまだ何か言いたそうだったが、ラミアは無視して電話を切った。脱ぎ捨てるようにツナギを着替え、近くにアンジェリカがいないことを慎重に窺ってから、女子更衣室から飛び出した。

 

「お嬢さま……私は、あの女を……〝赤姫(レッド・オブ・ザ・レッド)〟を倒さなければ、前に進めそうにありません……!」

 

 お嬢さまから授けられた、特別仕様のサーペント・サーヴァント。私だけのガンプラ。アンジェリカ親衛隊〝多すぎる円卓(サーティーン・サーペント)〟筆頭の証。それを、よりにもよってお嬢さまの目の前で撃墜された。あの屈辱を雪がない限りは、私はもう、お嬢さまの隣には立てません――

 敷地を出るとき、何やら盛り上がった様子のプレハブ小屋の方がちらりと見えたが、ラミアは思いを振り切るようにして、ひたすらに走るのだった。

 

 




第二十話予告

《次回予告》

「おうチバ。久しぶりじゃのゥ。元気にしとるようじゃなァ」
「ゲンさん、お久しぶりです。そちらこそ、お迎えはまだまだ来そうにねぇですな」
「カーッカッカ。口の悪さは相変わらずよのゥ。新人の頃から可愛がってやったというのになァ」
「がっはっは。〝鬼のゲンイチロウ〟が随分と丸くなりましたな。昔なら、今頃ゲンコツだ」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第二十話『ジャイアントキリングⅠ』

「引退後、旅館なんてやってるそうじゃあねぇですか。今度、ウチの若ぇやつらと行きますよ」
「ガンプラ、忘れるなよォ? また一丁、もんでやるわいなァ。カーッカッカッカ!」



◆◆◆◇◆◆◆



みなさんこんにちは。祝日って素晴らしい。亀川ダイブです。
今回は、幕間的なお話でした。ガンプラバトルはほとんどありませんでしたが、けっこう伏線を散りばめたつもりです。レギオンズ・ネスト以来放置していた忠犬ラミ公関係とか。しかしアンジェリカ、「何でもいうこと聞く」ってそれ薄い本展開フラグを(ry

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