抜けるような青い空。真っ白に輝く真夏の太陽が、じりじりと銃身を焼く。半壊した高層ビルを銃座代わりに構えたヘビー・ガトリングガンから、ゆらゆらと陽炎が立っている。生卵を割り落とせば、ものの数秒で
旧市街地を侵食する巨大な樹木にはセミの大群が張り付いており、外部マイクが拾ってきたセミの大合唱が途切れることなくコクピットに響いている。
「ったく、よォ。リアルでもクソ暑いってェのに、なんで
『はは、もう八月ですからね。ビス子さんも夏休みですか?』
「おう、とっくになァ。大学生は夏休みがなげェのさ」
ビス子はパタパタと団扇で胸元を仰ぎながら、インカム越しのエイトに答える。
エアコンの無い和室に扇風機一つ、開け放った窓からは
「前期試験も無事終わり、バイトとガンプラ三昧だぜ。おかげサマでなァ」
『へぇ……それで、ドムゲルグも改造中なんですね』
「あァ、期待してくれ。だからしばらくは、このザクドラッツェでヤるぜ」
GPベースに乗せられた、そしてGBOの画面でCG再現されているビス子のガンプラは、いつものドムゲルグではない。0083のデラーズ・フリートで使われた量産機・ドラッツェの上半身と、ザク2FⅡの下半身のミキシングビルド。両肩の巨大な球体状のバーニアスラスターポッドと背部の180㎜キャノン、そして右腕に保持した大型のガトリング砲が目を引く。色は、ドライヴレッドのチームカラーである赤系統に
ビス子の二番機、ザクドラッツェだ。
エイトの言った通り、ドムゲルグは現在改造中――例の鬼畜ミッションを何十回とリトライし続けて得た教訓を元にした改造だ。今度こそ、エイトの前で無様はさらさねェ……!
「そう言うてめェも改造中だろ? 期待してるぜェ、エイト。新しいF108によォ」
『ありがとうございます、ビス子さん。F108の改造が終わるまでは、この
大通りを挟んだ向かい側、半分近く植物に呑み込まれたビルの陰に、エイトのガンプラが隠れている。V2ガンダムをベースにした、トリコロールカラーの機体。いかにもガンダムっぽいガンダムだ。背中にはV2特有のミノフスキードライブ、そしてクロスボーンガンダムから持ってきたザンバスターを左右両手に装備。遠近両用の高機動型に仕上がっている。
「しっかし、エイトは小型MS好きだよなァ……お?」
レーダーに感アリ。いくつかの輝点が、廃ビルや巨大樹を遮蔽物にしながら迫ってくる。
「
敵機およびファイターのデータを確認、
『はい、弾幕頼みま……って敵機、十機全部こっち来てます!』
「
『はは、光栄です。それじゃあ――』
エイトはミノフスキードライブを展開して跳び上がり、両手のザンバスターを構えた。ビス子はヘビー・ガトリングの
『アカツキ・エイト、V8ガンダム! 戦場を翔け抜ける!』
「〝
バラララララララララララララララララララララララララララララ!!!
セミの声をかき消す、断続的な射撃音。真鍮色の空薬莢が滝のように流れ落ち、数百発の弾丸が迫り来る敵機の眼前に分厚い弾幕を展開する。その弾幕だけで、単独で突っ込んできたレベル3ファイターのティエレン地上型がハチの巣になり墜落した。
「らあぁぁぁぁっ!」
エイトはその弾幕の間を潜り抜けるようにして、ベースジャバーに乗ったジェスタ三機編隊のチームに突っ込んでいった。迎撃のビームマシンガンを
「よォっし、四機撃墜! 良いペースだエイト、瞬殺だなァ!」
『ビス子さんのおかげです――弾幕、続きます?』
「銃身が灼けついた、キャノンに持ち替える! 援護は心配すんなァ!」
ビス子はヘビー・ガトリングを足元に投げ置き、背中の180㎜キャノン二門を展開、左右両脇に構えた。徹甲榴弾を装填し、左右に一呼吸分の時間差をつけて次々と連射。複雑な軌道で空中を飛び回るV8の動きを先読みし、敵機の進路や退路を妨害する位置に射線を置いていく感覚で援護する。
「ところでエイト、赤姫はどうしたァ? 今日は一回も
月も出ていないのにサテライトキャノンを準備していた青いガンダムXに、ビス子はキャノンを撃ち込む。
『部活です。明日から三年生は合宿だって言っていました。準備をしているんじゃあないですか、ねっ!』
X字型リフレクターが砕け散り墜落する青いガンダムXを、エイトはザンバスターで撃ち抜いた。その隙を突き、ソードシルエットを装備したジム・クゥエルが
『一・二年生は今日から数日、部活なし、なんっ、ですっ!』
左右から迫る二枚のビームブーメランを、ザンバスターを変形させたビームザンバーで切り払いながら突撃、すれ違いざまにジム・クゥエルを袈裟切りに斬り捨てる。
「そ、そうかよ。じゃ、じゃあ、何日かは……ふ、ふ、二人っきりっ! だなァっ!」
ビス子は地上で
『はい、そうですね!』
同時、フォースシルエット装備のジム・クゥエルがビームライフルを連射しながらエイトに迫る。エイトは回避しながらザンバスターを撃ち返し、お互いに相手の周りをくるくると旋回しあう、
『この部活休み中に、F108改造用のパーツも買いたいんですけど……ちょっと財布が厳しくて。短期のバイトでもないかって……ビス子さん、後ろっ!』
エイトは叫び、ビームザンバーを投擲。ザクドラッツェを狙うドーベン・ウルフの有線式ハンドを、二つまとめて貫いた。
「ありがとよっ! ……バイトなァ。あ、そういやァ、じいちゃんが……」
ビス子は即座に振り返り、二門のキャノンをトリガー引きっぱなしでバカスカと連射。脚部ミサイルポッドも全弾一斉に発射する。一方のドーベン・ウルフも全身のバルカンやグレネード、メガ粒子砲をドバドバと撃ちまくる。爆音と轟音、飛び散る粒子と発砲炎、巻き上がる土煙と硝煙が二機の姿を覆い隠す。
「な、なあ、エイト。バイト探してんならよォ」
風が吹き、煙が晴れる。そこには、全身がほぼスクラップと化したドーベン・ウルフの残骸が残されていた。一方のザクドラッツェはスタビライザーやバーニアノズルに被弾しているが、いずれも小破のみで大地に立つ――その背後に迫る、無色透明の機影。景色が無音でヒト型にゆがみ、
「じいちゃん家で、バイト募集してンだ。明日から、オレも行くけど――来ねェか?」
『行きます!』
「ほ、ホントかァ!?」
ゴッ、シャアアアアンッ! ドオォンッ!
穴だらけになって墜落してきたジム・クゥエルが、羽付きブリッツを巻き込んではるか彼方まで吹っ飛んでいき、爆発した。それと同時に、V8はザクドラッツェのすぐそばに着地。爆炎の中からよろよろと這い出してきた羽付きブリッツに、とどめのザンバスターを撃ち込んだ。
『はい、ぜひお願いします。詳しく教えてもらえますか?』
「お、おう! メール送るぜ、見といてくれよ!」
『ビス子さんに会えるの、楽しみです』
「んなっ、なっ、う、うるせェ馬鹿野郎ッ!」
『BATTLE ENDED!!』
羽付きブリッツの爆発と同時、システム音声がバトルの終了を告げた。
◆◆◆◇◆◆◆
リザルト画面では、〝ビス丸〟と〝エイト〟のアバターが、くるくると回りながら喜びのジェスチャーを繰り返している。チーム・ドライヴレッドの勝利。撃墜数はビス子が六、エイトが四、作戦時間も短時間で、被ダメージも少ない。戦績評価はA+、なかなかの結果だ。
しかしそんなことは、今のビス子の頭には全く入ってこなかった。
「え、エイトが……来る……リアルでッ!」
ヘアゴムで乱雑にまとめただけの、跳ねまくりの髪。汗だくのキャミとパンツ姿。エアコンの一つすらない真夏の和室で、パソコンの前に胡坐をかいて座る自分――まずい。これはまずい、まだ二〇歳前の乙女として。
ビス子はすくっと立ち上がり、押入れを開け衣装ケースを開く。
ジャージしかねェ!
ずばーんと叩き付けるように襖を閉め、どたばたと和室を飛び出した。
「おい、オヤジィ! 母ちゃんの服ってどこだっけ! 二階かァ!?」
「んー、どうしたナツキ? 今日は墓参りの日じゃあないぞー?」
「うるせェ、いるんだよ! あー、あとじいちゃん家のバイトって男の子ほしいって言ってたよなァ!? まだいけるよなァ!?」
「あねきー、部活行ってくるわー。弁当はー?」
「あァン、うっせェ! 台所置いてる、持ってけ! いってらっしゃい!」
「おねーちゃーん、ガンプラ壊れたぁ~! 直してぇ~!」
「わかったわかった! あとでヤってやるから、じいちゃん家の作業部屋持ってっとけェ!」
「ねーちゃん、夏休みの自由研究が……」
「あー、もう! 今度はなんだァ、あとで見てやるよッ!」
洗面所に駆け込み、慣れない手つきで髪を梳かす。鏡を見て、自分の頬が少し赤くなっていることに気が付き、ますます頬が染まってしまう。
大学で無理やり合コンに誘われた時も、わざとジャージで行ったりしたのに。バイト先の社員がねちねちと口説いてきた時も、パンチ一発で解決したのに。なんで、今回は、こんな……ビス子は混乱気味の頭を持て余しながら、外跳ねしまくった髪を必死に梳かすのだった。
◆◆◆◇◆◆◆
大鳥居高校ガンプラバトル部の夏合宿は、バスの旅だ。
バトル部は毎年夏にバスを貸し切り、ガンプラ制作とバトルの練習、そして思い出作りのために二泊三日で合宿をしている。地区予選敗退だった去年までは、三年生の引退記念も兼ねて全員参加でやっていたのだが、今年は全国大会出場が決まり、三年生の引退はまだ少し先。バトル部がすっかり大所帯となってしまったこともあって、今年は三年生のみの参加となっている。ずっとお世話になっている旅館が家族経営の地元の旅館といった場所で、受け入れ人数は二十人程度が限界だということもある。
街を出て一時間と少し、バスは海沿いの古い国道へと出た。青い空、白い雲。輝く砂浜に広い広い大海原――ナノカは物思いにふけりながら、窓の外を流れていく景色を見るともなしに眺めていた。
「嬉しいぞ、アカサカ同級生」
ぼんやりと景色を眺めていたナノカの隣に、部長・ダイが座った。ダイは手に持ったスポーツドリンクを勧めてくるが、ナノカは手振りだけでそれを断る。
「何だい、ギンジョウ部長」
「今年は、よく来てくれた」
「あぁ、そんな話か……例の家族の件が、今年は都合がついてね」
ナノカは、ダイだけには自分の事情を説明している。部の代表選手にならない、なれない、その理由を。だからダイは、ナノカの短い言葉だけである程度の事情を察することができた。
「うむ、そうか。では、今年はもう退院を?」
「いや……それはいいんだ、今は。部長、それよりも」
海辺の防風林の向こう、旧国道が大きくカーブした先のところに、合宿先らしい旅館が見えてきた。大きな建物ではないが、高校生の部活の合宿に使うには少々立派過ぎるぐらいの旅館だ。
「なんで一般の旅館で合宿なんだい? 地区大会で優勝したんだ、ヤジマ商事の施設だって使えただろうに」
そのぐらいの口利きは、父にしてもいい。ナノカは実際、合宿の話が部活で出たときに副部長のサチにそう申し出ていたが、断られていた。理由を聞いても、サチは「あっひゃっひゃ♪」と笑うばかりで答えてはくれなかった。
ダイは珍しくふっと笑い、ナノカに答える。
「あの旅館には、バトルシステムが二台ある。広い作業部屋もだ」
「……へえ、それはまた酔狂だね」
「旅館のご主人と、その孫娘が大のガンプラ好きでな。入ってすぐにガンプラが山のように飾られているぞ。ご主人の旧キットとジオラマ、孫娘のHGやRG、MG、PGも多数。人呼んで――」
「ガンプラ旅館っ♪ ですわああああ♪」
しゅばばばーーん! 目の中に星を入れて輝かせながら、テンションの上がり切ったアンジェリカがナノカの目の前に飛び出してきた。目の中というか、目からも口からも背景にまでキラキラしたオーラがあふれ出している。
「知る人ぞ知るガンプラマニアの秘境! アーティスティックガンプラコンテスト
「……風紀委員長。走行中のバスではシートベルトをしめるものだよ」
「あらあら、わたくしとしたことが♪ きゃはっ♪」
きゃ、きゃはっ!? あの〝
ナノカは思わず口に出しそうになるがぐっとこらえ、ジト目で部長を見る。
「……部長、なぜ彼女がここに?」
「いいではないか、アカサカ同級生。ガンプラ好きに、理由など無粋ッ!」
「ウチは金食い虫だからねー、理事長命令で生徒会からの会計監査役だってさー。まー、あの様子じゃあ出し抜くのはワケねーけど。あっひゃっひゃ♪」
「んで、俺は新聞部からの取材ってコトで同行ッス! さっそく一枚どうッスか?」
サチはポテチとコーラを抱えて大笑いしながらダイの膝の上にぽふんと座り、「新聞部」の腕章をつけたタカヤが、カメラを構え、前の座席の背もたれの上から顔をのぞかせる。
「私は、遠慮をするよ」
「だめだめー、一緒に写ろーぜ! ほらほらナノちゃんもアンジェちゃんもー、とっととピースしやがれド畜生がー♪ あっひゃっひゃ♪」
「おっ、いいッスよ副部長! 良いスマイル! アカサカ先輩も、もっとスマイル、よろしくどーぞッス! ヤマダ先輩も記念撮影、どーッスか?」
目をキラキラさせて夢見心地のアンジェリカ、ダイの膝の上でご機嫌なサチ、無表情のふりをしながら頬を赤くしているダイ、調子の良いことを言いながらシャッターを切りまくるタカヤ。
こんな雰囲気も、嫌いじゃあない。エイト君がいてくれれば、なお良いんだけれど――ナノカはサチが口に無理やり押し込んでくるポテチを丁重に奪い取りカウンターで押し込み返しながら、数日前のことを思い出していた。
――いいんじゃない、お姉ちゃん。行ってきなよ。ずっとボクの世話ばかりじゃあ、気も滅入るでしょう――
ベッドから起き上がりもせず。パソコンから目も離さず。一度も目を合わせることもないまま、あの子はそう言った。父も勧めてくれたし、エイト君も私が当然合宿に行くと思っていた。
思えば、ダイとサチが立ち上げたこの部活だが、初めてチーム戦に出場したときはダイ・サチ・ナノカの三人だった。今でこそ三年生のメンバーも二〇人近くいるが、最初の最初はこの三人だった。あの時はあの子も今よりは自由に外出できて、部室に遊びにもきていた。そういえば、アンジェリカもあの時からちょくちょくバトルを仕掛けに来ていたか。私がチーム戦に出られなくなったあとも、この部活の仲間は、変わらずに仲間として接してくれた。
そんな高校生活最後の合宿に、あの子が気を使ってくれたのだから、私は――ええい、考え過ぎだ。
「ギンジョウ部長。カンザキ副部長」
「……む?」
「
ナノカは二人に向き直り、言った。
「……この合宿、私は楽しもうと思う。よろしく頼むよ」
ダイは無言で力強く頷き、サチはポテチをもぐもぐしながらグッと親指を立てた。タカヤは空気を読んだのか、いつの間にかおとなしく座席に戻っていた。
「……入口、見えましたわ!」
海際の防風林を抜け、バスがブレーキをかけた。ガンプラ旅館、「ひしまる屋」に到着――その玄関口には、従業員らしい
第十四話予告
《次回予告》
「……姐御、いつごろ神戸に帰るんです?」
「んっふっふー。それを聞いてどうするんや、カメちゃん?」
「い、いえ、その……店、手伝ってくれんのはありがたいんですが……」
「んっふー、ええやろ可愛い看板娘♪ ウチのおかげで売り上げもアップやで♪」
「ま、まあそれはいいんですけどね……その……姐御の時給が……」
ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第十四話『バトルフラッグスⅠ』
「時給
「そんなこと言ーなや、ウチとカメちゃんの仲やろー♪ あ、次はRGフリーダムな♪」
「勘弁してくださいよぉ、姐御~!」
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報告:現在、ザクドラッツェを製作中。次回はガンプラ紹介かも。
最近、リアル生活に少し余裕がありまして。
やっぱり人間、心の余裕って大事ですね。ギスギスしてると名前を馬鹿にされたカミーユみたいになっちゃいます。全然関係ないですが、アナベル・ガトーもガトーって呼ばれてるから気にならないけどアナベルって超女性名ですよねぇ……
小説にでもガンプラにでも、感想等いただけると嬉しいです。よろしくお願いします!