ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド   作:亀川ダイブ

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 ボス、聞いてくれ。
 あんたが段ボールを被って敵拠点(オープンワールド)に潜入している間にも、現実世界(リアルワールド)では時間は進んでいる。任務(ゲーム)に熱心なのはいいが、限度ってものがある。
 何事もほどほどに、ってことだ。頼んだぞ、ボス。


……そういうことです。察してください。ごめんなさい。


Episode.09 『レギオンズ・ネストⅣ』

「んじゃまァ、もう一発イっとくかァ! 赤姫ェ、エイトォ!」

「ふふ、いいね。――チーム・ドライヴレッド!」

「――戦場を、翔け抜ける!」

 

 泥沼をホバー走行するドムゲルグからミサイルが全方位にばら撒かれ、サーペント部隊の動きを牽制する。巻き上がる土砂、吹き荒れる爆風。サーペント部隊の連携が乱れ、砲撃が途切れる。

 その隙をつき、F108が低く翔けた。両腕のビームブレードで最前列にいたサーペントを斬りつけるが、サーペントはビームキャノンの砲身下部搭載型(アンダーバレル)対ビームサーベル防御機構――通称・ジュッテを使用。斬撃を防ぎ、鍔迫り合いに持ち込まれる。

 

「くっ。AC(アフターコロニー)の機体にUC(宇宙世紀)の技術を混ぜ込んでいる(ミキシングビルド)か……!」

 

 重装型のサーペントと小型軽量のF108とでは地力が違いすぎて、押し切れない。じりじりと鍔迫り合いをしている間に、鳴り響く被ロックオン警報――他の四機のサーペントたちが、ミサイル弾幕の隙をついてビームキャノンを撃ち込もうと構えているのが、見て取れた。

 押し返され押し潰される前に、エイトはビーム刃を弾いて離脱。ビス子の弾幕の援護を受けながら、次々とサーペントに斬りかかっては離脱を繰り返す。だが、ビームブレードをジュッテに防がれてしまっては、F108は決め手に欠ける。

 

「ビス子さん。僕は避けるので、撃つってどうです?」

「はっはァ、いいねェ! 小粋な作戦だァ!」

 

 ビス子の威勢のいい声が、通信機から響く。ドムゲルグは撃ち尽くした背部ミサイルランチャーをパージ、ジャイアント・バズを肩に担ぐと同時に、右脚のミサイルポッドから計三発の多弾頭ミサイルを一斉発射した。一発一発がそれぞれ八つに分裂し、合計二十四発ものマイクロミサイル弾幕が広範囲を覆う爆発の花を咲かせる。

 サーペント部隊は追加装備(オプション)のフレアディスペンサーや頭部バルカンを駆使してミサイルの被弾を避けるが、五機十門のビームキャノンの砲撃が止まる。

 

「その隙ができれば……っ!」

 

 F108はバーニアを吹かして一機のサーペントに肉薄、跳び上がって大上段から浴びせかけるようなビームブレードの一撃を放つ。サーペントは当然のようにジュッテを頭上に掲げてブレードを受けるが、

 

「頼みます!」

「応よォッ!」

 

 F108は鍔迫り合いには付き合わず、ジュッテに跳ね上げられるままに宙に舞った。競り合う相手を失ったサーペントがぐらりと姿勢を崩したその隙に、ビス子のジャイアント・バズが火を噴いた。連射された高初速榴弾がサーペントの左右の手元で炸裂し、二門のビームキャノンが吹き飛ぶ。爆風にあおられたサーペントはさらに姿勢を崩され、膝をつく。

 

「行けェッ、エイトォ!」

「らあぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 そして再び振り下ろされるビームブレードが、サーペントを頭から両断する!

 

「一機撃破、あと四つ! 次、左前行きます!」

「よォっし、この調子で行くぜェ!」

 

 真っ二つになって倒れるサーペントを尻目に、F108が疾駆する。連射されるジャイアント・バズが絶妙なタイミングでその道の先を露払いし、サーペント部隊に砲撃を許さない。

 

「らあぁぁっ!」

 

 エイトは叫び、二機目の獲物に飛びかかった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「ふふ、やるなあビス子もエイト君も。あんな連携を見せてくれるなんて、少し妬けてしまうよ」

『その余裕ぶってよそ見をするというのが、また私をイラつかせるッ!』

 

 噛みつくような語勢とともに、ラミアのサーペントがナイフを突き出す。ナノカは事も無げにR7にステップを踏ませ、サーペントの側面に回り込むように身をかわした。そのまま体を一回転、Gアンバーの銃床(ストック)部分で、遠心力を乗せた重い打撃を叩き込む。

 

「このR7は、格闘もこなすよ」

『ふんっ、甘いな!』

 

 ガキン、という硬質な音と反動。鳥のクチバシのようなパーツが、銃床打撃を防いでいた。

 この形は、サーペント・サーヴァントが背中に装備していたもの――

 

「バックパックと見ていたけれども……!」

『迂闊な判断だ!』

「……っ!?」

 

 突如、そのパーツが唸りをあげ、凄まじいパワーでGアンバーを跳ね上げた。危機を察知し飛びのくR7のつま先を掠め、クチバシのように尖った先端が地面に突き立てられる。

 ナノカはさらにバーニアを吹かして大きくバックステップ、サーペントとの距離をとる。

 

「アーム付きの打突用防盾(ストライクシールド)……いや、まるでナタクの……!」

『お嬢さまの製作技術を見ろっ。行け、サーペントハング!』

 

 ギャバッ! シールドと見えたその機構――サーペントハングの先端部分が左右に開き、その内側に並んだ何本もの高周波振動刃(アーマーシュナイダー)が一斉に起動した!

 

『噛み砕かれろ、レッド・オブ・ザ・レッドおおおお!』

 

 まるで失った左腕の代わりのように、ラミアはサーペントハングを突き出した。何重にも折り畳まれたフレキシブル・アームが一息に伸長、R7に襲い掛かる。

 

「まったく。見どころのあるガンプラだね」

 

 ナノカはさらにバックステップ、バーニアの併用で左右に大きく回避運動をしながらサーペントとの距離をとる――が、いったいどれだけ長いアームを備えているのか、サーペントハングの勢いは止まらない。大海蛇(サーペント)の名に恥じない凶暴さで荒れ狂い、密林(ジャブロー)の大樹を根こそぎ切り裂き、沼地の巨岩を噛み砕く。

 

『円卓筆頭の誇りにかけて、貴様だけはぁっ!』

「やれやれ。仕方がないね。シールドぐらいはくれてやろうかな」

 

 何度目かのバックステップの後、ナノカはR7を片膝立ちで座り込ませ、Gアンバーのストックを肩に当てて構えた。その銃口は、サーペントハングをぴたりと照準している。

 

『はははっ! このサーペントハングは貴様がシールドと見間違えた通り、高レベルのアンチビームコーティングが施されている!』

「だろうね」

『だ、だっ、だっからぁっ! その余裕面が気に入らないのだとぉぉぉぉッ!』

 

 ラミアは叫び、コントロールスフィアを振り下ろした。サーペントハングが牙を剥き、一直線にナノカに飛び掛かる!

 メギャギャギギィィィィンッ……高周波振動刃が装甲を食い破り、切り裂く音。ラミアは確かな手ごたえに、口の端をにやりと吊り上げる。

しかし、

 

「――ビームコートは、口の中までしているのかな?」

 

 サーペントハングが喰らい付いたのは、R7の左肩のシールドのみ。そしてそのひしゃげたシールドとサーペントハングとの間に空いた隙間に、Gアンバーの銃身がねじ込まれているではないか。

 

『あ、赤姫、貴様っ!?』

 

 Gアンバーを速射モードで三点射(トリプルバースト)。サーペントハングは内側から弾け飛び、長いアームだけが千切れたロープのように宙を舞った。

 ラミアが何事かを叫びながら突撃してきたが、突き出されたナイフをGアンバーのストックで叩き落とし、さらに顔面に銃床打撃を叩き込む。四角いカメラアイが割れ砕け、のけぞるサーペント・サーヴァントの胸に銃口を突きつけて、射撃モードを「高出力(ハイパワー)」に切り替える。

 

「いいガンプラだった。けれども、キミは真っ直ぐすぎたよ」

 

 ドッ、ウゥン――ゼロ距離で放たれたビームの銃弾が、サーペントの左胸に風穴を開けた。

 断末魔の恨み言は聞こえず、黒煙をあげながら倒れたサーペントの上に、〈戦闘不能(リタイア)〉の表示がポップアップした。

 それを確認するが早いか、ナノカはしゃがんだ姿勢のままR7の狙撃用バイザーをおろし、各種センサーの感度を最大まで引き上げた。周囲を索敵、各機の位置を確認する。

 お互いに一定の距離を開けてフォーメーションを組む四機のサーペント・サーヴァント。その間を小刻みに跳ね回るのはF108、沼地を滑るように移動するのはドムゲルグか。

 そして、もう一機。ミノフスキー粒子の影響で詳細はわからないが、索敵範囲ぎりぎりの長距離に、もう一機いる。

 

「これは……ッ!?」

 

 被ロックオン警報が鳴り響く。ナノカが反射的に沼地に身を伏せた瞬間、その頭上僅か数センチをビームの光が貫いた。細く絞り込まれたビームの軌跡、舞い散るGN粒子。高出力のGNビーム兵器による長距離からの狙撃だ。

 ナノカは倒れた勢いそのままに沼地の上を転がり、伏せ撃ちの姿勢でGアンバーを構えた。直感的に捉えたビームの発射元に銃口を向ける。光学照準スコープの倍率を上げ、レティクルの真ん中に映ったのは、片膝立ちでライフルを構える青いガンダムタイプ。

 

(わざわざ姿をさらすか。狙撃手としては下策だけれど、素人とも思えないね……!)

 

 考えるのも一瞬のみ、ナノカはトリガーを引いてカウンタースナイプを撃ち込む。Gアンバーから迸ったビームの閃光が一直線にガンダムタイプに突き刺さる――が、その直前。球状に展開した光の壁がビームを捻じ曲げ、かき消した。

 

「GNフィールド……!」

『迂闊に動くといただくッスよ、センパイ』

 

 青いガンダムのライフルが火を噴く。ナノカは匍匐状態でさらに横転、茶色く濁った水路に半分沈むようにして身を隠す。戦況確認ウィンドウを開き、敵機の情報を確認する。このレギオンズ・ネストでは、一度照準に捉えた(ロックオンした)相手なら、基本的な情報は開示されるルールになっている。

 チーム・スノウホワイト。GBOジャパンランキング二五五位、レベル6プレイヤー、BFN:モナカ・リューナリィ。機体名:デュナメス・ブルー。

 この名前には、見覚えがある。ナノカはオープン回線(チャンネル)で語りかけた。

 

「今日は白雪姫(ホワイト・アウト)のお守りかい、〝傭兵(ストレイ・バレット)〟君。機体が変わっていたから気づかなかったよ」

『お久しぶりッス、センパイ。いつぞやの決着もつけたいところッスけど……でもまあ報酬は貰ってるんで、頭を押さえるぐらいはさせてもらうッスよ』

「新聞部とガンプラバトル部を両立させながら三〇〇位以内(ハイランカー)になっていたとはね。脱帽するよ」

『兼部してなきゃあもっと上だった自信はあるッス。レベル7にだって負けないッスよ――この、デュナメス・ブルーは!』

 

 言葉と同時に、デュナメス・ブルー背部の大型兵装ユニットから、板状のパーツが射出された。一つ一つが大型のビームライフルに匹敵するサイズをもつそれが、計四つ。GN粒子の煌めきを吐き出しながら、一斉にR7に向けて射出された。

 

『行け、スマートガンビット! デュナメス・ブルー、目標を乱れ撃つ!』

「ふぅ……すまないね、エイト君。合流にはもう少しだけ時間をもらうよ」

 

 ナノカはGアンバーを抱え持ち、地面をこするような低姿勢で駆け出した。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「こちらは大丈夫です、ナノさん」

「オレサマたちに任せときなァ!」

 

 エイトとビス子の前に立ちふさがるサーペント部隊は、もはや残り二機。破れかぶれといった様子でビームキャノンを連射し弾幕を張っているが、六機がかりで連携をとっていたときほどの脅威はもはや感じられなかった。

 ビームキャノンの一発がドムゲルグを直撃しそうになるが、ビス子はABC(アンチビームコーティング)を施したスパイクシールドで事も無げにガードし、エイトに呼びかける。

 

「イケるな、エイトォ!」

「はい! 二機ならまとめて!」

「んじゃまァ、遠慮はいらねェかあッ!」

 

 その言葉通り、ビス子は一切遠慮ない爆撃を開始した。ジャイアント・バズを弾倉まるまる一つ分乱射し、脚部ミサイルポッド最後の一発を発射。高初速榴弾とマイクロミサイルの群れが沼地をかき回し土砂を巻き上げ、サーペント部隊の弾幕を途切れさせる。

 その隙をついて、エイトはF108の左右両手を握り合わせ、腕部ビームブレードを出力最大で展開。干渉し合ったビーム刃が巨大な円錐形のビームランスへと変貌する。

 

「アカツキ・エイト、吶喊します! らあぁぁぁぁッ!」

 

 F108が、フルブーストで飛び出す! 慌てて迎撃するサーペントの頭部バルカンも、巨大なビームランスがビームシールドの役割を果たし、F108には届かない。

 二機のサーペントはビームランスに次々と貫かれ、胴体に大穴を開けて爆散した。

 その爆発を背に受け、スライディングで勢いを殺しながらF108は着地する。

 

「やりましたよ、ビス子さん!」

「ハッハァ! 六対二でこのスコアなら、新人(ルーキー)とばかりも言ってらんねェなァ、エイト!」

 

 ビス子はジャイアント・バズの弾倉を入れ直しながら、笑顔で応じる。

 二人の周囲にはサーペントの残骸ばかりが転がっている。戦況確認ウィンドウに目をやれば、チーム・サーティーンサーペントBとFの表示は黒く光を失っていた。ほかのチームもあらかた片付いてしまっているようだ。残り競技時間二〇分弱現在、このフィールドで生き残っているのは――

 チーム・ドライヴレッド。三機健在。

 そして、チーム・スノウホワイト。二機健在。

 一機は今ナノカと戦っている機体だろう。戦っているうちにかなり距離が開いてしまったらしいが、遠くでブーストジャンプを繰り返すR7と、その周囲を飛び回る大型のファンネル――GN粒子をまき散らして飛んでいるところを見ると、GNビットの類だろう――が見える。遠距離攻撃型なのか、敵機本体は見えないが。

 ……では、もう一機はどこだ? 至近距離での乱戦に特化しているF108は、センサーの感度は良いが索敵半径はそれほどでもない。F108の索敵性能では、最後の敵機を感知できなかった。砲撃主体のドムゲルグの方が、その点では優れているはずだ。

 

「ビス子さん。ナノさんの相手か、最後の一機かを発見でき――」

「きたッ!?」

 

 それが、レギオンズ・ネストでのビス子の最後のセリフとなった。

 反射的に掲げたスパイクシールドごと、ドムゲルグの左半身が消失した。音と熱風が、一拍遅れてF108のすぐわきを吹き荒れる。残された右半身が崩れ落ち、〈戦闘不能(リタイア)〉の表示がポップアップする。

 

「ビス……子、さん……!?」

 

 なんだ? ビーム? あのドムゲルグの重装甲をシールドごと撃ち抜く、いや消滅させるほどの?

 混乱するエイトの頭に、接近警報が鳴り響く。索敵範囲ぎりぎりのところに敵機を表す輝点が出現した。メインカメラがその方向を捉えてズームアップ、敵機の姿を映し出す。

 しかし、捉えられたのは輝くバーニアの軌跡だけ。尋常ではない移動速度に、メインカメラが追いつけない。F108も突撃時の最大瞬間速度ならメインカメラが追いつけないほどの動きは可能だが、この敵機は巡航速度がそれに匹敵するということか。

 

「桁外れの相手なのか……!」

『久しぶりですわ。円卓が全滅させられたのは』

 

 身構えたエイトの耳に、相手からの通信が入る。その声に、聞き覚えがある。

 

「……風紀委員長だっていうんですか!?」

『オンラインでリアルの話題はご法度……今の私は、ただのGBOプレイヤーですわ』

 

 轟ッ、と嵐が巻き起こり、エイトの目の前に白き女騎士の威容が出現する。

純白の装甲に金色の装飾。背負うのは二門のメガキャノン。

 レディ・トールギス。

 あの〝不死の悪戯(ノスフェラトゥ・ゲーム)〟の暴走すらビームの一撃で押し止めた、風紀委員長アンジェリカ・山田の愛機。

 GBOレベル8プレイヤー〝最高位の十一人(ベストイレヴン)〟、〝白姫(ホワイト・アウト)〟にして〝強過ぎた白雪姫(オーバーキルド・プリンセス)〟。

 

さあ踊りましょう(シャル・ウィ・ダンス)期待の新星(スーパールーキー)。せめて三〇秒は――もたせてごらんなさいな』

 

 アンジェリカは湧き上がる愉悦を隠そうともせず、エイトに宣戦布告した。その声色からエイトは、学校での風紀委員長としての姿からは想像もつかない野性的で好戦的な笑みを、ありありと想像できてしまった。

 

「ビス子さんの敵討ちで……ナノさんの望むように、強くなれるなら!」

『ふふ――アンジェ・ベルクデン。レディ・トールギス、参りますわ』

「らあぁぁぁぁッ!」

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

「エイト君っ。これが狙いか、猫被りめ……!」

 

 レディ・トールギスの登場に、ナノカはぎりと奥歯をかみしめた。

 エイトが勝てるわけがない。アンジェリカが負けるわけがない。レベル8とはそういう存在だ。

 しかしアンジェリカは、あのリアルでは優等生の帰国子女という猫の皮を五、六枚重ね着したミーハーの戦闘狂(バトルマニア)は、わずか二週間でレベル4になったという希少価値のあるエイトと、戦い(あそび)たくて仕方がなかったのだ。

 レギオンズ・ネストで同じグループになったのは純粋に強運の結果だろうが……ともかく。ナノカが救援に行かなければ、エイトは弄ばれておしまいだ。

 

「そんなわけだから、そろそろ決着といかないかな。〝傭兵(ストレイ・バレット)〟君」

『言ったはずッスよ、センパイ。頭を押さえるぐらいはさせてもらうって。俺もプロのつもりッスから、それ以上はしないッス』

「まったく、頭の下がることだね」

 

 言いながらナノカは、Gアンバーの速射モードでGNスマートガンビットの一機を狙い撃った。しかし、GN粒子の効果かそれともABC(アンチビームコーティング)でもしているのか、速射モードの出力ではガンビットを貫けない。かといって、高出力モードで構えて狙う隙を見せてくれる相手でもない。

 四方向から一斉に襲い掛かってきたガンビットのビームから身をかわし、ナノカはデュナメス・ブルー本体に速射のビームを撃ち込むが、しかしそれも先ほどと同じようにGNフィールドに威力を散らされるのみである。

 

「本気で撃ちに来てくれれば、その隙を逆に撃てるのだけれど……!」

『あの円卓筆頭、GBOジャパンランキング二九九位の〝姫騎士の番犬(ロイヤルハウンド)〟ラミアをほぼ無傷で打ち破ったセンパイ相手に、依頼以上のことを望んで戦うなんてしないッスよ』

「新聞部の時も、そのぐらいの慎みが欲しかったところだね」

『校内美少女ランキングの件ッスか? いやー、お褒め頂き光栄ッス!』

「いい神経の太さだよ、後輩君!」

 

 ナノカは半壊したシールドを放棄、Gアンバーでシールド裏のグレネードパックを撃ち抜いて、爆破。それを目隠しにGNビットの包囲網から逃れようとするが、今度はデュナメス・ブルーの狙撃に進路を塞がれてしまった。

 

(くっ……面倒なことだね)

 

 自律兵器(ビット)防御機構(フィールド)を持つ機体が遠距離から足止めのみを狙ってきた場合、単機でそれを突破するのは骨が折れる。

 

「エイト君……がんばっておくれよ……!」

 

 ナノカには、タカヤの隙を窺いながら、エイトの無事を祈ることしかできなかった。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

 ギリギリで展開の間に合ったビームシールドの表面を、細く鋭いビームの切っ先が削る。

 

「くっ……ぅらあっ!」

 

 この距離なら外さない。エイトは目の前のレディ・トールギスに向けてビームブレードを振り下ろすが、

 

『遅いですわ』

 

 一瞬のうちに斬り返されたビームレイピアの細身なビーム刃が、ビームブレードを弾き返す。レディ・トールギスはそのまま舞うように一回転、強烈な後ろ回し蹴りがF108を吹き飛ばした。F108はジャブローの森に落下して突っ込み、大木の幹に抱きかかえられるようにしてようやく止まる。

 エイトは素早く状況を確認――画面中に複数の警告表示、ただの蹴りの一発で股関節部に深刻な損傷。腰のフンドシ部が割れ、右フロントアーマーが脱落。腰と右脚の動作に問題発生。

 

「パワーまで桁違いなのかよ……!?」

 

 なんとか立ち上がってビームブレードを構えるが、エイトはあまりの実力差に驚愕していた。

 これがレベル8か。GBO最高位ランカーの実力か。ファイターの腕も、ガンプラの完成度も、ここまで違うものなのか。

 レディ・トールギスはただ悠然と、右手に一振りのビームレイピアだけを構えて滞空しているが、どこから攻め込むべきかがまるでわからない。ビームブレードで斬り込んでも、ビームランスで突っ込んでも、後の先をとられて斬り返される光景しか浮かばない。

 

『アカツキさん。あなたは』

 

 攻めあぐねるエイトに、アンジェリカはわざわざ通信ウィンドウを開き、顔を見せての通信をつないできた。エイトは慎重にブレードとシールドを構えたまま、「はい」と短く返事をした。

 

『このままでは私には勝てません。それはおわかりですわね』

「……認めます。けど、まだっ!」

『その理由を、ファイターとしての自分自身と、ガンプラ。そのどちらに求めていまして?』

「それはっ……両方、です」

『そう……っ!』

 

 バンッ! 音がしたと思ったその時には、レディ・トールギスの足裏が、エイトの目の前に迫っていた。咄嗟に掲げたビームシールドが突然の蹴撃を間一髪で防ぐが、強烈な衝撃と共にビームシールド発生装置が吹き飛んだ。

 

「くっ、パワーの問題じゃあない……!?」

『ご名答ですわ』

 

 よろめき、膝をついたF108の首筋に、ビームレイピアの切っ先が音もなく突きつけられる。

 

『このレディ・トールギスの踵部(ヒール)には、対装甲散弾(ショットシェル)が仕込まれていますのよ。左右一発ずつの隠し武器ですけれど』

 

 確かにレディ・トールギスの足裏から、白く硝煙が立ち昇っている。ほぼゼロ距離で対装甲用の散弾などぶち込まれれば、小型軽量のF108の装甲程度なら難なく撃ち抜けるだろう。

 

「……つまりは、この損傷はガンプラの完成度の差からくるものじゃあないと……そう言いたいんですか」

『ふふ……またしてもご名答、ですわ』

 

 通信ウィンドウの中のアンジェリカの表情が、満足げに歪み、笑う。

 ビームレイピアが下げられ、代わりに再びの蹴りが襲い掛かる。エイトはブーストジャンプで後退してかわすが、F108の右足が悲鳴を上げる。着地の衝撃にこらえきれず、またもや膝をついてしまう。

 

「くっ……ダメージが……!」

『その赤いF91は、とても良いガンプラですわ!』

 

 青くカメラアイを光らせたレディ・トールギスが、ブーストの光の尾を引きながらF108に飛びかかる。息つく間もない、ビームレイピアの刺突の嵐。エイトは両腕のビームブレードをフル回転させて紙一重でしのぎ続けるが、一方のアンジェリカは生き生きとした表情でしゃべり続けている。

 

『さすがに赤姫さんが目を付けただけあって、アカツキさん! あなたのガンプラ制作技術は十分にGBOハイランカーたちとも渡り合えるものですわ。装甲の薄い小型MSベースのガンプラでありながら、この私のショットシェル・ヒールを受けて手足が千切れないのは、その良い証拠でしょう。専用のバーニアユニットの推進力も、突撃主体の機体としては申し分ないですわ。さらには、サーペント二機をまとめて片づけたビームランスでの突撃。加速度・突破力ともに十分。目を見張る威力でしたわ!』

「誉め言葉だと、受け取らせて、もらい、ますけど!」

『でも、あなたがダメですわ』

 

 ずおっ……突然、レディ・トールギスの顔面が、モニターいっぱいに広がった。ビームブレードの間合いのさらに内側、顔と顔がほぼ密着するような距離にまで肉薄してきたのだ。突然の出来事に、エイトの思考が一瞬固まる。

 

『ほら。この距離、バルカンでしょう?』

「な、あっ!?」

 

 次の瞬間、凄まじい衝撃と共にF108が高々と宙に打ち上げられる。腹部・胸部装甲に致命的な損傷、コンディションモニターが機能不全警告(エラーメッセージ)で真っ赤に染まる。腹部インテーク/ダクト全壊、胸部マシンキャノン使用不能。ムーバブルフレームは奇跡的に損傷軽微、なんとか機体は動くが、反応速度は格段に落ちてしまっている。

 

『そのガンプラにはマシンキャノンすらあったのに、あの状況で即座に撃てない!』

 

 F108を追って跳び上がってきたレディ・トールギスの右拳から、硝煙がたなびいている。踵だけでなく、拳にも仕込んでいたとは――ショットシェル・フィストといったところか。

 

『普段から腕のブレードに頼って、一撃離脱狙いの突撃ばかりで状況を切り拓いてきた弊害ですわ!』

 

 レディ・トールギスが、右拳を大きく振りかぶる。すでに右のショットシェルは撃っている、ただのパンチなら下手に避けるよりビームシールドで――エイトは生き残っている左腕のビームシールドを展開するが、

 

『だから、フェイントにも慣れていない!』

 

 突き刺さるのは左拳! ビームシールド発生装置は散弾に撃ち抜かれて爆散、その衝撃でF108は再び地面に叩き落される。バーニアを吹かして地面との衝突だけは防ぐが、立ち上がったF108の目の前には、すでにビームレイピアの切っ先が迫っていた。

 のけぞるように身を反らして直撃は避けるが、頭部バルカンの片方を潰される。再びブレードとレイピアのせめぎ合いが始まるが、苛烈さを増す一方の刺突の連撃に、まったく防御が追いつかない。

 

『近接戦闘型のガンプラを使いながら、剣戟の腕も未熟!』

 

 ぎりりと奥歯を噛んだエイトの脳裏に、初めてGBOをプレイした時の、ビス子との戦いが蘇る。砲撃主体の爆弾魔であるビス子に斬り合いで負けて、ヒート剣をコクピットに突き立てられた時のことが。

 

『挙句には!』

「うぐぅっ!?」

 

 ビームブレードを弾かれ、またもや蹴りを叩き込まれる。吹き飛ばされ、距離を開けられたF108に、今度はメガキャノンの砲撃が嵐のように降り注ぐ。連射力を重視し出力を絞った射撃のはずなのに、一発一発がジャブローの地盤を貫通し、地下大空洞まで繋がる大穴を開けていく。

 エイトはそのビームの嵐の中を、山のようなエラーを表示する機体を誤魔化しながら逃げ回ることしかできない。

 

『遠距離攻撃をしてくる相手には、味方の援護がなければ近寄ることすらできない!』

 

 アンジェリカの言葉に、反論できない。レベルアップミッションの時、ナノカとビス子の援護がなければローエングリンゲートを突破することはできなかった。ゲルズゲーのライフルに蜂の巣にされるか、ローエングリンに焼き払われるかが関の山。レベル4になんてなれなかった……!

 

『チームメイトを信じて頼るのと、最初から援護をアテにして突っ込むのはまったくの別物ですわ。援護がなくなったとたんに突撃が通用しなくなるのがその証拠――あなたが真に強者ならば、サーペント部隊に追われたあの時でも、隙を見て攻勢に転じたはずですわ』

「言葉もありません……けど、でもっ……!」

『赤姫さんのお気に入りというから、どんな逸材かと思えば……期待外れ、と言わせていただきますわ』

「そ、それでもっ……それでも、僕はああああっ!」

 

 砲撃の途絶えた一瞬に、エイトは叫び、ビームランスを形成。フルブーストで反転攻勢――したつもりが、

 

『あなたの突撃は、まったく極まっていませんわ』

 

 誘い込まれただけだと気づく。砲撃が途絶えたのは、弾切れでもオーバーヒートでもなく、ただ単純に高出力モードへの溜め時間(チャージ)のためだったのだ。

 圧倒的なエネルギー量を溜め込んだメガキャノンの砲口が、F108を迎え撃った。

 ドムゲルグをシールドごと消し去った一撃が、エイトに向けて撃ち放たれる。

 

『自分の力を磨きなさいな』

 

 圧倒的な光の渦にF108が呑み込まれそうになった、その時。

 

「エイト君っ!」

「ナノ、さん!?」

 

 全身ボロボロになり、Gアンバーすら失ったナノカのR7が、F108をかばうように抱きしめた。

 しかし、だからといってメガキャノンの破壊力が押し留められることもない。

 すべてを巻き込み消し去ろうとする熱量に、エイトとナノカは呑み込まれ――そして、全てが焼き尽くされた。

 

 

 

◆◆◆◇◆◆◆

 

 

 

『BATTLE ENDED!!』

 

 快活な男声がゲームの終了を告げ、リザルト画面がポップアップする。

 第二十九回GBO定期大会〝レギオンズ・ネスト〟Gグループ、優勝――チーム・スノウホワイト。

 その表示を見るともなしに眺めながら、アンジェリカは腹の底から湧き上がってくる感覚を、抑えることができなかった。

 

「ふふ……うふふふふ……はは、あははっ! あーっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」

 

 その笑いは、優等生の仮面を脱ぎ捨てたアンジェリカの哄笑は、一体何を意味するのか――動く者のいなくなった戦場に、レディ・トールギスだけが悠然と滞空する。

 穴だらけになったジャブローの大地を、赤い夕陽が照らしていた。

 

 

 




第十話予告

《次回予告》
「許さない……赤姫、許さない……絶対に許さない。赤姫、許さない、許さない、許さない許サなイ許サナい許サナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ」
「素晴らしい! 素晴らしく、どす黒い感覚がします……ずいぶんと荒れていますねえ、元〝姫騎士の番犬(ロイヤルハウンド)〟」
「……元、だと! 愚弄するかッ! 誰だ貴様ッ!」
「誰だ、なんて後でいいじゃあないですか。大事なのは、きっと私はあなたの力になれる……と、いうことですよ。あなたの、復讐の力にね」
「復……讐……ッ! その言葉、本当だなッ!?」

ガンダムビルドファイターズ ドライヴレッド 第十話『ウェスタン・シスターⅠ』

「ならば貸せ、貴様の力! 私は赤姫を許さない……ッ!」
「GOOD! 良い憎悪です。ならば力をお貸しましょう。この私……イブスキ・キョウヤがね」



◆◆◆◇◆◆◆



 長かったレギオンズ・ネスト編も、これにて終了。次回は後日談と今後への布石となるお話です。
 えらく長く間が空いてしまいまして、申し訳なく思います。少なからずも読者さんがいてくださる状態でほぼひと月も更新なしとは……すべてはリアル労働と、MGSVが、ビックボスが……!!
 ……すみません。デュナメス・ブルーのガンプラも完成したので、近日中に掲載したいと思います。
 感想・批評等お待ちしております。よろしくお願いします。

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