強度の高さによって、奨学金や進学先など、待遇に差が出てくるらしい。
今向かっている常盤台中学などは、LEVEL3以上の能力者のみ入学を許される名門中の名門で、かつては某国の王族の入学すら断ったことがあるという。
小萌の自家用車で常盤台中学に向かう道すがら、烈火と柳はそんな説明を受けていた。
足が届かない故か、ブレーキとアクセルも手元で操作できる障害者用の車を慣れた様子で操作しながら、小萌は続けた。
「常盤台にはLEVEL5の能力者さんが二人もいますからねー。しかも、第三位の御坂美琴さんなんかはLEVEL1から這い上がった努力の人として有名なんですよー?」
御坂美琴。
あの時、車を吹き飛ばして見せた少女のことだ。
やはりLEVEL5だったのか、と烈火の顔に笑みが浮かんだ。
手合わせしてみたい。この街のトップに立つ者がどれほどの実力なのか、確かめてみたい。
烈火の表情を見た柳が、小声で耳打ちしてくる。
「あんまり危ないこと考えちゃダメだよ?」
それなりに長い付き合いなだけあって、烈火の考えることなどお見通しのようだ。
烈火は笑って柳に返す。
「だーいじょぶだって。誰でも彼でも喧嘩売ったりしねーよ」
とはいえ、御坂美琴がその中に入っていない、とは限らないわけだが。
訝しげな柳の視線から逃れるように、烈火は小萌に話を振った。
「でもセンセー、なんだってわざわざよそに行くんだ?ウチのガッコでもナントカスキャンってのはできんだろ?」
「システムスキャン、ですよー。確かにウチにもかかわらず設備はありますけど、私が貰った資料によるとお二人は高位能力者の可能性が高いみたいですからねー。よりハイグレードな常盤台の設備をお借りした方が安全というわけです」
バックミラー越しに烈火の目を見て、小萌は説明を続ける。
「特に、花菱ちゃんは
「パイオツロケット?なにそれ?」
「パ・イ・ロ・キ・ネ・シ・ス・ト!うーん……言うなれば、人間ライターさんですかねー。先生は発火能力の専攻だから、今日の花菱ちゃんの測定も先生が担当しますよー」
小萌の訂正を受けた烈火は、指を擦って少量の炎を生み出してみた。
人間ライターという呼び名は若干不服だが、確かにライター代わりに使ったりもしてたので否定は出来ない。
烈火が火を握り消したのとほぼ同時に、柳が小萌に質問する。
「私たち、この街の能力開発っていうのは受けてないんですけど、大丈夫なんでしょうか……?」
そのことについては小萌も知らなかったようで、大きく目を見開いて叫んだ。
「ええっ!?能力開発を受けていない能力者……ムムム、それってかなりレアケースさんですよー。まあ、実際どうなるかは行ってからのお楽しみですねー」
話しているうちに、車はレンガ作りの門をくぐった。
門の中は、欧風の造りの建物が並んでいる。道路もアスファルトではなく石畳になっており、近未来的な学園都市からは完全に隔離されている印象を受けた。
柳が目を輝かせているところを見るに、女の子受けの良いデザインなのかもしれない、と烈火は思った。
さらに十分ほどを経て、三人を乗せた車は目的地である常盤台中学に到着した。
車を降りて校舎を一目見た烈火は、感嘆の声を漏らす。
「でっけーなぁー」
その巨大さ、荘厳さはまさに『名門』と呼ぶに相応しい。
思わず見とれてしまう烈火と柳の手を、小萌が引っ張った。
「はいはい、見とれちゃうのもわかりますけど、まずはやるべきことをやって……」
「烈火!柳!」
小萌の言葉を遮るようにして、聞き慣れた声が二人の名を呼んだ。
見ると、風子がこちらに手を振って走ってくる。
「よ!アンタらも身体検査っての受けに来たの?」
「うん。風子ちゃんも?」
柳に聞かれて頷く風子に、烈火はもう一つ尋ねる。
「で?レベルの方はどうだったんだよ?」
「ふっふっふっ、よくぞ聞いてくれました!……ジャジャーン!」
風子はポケットから四つ折りにした紙を取り出し、二人の前で広げて見せる。
そこに書かれているのは、『霧沢風子 LEVEL4』の文字。
「風子ちゃん、すごーい!」
「へっへー、私のジツリキにかかればこんなもんよ!」
誇らしげに胸を張る風子に肩を組み、烈火は囁いた。
「魔導具使ったのか?」
風子は右手に填められた風神を指差しながら、
「能力の補助としてなら、こういう小物も持ち込みOKだってさ」
と笑ってみせる。
それを聞いて、烈火は納得した。そうなると、土門や水鏡も良い結果を出せていそうだ。
唯一小金井だけは、魔導具の性質上上手くは行かなそうではあるが。
肩を外して振り返った風子に、小萌が声をかけた。
「はじめまして、花菱ちゃんと佐古下ちゃんの担任になった月詠小萌ですー。あなたはお二人のお友達ですかー?」
「あ、霧沢風子です。この二人とは、ここに来る前から一緒で……」
「あと三人、こっちにツレが来てる」
担任、という単語に少々困惑を見せながらも、風子も小萌に名乗り返し、烈火も補足を加える。
小萌は目を輝かせた。
「そうですかそうですか。花菱ちゃんも佐古下ちゃんも、お友達がたくさんいるようで先生嬉しいのです!」
それだけ言うと、小萌は腕時計を見て二人を促した。
「さて、そろそろ行かなきゃですねー。霧沢ちゃん、困ったことがあったらまたなんでも相談してくださいよー?」
「じゃな!また連絡すっからよ、みー坊と腐乱犬にも伝えといてくれや!」
「バイバイ、風子ちゃん」
「おう!がんばれよー!」
風子と別れた二人は、小萌に続いて校舎内に足を踏み入れる。
「佐古下ちゃんは先生と一緒に更衣室でお着替えタイムですー。花菱ちゃんは空き教室を使って、終わったらプールに集合ですよー」
小萌に指示された通り、一階の誰もいない教室で持ってきた体操服に着替えると、烈火はプールに向かった。
外観だけでなく内装も見事な常盤台の校舎を体操服で歩くのは、さすがの烈火でも少々緊張する。
幸運にも、誰にも出くわすことなくプールまで辿り着いた烈火は再び感嘆を漏らした。
「お嬢様学校だけあって、なんもかんもが規格外だな」
50メートルのコースに、レーンも10まである。
プールサイドに設置された黒い機材は、これから行う測定のためのものだろうか。
炎を扱う自分だからこそ、水場を測定場所にしたのだろうと推測できる。
五分ほど待つと、スーツ姿の小萌が姿を現した。
「一応は、キチンとした行事ですからねー。先生もフォーマルじゃなきゃダメなんですよー」
オーダーメイドであろう極小スーツを纏った姿も、教師というよりは卒業式の小学生といった雰囲気だ。
小萌はポテポテとプールサイドを歩いて、機材の横に置かれたパイプ椅子に腰を下ろした。
「では、始めますよー」
◇
身体検査を開始しておよそ二十分。
小萌は舌を巻いた。
「す、すごいですねー……」
烈火の能力は、小萌の想像を遥かに超えるものだった。
炎を球状に変化させるに始まり、刃、鞭、シールド、果ては烈火自身や小萌の形の炎を生み出してみた見せた。
射程や操作性も抜群だ。
能力発動の前に、何やら指を動かす癖が見られるものの、それを補って余りあるほどの能力の扱い。LEVEL4にも十分届くだろう。
「先生、たくさんの発火能力者さんを見てきましたけど、花菱ちゃんほど高度に使いこなす人は初めてですー!学園都市の中でもトップクラスですよ!」
興奮のあまり飛び跳ねてしまう小萌。
これほどの能力者がなぜ一般的な公立校である我が校を選んだのか、という疑問が湧くものの、これほど優秀な生徒がやってきたことに比べれば些細な問題である。
「へっへーん。どんなもんでい!」
小萌が喜ぶ様を見て、烈火も鼻高々といった様子だ。
あまり教師に褒められた思い出がない分、こちらの喜びもひとしおだ。
小萌はパイプ椅子に座り直すと、にこやかに烈火に告げる。
「ではでは、最後の行程に入りますよー。残ってるのは出力測定ですねー」
「出力?」
「はい!プールに向かって思いっ切りぶっ放しちゃえーってことです!」
「思いっ切り……」
顎に手をあて、考え込むような仕草を見せる烈火。
やがて顔を上げると、小萌にこう聞く。
「なあ、プールブッ壊しちゃうかもしんねーけど、ダイジョブかな?」
「ハイハイ!ブッ壊すくらいの気持ちで、ドカーンとどうぞ!」
そう言いながらも、小萌はその言葉を信用してはいなかった。
自信があるのは良いことだが、ビッグマウスが過ぎるというものだ。このプールはかの超電磁砲も身体検査に利用していると聞いたが、彼女でもプール破壊には至っていない。
そもそも、発火能力者でも大丈夫なようにと選ばれたプールという場所を、いかに烈火といえど破壊などできるはずはない。
そう思っての、楽観的な返事だ。
しかし、彼女は知らない。烈火が隠し持つ“切り札”の存在を。
「っしゃ!気合い入れんぞ!」
烈火は、拳を掌に打ちつけてやる気を示す。
直後、右手の人差し指を立てると、再び空中に何かを描いた。
「竜之炎漆式──出やがれ、
その直後、小萌はパイプ椅子から転げ落ちた。
烈火の背後に突如現れた、紅く燃える単眼の竜を見て。
「ひ、ひ、ひぇぇぇ……」
足腰に力が入らない。
未知なる事象に直面し、体の自由が奪われてしまった。
烈火が生み出したと思われるその炎のバケモノは、先ほどまで烈火が操っていた炎とは、全く異質のものだ。
時折大口から飛び出した舌を動かし、尾を揺らすその姿は、まるで本当に生きているかのように思えた。
「加減はいらねえぞ。久々に、いっちょかましてやれ!」
烈火が右手を掲げると、バケモノがその手に携えていた紅い珠が、何者をも呑み込んでしまいそうな大きな口の前に移動する。
徐々に輝きを増していくその珠は、烈火が腕を振り下ろした瞬間に一筋の閃光となった。
爆音が轟き、跳ね上げられた大量の水しぶきが豪雨のように降り注ぐ。
蒸発した水が霧となり、小萌の視界は白く染まった。
◇
「ふおっ!?」
授業中に惰眠を貪っていた御坂美琴は、突然の轟音に目を覚ました。
驚いて発してしまった奇声も、他の生徒たちの悲鳴のお陰で目立たずにすんだ。
しかし美琴はそんなことに構う余裕もなく、慌てて辺りを見回すばかりだ。
教壇と立つ綿辺という女教師が手をたたき、慌てふためく生徒たちを鎮めようとする。
「はいはい、慌てるんじゃありません。本日は他校の方が身体検査に訪れているので、今のはおそらくその方が能力を使用しただけです。落ち着いて授業に……」
ガタンッという物音が、綿辺の言葉を遮った。
思い切りよく立ち上がった美琴が、椅子を倒してしまった音だ。
「先生!トイレ行ってきます!」
「ちょ、ちょっと、御坂さん!?」
お嬢様らしからぬセリフを口走った美琴は、綿辺の言葉に耳を貸すことなく教室を飛び出した。
(慌てるな?バカ言ってんじゃないわよ。身体検査であんな音がして、慌てないわけないでしょーが!!)
あれほどの破壊音は、自分が検査を行う時にも起きたことはない。
つまりは、美琴の
そいつが誰か確かめたい。好奇心が美琴を突き動かしている。
(あんな音がするくらいのパワーなら、多分威力緩衝のために水面に撃ったはず!)
美琴の足は、自ずとプールの方へと向かった。
プールを一望出来る位置にある非常階段に辿り着いた美琴は、非常扉の施錠を外して外に飛び出た。
身を乗り出してプールを見下ろすと、濃霧で包み込まれた中に、影が二つ見えた。
片方は、巨大な蛇のような影。もう片方は、男性と思われる人の影。
やがて巨大な影は消え、風によって徐々に霧が晴れていく。
その光景を目撃し、美琴は絶句した。
プールの水が半分以上消滅している。
さらには、プールの中央は大きく陥没し、そこからプール全体に巨大な亀裂が走っている。
割れたプールの破片はめくれ上がり、そこに加えられた衝撃が如何に巨大であったかを物語る。
無惨なまでの破壊の痕跡。それを為したと思われる、プールサイドに立っている男の姿には、見覚えがあった。
『烈火だって負けないよ!ホントはもっともっと強いんだから!』
自然と、昨日出会った佐古下柳という少女の言葉が蘇る。
「あながち、間違いではなかったってワケね……!」
超電磁砲は笑う。
“アイツ”以外にもう一人、その強さを確かめたいと思える相手を見つけたために。
◇
「そろそろ、帰ってくるころだな」
教室の時計を確認した上条は、青髪と土御門にそう呟いた。
「ちなみにカミやん予想では、二人のレベルはどんなもんやと思う?」
青髪にそう問われて、上条は思考する。
わざわざ常盤台にまで出向いて身体検査を行うくらいだ。低位の能力者とは思えない。
……のだが。
『うおおお……なんで死んじまったんだごん~……』
『んがががが……ぐごごごご……』
『うおおおお!!タイガーショットォォォオオ!!!』
授業中の烈火の姿を思い起こす度に、高位の能力者である可能性が信じられなくなっていく。
柳は柳で、その天然ぶりを遺憾なく発揮し、家庭科の時間に電子レンジを爆発させていた。
結論。
「どっちもそんなに高くはなさそうだな」
無論、素行の良さでレベルの高さが決まる訳ではないということは上条も知っている。
実際、不良を焼いたり自販機を蹴り飛ばしている極悪超能力者がいるのも知っている。というか、面識がある。
それでも、
「おっ、帰ってきたみたいだにゃー」
土御門の声に、クラス全員が窓際に集まる。
烈火と柳が連れ立って校門をくぐるのが見えた。
「あれ?小萌先生はどうしたのかしら」
吹寄と同様の疑問を、上条も抱いていた。
行きは小萌の車で出かけたはずなのに、帰りは車どころかその持ち主の姿も見えない。
二人が教室に入ってきてすぐ、そのことを聞いてみた。
「ああ、なんか俺の測定結果がすぐ出ねーとかで長引くんだとよ」
「私たちはバスで帰ってきたの」
烈火の方はわからない、ということで、先ほどの答え合わせは柳からということになる。
「佐古下の結果はどうだったんだ?」
上条がそう尋ねると、柳はおずおずと鞄からクリアファイルを取り出し、その中の紙を上条に手渡した。
その紙に書かれた文字を見て、上条は目を見開いた。
「佐古下柳……
「ちょ、ちょっと貸しなさい!」
吹寄が慌てて上条から書類を引ったくり、まじまじと眺める。他のクラスメートたちも吹寄の背後から覗き見て、それぞれ小さく感嘆を漏らしている。
やがて吹寄は顔を上げると、柳の目をじっと見つめ、柳の両肩へ手を乗せた。
「やったじゃない、佐古下さん!」
吹寄の賞賛に、柳は照れくさそうにはにかんだ。
「ありがと、吹寄さん。でも、良いのかな、私がこんな評価されちゃって……」
「何言ってんの、数字は嘘をつかないわよ!あなたが出した結果なんだから、もっと胸を張らなきゃ!」
「う、うん!がんばる!」
吹寄に励まされた柳は、両手でガッツポーズを作って自信を表明する。
隣では烈火が腕を組みながらどや顔で頷いている。
「ウムウム。柳ならトーゼンぢゃ」
「花ビーは、手応えあったん?」
青髪に聞かれ、烈火は親指を立てて答える。
「バッチリだ!ちょーっと張り切りすぎて向こうのプールブッ壊しちまったけどな!ワハハハハ!!」
「へ?」
上条の目が点になった。
プールを壊した、なんて低く見積もったところでLEVEL4は確定ではなかろうか。
柳に続いて、烈火までも高位能力者であることがほぼ確定してしまった。
この二人は、なぜ連れ立ってこんな平凡な公立校にやってきたのか。謎は深まるばかりだ。
首を傾げる上条になど目もくれず、クラスメートたちは二人を取り囲むように集まってくる。
再び質問責めが始まった。
「あいつらも大変だな……次から次へと」
「全くぜよ。ま、転校早々ビッグニュース振りまいてるんだから、当たり前っちゃ当たり前だけどにゃー」
「そりゃそうだけどさ」
喧騒を離れ、土御門とそんなことを話し合う。
ふと、上条は気になっていたことを尋ねてみた。
「なあ、花菱と何があったんだ?」
上条の問いに、土御門は悪い笑顔を作って
「ふっ、土御門さんくらいの出来る男には、後ろ暗い過去の一つ二つはあるのさ」
と、まともに答えようとはしなかった。
この男が嘘と秘密を好きなことは知っている。これ以上問い詰めても大した成果は得られないと悟って、上条は聞くのを止めることにした。
不意に、勢いよく扉が開かれる音が響いた。教室全体が振り返ると、ドアのところには肩で息をするスーツ姿の小萌があった。
「は、はなっ……れべ……」
階段を走って駆け上がってきたらしく、息絶え絶えに何か喋ろうとしている小萌。
「先生一旦落ち着いてえな。はい、お水」
青髪が未開封のミネラルウォーターを差し出すと、小萌はひったくるようにそれを受け取り、半分ほど一気に飲み干した。
水分を補給した小萌は大きく深呼吸すると、改めて告げる。
「は、花菱ちゃんが、花菱ちゃんが……LEVEL5に認定されました!!」
一瞬、クラス全員がその言葉の意味を考え、直後学校中に仰天の絶叫が響き渡った。
なんとかやるべきことを一話に詰め込みました。