とある烈火の八俣火竜   作:ぎんぎらぎん

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其之三:語らいの間

 唐突に名を呼ばれて、小金井薫は振り向いた。

『小金井』という呼び名は彼にとってとても懐かしいもので、それを届けた声もまた、懐かしく聞き覚えのあるものだ。

 声の主を目の当たりにした小金井は呆然と呟いた。

 

 「れっか……にい、ちゃん……?」

 

 烈火だけではなかった。柳に風子に水鏡に土門。今生の別れを果たしたはずの仲間たちが勢揃いしていた。

 小金井の足が無意識のうちに動き出す。烈火も同じように小金井に向かって走り出した。

 

 「烈火にいちゃーーーーん!!!」

 

 「小金井ぃぃぃぃいいい!!!」

 

 小金井が飛びつくと、烈火は両手を広げてそれを迎え、二人は強く抱き合った。

 

 「小金井、てめー生きてやがったかこの野郎!!」

 

 「そっちこそ、相変わらず馬鹿みたいに元気じゃん!」

 

 力強く頭を撫でられて、頬が緩む。元気な小金井の姿に、兄貴分も顔をほころばせていた。

 

 「薫くん! ふぇぇ。よかった、また会えて!」

 

 「うおー! 元気にしてやがったかちびっ子め!」

 

 「なんだよアンタも来てたんだね!!」

 

 「やっ、やめてよみんな。いひゃいいひゃい」

 

 柳も土門も風子も、忙しそうに小金井の頬をつねったり頭を撫でたり背中を叩いたりしてくる。みな、小金井との再会を心から喜んでいた。

 皆にもみくちゃにされながら、ただ一人輪に加わろうとしない男に小金井は手を振った。

 

 「やっ、ひさしぶりだね!水鏡!」

 

 「……ああ。どうだ?久々にオモチャにされる感覚は」

 

 「スッゲェ楽しい!!」

 

 「そうか。それは良かった」

 

 クールな佇まいを保ちながらも、どこか嬉しそうな声色なのは気のせいではないだろう。

 小金井が笑ってみせると、水鏡も腕を組みながら小さく親指を立てた。

 

 小金井の様子を見届けた烈火は満足げに笑うと、改めて円筒器の方に向き直った。

 正確には、その側に立つ顔に大きな火傷のある男の方へ。

 

 「よう、また会ったな。糞兄貴」

 

 紅麗は烈火を一瞥するも、まるで興味などないといった風に顔を背けた。

 烈火のこめかみに青筋が浮かぶ。

 

 「ずいぶんとご挨拶な態度だな、オイ。“弟様”が話しかけててやってんのによ」

 

 烈火が肩を掴むと、それを振り払い、今度こそ烈火に視線を向けた。小金井とは真逆の敵意と殺意の込められた視線を。

 

 「喚くな、猿が。それに、『穢らわしいから兄と呼ぶな』と伝えてあるはずだが? それを今日まで覚えておけ、というのは貴様の小さい脳味噌には難しい注文だったか?」

 

 「んだとテメェ!!」

 

 怒鳴りながら胸ぐらを掴む。仲間たちも烈火の怒声に反応し、こちらを向いた。

 

 「ちったあ可愛げのある態度とるかと思ってたがよ、やっぱ相変わらずムカつくヤローだなテメーは!」

 

 「その言葉、そっくりそのまま返させてもらおうか。貴様に私と同じ血が流れていると思うと、不愉快極まりない」

 

 「がっ……!」

 

 紅麗の拳が、烈火の腹に突き刺さる。烈火は腹を抑えながらうずくまり、紅麗の顔を睨み上げた。

 紅麗同様に、敵意を瞳に灯して。

 

 「てん、めぇっ……!」

 

 「いずれにせよ、今は貴様の相手をする気はない。聞かせてもらわねばならない話があるのでな」

 

 烈火の敵意に意を介すことなく、紅麗は再び円筒器の中の人物に視線を戻した。烈火も吊られて、その人間を注視する。

 一見してわかったのは、それが人間であるということだけだ。年齢も、性別も、何一つとして判別できない。

 “人間”が言葉を発した。

 

 「はじめまして、諸君」

 

 一体どういうからくりか、液体の中にいて、口を開いてすらいないのに、その人間の声は確かに烈火たちの耳に届いた。

 

 「私はアレイスター。この『学園都市』の統括理事長を務めている者だ」

 

 「自己紹介など必要ない」

 

 紅麗はそう言い捨てる。

 

 「私が知りたいのは、此処がどこで、誰に連れてこられたのかということだけだ」

 

 「なら、単刀直入に言おうか」

 

 攻撃的な紅麗の発言を気にした素振りも見せず、アレイスターはただ淡々と告げた。

 事の首謀者である男の名を。

 

 「君たちをここに呼び寄せたのは、私の協力者である幻獣朗という男だ」

 

 「幻獣朗!?」

 

 土門が驚きの声をあげる。それもそのはず、彼は目撃しているのだ。

 幻獣朗が、紅麗の部下であった音遠に斬り殺された瞬間を。

 

 「どういうことだ!? 俺は確かに見たぜ!音遠が幻獣朗殺ったとこをよ!」

 

 あるいは、あれも別魅で作り出した分身だったのか。

 いや、そんなはずはない。あの限られた空間で別魅と入れ替わるような場所も時間もありはしない。

 アレイスターは事も無げに続けた。

 

 「その辺りの事情は私の知るところではない。確かめたければ幻獣朗本人に訊けばいい」

 

 「へっ、私とあいつは赤の他人だから知ったこっちゃありません、ってか? 協力者名乗っといて、ふざけんじゃないよ!」

 

 噛みつく風子を、水鏡が手で制した。

 敵の城で冷製さを失ってはいけない。そう訴えかけてくる視線に、風子は渋々引き下がる。

 

 「さて、もう一つの質問に答えようか。

 さっきも言ったが、ここは『学園都市』という。それも、君たちがいた世界とは別の世界に存在する街だ」

 

 「別の世界……?」

 

 水鏡は眉をひそめた。

 突飛な話ではあるが、しかし有り得ないとは言い切れない。

 

 「……君のその話が事実だとして、奴はどうやって“この世界”に僕らを呼び寄せた?

 もう、魔導具もなくなっているというのに」

 

 「さて……先も言ったように、私も彼について詳しい訳ではないのでね。

 ただ、彼の口振りからして、君たち『火影』の持つ能力を利用したようだが」

 

 水鏡への返答で、烈火は一つの確信を得た。

 薄々感づいてはいたが、やはりあの大穴は……

 

 「時空流離か」

 

 烈火よりも先に、紅麗がその単語を口にした。

 一同の顔が驚愕に染まる。

 

 「時空流離って……でも、あの術はもう使えないはずじゃ!?」

 

 小金井が言ったことは事実だ。

 天堂地獄が破壊されたことで、火影に纏わる全ての力が消滅した。それは、火影忍軍の編み出した秘術である時空流離も同様。

 紅麗と小金井を400年前の時代に運んだのを最後に、失われたはずだった。

 

 「そのことについて説明すれば、私の知る全てを君たちに伝えたことになる。

 ……その前に、水鏡と言ったな。君の言葉、一つだけ訂正させてもらおう」

 

 アレイスターは、部屋の後方で待機している土御門を目で促す。土御門は黙って頷くと、二つのアタッシュケースを彼等の前に運んできた。

 そして、留め金を外して、その中身を披露する。

それを見て、全員が目を見開いた。

 

 「魔導具は、なくなってはいない」

 

 そこにあったのは、四つの武具。

 風神、閻水、土星の輪、そして鋼金暗器。火影のメンバーたちが愛用していた魔導具だった。

 

 「ほ、ホンモノかよ……?」

 

 疑わしげに土星の輪を手に取る土門。

 他の三人もそれぞれ手にとって確認する。つぶさに観察しても、とても偽物とは思えない。

 

 「それは君たちに差し上げよう」

 

 「えっ、まじ?サービス良いね大将!」

 

 「おばか!知らない人からモノもらうんじゃないの!」

 

 無邪気に喜ぶ土門の頭を風子がひっぱたいた。

 じんじんする後頭部をさすりながら、涙目で風子を見る土門。

 

 「なにすんだよぉ、風子様」

 

 「黙っとれ!

 ……悪いけど、タダでくれるからって素直に喜ぶほど、人間できちゃいないよ。あんたみたいな胡散臭いヤツのこと、信用出来る訳ないだろ」

 

 「そうか? 君たちとて、喉から手が出るほど欲しい物かと思ったが」

 

 図星を突かれて、風子に反論を見つけることはできない。

 幻獣朗の目的がわからない以上、自分たちに危害を加えてくる可能性を考慮すれば、戦う力を用意しておきたいのは確かだ。

 紅麗がアレイスターを促した。

 

 「それで、聞かせてもらおうか。貴様が持つ最後の情報とやらを」

 

 「ああ、そうだったな」

 

 そして一同は、次のアレイスターの言葉に耳を疑った。

 

 「天堂地獄が復活した」

 

 全員が息を呑んだ。

 信じたくはない。しかし、否定する者はいない。

それが事実なら、多くのことに合点がいくからだ。

 

 ──蘇った巨悪と戦う意志はあるか?

 

 烈火は、虚空の言葉の意味を理解した。

 八竜が再び烈火に力を与えた理由も。

 

 「手引きしたのは幻獣朗だ。君たちにとって、それはあってはならないモノだということは理解している。その上で、私から申し出たいことがある」

 

 一拍の間をおいて、アレイスターは告げる。

 

 「天堂地獄を討伐してもらいたい」

 

 烈火たちにとって、それは意外な言葉だった。

 烈火は理解より先に、疑心をぶつける。

 

 「討伐? 理解できねえな。テメーは幻獣朗と手ェ組んでんだろ? 天堂地獄を復活させたのがあいつだっつーなら、なんでテメーがそいつを邪魔する」

 

 「彼と手を組んだのは、彼の目的に興味があったからだ。しかし、天堂地獄の存在は私にとっても目障りなのでね」

 

 「その理由がなんだって訊いてんだよ!!」

 

 烈火が吼える。しかし、アレイスターは動じた様子すら見せはしない。

 

 「そのことについて、君たちに話す気はない。私から話すことは以上だ。何か質問は?」

 

 「なめてんじゃねえぞ固羅!テメーが話したくなかろうが、こっちは訊かなきゃなんねーんだよ!」

 

 「やめておけ」

 

 水鏡が肩を掴んで制止させる。

 烈火はそれを振り切ろうとするが、より強い力で腕を掴まれ水鏡を睨みつける。

 

 「放せよ水鏡」

 

 「熱くなるな単細胞。奴が何を企んでいようと、我々の目的は変わらない。元の世界に帰ることだけだ。違うか?」

 

 「でもよ……」

 

 「なんにせよ、僕たちには情報が少なすぎる。しばらくはアレイスターとやらの言うとおりにしておくのが得策だ」

 

 「あ、あの……思ったんだけど」

 

 おずおずと、柳が手を挙げる。皆の注目を浴びて少々怯みながらも、続けた。

 

 「『じくうりゅうり』でこっちの世界に来たなら、もう一度同じことをすれば、元の世界に戻れるんじゃないかな」

 

 烈火、土門、風子、小金井の四名は、一瞬ぽかんと口を開くが、すぐさま目を輝かせた。

 

 「さっすが柳!頭良いぜ!」

 

 「すばらしい発想力!絵本作家のタマゴは違うねえ♪」

 

 「よっ、大統領!!」

 

 「これで俺たち帰れるんだね!ばんざーい!」

 

 浮かれ気分で万歳三唱を始める四人だが、直後に紅麗がバッサリと斬って捨てた。

 

 「悪くはないアイディアだが、却下だな。幻獣朗とて馬鹿ではない。そうさせないための策は講じているはずだ」

 

 「同感だ。それに、奴が天堂地獄を掌握している以上、放置して帰ったところで同じことを繰り返すだけさ」

 

 水鏡も、援護射撃を加える。浮かれ気分の四人は、一気に奈落の底へたたき落とされたようにうなだれた。

 

 「……やっぱ、あいつをとっちめて帰る方法聞き出す以外ねーってことか」

 

 烈火は顔を上げて、笑みを浮かべた。

 

 「上等! 俺らに迷惑かけてくれたオトシマエ、きっちりつけてやんぜ!!」

 

 掌に拳を打ちつける。小気味良い音は、気合いの表れだ。

 うなだれていた三人も力強く頷いた。

 

 「どうやら意見は纏まったようだな」

 

 アレイスターの言葉に水を差された気分の烈火は、中指を立てて応じた。

 

 「へっ、首洗って待ってやがれ!幻獣朗の次はテメーだ!」

 

 威勢の良い啖呵を着ると、そのままくるりと身を翻して、ズカズカと景気よく大股で部屋を横切っていく。

 

 「さ、帰るぜ野郎共!」

 

 「帰るって、どこに?」

 

 柳に言われて、烈火の動きがピタリと停止した。

 

 「どこだろ」

 

 紅麗以外全員がズッこけた。

 

 「お家もお金もないし、これから私たちどうすればいいんだろう……」

 

 柳が不安げに漏らした。

 幻獣朗のことや元の世界のこと以前に、今どうやって過ごすべきかを考えていなかった。

 そんな彼らに光明が差す。

 

 「住居ならこちらで用意してある。金の心配も必要ない」

 

 土御門がそう言って、人数分の携帯電話とルームキーを取り出した。

 

 「互いの電話番号も登録済みだ。部屋の住所その他必要事項もケータイを見ればわかる。キャッシュカードは後日届ける」

 

 それぞれに手渡しながら、矢継ぎ早に説明していく。

 配り終わると、今度は自分のケータイを取り出して、どこかに連絡を取り始めた。

少しすると、先ほど烈火たちをこの部屋に運んだ赤毛の女が姿を現した。

 

 「さて、では彼女に掴まれ。行きと同じだ」

 

 行きと違って素直にそれに従った一行は、次の瞬間には部屋から姿を消した。

 一仕事終えた土御門は、大きく息を吐いた。

 

 「はぁ……全く疲れる連中だ。どいつもこいつも我が強くてイヤになる」

 

 「御苦労だったな。今日の仕事はこれで終わりだ、君も帰って休むがいい」

 

 アレイスターにかけられた労いの言葉を、土御門は鼻で笑いとばした。

 

 「ふん、思ってもいないことを。さっきの問答の時も同じだ。あれに、どれだけ真実が含まれていた?」

 

 「その質問に答える意味はあるのか、土御門?君が私を信じていないなら、どんな返答をしようが無意味だよ」

 

 飄々と言ってのけるアレイスターに、土御門は苛立ちを募らせる。

 いつもそうだ。まるで全能の神のような口振りで、思い通りに事を運んでいる。

 学園都市の長であるが故か、それともそれ以前の出自故か。全てを見透かしたその言動が、己の無力さを引き立たせているような感覚にさせる。

 

 「油断が過ぎると、いつか足を掬われるぞ? 寝首を掻かれないよう、せいぜい注意しておくんだな」

 

 そう吐き捨てるのが、今の土御門には精一杯だった。

 学園都市の長は、無感情に言った。

 

 「御忠告、ありがたく承っておこう」

 

 




説明回というか、状況整理回というか。
もっと捲いて行ければな、と思います。

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