迫り来る巨人の剛腕。
土門が採った選択肢は、避けるでも、いなすでもない。
“正面から受け止める”。
「イイ歳こいて泥んこでお人形さんごっこか!?
似合わねえぜオバサン!!」
土門の長身や筋肉質な体型を考慮しても、エリスとは覆すことの出来ないウエイト差がある。
本来なら、受け止めることなど叶わず吹き飛ばされること必至。
にも関わらず、土門は微動だにせずその一撃を抑え込んで見せた。
身体強化魔導具『土星の輪』。
その効力が、土門に計り知れないパワーを与える。
「うがぁぁぁああああ!!!」
受け止めた巨人の腕を、雄叫びと共にへし折る。
折れた腕を掲げると、それをエリスに向かって投擲した。
石の塊が直撃し、巨人の身体がぐらついた。その隙を、土門は見逃さない。
「おおおおおおおお!!!」
巨人の懐に潜り込んだ土門は、その巨大な的を拳で連打する。
息つく暇もない怒涛のラッシュ。
『殺人ラッシュ』、そんな異名をとるこの攻撃は、土星の輪によって更なる強化を遂げている。
その破壊力たるや、エリスを真っ二つに叩き折るのに十秒すら要しない。
崩れ落ちてくる巨人の上半身に、土門はアッパーカットを叩き込む。
土塊は粉々になり、宙を舞った。
「へへっ、一丁あがり!」
「きゃー! 土門くんカッコイイー!」
「イエーイ! 応援さんきゅーベイベー!!」
呆気なくエリスを粉砕し、土門と柳は勝利の喜びを分かち合う。
だが、勝負はまだ決してはいない。
「浮かれてられんのも今のうちだ」
シェリーがチョークで空を切った。
それを号令に、砕かれた巨人の身体が再び一つになる。
さらに多くの瓦礫を吸収して完成された巨人の体躯は、より大きく、より強靭となる。
「なんじゃあ!?」
打ち倒したはずの巨人が、目の前で先の倍以上の大きさに膨れ上がって復活した。
その事実に、土門は驚愕するばかり。
雄に6メートルはあるであろうエリスの身体は、最早一つの階には収まっていない。
天井を突き破り、崩しながら土門と柳に接近してくる。
「なんべん来たっておんなじじゃ!!」
されど土門は怯むことなく立ち向かう。
巨大化したことで懐に潜り込みやすくなり、重量を増 して動きも鈍くなったエリスへと果敢に攻め込む。
猪突猛進の正面突破。
これこそ土門の戦い、これこそ土門の攻撃。
己が肉体を一本槍として殴り込む。単純、しかし最も効率的かつ最も強力な戦法とも言える。
「うおらあああああああああああ!!!」
土門の拳がまたも巨人の身体を打ち崩す。
その身を砕かれるエリスの姿を目にしながらも、しかしシェリーの表情から余裕は消えていなかった。
◇
「鎌鼬ッ! ばびゅん!!」
風神が生み出した真空の刃。
地を砕き、空を切り裂いて獲物に迫るその様、まさしく『鎌鼬』。
しかし、その標的たる木蓮の顔に焦りはない。
木蓮の身体から伸びた複数の木の触手が束ねられ、アスファルトに突き刺さり、風を受け止めた。
岩をも引き裂く風神の一撃も、僅かに表層がめくれる程度の傷しか与えられていない。
数ある魔導具の中でもトップクラスの性能を誇る風神の攻撃を、木蓮は簡単に防いで見せた。
「ずいぶん強くなったじゃん、木蓮。烈火に瞬殺されてた頃とはエラい違いだねぇ」
軽口を叩きながらも、風子も木蓮の実力を認めていた。
初めて会ったときとはまるでレベルが違う。
火影のメンバーが様々な戦いを経て強くなったように、木蓮もまた進化している。
「そう言やあよ、お前とは紅麗の館で会ったとき以来、久々だったな。お前の知らねえとこで、俺は何回も何回も火影の奴らにしてやられた。今度こそは、って再起してくるたんびにテメエら火影に負け続けたんだよなぁ」
苦渋の過去を回想してか、木蓮の顔が歪んだ。
忌々しげなその表情は、幾度とない敗戦の怨念を示している。
「俺が血ヘド吐いて強くなっても、テメエらは簡単にそれを飛び越えて行きやがる。
悔しかったぜ。俺の努力と苦労の結晶も、テメエらにゃまるで通用しなかったんだ……だけどよ、終わらねえのさ」
今度は、笑う。
元から悪い人相がさらに強調された悦楽の表情が、風子に悪寒を与えた。
「そうさ、終わりじゃねえ。
左腕ブッタ斬られようが、身体中グシャグシャになろうが、俺は生きてる。
生きてるんなら、終わらせねえ。この戦いも! 俺とテメエらの因縁も! 終わらせるにはたった一つしかねえ! 俺がテメエら全員ぶっ殺すしかねえのさ!!」
薄い灯りをさらに遮るかのように、無数の触手が夜空を覆った。
木々がその矛先を風子へと向ける。
「風穴だらけにしてやんぜ! せいぜいイイ声で啼いて、イッちまいなぁ!!」
五月雨の如く降り注ぐ木の槍。
全方位から風子の肢体を刺し貫かんとする死の雨。
だが、その全ては風子に届くことなく弾き飛ばされた。
風子を守ったのは、巨大な旋風。竜巻と称すべき風の壁が、木蓮の攻撃全てを断ち切った。
「苦労した? 強くなった? 知るかんなこと。
私ら全員、アンタなんかに負けてやるつもりなんざこれっぽっちもないよ。アンタが諦めねぇっつーなら、諦めるまで叩きのめしてやる!」
風が止み、風子は疾風の如く木蓮に肉薄する。
気の槍によるカウンターの一撃を、宙に舞って回避。
木蓮の背後に着地すると同時、反撃の隙を与えることなく追撃をかける。
「三沢光晴のエルボー!!!」
強烈な肘鉄を背中に受けて、木蓮は勢いよく地面を転がった。
会心の一撃。だが、風子の手には違和感が残る。
(なんだ今の……? 人を殴った感触じゃない……!)
その直感は正しかった。
木蓮がむくりと起き上がる。何事もなかったかのように実に自然に。痛みを訴える素振りすら見せずに。
「効かねえなぁ……!」
「……鉄板でも仕込んでたの? 結構キツいの入れたつもりなんだけど」
「俺は生まれ変わったのさ!!!」
両腕から、両足から、胴体から。木は伸びる。無数の木は意思を持ったように蠢いて、風子に殺到する。
「ッ!!」
バックステップで飛び退いて、連撃を回避する風子。
木々の群れは勢い余ってアスファルトの地面を貫くが、それを破壊しながらスピードを緩めることなく風子に追いすがった。
生身に“あれ”を喰らえばどうなるか、想像するまでもない。
「このっ!」
このままでは防戦一方。そう判断した風子は、錐を数本投擲した。
ほとんどが木に叩き落とされる中、ただ一本だけが木蓮の腹に命中した。しかし、やはり木蓮は怯みもしない。
「効かねえってんだよマヌケがぁっ!!」
木蓮はアスファルトに激しく木を打ちつける。飛び散る破片。その一部が風子の目を襲い、視界を奪った。
「しまっ……!」
最も重要な感覚器を封じられた。このままでは単なる的になってしまう。
風子は慌てて風の防壁を創り出そうとする。しかし。
「おせえ!!」
それより早く、木蓮の木が風子の身体を弾き飛ばした。
強い衝撃と浮遊感が風子を襲い、直後強かに地面に身体を打ちつけた。
「がっ……!」
風子の口から呻きが漏れると、木蓮は恍惚とした笑みを浮かべた。
「イイねぇ……それだよ、そいつが聞きたかった。
だが、まだまだ足りねえな。泣き叫んで、許しを乞うて、そこにブスッと一刺しした時の絶望の断末魔。俺が聞きてえのはそれなんだ。
すぐには殺さねえ。ゆっくり、ゆーっくりなぶってやるよ」
「冗談! 乙女のカラダそう簡単に好きに出来ると思ってんじゃないっつの!」
立ち上がり拳を構える。
視覚はまだ戻っていない。それでも、黙ってやられるつもりなど風子にはさらさらない。
「イイね、そうこなくっちゃな。そそるぜぇ、その強気な顔がグッチャグチャの泣きっ面に変わる瞬間が一番興奮すんだよ」
「言ってろ!」
風子が右腕を振るうと同時に突風が起こる。
より確実な命中を重視した強風。とはいえ、成人男性を軽く吹き飛ばすほどの力を秘めている。
しかし木蓮は木を地面に突き刺して、それをやり過ごした。
「カワイイ抵抗してくれるじゃねえか。誘ってんのか?」
喜色に満ちたその声に、風子は反撃が徒労に終わったことを知る。
範囲を絞って風を集中させれば、ダメージを与えることは可能かもしれない。しかし、今置かれた状況でその攻撃をまともに喰らわせることは不可能に違いない。
八方塞がり……ではなかった。風子の手にはまだあった。この状況を覆しうるだけの切り札が。
「さてと、そんじゃあまあ、お楽しみタイムいこうかい」
木の触手をしならせながら、風子の下へ歩み寄る木蓮。近づいて、気づいた。
風子が、笑っている。
気でもふれたか、と木蓮は思った。自分が大きな思い違いをしていることにも気づかずに。
「言ったろ? アンタに負けるつもりはないってさ」
木蓮の顔を風が撫でた。最初は、風神から発生した風だと思った。
だが、違った。風は、風神に集まっている。
周囲の空気が風神へと吸い込まれている。
木蓮の頭を嫌な予感がよぎった。そして、思い出す。風子にはまだ奥の手が隠されていることを。
「おいで──風神ちゃん!!」
木蓮は知っていた。裏武闘殺陣の餓紗喰戦、そして命戦で風子が召喚した“それ”を。
風神の本体にして化身ともいえる存在。自らの意思を持つ、高等魔導具の証。
風子は力を蓄える。風の力、風神のエネルギーを。
本体を召喚すれば、目が見えなくとも、相手の位置が分からなくとも問題はない。
それに、その圧倒的な破壊力をもってすれば木蓮の木を切り裂くのも容易いことだ。
幾度となく風子を窮地から救った魔導具・風神の真なる力。その力がまたも、風子に力を与える。
……そのはずだった。
「風神……ちゃん?」
風神が風子の呼び掛けに答えることはなかった。
現れるはずの風神本体が現れることもなく、腕輪の形のまま沈黙している。
「へっ……なんだよ、タダの虚仮威しかぁ?」
何も起きていないことを木蓮も理解した。何故本体が現れないかは彼にもわからない。だが、風子の選んだ逆転の一手が不発に終わったことはわかった。
「くそっ……!」
困惑する暇も風子にはない。
風神が何故何も応えないのか。それを突き止めるには、まずこの危機を脱しなければならない。
視覚を奪われ、切り札を封じられたこの危機を。
(逃げる……わけにもいかないよね)
自分が逃げてしまえば、木蓮はきっとさっき逃がした二人の所へ向かうはずだ。それを許すわけにはいかない。
それに、目が見えない今の自分を木蓮が易々逃がすとは考えにくい。
そして何よりも、木蓮相手に逃げるという選択を採りたくはなかった。
「ヒヒ、頼みの切り札もそれたぁよ。ざまあねえなぁ、風子ォ……!」
打つ手はない。
今風子に出来るのは、他の誰かの助けを待つことだけだ。
(なっさけねぇなぁ……ちきしょう)
心の底から自嘲する風子に、木蓮は無数の木を向けた。
「さぁ、まずは一人目だ……!」
襲い来るであろう激痛に備えて、風子は固く目を瞑った。
それは、恐怖を噛み殺すためでもあった。
「あばよ」
木蓮の木が、風子を刺し貫くべく始動しようとした。
その、瞬間。
ピリリリリリ。ピリリリリリ。
甲高い電子音が、空間を震わした。
それが電話の着信音だということに、風子はすぐに気づいた。自分の携帯とは違うモノだということも。
「ちっ、んだよ人が楽しもうとしてる時に……」
木蓮が悪態をつくのが聞こえた。
どうやら、木蓮の携帯が発した音らしい。
プッシュ音の直後、木蓮は電話の相手と会話を始める。
「俺だ。おう、順調だよ。今ちょうど、火影のヤツ一人ぶっ殺そうとして……なに?」
なにやら、様子がおかしい。
木蓮の語気から、電話口の相手への苛立ちが伝わってくる。
「ふざけてんじゃねえぞ!! 俺はようやくヤツらに一矢報いてやろうとしてんだ! せめてコイツで遊んでいかなきゃ気が済まねえ!!」
木蓮の怒鳴り声が響いた。
その言葉から察するに、何者かが木蓮に釘を刺したものだと思われる。それも、木蓮にとっては味方側の人間が。
風子にとってそれは幸運であるといえる。ただ、一体何のために風子の命を救うというのか。
「……わーったよ。今だけはテメエの言うこと聞いてやる」
どうやら話が纏まったらしい。釈然としない様子ではあるが、木蓮は相手の指示に従うことを決めたようだ。
木蓮は風子に向けて叫んだ。
「今日のところは見逃してやる! だが覚えとけ、次会ったとき、そん時は今度こそぶち殺してやるからな!
テメエだけじゃねえ! 烈火でも! 水鏡でも! 火影のヤツなら誰だろうと殺す!!」
それだけ言い残して、木蓮は去った。
目が見えない風子にもそれはわかった。
瞬く間に木蓮の気配が消え去ったからだ。空間移動の魔導具でも使ったのか、足音すら残すことなく木蓮は消え去った。
風子は安堵の息を吐いた。
「はー……助かった、のかな?」
今現在晒されていた脅威から逃れた、という意味ではその言葉は正しい。
だが、問題は山積みだ。
想像以上に強くなっていた木蓮も、その木蓮が何者かの指示で風子を見逃していたことも。
そして……
「こいつも、か……」
風神が、風子の呼び掛けに答えなかったこと。
戦友は、風子の言葉にも何も返しはしない。
◇
相手に武器を拾う隙を与えはしない。
丸腰の女へと、水鏡は剣を振り下ろす。
微塵の迷いすら存在しないその一太刀は、女が自分より格上であることを理解しているからこそだ。
幾人もの麗の忍を斬ってきたその剣に、女は恐れることなく踏み込んだ。
まるで、剣が独りでに女を避けたかのように。そう錯覚させるほどに流麗かつ洗練された動きで閻水をかいくぐると、勢いを殺すことなく水鏡の身体を掴み投げ飛ばす。
空中で体勢を立て直し、バランスを崩されることなく着地する水鏡だが、その僅かな時間の間に女は刀を拾い上げ次の行動に移っていた。
「ハァっ!」
刀を抜きはなって水鏡へと肉薄する女。
刹那ですら長すぎるほどの速攻に、水鏡は反撃どころか防御すら間に合わない。
しゃがみ込んで、女の一閃を回避する。
直後真上を通過する女の刀。空気を切り裂く鋭い音は、熟練の剣士が発するそれだ。
師の巡狂座にすら匹敵する剣技、そして師をも遥かに上回る驚異的な腕力。
たった一つの音が、水鏡にそれだけの情報を与えてしまう。それが神裂火織の強さの証左となる。
一撃を避けたところで、終わりではない。今度は真上からギロチンのように神裂の刀が迫る。
しかし水鏡とて黙ってやられはしない。閻水の刀身を滑らせるように、神裂の刀をいなした。
速度を緩めることも出来ず、刀はそのまま瓦礫の山に突き刺さる。
女の動きが止まった。
水鏡にとって千載一遇の好機。
閻水の刃が神裂の身体に振り抜かれんとし……ピタリと停止した。
「なかなかの腕前ですね。相当戦い慣れているようで」
神裂の指が、水の刃を掴み取っていた。
片手だけ、それも指先だけでの白刃取りには、流石の水鏡も驚愕する。それどころか、引き戻そうとしても、押し込もうとしても、ビクともしない。
(バケモノめ……!)
水鏡が心中で毒づくのも無理はない。神裂の強さは、水鏡や烈火の想像を遥かに超えるものだった。
烈火もまた、感嘆を漏らす。
「あの水鏡が子ども扱いされてやがる……あの女、なんちゅー強さしてやがるんじゃ」
「……さっき、神裂は言ったな。自分は僕より格上だ、と。
訂正するよ僕とヤツでは、
ステイルの言葉を疑う余地はない。
事実として、水鏡が手も足も出せないでいる。
次元が違う、と評する他ない。
「……貴方にも、少し眠っていただきましょう」
刀を手放し、拳を振りかざす。
ただの拳、とはいえあの腕力から放たれる一撃は、水鏡の意識を刈り取るには十二分。
水鏡を打つべく、神裂はさらに拳に力を込め……………………違和感に気づいた。
「?」
何やら、胸の辺りに妙な感触がある。
筋張ったような、骨張ったような、固い何かが触れている。
ちらりと胸元に視線を落とすと、手が二つ。
皺まみれの老人の両手が、神裂の胸を揉みしだいていた。
「…………」
何が起きているのか理解出来ていない神裂は、しばし呆然とその行為を眺めていた。
そして、何かのスイッチが入ったかのように徐々に顔を真っ赤に染めていく。
「キャアアアアアアアァァァァァァアアアアアア!!!??」
空気は愚か大量の瓦礫さえも震わすような悲鳴が響いた。
混乱の極みに陥りながらも、神裂は自分に纏わりつく手を掴み、力の限りに振り払った。
「おひょおー、ハリよし、サイズよし、反応よし……百点満点じゃ」
投げ飛ばされた人影は、くるくると空中で回転するとストンと降り立った。
とても小柄で、口には白髭を蓄えて、妙に派手な服装のその老人は、烈火も水鏡も知る人物だ。
「虚空!?」
ほぼ同時に、二人は叫んでいた。
その名を呼ばれた老人は、特に気にすることもせず二人に手を挙げた。
「よっ!」
魔導具を創り出した天才にして、今は八竜の一体として烈火に力を貸す炎術士。
虚空は欠片の緊張感も見せずに現れた。
「ほっほ、苦戦しとるようぢゃのう、ヒヨッコ共め」
「やかましいセクハラジジイ! 勝手にでてくんぢゃねえ!!」
「なーんぢゃ、せっかく助けてやったというに、恩知らずなやつめ」
「ウソつけ! テメーが乳揉みたかっただけだろが!」
ギャーギャーと下らない言い合いを始める烈火と虚空。
その虚空の首筋に、刃が当てられた。
「……何者ですか?」
「なーに、ただのスケベジジイぢゃよ」
神裂の冷たい声に虚空は動じることもなく、飄々と答えた。
「……ただの老人が気配を消して私に近づき、む、胸を、その……モニョモニョ、出来るとは思いません」
顔を紅潮させながらの神裂は指摘する。
虚空はポリポリと人差し指で頬を掻くと、呟いた。
「おジョーさんがスリーサイズ教えてくれたら答えちゃう」
刀が振り抜かれた。
虚空の姿はそこになく、いつの間にやら再び神裂の後ろに立っていた。
「見た目に似合わず、血の気の多いおジョーさんぢゃのお」
「……!!」
再びあっさりと背後を取られたことに、神裂は戦慄した。
単純な戦闘能力であれば、この老人も自分の敵ではない。しかし、こう何度も気配もなく移動されては気味が悪い。
神裂の背後から、虚空は語りかける。
「ワシからも質問していいかのぉ、おジョーさん。……あのちっこい女の子を何故執拗につけ回すんぢゃ?」
「貴方には関係のないことですよ、御老人」
振り向きざまに一閃。しかし、やはり老人は姿を消している。
「ほほー、何か言いづらいこととゆーワケか」
老人は、今度は烈火の側に現れた。
「ま、無理にとは言わんがのう」
老人の言葉を聞き流しながら、神裂は思考した。
形勢不利、とは思わない。あの剣士にしても、老人にしても、強いとはいえ自分ほどではないはずだ。
自信ではなく、客観的事実としてそう言える。
だが、今は退くべきときかもしれない。
烈火達の心を折ることは叶わなかった。いずれ体力が戻れば、再び自分達の邪魔をするだろう。
しかし、その時はもう一度叩き伏せ、強制的に排除すれば良いだけのこと。
(ステイルの治療も行わなければならない……それに)
今の自分を省みて、冷静さを取り戻すには少々時間を要する。それはステイルにも言えることだ。
より確実に目的を達成するには、今は戦うべき時ではない。
警戒心を緩めぬまま、神裂はステイルの下へ歩み寄った。
剣士も、老人も、仕掛けてくる気配はない。
神裂はステイルを抱え上げる。
「今日のところは、退きましょう。しかし、もし再び貴方方が我々の前に姿を現し、我々の妨げとなるのであれば、その時は全力を以て排除します」
そう言って、神裂は跳んだ。
人一人抱えてるとは思えない機敏さで建物を飛び移り、夜の街へと姿を眩ました。
神裂の姿を見送って、水鏡が訊いた。
「……あの女は何者なんだ、烈火」
「魔術師とかゆーヤツらしいぜ。詳しいことは俺も知らねー……」
意識がふらつくのを烈火は感じた。
瞼が急に重くなり、身体に力が入らなくなる。
数秒も経たぬ間に、烈火の意識は闇に落ちた。