マップにすら表示されないようなアルンの裏通りを進み、入り組んだ道の先にその扉は存在する。見た目は何の変哲もない円形の木戸で、ただの装飾オブジェクトにしか思えないだろう。
その扉の鍵穴にリーファがポーチから取り出した鍵を差し込み回すと、あっさりと扉は開いた。この鍵は、以前トンキーにこの扉の向こうにあるトンネルの下側出入り口に運んでもらった際に、いつのまにかストレージに追加されていたらしい。つまり、トンキーのように助けなければ、この道は使えないということだ。
扉の中に14人が二列になって滑り込み、最後尾のクラインとクリスハイトが入ると扉は自動で閉まり、再施錠される。
「うわ、何段あるのよこれ」
「アインクラッドの一階層分くらいはあるかと」
リズの言葉にキリハがそう答えると、SAO生還者らはうへぇとでもいうように顔を顰めた。
まぁ彼女が問いかけるのも無理はない。まっすぐに下まで伸びている階段は、視界限界を超えても続いているのが分かる。視力の良いケットシーでも、一番下まで見ることは出来ない。
とはいえ、実際には下まで降りるのに5分程度。通常ルートで《ヨツンヘイム》に行くとなるとどんなに急いでも1時間はかかるので、かなりの時短になる。人によっては商売にしようと考えるかもしれないが、降りた先にあるのは底なしの大穴、『
雑談を交えながら降りて行けば、予想通り5分足らずで出口にたどり着く。トンネルを抜けると視界に飛び込んでくるのは、分厚い雪と氷に覆われた常夜の世界。照明となるのは、氷の天蓋から突き出す巨大な水晶の柱からにじみ出る、僅かな地上の光のみ。他、真下を見ればボイドがあり、地表に点在するのは邪紳族の城や砦。地上と天蓋の距離は1Kmに達するため、フィールドを跋扈する邪紳の姿は確認できない。
そして視線を下から上に向ければ、無数の根っこに抱え込まれるようにしている薄青い氷塊。根っこの正体は地上に屹立する世界樹の根であり、薄青い氷塊こそが今回キリハ達が目指す『空中迷宮』だ。基部は1辺300m、全長も同等くらいはあるだろう。そしてその最下層に、エクスカリバーが封印されている。
それらの光景に、初めて来た面子(キリハ、キリアスユイ、リーファ、クライン以外)が感銘の声をあげている。その気持ちは大変分かると思いながら、アスカは滑らかにスペルワードを唱えた。HPゲージの下に小さなアイコンが点灯する。凍結耐性を上昇させる
それを確認したリーファは右手の指を口に当て、高く口笛を吹き鳴らす。数秒後、風に乗って象のような啼き声が遠くから響いてきた。目を凝らせばボイドの暗闇を背景に、白い影が上昇してくるのが見える。饅頭のような真っ白な体から生える四対の羽と多数の触手、そして象のような顔。言わずもがなトンキーである。
「トンキーさーーーん!!」
キリトの頭の上から、ユイが精いっぱいの声を上げながら手を大きく振る。それに応えるようにトンキーはもう一度啼いた。力強く羽ばたき、螺旋状を描いて上昇してくる。その姿は近づくにつれて巨大化し、初対面の面々が少し後ずさった。
「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。敵対しなければ優しい子ですから」
「なんで怖がるかなー?こんなに可愛いのに」
苦笑したキリハと若干不満げなリーファがトンキーを優しく撫でていると、キリトが首を傾げた。
「可愛い…?いや確かに遠目で見れば分からなくはないが…最近、妹の趣味が分からん…」
「デカい魚を一口で食べたトンキーを見ても可愛いって言ってたなぁ…」
軽くドン引きしたり、敵対したらどうなるんだろうと初対面の面子が不安げにしていると、トンキーが象のような鼻を伸ばす。その対象はシリカだった。
「うわぁ!え、何です…あ、結構ふさふさ…」
包まれたシリカは一瞬恐怖に顔が歪んだが、すぐにリラックスしたような表情になった。動物好きの彼女らしい。なお、頭の上でピナが軽くトンキーに威嚇していることを記述しておく。
「乗れって言ってるんですよ」
「そうなんですか?えっと、じゃあ失礼します」
見た目ほど怖くはないことが分かったのか、シリカはトンキーの上に遠慮がちに飛び乗った。それに満足気に頷いたリーファが慣れたように飛び乗り、レコン、リズ、キリト、アスカ、クラインが続く。そしてクリスハイトが飛び乗ろうと跳躍して─キリハは、言い忘れてましたがと、口を開く。
「彼に乗れる人数は1パーティ分だけです」
『『はっ?』』
「ちょ、先に言ってぶはっ!?」
ぎょっとした表情をしたクリスハイトは、見えない壁にぶつかったように弾かれた。幸いにも弾かれた先は今キリハ達がいる場所だったので落ちることは無かったが、顔面で着地したので痛そうだ。
「…じゃあどうするつもり?」
そんな状態のクリスハイトを無視して、アレンが首を傾げながらそう問うた。
「大丈夫大丈夫。ちゃんと方法はあるから。ね、キリハ」
「もちろんです。でなければ呼びませんよ」
「先に僕の心配をしてくれていいんじゃないかな…」
クリスハイトの言葉を全スルー、トンキーに「よろしくお願いします」と頼み込む。するとトンキーは、先程よりも高く啼き声を上げた。先の2回とは違う、まるで何かを呼ぶような啼き声。
一体何を。その答えは、遠くから聞こえてきた新たな啼き声。象のようなモノではなく、まるで肉食獣のような咆哮だった。
「お、今日はあいつか」
キリトがそう言ってボイドの方に目を向ければ、何かが近づいてくるのが見える。それは、ぱっと見で言えば羽の生えた虎だ。もう少し詳しく説明するのならば、二対の鳥のような巨大な翼、六対の脚、成人男性でやっと抱え込めるだろう程に太い尾、そして二つある虎の顔。
この《ヨツンヘイム》にポップする邪神には大きくわけて2種類存在する。1つは人型邪神。そして、そんな人型邪神と敵対するトンキーのような異形型邪神。
先程トンキーが呼んだこの虎のような邪神は、彼の同胞だ。トンキーがいれば、異形型邪神に襲われることはない。無論、こちらから攻撃を仕掛けた場合や、トンキーがいない時は別だが。
通常はトンキーのみなのだが、1PTを超える人数がいると同胞を呼んでくれるのだ。この時、呼ばれる同胞はランダム。トンキーの同族もあるし、今回来てくれた虎、他にも鰐のような邪紳や鳥のようなものもいる。なお、以前と同じ種族が呼ばれたかと言って、同一個体かどうかは分からない。トンキーとは異なり、簡単なアクションしかしてくれないので。そのため名前を付けたのはトンキーだけだ。リーファは他にも名前を付けたがっていたが、同一個体かどうか分からないのに名前を付けるのはどうなのか、と説得(主にキリトが)した。
上記のような説明をしていると、虎はトンキーの隣まで飛んできた。虎の顔をしているということもあり、残っている面子は先程よりも後ずさる。まぁ初見はそうなるよなと思いつつ、キリハはストレージから巨大な生肉を二つ取り出し、虎に向かって放り投げた。それぞれの首が肉をキャッチ、咀嚼している彼らの鼻を撫でる。
「では、今日はよろしくお願いします」
そう言ってキリハは背中に飛び乗る。そして残っている面々に、どうぞと視線を飛ばした。
最初に乗ったのはアレン。彼が振り向けば、シノンが腹をくくったような瞳で跳躍、アレンの近くに着地する。続いてケイタとサチ、クリスハイトが乗り、最後に一撫でしたコウが乗る。
全員が全長10m級の邪紳に乗ったことを確認したリーファが声をあげる。
「よーし二人とも!ダンジョンの入り口までお願い!」
トンキーは鼻を持ち上げて啼き、虎はグルルと了承するように啼く。そしてそれぞれ翼をゆっくりと羽ばたかせた。
向かうは世界樹の根に抱え込まれている逆ピラミッド型のダンジョン。今日こそは手に入れてやると、キリトは心底思うのであった。
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