紛争、戦争、内乱、革命。世界中で争いが絶えない、人間同士が醜く殺し合いをし続ける世界。それが和葉の前世で住んでいた世界だった。前世と今世、途中までは非常に似た歴史をたどっていたのだろうと和葉は推測している。というのも今世の歴史は調べられても、前世の歴史は調べられないし知らないからだ。ただ国の名前や山脈、海、地域はほぼ前世と変わりなかった。内陸部の一部は前世と異なっている国があったが、それは戦争の有無の違いだろう。
とまぁ上記のようなことから、和葉は今世と前世は途中までは似た歴史をたどっていたと結論づけた。だからなんだ、と言われてしまえばそれまでだが。
さて本題、ここからは和葉の前世を記していこう。
先も記した通り、彼女の前世は世界中で戦争が絶えず起こり続けていた。無論、終わることもあったが、世界中で戦争が、争いが起こらなかった瞬間は1秒もなかった。必ずどこかしらで争いが起こっていた。何度、世界大戦が起こったのかもわからない。彼女にはあずかり知らぬことだが、植民地となった瞬間に独立戦争が起こった地域もある。というか、そのようなことばかりだった。
そんな世界で、彼女は生まれた。前世では珍しくもない、両親を知らない孤児だった。巻き込まれて死んだのか、捨てられたのか、それは知らない。ただ、生まれて間もなかった、内乱の起こっていた地域にいた、その時点で右目に怪我をしていたと、彼女を拾った人物は教えてくれた。
その人物は、彼女にとっての父親であり、師匠であった。名前を付けてくれた、常識を教えてくれた、この時代での生き残り方を教えてくれた。彼女の口調は、その人物─《彼》のが移ったものだ。
《彼》は傭兵だった。あの場にいたのは、そこの戦場で雇われたからだ。彼女を育てながら、《彼》は仲間と共に世界中の紛争に参加していた。故に、それを物心付く前から見ていた彼女が、《彼》と同じ傭兵になりたがるのは必然だろう。
最初は良い顔をしなかったが、すぐに傭兵としての生き方を教えてくれた。あのご時世で、まともに生きていくのはまず不可能だとわかっていたからだ。最初に良い顔をしなかったのは『親』としての良心があったのかどうか、何度も教えてもらおうとしたが、頑なに喋らなかったため理由は不明なままだ。仲間にも言わなかったようだし。
さて、そんなこんなで数年。年齢でいえば12,3歳になったころ、彼女は初めて武器を持ち、《彼》の仲間として紛争地域に降り立った。手にする武器は彼女自身が選んだもの、刀とリボルバーだ。模擬戦闘を何度も行い、武器の扱い方、身体の動かし方を充分に染み込ませた。更に今回の紛争は小規模な方であり、いざとなれば仲間が助けてくれる。それが、彼女に安心をもたらしていた。作戦開始前、《彼》から「獣には堕ちないでください」と言われたが、当時の彼女には意味が分からなかった。
作戦を開始して、すぐに彼女は《テキ》と接触した。《テキ》の武装は
─やった、やった!《テキ》を殺した!僕が《テキ》を!─
最初に感じたのは達成感、あるいは喜び。いや、喜びの方が強いか。とにかく彼女はそれをもう一度感じるために、敵を探そうと動き始めようとした。そこでふと、彼女は足を止めて、自分が殺した《テキ》を見る。うつ伏せに倒れている。横に向いているその顔を隠しておらず、表情がはっきりと見えた。首元からは血が大量に流れ、口は半開き、そして目からは光が失われており─
「っ」
そこで彼女は顔を逸らし、今度こそ走り去っていく。胸に流れた不快感を無視して。
結局、この時は彼女達が勝利した。数年後、戦争自体は敗戦したと風の噂で聞いたが。というのも、彼女の所属している傭兵部隊は、戦争終了までいることは殆どないからだ。依頼料が高いことが理由である。だがその分、実力は本物だった。死者を殆ど出さずに敵兵を蹂躙していく様は、全身が黒一色というのも相まって『死神部隊』とも呼ばれていたほどだ。なお、基本的な通称は『黒狗』である。
それはともかく、勝利した彼女達は祝杯を挙げた。それ自体はこれまでも行ってきたことだが、今回は彼女の初出撃・生還ということがあり、いつもよりも大騒ぎだ。酒、煙草、飯など、部隊が保持していたものと、依頼料として貰ったもので、大量にある。
祝杯の主役となった彼女も、周囲に流されつつも楽しくしていた。そこに、《彼》は酒を片手にやってきた。彼女は満面の笑みで駆けよった。そして嬉しそうに自分の成果を伝えた。《彼》は頭を撫で、ただ一言だけ。
─無理はしないように─
思えば、この時点で《彼》には分っていたのだろう。このままでは、彼女が壊れてしまうことを。
彼女は優秀だった。それこそ天才と呼ばれる才能を持っていた。まだ未熟の身体でありながら、兵士としての知識・動き・技を、数年で習得してしまったのだから。その後も、幾度も戦場に降り立ち、その度に戦果を挙げながら、大した怪我をすることなく生還していった。
あぁ、確かに彼女は優秀な兵士だ。だがその一方で、彼女の精神は
戦場に立っている者達は─少なくとも彼女の周囲には─まともな者はいなかった。全員が少なからず、精神に異常をきたしていた。感情を無くす者、食が細くなった者、誰かに依存するようになった者、酒や性行為に溺れる者、戦場や殺しを楽しむようになった者…。様々な者が存在していた。だがこれらは、本当に心を壊さないようにするための、一種の防衛本能が働いただけだ。
彼女は仲間の役にたてることに喜びを感じていた一方で、人間の死に顔を見るたびに不快感が積もっていった。最初はただの《テキ》としか認識していなかった彼女は、やがて《テキ》が自分と同じ《ヒト》だという目を背けていたことに目を向け始めた。そしてある戦場に降りたとき、彼女は《テキ》にも家族や仲間がいることを、今まで目を背けていたことを、認識した。してしまった。
瞬間、彼女は戦場に立っていることを忘れ、発狂した。それを見た《彼》はすぐに回収、撤退した。予想していたことだったからだ。上記のように、大人ですら異常をきたすのだから、まだ子供である彼女が正常のままでいられるはずがないと。
今まで彼女が発狂しなかったのは、敵兵を《人間》だと認識しないようにしていたからだ。傭兵になろうと思った理由も、ただただ皆がかっこよかったから。自分を拾って育ててくれた《彼》に恩返しをしたかったから。彼らが戦闘している相手が人間だと、考えもしなかったのだ。それ故に、その事実を認識してしまい、発狂した。
それから《彼》はしばらくの間、彼女の様子を見ることにした。とはいえ傭兵部隊として、依頼があれば断ることはできないので、1人でだが。《彼》は二週間ほど様子を見て彼女が立ち直れなかったら、傭兵から離そうと決めていた。誰が死んでもおかしくない仕事。今の状態で次の戦場に行かせれば、間違いなく死ぬだろう。彼女のことを娘のように思っている《彼》からすれば、それを許すことは出来ない。戦場で死ぬのは仕方ない、だが死ぬとわかりきっている状態で行かせるのは違う。故に《彼》はそう決めた。以前にも同じようなことで離れた者がいることもあり、仲間達は誰一人反対しなかった。会えなくなるのは寂しいが、死に別れよりはマシだと。
彼女が戦場を離れて早二日。小屋で彼女の身の回りを世話していた《彼》はいつも通りに飯を用意し、彼女の所に運ぶ。一声かけ、彼女のいる部屋に入った《彼》は、驚愕に食事を落としそうになった。人形のように動かなくなってしまっていた彼女が、ベッドから立ち上がり外を見ていたからだ。動けるようになるにも、早くて五日は掛かるだろうと考えていたのだから、驚愕するというものだ。
とはいえ、立ち直ったかどうかはまた別だ。故に《彼》は食事を手に持ちながら、もう一度彼女に声をかける。彼女はそれに反応し、振り向く。そして二っと
─おはよう、親父殿。初めまして、というべきだよな?─
それが、後に『フェイ』と名付けられる人格の第一声だった。