転生して主人公の姉になりました。SAO編   作:フリーメア

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予選決勝

─《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》。ゲームの『死』が現実での『死』を意味するSAOの中で、数多くの殺害を行った最悪の殺人ギルド。何故、ここにそのエンブレムがある…!

 何の反応も示さないキリハを、マントの男が赤い瞳で凝視して囁く。

 

「質問の、意図が、解らない、か」

 

 それに対しキリハは、動揺を悟らせないよう、いつもの調子で返す。

 

「えぇ、解りません。本物とは何のことですか?」

 

 笑みを浮かべて、本当に言っていることが分からないと、そう返す。するとマントの男は無音で一歩下がり、赤い眼光が瞬きするように点滅した。

 

「…なら、いい。だが、名前を、騙る、偽物、か……もしくは、本物、なら─」

 

 無機質を増した声で、背後を振り向きながら、こう言った。

 

─いつか、殺す─

 

 その言葉を最後に、男は遠ざかっていき、空気に溶けるように()()()。しばらく立ちつくし、崩れるように椅子に座り込む。そして両手を握り額に当て、今の男について考え始めた。

 先の言葉には、確かに殺気が込められていた。つまり奴は、本気で殺すことを考えている。そして、あのエンブレムに、あの口調…。

 

(《赤目のザザ》、ですかね…)

 

 SAOの中で、あの区切るように特徴的な話し方をする者はソイツしか知らない。

 

(恨みますよ、菊岡さん…)

 

 正直、ただの調査で終わるものだと思っていた。それがまさか、SAOの因縁と会うことになるとは。

 今更ながらに冷や汗が流れ、体が少し震えていることを自覚する。先程まで動揺が表に出なかったのが奇跡だなと他人事のように考えた。キリハは深く息を吐く。

 だが、これではっきりしたこともある。《死銃(デス・ガン)》の正体は奴であり、ゲーム内から現実の人物を殺しているわけではない。だが、方法が分からない。

 

(一体どうやって─)

 

─肩を叩かれる。思考に沈んでいたキリハは突然のことに肩を跳ねさせた。

 

「どうしたんだい?少し青ざめてるけど」

 

 肩を叩いた人物はコウだった。試合が終わり、キリハが見えたので声をかけたのだろう。軽く見渡せばシノンとアレンの姿もあった。

 過激ともいえる反応を見せたキリハに、コウは怪訝な表情を見せた。それに対しキリハは、思わずコウの手を両手で包むように握る。これは何かあったな、とコウはキリハの隣に座った。事情を聴いている時間は無いだろうから、少しでも彼女が安心できるように空いている手で頭を撫でる。それで安心したのだろう、体の震えが治まってきた。そしてコウにぎこちないながらも笑顔を見せる。

 

「ありがとうございます、コウ」

 

「僕の彼女だからね。当然のことさ」

 

 コウの言葉に照れたように頬を軽く染め、それを見られないように顔を下に向けた。この男はさらりと言うから困る。それを自覚しているのかいないのか、本人は笑顔で首を傾げていることが多い。

 実際の所、コウは意識して言っているときと、意識しないで言っているときがある。今回は前者で、キリハは女PLであり、自分のだから手を出すなよ?と周囲に牽制している。割と独占欲が強いのだ、この男。

 

 

 

(─多少は落ち着いただろうけど、それでも心配だなぁ)

 

 予選二回戦、廃墟と化したビル街。乗り捨てられている車の陰に潜みながらコウはキリハのことを考えていた。

 あそこまで動揺している彼女を見るのは久しぶりだ。それこそ─

 

(─あれ?僕、和葉が動揺してるところ見たところあったっけ?)

 

 んんん??と首を傾げる。何度も思い出そうとしても、彼女が動揺しているところを思い出せない。いやいやそんな馬鹿な、と強盗事件の時を思い出す。流石にあの時は─

 

(─動揺してなかったなぁ…)

 

 駄目だった。彼女自身、後悔はしているが何も感じないと言っていたし、コウの目から見ても恐怖や動揺などの負の感情を感じているようには見えなかった。もう一度深く思考に沈もうとして─目の前から予測線が伸びてくる。

 そうだった、今はBOBの最中だったと思い出し回避。グロックで撃つ。相手はそれをローリングで回避、膝立ちで構え─

 

「遅いよ」

 

─既に背後に回っていたコウが光剣で首を斬り飛ばす。何が起こったのかわかっていない瞳のまま、相手はポリゴンと化した。

 

(まぁ、彼女の試合を見ればわかるか)

 

 倒した瞬間からコウの頭の中に先まで戦っていた相手の事は無く、キリハの事しか考えていなかった。

 

 

 

 コウの懸念通り、キリハはホントに少ししか落ち着けていないようだった。周囲の反応から相手がサブマシンガンだろうが、ライトマシンガンだろうが、アサルトライフルだろうが、致命傷になりうる弾丸のみを斬り落とし、無理矢理接近して斬っているらしい。普段の彼女なら、あそこまでハイリスクな戦い方をしないだろう。コウは一試合しか見れていないが、周囲の反応を見るにずっと同じ戦い方をしているようだ。決勝までは来れるだろうが、あのままの彼女と戦っても楽しめない。

 

(というか、和葉自身が楽しめていないじゃないか)

 

 楽しむためにハイリスクな戦い方をする彼女ではあるが、表情を見る限りそうではない。これは説教が必要かな、と溜息を吐きながら次のステージに転送された。

 

 

 

─準決勝の敵も、二回戦以降と同じように斬り裂いた。ただ無感情に、本当に相手を殺すつもりで。

 普段の自分ならしない戦い方をしていることも、楽しめていないことも自覚している。けれど、自分がコントロール出来ない。自分が何故こんなにも焦っている─否、()()()()()のかは分からないが、原因は分かっている。死銃(デス・ガン)と会ったからだ。

 

─何故?─

 

 因縁と会ったから?相手がラフコフだから?不意打ちだったから?

 それだけではない。何か、自分の奥底にある、忘れたいと思っている記憶を思い出そうとしている気がする。だが、トラウマになるような記憶があったとしたら、あの強盗事件しかないはずだ。

 

(僕は一体─)

 

─何を思い出そうとしている?─

 

 そこまで考え、真黒な空間に転送される。そこで次の相手がコウだということを思い出した。ホールではなくここに転送されたということは、もうコウは終わらせていたということだろう。彼相手に余計な事を考えている余裕はない。雑念を振り払うように頭を振り、気持ちを落ち着かせようとする。だが、どれだけ落ち着かせようとしても、まったく落ち着けることは無かった。

 

 

 転送先は《大陸間高速道路》。フィールド範囲は今まで通りだが、大陸を貫く幅百mの高速道路から降りることが出来ないようになっているので、実際はただの一本道だ。しかし道路上には廃棄された車や輸送車、墜落したヘリや道路の表面が斜めにつきあがっているので、、端から端までを見通すことは出来ない。遮蔽物はあるが回り込むことが出来ないマップなので、スナイパーが有利なマップだろう。

 もちろん、キリハにそんな知識があるはずがなく、ただ道なりに進んでいく。彼の事だ、正面から向かってくるだろうと思っての事だ。はたから見たらただ歩いているだけに見えるが、実際は周囲を警戒しながら進んでいる。だが、その心配は無かったようだ。目の前、恐らくフィールドの中央にあたるであろう位置で彼は待っていた。

 お互い、言葉はいらない。キリハは残り十mまで近づいた瞬間に加速、光剣を持ち斬りかかった。それに対しコウは武器を取り出すことは無く、あえて前に出て右手首と胸倉を掴む。何をされるか分かったキリハは、空いている左手で殴ろうとして─背負い投げされた。地面に打ち付けられる前に両足を振り下ろし、ブリッジのような体勢になる。仮想世界ならではの動きにコウは目を見開き、その隙を突くように顔に向かって左拳を振るった。両手を離して回避、キリハは拳を振るった反動で回転、体勢を立て直す。

 

「どういうつもりですか」

 

 向き合った状態で、コウを睨みながらキリハがそう言った。コウが武器を取り出す気配が無かったからだ。

 

「今の君は素手で十分だと思ってね」

 

 そう言いながら不敵に笑い、コウは構える。ギリッと思わず歯を食いしばった。挑発だ、分かっている。分かっているのに─

 

「─ふざけんなよ」

 

 声色に憤怒の感情を乗せて再度突撃、先程よりも速く、鋭く斬りかかる。コウは回避、腕を掴む、筒を蹴るなどで全てを無手で防ぎきる。光剣だけでは攻めきれないと判断、リボルバーを抜いて三発放った。至近距離で放たれた弾丸を右側に半歩ずらして回避。そこでキリハはハッと気づく。コウの右腕が引き絞られていることに。

 慌てて回避しようとするも間に合わず、正拳突きが鳩尾に叩き込まれた。痛みが軽減されているとはいえ、人体の急所を突かれ、よろける。まずいと思った時には背後を取られ右腕を後ろに拘束、上に乗られた。ご丁寧に光剣のスイッチは切られ、左腕も足で動かせないようにされている。

 コウは相手を拘束することが得意だ。ここまで決められてしまうともう動かすことは出来ない。それを知っているが故に少しだけ体を動かそうとして、体中の力を抜いた。それと同時に、先程までの気持ちの昂りが無くなっていることに気づく。

 

「落ち着いたかい?」

 

 体制は変えず、しかし少しだけ拘束の力を弱めて、コウはそう問いかけた。それにキリハは静かに「えぇ」と返事をする。彼女が嘘をついていないと判断、拘束を解く。

 ここまで来て漸くキリハは、コウが自分を落ち着かせるためにあえて素手で戦っていたのだと気づいた。どれだけ余裕が無かったのかと自嘲しながら、正面から差し伸べられた手を掴んで立ち上がる。と、コウが顔をじっと見てきた。

 

「うん、すっきりした顔してるね」

 

 どうしたのだろうと首を傾げていると、コウが満足げに頷いた。あぁ心配してくれたんだなと頬が緩む。リアルに戻ったら事情を説明することを約束した。

 試合どうする?との問いに、キリハは首を横に振る。これから仕切り直すのは会場のPL達に悪いだろう。個人的にも、これから戦うのでは気持ちよく戦えない。なのでキリハは「リザイン」と─

 

「あ、そうそう。後で説教ね」

 

 ニッコリと、先程とは違う笑みに思わず背筋が伸びた。

 

 

 

 素直に凄いと感じた。

 コウの強さは同じパーティだから知っていた。その彼女であるキリハが只者ではないだろうということも感じていた。

 

(けど、まさかあんなに強いなんて…)

 

 Fブロック決勝戦はアレンの勝利で終わり、Eブロック決勝戦を見ていたシノンは戦慄した。決勝戦以外でキリハの試合を見たのは一回だけだが、それだけでも彼女はかなり強いと感じたのだ。しかし、決勝戦はそれ以上だった。

 ちらりと横に視線を送ると、アレンは食い入るように試合を見ていた。その瞳には静かに、それでいて確かに闘志の炎がある。

 

(まぁ、そうよね)

 

 あそこまで激しい試合を見て、この男が燃えないはずがない。さて、自分もあの人達の対策を考えないと、と帰ってきた二人を迎えながらそう思った。


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