─シノンの放った弾丸は《ミニミ》持ちをポリゴンに変えた。しかし、巨漢の方は仰け反らせるのみで終わる。
(まぁ、上出来かな)
二人は弾丸を放った瞬間にボルトハンドルを引き、次弾を装填する。ここまで約三秒が経過した。マントの二人はこちらをはっきりと視認しただろう。その証拠に巨漢はゴーグルの奥から、もう一人はフードの奥からまっすぐこちらを凝視していた。巨漢に関しては自信が撃たれたのにも関わらず、動揺した素振りが無い。
かなりのベテラン、二人とも名のある者に違いないと思いつつ、シノンが二発目を巨漢に向けて発射。まぁ、それは予測していた。シノンのことだから、次弾で必ず巨漢を狙うだろうと。しかし、それは当たらないだろうとも思う。
守備的システムアシスト《
狙撃銃の利点は、視認されていない場合に最初の一弾のみ、相手にこの《
予想通り、巨漢は足を一歩右後ろにずらすだけで回避した。二人とも既に次弾を装填しているが、トリガーに手をかけることはしない。無駄弾になると分かっているからだ。どうしても撃ちたければ現在位置を移動し、二人のマントの視界から外れ、視覚情報がリセットされる六十秒経つのを待つしかない。
「第一目標
『了解、アタック開始…。ゴーゴーゴー!!』
シノンからの報告にダインはすぐに応答、仲間に攻撃開始の合図を送る。ヘッドセット越しから地面を蹴る音が聞こえた。
狙撃手に課せられた任務はこれで終わりだ。スコープを覗き、敵を観察する。ブラスターの前衛四人が慌ただしく付近の岩やコンクリート壁などの遮蔽物に隠れ始めた。そして後方にはレーザーライフルを構えた後衛と、マントの二人─
「っ」
「えっ!?」
コウは息を飲み、シノンが驚愕の声を出す。それはちょうど
男は両手にも、腰にも武器を持っていなかった。アイテム運搬用のバックパックだと思っていた物─それこそが武器だったのだ。円筒系の機関銃、そこから伸びる
そしてもう一人のプレーヤーは、青い長髪をストレートに流した女だった。背に背負っていたのはコウの予想通り狙撃銃、しかし実弾銃ではなく光学銃だ。それだけで見れば女の方の脅威度は少ないが、コウは彼らを知っていた。
「あの二人、《ベヒモス》と《リヴァイア》かな」
「っ、あの二人が?」
シノンにもその名には聞き覚えがあった。GGOで最強を決めるトーナメント、《
(となると、
ミニガンが火を噴き、ギンロウのアバターが溶けるように消え、仲間の一人は接近してきたリヴァイアの狙撃を零距離で頭に食らった。いくら《防護フィールド》を装備しているとはいえ、零距離では防ぐことなどできない。それがリヴァイアの戦闘スタイル、所謂
コウはスコープを戦地より更に後方へ動かす。そして、そこから千メートル程離れたところから砂煙が上がっているのが見えた。
(見つけた)
すぐさま狙撃銃をストレージにしまい、立ち上がる。何事かと目を見開くシノンに「ちょっと行ってくるね」とだけ言って、そこから飛び出した。そして通信で彼にだけ理由を告げる。了解、と短い言葉を貰いながら、コウは目標まで走り抜けた。
(─近づいてくる敵を撃破してくる、ね。…あの人の事だから大丈夫か)
心配なんてしない。するだけ無駄だと知っているからだ。それよりも、まさかあの《ベヒモス》と《リヴァイア》に出会えるとは。どちらかを彼女に任せたいが。
そう考えているのはフードを被った男─シノンの片割れである《アレン》。GGOがリリースされた時に始め、シノンを誘ったプレーヤーである。シノンが狙撃手に対して、彼はいうなれば『奇襲兵』。AGIよりのステータスをフルに活かしてナイフで敵を翻弄する、狙撃手よりも更に珍しい…どころか彼以外はいない近接オンリーで戦うプレーヤーだ。
「…シノン、あの二人のどっちかを任せたい」
『了解。私がベヒモスを殺る』
それが聞こえた瞬間、アレンは岩陰から飛び出した。突然飛び出してきたアレンに驚愕し、硬直している一人をナイフで切り裂く。ちょうどまた一人、リヴァイアの餌食になっているところだった。その者には悪いが、囮にさせてもらおう。
背後から奇襲を仕掛けようとしたが、直前に気づかれ避けられてしまった。一旦距離を取る。
「おや?その姿…君が《死神》かな?」
リヴァイアはアレンを目にした瞬間、そう聞いてきた。
《死神》というのはアレンの通り名だ。全身を黒で統一され、深くまでフードを被ったその姿から《死神》と言われている。
しかし通り名など彼からしたらどうでもいいのもの。故にその問いには答えず、ナイフを構える。それで問いに答える気が無いことが伝わったようで、リヴァイアは肩をすくめた。彼女が構える前にアレンは斬りかかる。しかしそれは腰から抜かれたナイフで防がれた。
「っと。酷い奴だね君は。私は女なんだが」
「…
「ふっ、それもそうだ」
アレンの返答にリヴァイアは楽しそうに笑みを浮かべ、狙撃銃を巧みに使い至近距離で弾を放つ。これがリヴァイアの怖いところだ。遠距離だろうが近距離だろうが、関係なく狙撃銃を使うことが出来る。
互いの距離が十メートルを切ると、もう
「君みたいな者にはこっちだな。いや、にしても本当に銃弾を弾くとは…」
リヴァイアが手に持っていたのは狙撃銃ではなく、二丁の
彼女の判断は正解だ。実際、狙撃銃のみで近接を相手取るのは難しいだろう。しかし、その判断を下すには、遅すぎた。
狙いつけたまま弾丸を放つがアレンはそれらを回避、新たにナイフを抜きながら懐に入り込む。すぐさまリヴァイアは後退して距離を取り、連射してきた。アレンは銃口の向きと自信の
「っ、この距離ですら弾くかっ」
左手の拳銃をナイフに持ち替える。その間にアレンは既に懐にいた。咄嗟に足蹴りを放つがそれすらも躱し、目を見開いたリヴァイアの首を切り裂く。その勢いでリヴァイアの背後に着地、彼女に視線を送りポリゴンになったのを確認した。
(─あそこか)
目標を見つけたコウは腰にぶら下がっていた筒を手に取った。それについているスイッチをスライドすると、紫の光が筒状に一メートル程伸びる。
その武器の名は『マサムネG3』、
真正面から向かっていったので、当たり前だが敵はこっちに気づいたようだ。アサルトライフルを乱射してきた。まだ距離は十分にあるので回避は余裕だ。ある程度近づいてから
(毒ナイフか…。ってことはやっぱりこの人が《バジリスク》…)
ベヒモス、リヴァイアと共に傭兵スコードロンを組んでいる者。バジリスクが毒使いということしかコウには分っていない。ナイフだけにとどまらず、銃弾でも毒を使い、毒ガスを使うという情報もある。近づけば毒ナイフと毒ガス、離れれば毒の弾。
(厄介だけど、対処法はあるんだよね)
注射型のアイテムを取り出し、自分の首に刺して中の液体を注入する。一定時間の間、ヴェノム状態を軽減するアイテムだ。時間は、およそ百五十秒。
砂を踏み締めて疾走、左上から光剣を振り下ろす。それに対してバジリスクは避けるのではなく、こちらに踏み込んできた。ナイフを振られる前にハンドガンで牽制する。ここまで至近距離だとバジリスクは難なく回避した。距離を開けさせないよう詰めようとして、視界に何かが映る。それは筒状の何かだった。そう認識した瞬間、筒から紫の煙が噴出される。
(毒ガスっ!)
コウは咄嗟に後ろへ下がる。いくら軽減しているとはいえ、ヴェノムの強さが予測できない以上、むやみに食らうべきではない。
ガスの範囲外まで出て銃口を煙に向けると、その瞬間に煙からガスマスクをしたバジリスクが出てきた。そういう手もあるのか、と思いながら横に避ける。コウがいた場所にバジリスクが着地し、すぐさまナイフを振るってきた。それを光剣で防ぎ、弾丸を放つ。それを少し体をひねるだけで回避、ナイフを突き出された。咄嗟に突き出される場所に腕を置き、ナイフの刃が左腕に深く刺さり、ヴェノムを食らう。
相当強力な毒のようだ。軽減しているはずなのだが、毎秒十数ダメージはくらう。ナイフも刺さったままなので、毒状態と裂傷の二つ分減っていってしまう。が、これでいい。
「捕まえた…」
コウの狙いは、相手を自分のテリトリーから逃がさないことなのだから。
バジリスクもコウの狙いに気づいたのか慌ててナイフを離したが、もう遅い。ナイフが刺さった瞬間にふり上げていた光剣を振り下ろす。それは何の抵抗もなくバジリスクを左肩から右わき腹にかけて両断した。
「ふぅ…」
ポリゴンとなり倒したのを確認してから解毒薬を飲み、仲間に通信を取る。返答があったのはシノンとアレンの二人のみ。他は殺られたようだ。確かに強敵だったが、たった三人増えるだけでここまで被害を被るものだろうかとコウは考える。が、考えるだけ無駄なので弱者ばかりを狙っていたつけが回ってきたのだろうと結論付けた。