暗い部屋の中、直葉はナーヴギアを頭から取り外し上半身を起こす。スマホを手に取ると、慎一から『起きたら連絡して』とのメッセージが来ていた。こちらとしても好都合なので遠慮なく電話をかける。
「もしも─」
「─桐ヶ谷さんこのままだとサクヤさんが危ない!!」
ワンコールで出た慎一は、何やら焦っている。いつもなら必ず挨拶を返してくるのだが、直葉の挨拶を遮るのは初めてだ。
「慎一君、落ち着いて。焦ってると何言ってるか分かんなくなる」
「あ、うん…。ゴメン」
電話越しに落ち着こうとして深呼吸しているのが分かった。そして、慎一は話し始める。
いつもなら誰かを囮にするシグルドが、最近は自らが囮になる事に疑問を持った事。そこから彼の動向を探ってた事。そして今日、彼の仲間含めた全員がサラマンダーと密会してたのを発見した事。
「よくそこまで突き止められたわね」
それが報告を聞いて直葉が素直に思った事だった。他種族、それもシルフと仲の悪いサラマンダーとの密会をするなら、彼らも周囲に気を配っていたはずだ。
「途中から密会場所まで透明マントを被ってたんだけどさ。ほら、僕《看破スキル》あるから」
見えちゃうんだよね、と慎一は言う。ホントに
サラマンダーは《メダリオン・パス》─敵対している種族が領に入るためのアイテム─を持っていた事。
「─あいつら、サクヤさん達を襲うつもりだよ」
現在サクヤは、極秘にケットシーと同盟を結ぶべく中立域の《アルン高原》に出ているらしい。会談場所はそこのケットシー領に繋がる《蝶の谷》、サラマンダーはその調印式を襲撃するつもりだと、慎一は言った。
「ちょっ!サクヤには連絡したの!?」
先程のサラマンダーが、大軍が北の方へ向かって行くのを見た、と言っていたの思い出した直葉は叫び気味にそう言った。あの時は何故北に向かったのか理解出来なかったが、その理由が今ようやく理解出来た。
「してないです…。それを聞いてすぐに連絡しようとしたんだけど、足元の石を蹴飛ばして気づかれちゃって…地下水道で麻痺させられて捕まってます…。取り敢えずリアルで連絡取れる桐ヶ谷さんにメールをしたんだ」
今回はその判断が正しかっただろう。メッセージの途中でやられると思った慎一は、必要最低限の情報のみを直葉へ送ったのだ。それで直葉が理解してくれると信じ、詳細はリアルで伝えると決めて。
少し焦りそうになった直葉は、落ち着いている慎一の声を聞いて、焦ってもしょうがないと考えた。
「それで、会談の時間は?」
「えぇっと、確か一時からって言ってたから…後四十分しかないよ!!」
本当なら優先するべきは和葉の救出だ。故にサクヤを見捨てるのが、現状では最良の判断だろう。種族に思い入れの無い直葉は迷いなくその判断下せる。領主を討たれたところで痛くも痒くもないのだから。それに護衛も何人かいるだろう。自分達が行かなくても大丈夫かもしれない。しかし─
(─見捨てられるわけないじゃない)
サクヤは、あの世界で出来た最初の友人だ。仮想世界で人との距離感が分からなかった自分達に、彼女は手を差し伸べてくれた。
仮にサクヤを見捨てて姉を助けに行ったとしても、事情を話せば彼女は自分を許すだろう。その結果、シルフがサラマンダーに支配されたとしても、決して直葉を恨むことはない。そういう人なのだ、彼女は。
─故に、だからこそ、サクヤを見捨てることはしない。ここで見捨ててしまえば、もう彼女と顔を合わせることは出来なくなってしまう。
「私達がなんとかするから、慎一君はなるべく早めに抜け出してきて」
「え!?う、うん分かった!」
返事を聞いてすぐに通話を切り、アミュスフィアを被ってALOに戻る。最悪、自分だけでもサクヤを助けに行く覚悟を決めて。
目を開いたリーファは勢いよく立ち上がった。
「うわ!びっくりしたぁ…」
「おかえり、リーファちゃん」
隣に座っていたキリトを驚かしてしまったが、そんなことは後回しだ。コウに返事を返す間も無く、リーファはキリトとアスカに頭を下げる。
「ゴメン皆、少し寄り道する」
その様子に、何かあったなと三人はすぐに頷く。即座に四人はアルンに繋がる道を駆け出した。そしてリーファは先程、真一に聞いた話を三人に話す。
「なるほどな」
「リーちゃん、質問いいかな。シルフとケットシーの領主を襲う事でサラマンダーにはどんなメリットがあるんだ?」
リーファの話にキリトは納得するように頷き、アスカは問いかける。
「まず、同盟の阻止が出来るよね。そしてシルフ側から漏れた情報で領主が討たれたとなると、ケットシー側が黙ってないよ。幸いな事に領主同士は物凄く仲が良いから抗争は避けられると思う。でも同盟を組む事は難しくなるし、中にはシルフを狙うケットシーも出てくると思うから、抗争より酷くなる可能性もあるよ。
今の最大勢力はサラマンダーだけど、シルフとケットシーが組んだら多分サラマンダーより勢力は大きくなると思う。だからなんとしても阻止したいんだと思うよ」
リーファの説明に付け足すようにコウも話し始める。
「それに加え、領主を討つ事自体に意味があるんだ。討たれた側の領主館に蓄積されている資金の三割を無条件に手に入れられるし、十日間の間、領内の街は占領状態になって自由に税金をかけられる。
サラマンダーが最大勢力になったのは、初代シルフ領主を罠に嵌めて倒したから。中立域に領主が出る事は稀だから、領主が討たれたのはその一回だけらしいよ」
たった一回、領主が討たれただけで勢力を大幅に強化出来る。二種族の領主が討たれてしまえば、サラマンダーに勝てるのはかなり難しくなるだろう。
正直に言ってしまえば、そんなことは四人にとってどうでもいい事だ。ましてや、キリハを助けるためにこのゲームを始めた二人には。しかし─
「─ようするに、リーファは領主を助けたいんだな?」
キリトの問いにリーファは頷く。なら話は簡単だ。
「オーケー、じゃ助けに行こうか。リーちゃんの友達を見捨てるのは後味が悪いしね」
「…ありがとう。佳奈ねぇ、明日にぃ」
泣きそうな顔でリーファは立ち止まり、礼を言った。リーファとしてではなく、直葉の言葉として。それに全員が笑みを浮かべる。
「んじゃ、ちゃっちゃとこの洞窟を抜けちゃおうぜ。ユイ、ナビゲートよろしく」
「お任せください!」
ユイが敬礼するのを確認したキリトは、「少し手を拝借」とリーファの手を掴んだ。リーファは疑問符を頭に浮かべる。
「アスカとコウさんはついてこれるよな」
「?」
(あぁ…)
いまいち何をするか分かっていないのか首を傾げるコウ。反対に何をするか分かったアスカは苦笑した。そしてリーファに向かって、頑張ってと口だけを動かして伝える。
(嫌な予感がしてきたなぁ…)
リーファがそんな事を思っているなど知るはずもないキリトは、行くかと言って笑みを浮かべ─猛烈な速さで駆け出した。
「ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ!!!??」
いきなりのことでリーファは悲鳴をあげる。無理もない。岩肌のテクスチャが放物線状に見える速さなのだ。心の準備が出来ていないのだから、悲鳴をあげるのは仕方ない。
ちらりとキリトが背後を見れば、ちゃんと二人もついてきている。問題無いなと、キリトは前を向いた。
「前方にモンスター反応多数です!!」
ユイがそう言うと、前方に多数の黄色いカーソルが出現した。この洞窟に出現する《オーク》の集団だ。この速度なら隙間を見つけて通り抜ける事も出来るが…。万が一、他のプレーヤーに
「アスカ!」
名前を呼ばれたアスカは抜剣しながらキリトを追い抜き、オークの集団をすれ違いざまに切り裂いて行く。銀色の線が引かれるとオーク達は不自然な体制で固まり、次いでポリゴンとなって砕けたようだ。というのも砕けた時には既に通り過ぎてしまっていたので音で判断するしかなかったのだ。
その後もオーク+その他の集団と遭遇したが途中からコウも加わり、二人がそれら全てを斬り裂いていていく。そうするうちに、前方に白い光が見えてきた。
「出口だな」
キリトのその言葉と共にリーファの視界が真っ白になった。あまりの眩しさに目を閉じると、足元から地面が消える。浮遊感を感じてリーファが目を開けると、そこは既に空中だった。いつの間にか止めていた息を慌てて吐き出し、翅を展開する。
「はぁ…もうっ走るならそう言ってよ!」
「悪い悪い。でも時間が無いんだろ?」
それはそうだが、走るぞの一言でも言ってくれれば絶叫せずにすんだ…かもしれなかった。蛇足ではあるが、この時の感覚にハマったのか、後にリーファはスピードジャンキーとなる)。
リーファは溜息を一つ、顔をあげると遠くに巨大な木が見えた。《世界樹》、あそこに
密会まで、後二十分。
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