転生して主人公の姉になりました。SAO編   作:フリーメア

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いつもより長いですよ~


終焉

 ボス部屋の中は広いドーム状だった。五十人程度なら部屋に入っても少し余裕がありそうだ。

 四十九人全員が部屋に入り、中央で陣形を整えたとき背後の扉が音をたてて閉まった。これでもう開くことはないだろう。ボスを倒すか、プレーヤーが全滅するまでは。

 全員が臨戦態勢を取り一秒、一秒と時が経っていく。時間的には数分も経ってないが、体感的にはもう何十分も経っている感覚になった。

 

「おい…」

 

 一人が堪えきれないという風に声を発する。その瞬間、キリトが叫んだ。

 

「上だ!」

 

 全員が天井を見上げる。そこに巨大な、十メートル程のモンスターが張り付いていた。

 長い胴体に大量の足を持つその姿は、一瞬百足を連想させた。ただし、身体全体が骨で出来ており、どちらかと言えば蛇の骨格に近い。目線を胴体から顔の方まで上らせていくと、恐らく腕に当たるであろう部分に鎌のように鋭い二本の刃があり、そしてその顔骨の形は蛇ではなかった。人間の頭蓋骨に近い、だが決して人間ではない。下顎から牙が見え目の数は四つ、瞳の中には青い炎が燃えている。

 名前は『The Skull Reaper(ザ・スカルリーパー)』、意味は『骸骨の狩り手』。

 

「散開!!」

 

 ヒースクリフの声で我に返った者達は、四方八方に散らばる。しかし三名のプレーヤーは唖然とボスを見上げたままだった。いずれも、ボスと対峙するのは今回が初めての者達だ。

 

「こっちです!早く!」

 

 キリハの叫びに、ようやく我に返った三人はキリハの方へ走る。その時、ボスが天井から降下、三人に向かって鎌を振るった。三人は空中に掬い上げられ、HPを緑から黄色、赤へと入り─ゼロへ。地に着く前に、そのアバター()をポリゴンへと変えた。

 

「なっ…」

 

「一撃…だと…」

 

 その事実に硬直する。今死んだ者達は、今回が初とはいえ攻略組並のレベルはあったはずだ。レベルが高いということはつまり、HPが高くその分死ににくいということ。それがたった一撃、出鱈目だ。

 

『■■■■■───!!』

 

 一撃で三人の命を奪ったスカルリーパーは上体を高く持ち上げ雄叫びを上げると、猛烈な勢いで新たなプレーヤー(獲物)目掛けて突進する。鎌を振り上げるスカルリーパーを、狙われた者達は迎え撃とうと武器を構え直した。振るわれた鎌は、そこへ飛び込んだ影によって防がれる。ヒースクリフだ。少し後退るが、完璧に止めた。しかし、もう一つの鎌が後ろのプレーヤーを襲う。いかにヒースクリフでも、同時に二つは防げない。

 

「アスカ!」

 

「おうっ!」

 

 それをキリトとアスカが二人で受け止める。先の攻撃を見て一人では止められないと判断したからだ。

 

「三人が止めてる間に全員で攻撃を!」

 

 キリハの声にいち早くエンバが疾走、そのままスカルリーパーを斬りつける。が、HPを数ドット削っただけだった。

 

(今まで斬ってきたモンスター(データ)なら半分近く削れるのだが…)

 

 これがボスか、とエンバは冷や汗を垂らす。だが、データ如きに殺られるわけにはいかない。刀を構え直し、再びボスへと斬りかかった。

 一方、キリハはエンバの斬撃を見て刀では思うように削れないと半分、大鎌に変え斬る。他の者達も側面から攻撃を加えていった。

 

「うわあああ!!」

 

 悲鳴の上がった方を見ると、プレーヤー達が鋭い尾で吹き飛ばされていた。ヒースクリフ、キリトアスカはそっちまで回る余力はない。なら、自分が行くしかない。鎌に気を取られすぎていたか、とキリハは側面からの攻撃を止め、尾を防ぐべく後ろに回り弾く。

 だが、と恐らく全て防ぎきることは不可能とキリハは考える。スカルリーパーは常に走り回り、しかも速い。常に着いていけるのは、アスカやエンバだけだろう。そのうち、また犠牲者が出る。

 

 

 

 

キリト視点

 

 

『■■■■■───!!??!』

 

 戦いは一時間にも及び、ボスが絶叫を上げその巨体を爆散させた。俺と明日加は互いに背中合わせで寄りかかり、他の皆も倒れるように壁に座り込む、あるいは倒れ込んで荒い息を繰り返している。歓声を上げる余裕のある者は、誰一人いなかった。

 …こんな時に思うことじゃないが、姉さんが疲れて座り込むのを見るのは久々だ。

 

「何人…死んだ…?」

 

 ガックリとしゃがみ込んでいたクラインが、顔を上げ掠れた声で言った。俺はマップを呼び出し、今生存しているプレーヤーを確認、集まっていた人数から逆算する。

 

「十人…だ…」

 

 自分で数えておきながら、その数字を信じることが出来なかった。全員、トップレベルのプレーヤーだったはずだ。生き残ることを優先していれば、そう簡単に死ぬことはないと、そう思っていたのに…。

 

「嘘だろ…」

 

 大の字で床に寝転んだエギルが、衝撃を受けたように呟いた。俺だってそうだ。

 後、まだ二十五層あるんだぞ。このペースで死人が出て行けば、たとえ人数を補充していったとしても、百層のボスは一人で挑む可能性がある。

 

(そうなったら、生き残るのはあいつだろうな…)

 

 俺はそう考えながら、唯一倒れ込んでいないヒースクリフを見た。部屋の中央で倒れ込んでるプレーヤー達を見ている。暖かい、慈しむような、その視線はまるで─

 

 

─まるで、実験中の鼠を見ているような…。

 

(っ!)

 

 俺はその考えに至った瞬間、ヒースクリフのHPに視線を合わせた。ぎりぎりグリーン、イエロー一歩手前で止まっている。

 いくら防御力が高いからって、グリーン止まりってのは流石におかしいだろ。俺の二刀流でイエロー一歩手前までいったんだぞ。さっきの戦いでイエローにいかないなんて…。

 

(待てよ…)

 

 あいつとデュエルしたとき、表情が険しくなったのは負けることに焦ったからではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そうだとしても、今確認する術はない。いや、一つだけ方法はある。確証はないし、もし間違っていた場合取り返しのつかないことになる。だが─。

 

「…?佳奈?」

 

 ゆっくりと立ち上がった俺を明日加が不思議そうに呼んだが、今応える余裕はない。奴がこっちを見ていない今がチャンスだ。

 

「ッ!」

 

 俺は姿勢を低くし、ヒースクリフへ疾走した。奴は接近する俺に気付き目を見開いたが、遅い。俺は即座に背後へ回り込み、剣を奴の首目掛けて振るった。首を跳ね飛ばすはずだったそれは、しかし紫の障壁に弾かれる。【Immortal Object(破壊不能オブジェクト)】と表示されたメッセージと共に。

 後ろから足音が近付いてきたかと思うと、すぐに剣を抜く音が聞こえた。明日加が細剣(レイピア)を抜いた音だ。こういうとき、何も聞かずに俺の考えを汲み取ってくれるのはありがたい。

 周りは訳も分からず呆然としているだろうが、そんなことはお構いなしに俺は口を開いた。

 

「ずっと疑問だったんだ。この世界を創ったあいつは一流のプログラマーであり、一流のゲーマーでもあった。そんな奴が、自分で創ったこのゲーム(世界)をプレイしないなんてことがあるのかってな」

 

 そこで言葉を区切り、俺は奴を睨み付け、続ける。

 

「『他人のやってるゲームを横から見るほどつまらないものはない』。そうだろ?─茅場昌彦()

 

 ヒースクリフ─昌は諦めたように息を吐き、俺に問う。

 

「いつ気付いたのかね?」

 

「最初、疑問に思ったのはデュエルの時だ。あの時、お前はあまりにも速すぎた」

 

「あの時はすまなかった。使うつもりは無かったのだが、あそこでバレる訳にもいかなかったのでね」

 

「ハッ。つーことはだ、俺に負けると思わなかったってことだよな?」

 

「《不死属性》を切るのを忘れてただけなのだが」

 

 昌は苦笑を浮かべ、周囲に聞かせるように言う。

 

「確かに私は茅場昌彦だ。付け加えるなら、最上層で君達を待つはずだったこのゲーム(世界)のボスでもある」

 

 俺は舌打ちをし吐き捨てた。

 

「チッ、最強の味方が実は敵だとか。悪趣味だぜ」

 

「最高のシナリオではあるだろう?

─私が作った全十種のユニークスキルにはそれぞれ特別な習得条件と役目がある。《二刀流》は最も反応速度が優れた者に与えられ、魔王を倒す勇者の役目。《大鎌》は犯罪者(オレンジ)を最も多く狩った者に与えられ、勇者の汚れ役。《蜻蛉切》は最もソードスキルを使わなかった者に与えられ、パーティーに加わらない流浪人。

 まさか、今この場で三つものユニークスキルがそろうとは思っていなかったが…。まぁ予想外の事が起きるのもゲームの醍醐味ということだろう」

 

「─よくも」

 

 俺は突然割り込んできた声の方を向く。そこには顔を俯かせ肩を振るわせるKOBの幹部がいた。

 

「よくも、俺達の忠誠を裏切ったなぁぁぁあ!!」

 

 そいつは両手斧を握りしめ、叫びながら地を蹴った。しかし昌は焦ることなく、左手でウィンドウを出して何かを操作したかと思うとそいつは突然倒れ込む。いや、そいつだけじゃない。昌と俺以外のプレーヤー全員が倒れ込んだ。

 

「っ、キリト…!」

 

「アスカ!」

 

 当然、明日加もだ。俺は後ろで膝を着いた明日加へ駆け寄った。

 

(これは、麻痺か)

 

 つまり昌は俺らにはない権限、GM権限を使って全員を麻痺させた、ということだろう。

 昌は倒れたプレーヤーを見回し口を開く。

 

「こうなっては致し方ない。私は一足先に百層の《紅玉宮》にて待っているとしよう。しかし、その前にチャンスを与えなければな」

 

「…今この場でお前を倒すチャンスをか?」

 

 肯定するように昌は頷いた。

 俺は明日加と目を合わせる。答えは決まった。一度目を閉じ、息を吐いて言う。

 

「─良いぜ。やってやる」

 

 明日加の目に不安の色は、無かった。それは俺に任せるということ。

 本当なら昌と殺し合いなんてしたくはない。でも、俺にとっての優先順位は明日加だ。明日加が俺にとって全てなんだ。だから、俺は昌を─殺す。明日加と現実世界(向こう)に戻るために。

 周りから俺を止めようとする声が聞こえるが、返事はせずに昌へ歩いていく。俺に現実では親友と呼べる奴はいなかった。明日加と付き合ってるからという理由だけで虐められ、悪意ばかりを向けられてきた。だから、こうやって心配してくれるのは嬉しい。

 俺は昌を殺す覚悟を決め、二本の剣を抜こうとして─前のめりに倒れた。何が起きたか分からない。分かるのは、俺が麻痺してることと、これを起こしたのが昌ではないということ。

 

「決意を決めたところ悪いですが、君に昌彦を殺させる訳にはいきません」

 

 俺を麻痺させたそいつは、手に持った麻痺ナイフを回しながら、俺にそう言った。

 何で…あんたが立ってんだよ…。

 

「彼を殺すのは、僕がやります」

 

─姉さん…。

 

 

 

 

三人称 said

 

 

 危なかったと、あと少しでキリトにまた人殺しをさせる所だった。キリハは横目で周囲を見ながらヒースクリフへ言う。

 

「昌彦、君に言いたいことはいくつかありますが、取りあえず全員強制転移してくれませんか?」

 

 ヒースクリフ含む全員がキリハの言葉に目を見開くがヒースクリフはすぐに了承し、GMメニューを開いた。

 

「了解した」

 

「─転移()られる前に()れば宜しい」

 

 麻痺から回復したエンバがそれを阻止しようと、彼の背後から刀を振るう。がヒースクリフの方が一歩早い。エンバの刀が首に当たる直前、エンバが転移された。それを合図に次々とプレーヤーが転移されていく。

 

「キリ─」

 

「アスカ!

 姉さん!一体何を…っ!」

 

 キリトの叫びに、キリハは何も言わず、ただ笑みを向ける。それが転移される前にキリトが見た最後の光景だった。

 最後のプレーヤーが転移され、この場に残ったのはヒースクリフとキリハだけとなった。しばらくは両者共に口を閉ざしていたが、先にヒースクリフが開いた。

 

「何かしら行動してくると思っていたが、まさか全員を転移させられるとは思わなかった」

 

「すみませんね昌彦。誰にも邪魔させる訳にはいかないんですよ」

 

─何故なら、魔王を倒すのは勇者の役目ではあるが、勇者(佳奈)に人殺しをさせる訳にはいかない。それをするのは汚れ役(自分)でいい─

 

 そんなことを考えたキリハはまた少し口を閉ざし、続ける。

 

「…本当に君を殺さなければ、出られないんですか」

 

 ヒースクリフは肯定も否定もせず黙っているが、キリハは沈黙を肯定とみなし「そうですか」と下を向いた。しかし、すぐに顔を上げ続ける。

 

「それならば仕方ありません。昌彦、僕は君を─殺します」

 

 キリハは意識を入れ替え、刀を鞘から()()()。殺気は、あまり感じない。しかしそれを見てヒースクリフは、キリハが本当に自分を殺すつもりだと認識する。だがそれと同時に、当然のことだとも思った。自分は、この子達を裏切ったのだから。故にヒースクリフは、《不死設定》を解除し盾から剣を抜いた。

 キリハは誰かと戦う時、無意識の内に手を抜いている事を覚えているだろうか。それはキリハだけのことではなく、桐ヶ谷の血の特徴であり、自分と同格の強さを持つ相手だと徐々にギアを上げていく。それとは別に、それぞれが感情をトリガーとした()()()()を持っている。二人の父、桐ヶ谷峰高(みねたか)は喜び。二人の妹、桐ヶ谷直葉(すぐは)は無心。桐ヶ谷佳奈(キリト)は怒り。そして桐ヶ谷和葉(キリハ)は快楽。この内、峰高だけが自分の意思一つでスイッチを入れることが出来る。だがキリハだけは、感情によるものだけでなく、ある覚悟を持てばスイッチが入る。それは、相手を確実に殺すという覚悟。

 では何故、PoHの時はスイッチが入らなかったのか。答えは簡単、心のどこかでは殺さなくとも良いのではないかと思っていたからだ。それ故に殺すことが出来なかったと言える。

 だが今回は違う。ヒースクリフを殺さない限り、この世界から出るこりは出来ない。ここで逃がしても、いつかは殺すことになる。だから今、この場で─

 

「─死になさい」

 

 その言葉と共にキリハは疾走、正面から斬り掛かる。

 

「死ねと言われて死ぬわけにはいかないのだよ」

 

 ヒースクリフは盾で防ぎ、剣を振るう。それをキリハは後ろへ下がって回避しながらピックを取り出し投球。ヒースクリフは剣を振るって弾き、左へ盾を構える。と同時に衝撃、ピックを投げたと同時に移動したキリハが斬りつけたのだ。シールドバッシュをしようと盾を押し出すと跳躍して回避、そのまま上から突きを放つ。盾は間に合わないと判断、剣で弾いた。弾かれたキリハは体勢を整えて着地、疾走、左斜め下から斬る。防がれるが、続けて斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。ただひたすら斬り続ける。

 

(何を狙っている)

 

 冷静に斬撃を防ぎながらヒースクリフは思考する。キリハが斬り続けるだけであるはずがない。必ず策があるはず─。その時、何か空を切る音が()から聞こえた。キリハを盾で押し上を見上げれば、そこには無数のナイフが落ちてきていた。

 

「ぬぅっ…!!(斬りながら上にナイフを…っ!!)」

 

 回避は、間に合わない。盾を頭上に上げ降り掛かるナイフを防ぐ。キリハを細目で確認すると、いつでも追撃出来るようになっていた。タイミングは─ナイフが切れたとき。

 落ちるナイフが無くなった瞬間、キリハは姿勢を低くして疾走。盾を即座に下ろし迎撃の構えを取る。両者の距離が一メートルを切った時─キリハが視界から消えた。ヒースクリフは即座に左を向く。そこにキリハは、いない。剣が、肉を貫く音が響いた。

 

「君達は姿勢を低くして疾走した後、敵の背後か側面に回り込む癖がある」

 

 貫かれたのは、キリハ。確かに左を向いているが、剣を持った右手だけは先程、正面だった場所に添えられていた。

 

「それを私が知っているから、側面に回った後すぐに正面へ戻ったのだろうが─あまいな」

 

 ヒースクリフは勝利を確信、キリハに別れの言葉をかけようと─ガシッと、腕を掴まれた。目を見開くヒースクリフに対し、キリハは顔を上げ、ニヤリと嗤って呟く。

 

─捕まえた─

 

 ハッとキリハの手を見ると、そこには刀が握られていない。上を見れば、刀が落ちてきていた。だが焦る事は無い。先のナイフのように防げば良い─その時、胸に違和感を感じた。視線を下げ胸を見ると、刀がヒースクリフを貫いている。キリハが新しい刀を出した、ということの考え付くまで時間はかからなかった。

 

(私の…負けか…)

 

 だというのに、昌彦(ヒースクリフ)は口に笑みが浮かんだ事を自覚した。

 上から落ちてきた刀に貫かれヒースクリフはポリゴンへ変えた。キリハもまた、貫通ダメージによりHPが減っていく中、部屋の入口から入ってきたキリト達が叫んでいる姿を最後に、キリハは四散した─。

 無機質な声が、アインクラッドに鳴り響いた。

 

─ゲームはクリアされました──ゲームはクリアされました──ゲームはクリアされました─

 

 

 

 

 気付けばキリハは、不思議な場所に立っていた。水晶の床、その下には雲が連なり、正面には夕焼けに晒された円錐形の物が浮いている。アインクラッドだ。第一層から崩れていっている。

 続いて自分の姿を確認。装備は先までと変わらず黒いコートとレザーパンツ、刀はない。少し透けているようだ。右手を振ってウインドウを出す。しかし、そこに装備欄やHPバーなどは無く、ただ【最終フェーズ実行中、58%】と表示されるのみであった。

 ウインドウを閉じて、キリハは腰を下ろし崩れゆくアインクラッドへ目を向ける。

 

「綺麗な景色だろう?」

 

 すると、右から声が聞こえた。聞き慣れた、久しく聞いていなかった声。顔を右に向けると、そこに茅場昌彦がいた。ヒースクリフの姿ではなく現実の、キリハ(和葉)の見慣れた姿。彼も半透明のようだ。こちらに顔は向けていない。和葉も顔をアインクラッドに戻し、聞きたかった事を問いかける。

 

「君は何故、この世界を創ったのですか?」

 

 昌彦は白衣に手を突っ込んだまま、苦笑して答えた。

 

「何故、か。現実世界のあらゆる枠や法則を超越した世界を創り出す事が子供の頃からの夢だったから、では駄目かね?」

 

「それだけなら、デスゲームにする理由がないですよ」

 

「確かにな。正直、私自身も何故そのような仕様にしたのか分かっていない。もしかしたら、ただ見たかっただけかもしれないな。現実世界では絶対に見られないモノを」

 

 昌彦の言ってることは聞く人が聞けば、たかがそんなことで一万人を閉じ込めたのか、と激怒するかもしれない。だが和葉は、「そうですか」と返しただけだった。

 もし佳奈や明日加が死んでいたら、和葉は昌彦を恨んでいたかもしれない。けれど、そうはなっていないのだから恨む理由も激怒する理由もない。昌彦がこの世界を創造する事に、狂っている程執着してた事を知っているのもあるかもしれない。

 

「私はね、和葉君。この浮遊城が別の世界には必ずあると思っている。まぁ、いい大人が何を言っていると思われるかもしれないがね」

 

 肩をすくめながら昌彦はそう言うが、和葉は笑うことはしなかった。

 

「別に良いじゃないですか。無い物を無いと言い切るより、あると言った方が夢がありますし」

 

「…希に、君は本当の歳を誤魔化してるのではないかと疑うよ」

 

「家族によく言われます」

 

 そこからしばらく、二人は昔話に花を咲かせた。先程は殺し合った二人だがお互い、今はただ数少ない理解者(友人)として会話を楽しむ。時間がないことを分かっているから…。

 

「さて、私はそろそろ行くとしよう」

 

 どのくらい話しただろうか。キリの良いところで昌彦は後ろへ振り向き歩き出した。和葉は昌彦に声をかける。

 

「あそこに残ってた人達はどうなりましたか」

 

「安心したまえ。先程、生き残った六九七三人のプレーヤーは無事ログアウトを完了した」

 

「…これから、君はどうなるんですか」

 

「…私は死んだのだ。死者がどうなるか、分かっているだろう?」

 

 和葉は何も答えない。歩いていた昌彦は足を止め、和葉へ振り向いた。

 

「言い忘れていたな。ゲームクリアおめでとう、和葉君。それともう一つ、どうやらこの世界に干渉しようとしている者がいるようだ。気を付けたまえ」

 

 その言葉を最後に、昌彦の姿は風と共に消えた。和葉は一度後ろを振り向いたが、すぐに正面に戻す。アインクラッドの崩壊は、もう九十層辺りまで来ていた。

 もうすぐ消えるんだな、と。それなら、最後までこの景色を見ていようと思った。自分達(桐ヶ谷家)の良き理解者(友人)、茅場昌彦の創った、この素晴らしい世界を、いつまでも目に焼き付けようと─。




2年と5ヶ月…、長かった…。ようやく終わった…。
和葉「このペースじゃ、小説終わらせるのに何年掛かるのですかね」
…(目反らし)

これで『アインクラッド編』終了です。次からは『フェアリーダンス編』入ります。

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