星の在り処   作:KEBIN

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魁・武闘トーナメント(Ⅴ)

「本当に現実とは、頭の中で思い描いた計算通りにいかないものね」

 あらゆる要素を加味して脳内シミュレートし、突撃騎兵隊の敗北を覆すのは不可能との結論に達したが、まさか内輪揉めで自滅するとは想像だにしなかった。

 メンバーが両雄共に豪傑で兄妹が揃って参戦可能という理想的なチーム状況だったが、こんな美味しい籤がまだ残されているとは思えない。

「とにかく席が一つでも空いたら、そこにエステルを強引に押し込むしかないわね」

 二人欠員がベストだが、ヨシュア単独なら自力で楽々潜り込めるので、三人組のチームが勝ち残ってくれても特に支障はない。

 ただし、その節にはヨシュアの助力抜きで優勝を勝ち得なければならないが、そこまで気を揉むのはエステルに対して失礼だ。

「けど、どうして急遽団体戦に変更されたのか、その理由が何となく解ったような気がするわ」

 リシャール大佐の最終目的は未だ不明ながら、軍事クーデターかそれに類する国家規模の攪乱を起こすつもりなのは間違いないが、先のストリートファイターのような強者に大挙として王都に押しかけられたら、さぞかし遣り辛いだろう。

「流石にあの二人クラスの達人がゴロゴロ参加していたとは思えないけど、海外出身の武芸者の大半がエントリーを取り止めた訳だから、大佐の目論見通りといった所かしらね」

「エルナンさんが仕入れた情報だと、個人戦から団体戦への移行はあの馬鹿公爵の発案って話じゃなかったっけ?」

 エステルが義妹の陰謀説に待ったを掛けるが、複数の殿方から百万ミラを騙し取った悪女は、デュナン公爵の心理を誘導するのは犬に芸を仕込むよりも容易いと豪語する。

「友情・努力・勝利を指標としたスポコン漫画でも大量に差し入れて、その世界観に三日も読み浸れば、孤独な個人戦でなく仲間が一致団結する涙と感動の団体戦を堪能したいと思い込むでしょう」

「……何か本当に有り得そうで恐いな」

 ヨシュアの男性プロファイリングは相変わらず想像部分が勝ち過ぎているのに、摩訶不思議な説得力を感じさせて妄執と切り捨てられないのは何故か?

 映画とかに触発されて、主人公の髪形を真似たり作品テーマの趣味を始めたりとかは一般人でも割りかし見かける症候群だが、なまじ巨大な権力を有するだけに周囲に反映する影響力も桁違い。大佐の傀儡化したデュナン公爵を最高権力の座につけるのは、色んな意味で危険すぎる。

 まあ、優勝チームの宮中晩餐会ご招待は王城封鎖の情報部の方針に合致しないので、正真正銘デュナンの思い付きだろうから、グランセル城への潜入を企むエステル達としては今回ばかりは公爵閣下の気紛れに感謝するしかない。

「とはいえ、それも少数側が勝ち残らなければ意味が…………エステル、どうやらまだ当り籤が紛れていたみたいよ」

「大当たりって、確か定数を満たした側が極端に弱い…………なるほど、こいつらか」

 先の仲間割れ……もとい、名勝負の興奮も冷め止まぬ中、予選第七試合が行われ、南門から出現した連中に得心する。

 黒のポロシャツに頭部に意匠の赤いバンダナを巻いた四人のチンピラ達、ルーアンで奇縁を囲った不良グループ『レイヴン』のメンバー。

「そういや、『死んでも文句は言いません』と一筆書けば、サラリーマンでも出場可能なオープンな大会だけど、場違いにも程があるだろ? このど素人どもなら、俺一人でも余裕で勝てそうだわ」

「更生活動として二カ月の遠洋漁業に服した彼らが、何でこんなに早く陸地に戻ってこられたのか裏事情が気になるけど、折角の安牌も対戦相手があれじゃ有効活用するのは無理みたいね」

 ヨシュアが軽く嘆息しながら、逆側の北門を指差す。

 これまた遊撃士兄妹とは腐れ縁。何度となく死闘を演じた黒装束の連中が姿を現し、エステルは仰天する。

「確か特務兵とか言ったっけ? 王国軍なのは判っていたけど、闇に紛れて汚れ仕事に従事していた奴らが、こんな公のトーナメントに参加するとは何を企んでいるんだ?」

「さてね。副賞の件に絡んで、遊撃士関係者の城内進出を阻止する刺客なのかもね」

 エルナンの話では、二人とも顔なじみのブレイサーズが二チームほど参戦しており、共に午前の予選に勝利したそうだ。

 エステルの出場枠が確保出来なかった場合は最悪、博士の依頼を託す手もあるが、どちらかが優勝するとも限らないし、それならヨシュア一人でアリシア女王に面談した方が手っとり早いので、これは本当に最後の手段だ。

 いずれにしても黒装束に取り入るのは無理だろうし、部隊の規模を考慮すれば人数不足の線はない。本戦用の切札を温存する為に敢えて予選は三人だけで挑んできたと見るべきで、これもまた外れ籤である。

「南、蒼の組。レイヴンCチーム所属。ベルフ選手以下4名のチーム。北、紅の組。王国軍情報部、特務部隊所属。ドールマン伍長以下3名のチーム。両チーム開始位置についてください。双方、構え。勝負始め!」

 

        ◇        

 

「ま、待ってくれ、降参する。だから、止め……ぎゃあああ!」

 開始一分と持たずにボコられたレイヴンの面々は得物を放り捨てて命乞いするが、その嘆願を非情に無視して特務兵の一人がマシンガンを乱射し四人を蜂の巣にする。

「おい、幾らなんでも遣り過ぎだろう! 生身であれだけ銃弾を浴びたら、あいつら死んだ……」

「無傷とはいかないでしょうけど、生きているわよ、エステル。アレは導力機関銃(オーバルマシンガン)だからね」

 一斉斉射が止むと、四人は半死半生で地面に転がっている。身体中の彼方此方に火傷のような裂傷を負いながら痛そうに呻いているだけで、生命に別状は無さそうだ。

「大会ルールを確認したけど、やっぱり火縄銃を得物とするのは禁止されているみたいね。国際協定で人間相手の発砲をタブーとされている武器だから、当然といえば当然だけど」

 導力革命以後、ピストル、マシンガン等の旧式銃器は廃れて、導力エネルギーそのものを疑似弾丸として発射可能な導力銃(オーバルガン)にシェアを取って代わられる。

 導力による自動回復のコストパーフォーマンスの向上、連続発砲によるジャム率ゼロ、弾込めタイムロスなどの補給整備関連の利点が主な世代交代の要因とされているが、最大の変更理由は実弾の殺傷力の危険度を問題視されたからだ。

「導力兵器はある程度の威力調整が可能だから、基本的には鎮圧を目的とする軍警察のニーズにマッチするけど、実弾銃が主流の時代はとかく戦争やテロの死傷率が高かったそうよ」

 兵士や犯罪者の人命保護の観点から、大陸のほとんどの国の軍関係者に導力銃が標準配備される流れとなった。逆に国際法など糞喰らえの闇社会の猟兵団(イェーガー)は、好んで高威力の火縄銃を愛用している。紅蓮の塔で遭遇した黒装束も実弾機関銃(オートマシンガン)という即死武器を躊躇なく使用しており、こちらが奴らの本性なのだ。

「今にして思うと、魔獣限定とはいえマシンガン以上に危険極まりない機関砲(ガトリングガン)を振り回していたティータの奴はマジキチだったな」

 現在はブライト家に潜伏中の博士のお孫さんが、幼年の部の参加資格(十二歳以下)を有していたことにエステルは思い当たる。ガトリング砲は使用禁止としても、導力砲だけでも火力は半端ないので、もし破壊神が参戦していたらぶっち切りで優勝していたと確信する。

 その幼年の部の方は、王都の武家子息だけの乏しい参加人数では団体チームを組むのは無理なので個人戦が維持された。

 既に午前中にファイナリスト二名が決定している。例年通りなら、大人の部決勝前のエキシビジョンとして、お子様同士の微笑ましいバトルが組み込まれる筈である。

 

        ◇        

 

「ううっ、痛い、痛いよ。ママー」

「ち、畜生、何で俺達がこんな目に……」

 南門の控室。担架に乗せられた瀕死の仲間が目の前を通過していき、デカイ図体をして実は肝が小さいブルトをはじめとしたレイヴンBチームの面々は震え上がる。

「なあ、やっぱり棄権しようぜ。どう考えても、ここは俺達がいるべき場所じゃなかったんだ」

「確かにそれがベストの選択なんだろうけど、戦いもせずにトンズラかましたら、ロッコの奴に後でどんな目に遭わされるか」

「くそっ、何であいつらの復讐に俺たちまで巻き込まれなきゃならないんだよ? どうせあの鬼強の遊撃士兄妹に勝てる訳ないのにさ」

「そいつは判らないぜ。今回は伝説の『あの人』がついているし、もしかしたら……」

 四人がヒソヒソと情けない相談をしている内に、予選最終試合のアナウンスが鳴り響く。試合放棄しようか悩んだが、対戦相手を見て考えを改める。

 何と敵は単独である。2アージュを越える巨漢男性は脆弱そうには到底見えない……というか、かなり強そうだが、弱った獲物を集中攻撃する袋叩きこそがレイヴンの本懐。これなら囲んでしまえば、何とかなるかもしれない。

「南、蒼の組。レイヴンBチーム所属。ブルト選手以下4名のチーム。北、紅の組。カルバード共和国出身、武術家ジン以下1名のチーム。両チーム開始位置についてください。双方、構え。勝負始め!」

 

「うりゃ、うりゅ、うりゃー!」

「こいつめ、この、この!」

 四人に包囲されたジンは方々から滅多打ちされるが、鍛え抜かれた鋼の筋肉はびくともせず、彼らの攻撃など蚊に刺された程にも感じない。

(参ったな、どうするべきか……)

 目前で警棒を振るう敵勢に何らの脅威も感じずに、ポリポリと頬を掻く。

 規格外の洞窟湖のヌシと死闘を演じた直後では、数だけのチンピラ相手など拍子抜けも良い所。力ずくで蹴散らすのは簡単だが、それも弱い者苛めをするみたいで気が咎める。

「よし、この中ではお前が一番頑丈そうだな」

 モヤシのように貧弱な面々の中で、唯一ガッシリした筋肉のチームリーダーに目をつけたジンは、「しっかりと腹筋に力を篭めておけよ」と警告すると初めて拳を構える。

 彼は幹部のディン達をも凌駕するチーム随一の肉体派。とある事情でBチームに格下げされているが、本来ならAチームに抜擢される『レイヴンエリート』と呼んでも差し支えない実力者なのだが。

「せいやっ!」

 渾身の正拳突きが鳩尾に炸裂。メキゴキという嫌な音を立てて、ブルトは吐瀉物を撒き散らしながら、痛そうに地面を転げ回る。

「あちゃー、済まん。少し力を入れ過ぎてしまったか」

 ジンは軽く太眉を顰めると、申し訳なさそうに自身の後頭部を撫でる。胸部周辺を叩いていたら間違いなく肋骨が砕けており、これでも加減したつもりだが、敵の耐久力と己の破壊力の両方を見誤ったらしい。

「どうする、まだやるかい?」

 ジンが拳を突き出して、軽く威嚇する。残りの三人のメンバーはブルブルと首を横に振りながら、得物を地面に取り零してホールドアップする。

 

 武とは二つの矛を止めるという意、字体。争いを諫めて和と成すが、本当の力。

 まさしく、戦わずして勝つを知る者の格言通り。先の特務兵のように徒に暴を振るうことなく、A級遊撃士ジン・ヴァセックは最小の被害で場を収めるのに成功。

 かくして、決勝トーナメントを競い合う八チームが、ここに出揃った。

 


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