星の在り処   作:KEBIN

91 / 138
FirstChapter~グランセル編~
魁・武闘トーナメント(Ⅰ)


「ふふん、ふんふん、ふーん。旦那様がいない間は、私がこの花壇のお世話をするのー」

 マーシア孤児院のオマセな幼女は鼻唄を口ずさみながら、等身に合わない大きめのジョウロを両手で重そうに抱えて、ハーブ畑に水撒きをしている。

 ルーアン地方のメーヴェ街道沿いに位置する児童福祉施設は別荘地分譲を企むダルモア一派の陰謀により一旦焼き払われたが、その身勝手な野望は遊撃士兄妹の活躍によって阻まれる。

 学園祭の寄付金による再建を承ったメイベル市長は地元の日雇い労働者を用立て連日の突貫工事を行い、つい先日に孤児院は在りし日の姿を取り戻して、その完成式典が執り行われたばかり。

「マノリア村の人たちも良くしてくれたけど、やっぱりここが私たちの家なんだと実感するわ。クローゼお兄ちゃんが王都の用事とかで立ち会ってくれなかったのが残念だけど」

 未来のハズバンドの不在にションボリする。クローゼ御用達のジョウロに頰擦りしながら水やりを継続するが、目の前の畑に大きな影が浮かび軽く小首を傾げる。

 火事で焼け落ちた入口の灯柱も再度、新品が埋め直された。魔獣の筈はないと無警戒に振り返ったマリィは、「ひっ!」と悲鳴をあげて表情を青ざめさせる。

 どうやって隠密効果を掻い潜ったのか、逆光と重なり黒いシルエット化した大型魔獣が真後ろに立ち尽くしていて、ジョウロを取り落としマリィは思わず腰を抜かしてしまう。

「あわわわわ…………た……助け………………へっ?」

 目が慣れると同時に侵入者の全体像が明らかになる。どうやら人間のよう。

 ただし、魔獣と見間違わんばかりの獰猛そうな巨漢で、白と黒の縞模様の囚人服を着ている。同装束の女性と少年を米俵のように両肩に担いでおり、信じられない怪力だ。

「あ、あの、大丈夫でしょうか?」

 片目に傷のある極悪面に怖じ気づきながらも、マリィが恐る恐るそう尋ねたのは、三者とも全身血塗れで大怪我を負っているように見受けたから。人間二人をここまで背負ってきた無茶が祟ったのか、大男は瞳孔を白目に変化させて力尽きて、そのまま前のめりにぶっ斃れる。

「おい、マリィ。今の音は…………って、何だ、こいつら?」

「クラム、今すぐにテレサ先生を呼んできて!」

 庭にいる子供たちの様子が慌ただしくなる。招かれざる脱獄囚の出現に、マーシア孤児院は新たな騒動に見舞われることになった。

 

        ◇        

 

「はぁはぁ……なぜ、こんなことになっているんだ?」

 王都グランセルへと続くキリシェ通りを、ジェニス王立学園の制服を着た少年が追手を振り切ろうと身一つで駆け抜ける。

 ルーアンの冒険で奇縁を囲ったクローゼ。旧知のマーシア孤児院を襲った災厄の種とは別に彼自身も窮地の真っ只中に放り込まれている。

「ユリアさんとはあれから連絡が取れないし、親衛隊は謀叛のかどで追われているという。まさか、ここまで大胆に陰謀が進行していたとは」

 クローゼは唇を噛んで、端正な顔を歪める。

 こうなった今、グランセル城はリシャール大佐の手に落ちたと見るべきだろうが、ならばこそ自分まで捕まるわけにはいかない。身分を明かして遊撃士協会(ギルド)に保護を求め、もう一度ブライト兄妹と再会するまでは。

「よし、ここまで来れば…………なっ?」

 大門前の広場まで辿り着いたクローゼは目を疑う。

 雨が降りしきる中、白昼堂々と情報部の特務艇が頭上を旋回している。

 絶えることなく喧騒な王都近辺にまるっきり人の気配が感じられない所からして、外出を控えるよう戒厳令が敷かれている。一国の王子とはいえ、たがだか学生一人を捕らえる為にここまでするとは本当に大佐のやることは徹底している。

「けど、こちらの方か早い。敷地内に入ってしまえば、いくら何でも……」

 飛行艇が中央広間に着陸するには、ホバリングから再旋回する必要がある。タッチの差で門扉を潜れるとクローゼは確信したが、艇後部ハッチが開くと何者かが飛び下りてきた。

「えっ?」

 二十アージュ上空からパラシュート無しでクローゼの正面に落下。片膝をついただけで怪我することなく着地を成功させる。

 この常人離れした体術一つで、仮面の隊長の異常さが十分に伺える。クローゼは唖然とするが、気を取り直して脇差しからレイピアを引き抜く。

「くっ!」

 電光石火、次の瞬間には得物が後ろに弾かれて、無手になる。

 何時の間に抜刀したのか、ロランスの左手に握られた異形の剣がクローゼの喉元に突き付けられている。

(レベルが違いすぎる。何者なんだ、この人は?)

 エステルにすら及ばぬクローゼの技量でアガットさえも瞬殺したレオンハルトと渡り合えばこの結果は必然であるとはいえ、一合にも及ばない短い遣り取りで互いが見据えている剣の(ことわり)の違いをマザマザと見せつけられ抵抗する意志が萎んでしまう。

「ジェニス王立学園、社会科在籍のクローゼ・リンツ君。これはまた奇な所で再会したものだな」

 後方の広場に不時着した特務艇からリシャール大差がゆったりと降り立つ。レイピアを拾いながら、敢えてクローゼの仮身分を謳いあげる。ロランス少尉は一礼してから、剣を鞘に戻す。

 まさしく、前門のロランス、後門のリシャール。もはやどこにも逃げ場はない。続々と艇から出現した特務兵に身柄を拘束されるが、虜囚の身に臆することなく強い敵意の視線で黒幕を睨んだ。

「リシャール大佐。デュナン叔父さんを傀儡に仕立てて、あなたはこのリベールをどうしようというのですか?」

「貴方たち、ロマンチストの祖母孫には理解してもらえないでしょうが、我々はこれでも憂国者(パトリオット)だよ。このリベールを二度と外敵の侵略に犯されることがない強い軍事国家へと生まれ変わらせる。それこそが、私がエイドスより託された使命なのだ」

 

        ◇        

 

「くそっ、とうとうここも嗅ぎつけられた! 直ぐさま脱出の準備を…………って聞いているのですか、ユリア中尉?」

 クローゼが捕縛されたのと時を同じくして、本来彼を守護すべき王室親衛隊も危地に陥っている。地下水路内に潜伏していた生き残りの衛士たちは隠れ家に突入してきた特務兵の一団と応戦するが、彼らを纏めるべき中心人物は心ここにあらずといった状態で惚けている。

「中隊長殿、緊急事態ですよ!」

「あっ、ああ、済まない。私とルクスで敵を食い止めるので、エコーとリオンを先頭に西区画の方に抜け出て一旦散開。ほとぼりがさめた頃合いを見計らい、G7拠点に再集結するように、以上!」

 我に返ったユリアの号令の元、一堂は裏口へと後退する。

 中央工房襲撃の濡れ衣による一斉検挙から辛うじて逃げ延びた隊員の数は二桁の大台を割り切った。何時か必ず訪れる決起の日に備え戦力を温存する為にこれ以上犠牲を出す訳にはいかない。最も腕が立つユリアとルクスの二人が殿を務める。

「王室親衛隊中隊長、ユリア・シュバルツ参る!」

 愛用の長剣(バトルセイバー)を振りかざして、ランツェンレイターの剣技で複数の敵と互角に渡り合う。

(相変わらず中隊長殿は別格だな。しかし……)

 撤退の指示は的確だし技量に衰えが有る筈ないが、それでも覇気に満ち溢れた全盛期に較べると今一つ精彩に欠ける。

 そもそも戦時中に注意力を散漫させるなど、仕事の鬼のユリアにあるまじき職務怠慢。学園祭の見物でルーアンから戻ってから万事この調子。カノーネ大尉が同期のライバルの低落振りを知れば、却って失望するかもしれない。

「くっ、流石にこの数相手ではキツイか」

 彼方此方に手傷を負ったユリアは軽く膝をつく。

 一対一の力量なら、どの相手よりもユリアは秀でているが、情報部選り抜きの特務兵の強みは数合わせの弱兵が存在しないことにある。単騎でゆうに親衛隊員ナンバー2のルクスと互角。それが分隊(12人)規模で送り込まれては足止めにも限界がある。

 狭く迷路のように入り組んだ地下水路の地の利を活かし、何とか敵を分断して各個撃破に務めながら退路を伺ってきたが、とうとう袋小路に追い詰められてしまった。

「済まんな、ルクス。お前だけでも逃がしてやりたかったのだが」

 観念したように俯くユリアを前にして、ルクスは違和感を抑えられない。

 常日頃の鬼神であれば、いかに絶体絶命のピンチであれ、こんな弱音を吐くことは有り得なかった。『白き花のマドリガル』の例のキスシーンが未だに堪えているのか。

(クローディアル殿下をお護りすることが、中隊長殿の生き甲斐だったからな。もう自分は王太子にとって必要ない人間だと思い込んで、存在意義(レゾンデートル)が揺らいでいるのかも)

「どうやら、ここが私の死に場所のようだな」

 ユリアは決死の覚悟で剣を構える。

 ルクスの見解は正鵠を得ており。もはやクローゼは手の届かない世界に巣立ってしまったと諦観したが、さりとて己の職務を投げ出すつもりも王家への忠誠心を捨てた訳でもない。

 中円Sクラフトのトリニティクライスの攻撃範囲では、バトルフィールド全域に散らばった特務兵を一網打尽にするのは無理。可能な限りの敵を道連れにし部下の為に血路を切り開く神風特攻を仕掛けるつもりだったが、敵の下士官からの降伏勧告が事態を急変させる。

「ユリア中尉。そろそろ無益な抵抗は諦めたらどうかね? 先程、クローディアル殿下もこちらの手に落ち………………ひっ!?」

「私のクローゼをどうしたって? この血塗られた反逆者共が?」

 そのまま黙って殴殺すれば金星をあげられたかもしれないものを、余裕こいて雌虎の尻尾を踏み潰して態々寝た子を起こしてしまう。ユリアの身体全体から発せられた圧倒的な闘気の量に死をも恐れぬ特務兵が気押され思わず後ずさりする。

(こいつはいける!)

 親衛隊士が良く知る戦女神(アマゾネス)の降臨を目にしたルクスは、更なる燃料を注ぎ込もうと琥珀色の瞳の少女に心の中で謝罪すると、汚れ役を押し付けることにする。

「へへっ、中隊長殿。あれからリオンと調査したらヨシュアとかいう黒髪少女は、クローディアル殿下を色仕掛けで骨抜きにするように情報部から送り込まれたハニートラップだったみたいですぜ」

 ヨシュアの名を聞いた刹那、凄まじい殺意の波動がユリアの周辺を覆う。ルクスはゴクリと生唾を呑み込んだが、毒を喰わらば皿までと一蓮托生精神で相棒のリオンを共犯に更なる領域へ突き進む。

「やはり、中隊長殿の勘は当たっていたみたいで、このままじゃ王太子殿下は女スパイの瑞々しい肢体に組んず解れつ籠絡されちまうかもしれやせんぜ」

 

「さあせぇるーかぁー!」

 某戦闘民族のような黄金色の闘気を全力で開放しながら、ユリアは敵陣に斬り込む。

「げ、迎撃しろ!」

 特務兵が影縫いや機関銃掃射で応戦するが、身に纏った闘気が幻影の鎧(ミラージュベルグ)と化してユリアの身体を守り、あらゆる敵の攻撃をシャットアウトする。

「我が主と義の為に…………覚悟!」

 怒りのパワーでトリニティクライスを大円のペンタウァクライスへと進化させたユリアは、特務兵の集団を取り囲むように剣尖で五芒星(ペンタグラム)を地面に描き上げる。星型の絵図に秘められた闘気が巨大な光の柱となって内部の人間に降り注いで敵兵を次々と宙に舞い上げる。

「義なき剣に私は決して負けぬ。殿下、必ずや黒髪の毒婦の魔の手からお救いしますので、今しばらくお持ち下さい」

 瀕死の敵は這う這うの体で退散する。手持ちのクラフトを大幅にパワーアップさせたユリア・シュバルツ中尉が完全覚醒したが、その目覚めた力の矛先はヨシュアへと向けられそうな雰囲気満々。

 自ら煽動した顛末とはいえ、ルクスはどう中隊長殿の暴走に歯止めを掛ければ良いのか途方に暮れることになった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。