星の在り処   作:KEBIN

88 / 138
ラッセル博士救出作戦(中編)

 レイストン要塞の飛行艇発着所に、二十個近いコンテナが放置されている。

 中身は中央工房に発注した資材で、運んできたライプニッツ号は既に帰途についている。生体感知器によるチェックでも異常は検出されなかったので、搬入作業は明日へと持ち越されて兵舎に戻るために解散する。

「やれやれ、ここ数日の非常体制は何時まで続くんだ?」

「特務兵の奴らが全員要塞から引き上げたし、もうすぐだろ?」

「何で俺たち正規軍があんな胡散臭い連中の言いなりに。ましてや、ラッセル博士は犯罪者じゃなくて救国の功労者だろうに」

「しっ! どこに情報部のスパイが紛れているか判らないし、不用意な発言は慎め」

 兵士の声がどんどん小さくなる。場が静寂に包まれると同時にコンテナの一つの隠し扉がガラリと開く。

 間にティータを挟んで、エステルとアガットが互いを抱き合うような形で仲良く押し倉饅頭している。三人は縺れるように狭いギミックスペースを飛び出して、フレッシュな外の空気を吸い込んだ。

「はうっー、死ぬかと思ったです」

「右に同じく。けど、俺たちの密航を上手く誤魔化せたみたいだな」

「ふんっ、その何たらオーブメントとやらは大した性能だな。今回ばかりは褒めてやるぞ、チビスケ」

 三者はそれぞれ伸びや屈伸運動をして凝り固まっていた関節の筋肉をほぐすと、自分達が潜んでいた左半分とは反対側の右端の隠し倉庫から各々の得物を取り出して装着する。

 いよいよ、鉄壁の砦をステージとしたラッセル博士救出劇の開演である。

 

        ◇        

 

「お前の爺さんは、あそこに捕らえられているとみて間違いなさそうだな?」

 物陰から研究棟の様子を伺いながらエステルはそう尋ねて、二人はコクリと頷く。

 博士に取り付けた発信機はもはや音信不通だが、プレハブ小屋を二桁以上の兵士が取り囲んでおり、この手厚い警護態勢が中にいる人物のVIP待遇振りをアピールしている。

「護衛の数は全部で十二人か。やってやれないことはないだろうが、警報装置(オーブメント)を発動させる前に全員倒すのはまず無理だろうな」

 好戦的だが勇気と無謀の峻別がついているアガットは軽率な行動に走ることなく、キチンと勝算を練る。

 要塞に駐屯する全ての王国軍兵士にはスイッチ一つで塞内の仲間に瞬時に変事を伝達可能なポケペル型のオーブメントを手渡されており。侵入者を発見した場合は交戦するよりも先に装置を鳴らすよう義務づけられている。

「そうなっちまったら兵士がワンサカ押し寄せきて、博士を助けるどころか俺たちも完全にアウトだ。とにかく今は状況の変化を待つしかないか」

 意味深な目つきでアガットはエステルを睨み、先輩の求めに応じて得心した態度で首を縦に振る。

 あれから連絡は取れてないし忍び込んだ後のシナリオは完全にアドリブ任せだが、二時間以上も前にヨシュアがレイストン要塞に潜入しエステル達の救出作業が捗るように何らかの工作を施している筈なのだ。

 定期的に中庭を哨戒しに来る兵士をヒヤヒヤして遣り過ごしながら、ヨシュアの援護射撃が功を奏するのを信じてひたすら辛抱するしかない。

 

 だが、短気な特攻型遊撃士二人の忍耐心がそれほど試される間もなく、唐突にその瞬間が訪れる。

 突然、要塞全域にサイレンが鳴り響き、全ての照明灯がライトアップされる。薄暗い中庭を一気に照らしだし、兵士たちの動きが慌ただしくなる。

「何だ、まさか俺達の侵入が勘づかれたのか? それとも、ヨシュアが…………いや、あいつがそんなヘマをするわけない…………あ、あにぃー?」

 急激な暗明の変化に瞳孔を瞬かせた後、司令棟中央入口から物凄い数の人間が溢れてきてエステル達は唖然とする。

 年齢も体格もマチマチだが、全員が白と黒の縞模様の帽子と長袖長ズボンを着込んでいる。胸部に識別ナンバーが縫いつけられており、地下牢に幽閉されていた既決囚だ。

 しかし、今時ボーダー柄のクラシックな囚人服とか、ブルマの継続といいリベールはよほど古き良き風習を大切にしている模様。この調子だと手拭いのほっかむりに唐草模様の風呂敷を担いだコソ泥イメージそのものの犯罪者も収監させていたかも。

「ひゃっほうー、シャバだ! 新鮮な外の空気だ!」

「あの塀の向うには、パラダイスが待っているぜ!」

 「脱獄だぁー!」と悲鳴のような声に混じって、自由と開放を求める囚人達の怒号が響き渡る。ロッククライミングの要領で壁に張り付いたり、閉ざされたメインゲートを突き破ろうと数人がかりで鉄材を叩きつけ、それを取り抑えようとする王国軍の兵士と彼方此方で衝突して、たちまち中庭は阿鼻叫喚の巷と化す。

「おいおい、まさかこれは、あの小娘がやったのか? 無茶苦茶にも程があるぞ」

「けど、お蔭で警備がかなり手薄になったですよ、ほらっ」

 人手が足りないからだろうが、下士官らしき軍服を纏った男性が研究棟の兵士に声を掛けると、十人ほどが増援にまわされて守衛の数は二人にまで減少する。これならエステルとアガットの力量を以ってすれば、奇襲で仕留めるのも可能。

「ちっ、一先ず詮索は後回しだ。まずは今のうちにラッセル博士を救助するぞ」

 穏便に人知れず脱走する予定が、囚人まで巻き込んで要塞そのものを派手に炎上させたヨシュアの遣り口には賛否があるだろうが、この千載一遇の好機を見逃す訳にはいかない。

「覚悟して下さい」

「う、うわ、何だ? 前が見えな…………ぐぎゃあ!」

 ティータが導力銃クラフト『スモークカノン』の煙幕で視界を塞ぎ、見張り役の兵士を混乱させた一瞬の間隙をついてエステルとアガットが飛び込み、警報装置を鳴らさせる暇を与えずに一撃で戦闘不能にする。

「あんたらに恨みはないんだが、悪く思わないでくれよ。えっと、鍵は…………よし、これだな」

 研究棟のキーを探り当てたエステルは扉を開錠すると、気絶した兵士を内部に引きずって扉を閉め込んだ。

 

「また来おったか? ゴスペルの制御法を突き止めた今、これ以上この老体に何の用が…………」

「お、おじいちゃーん!」

 涙目のティータが祖父の胸に抱きつき、博士は狐に摘まれたような表情をする。

 まさかカノーネあたりが更なる脅しの道具にする為に愛孫を誘拐してきたのかと勘繰ったラッセルは表情を険しくするが、後ろに控える見慣れた準遊撃士の存在に事情を諒解する。

「なんと、ワシを助けにレイストン要塞に潜り込んできたのか? 腐ってもカシウスの遺伝子を受け継ぐ精鋭のようじゃの」

「ヨシュアも別行動だが、一緒に来ているぜ、爺さん。感動の再会に水を差して悪いが、直ぐに脱出するので急いで準備してくれ」

 兵士に変装する為に脱がした軍服に着替えたエステルは軽く赤面する。

 彼の目の前では羞恥感覚ゼロのアガットが平気でパンツ一丁になって、ふくよかな乳房を誤魔化す為にサラシをキツキツに巻き込んでいる。

 狭い隠し部屋の中でティータを窒息させんばかりにあのダイナマイト果実を押しつけ抱擁していた時さえ顔色一つ変えなかったので、今更ながらに産まれてきた性別を間違えたとしか思えないと、泣き虫のアガティリアの基本人格を知らないエステルは肩を竦める。

 

 王国軍兵士に扮装した遊撃士二人とカペルの中枢ユニットを抱え込んだラッセル祖父孫は、不幸な見張り役の兵士二名を縛り上げて警報装置その他の持物一式を巻き上げてから研究棟の外に抜け出すが、目の前で繰り広げられている地獄絵図に呆然とする。

「なんじゃ、やけに外が騒々しいと思ったら、こりゃぶったまげたわい」

「どうやら、ヨシュアお姉ちゃんが囚人を全員開放したみたいでしよ」

 無限のフロンティアを目指し必死に壁を攀じ登る囚人を下から麻酔銃で撃ち落とし、物理系のクラフトを使って暴れ狂う暗黒街の達人を投げロープを巻きつけて数人がかりで捕獲しようとしたりと、要塞開闢以来の大パニックに陥っている。

「ほっほっほっ、目的の為なら一切手段を選ばんとは、何とも頼もしい娘じゃの。おかげでワシらにかまける余裕もなく右往左往しておるぞい」

 自身が科学の発展に犠牲を厭わないマッドサイエンティストの片鱗があるラッセル博士は拉致監禁された鬱憤も手伝い愉快そうに高みの見物を気取るが、実際は笑い事ではない。

 暴動の収拾にはしばらく時間がかかるだろうが、脱走者を一人も洩らさぬように兵士総出で超警戒体制が敷かれた中、足手纒いの老人を含めてどう脱出すべきなのか。

 そんな途方にくれたエステル達の方角に二十人前後の囚人の一団が流れてきた。本来なら逮捕に協力すべき出自を持つブレイサーズだが時と場合に寄りすぎる。

 脱獄という志を等しくする輩同士で共食いしても何の得にもならないので、そのまま素通りさせようとしたが、エステル達を視認すると真っ直ぐこっちに向かってくる。

「何で…………って、やばい! 今俺たちは王国軍の軍服を着ているんだっけか?」

「ちっ、犯罪者共と戯れている暇はねえんだが」

 是が非でも不戦交渉に持ち込みたい所だが、監獄に自ら忍び入った複雑怪奇な身の上をどう説明したものやら。

 抗戦しようにも、保護対象のラッセル博士(NPC)を守るには、いくら何でも敵の数が多すぎる。ここでドンチャン騒ぎを起こせば、誘蛾灯のように更に多くの兵士を招き寄せて自分たちの首を締めるだけ。

「くそっ、戦るしかねえのかよ?」

 仕方なしに二人は得物を構えるが、未だに覚悟は煮え切らない儘。そんな内心を見透かしたのか、集団の先頭を走る三人はピタリと足を止めるとこちらに話しかけてきた。

「ふーん、確かにヨシュアの言う通りに研究棟の前にいたみたいね」

「なら、サッサと用事を済ませちゃおうよ、キー姐。僕、コイツ嫌い」

「ほーお。この小僧が、あの砦にいたブレイサーの片割れか? 俺はあの時のことを、ほとんど覚えちゃいないんだがな」

「…………って、お前らは?」

 ティータの小型導力砲(P-03)を凌駕する大型導力砲を脇に抱え込んだジンに匹敵する巨漢の主。

 基本男性しか拘禁されない重犯罪者収容施設の紅一点ともいうべき細身の女性。

 ベアアサルトを指先でクルクル弄んでいる生意気そうな童顔の少年。

 更にはその三人の後方に控える無精髭を生やしゴツイ顔をした愉快な大勢の仲間たち。

 ドルン、キール、ジョゼットの三兄弟に率いられたボース地方を震撼させたカプア一家の懐かしい面々が久方振りにエステルと体面した。

 

        ◇        

 

「……なぜ、このような惨状に嵌まったのか見当もつかんが、こいつは始末書どころか軍法会議は免れぬだろうな」

 中庭の中央で全軍を指揮しながらも、基地司令官が不在の今、この失態の全責任を押し付けられる立場である守備隊長は左手で軽くコメカミを押さえながら嘆息する。

 広い中庭は王国軍の兵士とボーダー柄の囚人で溢れ返っている。現状ではまだ脱獄に成功したならず者はいないようだが、このまま鼬ごっこのような膠着状態が続けば市民の安全を脅かす凶悪犯を世に解き放ってしまう恐れがある。

「それだけは絶対に阻止せねばならぬな。例えどれほどの犠牲を払ったとしても」

 保身感情を抜きにして職業軍人としての純然たる使命感からそう決意したシード少佐は、脇に控えるベルク副長に何かを指示すると印を組んでアーツの詠唱態勢に入る。

「こいつの性能をここまで実戦的な修羅場で試す機会が得られるとはな」

 リシャール大佐から授かった新型の戦術オーブメントを皮肉な視線で見下ろしがら、身体全体を緑色に光らせる。彼の側近は空高く信号弾を打ち上げると大慌てでその場を離れた。

 

「何だ、王国軍の連中が?」

 再会を果たしたジョゼット達と対話を試みる間もなく、事態の急変を訝しむ。

 天空で信号弾が炸裂するのを見届けた兵士たちが、囚人の群を放置して我先にと建物の中に避難する。元々脳筋系の多いあれくれ共は今がチャンスと深く考えずに破獄を継続するが、自然色(グリーン)のオーバルアーツの光を駄々洩れさせる王国軍士官の姿を視認した刹那、エステルとキールが大声を張り上げる。

「何か分からないけど、とにかくヤバイ!」

「良く判らないけど、とんでもないことが起きるわ!」

 強い直感力を持つ二人の危機意識が完全にシンクロして、先導するように研究棟の中へと逃げ込む。その行動に釣られるように、ティータ達やカプア一家の手勢も全員室内に入り込んで、慌てて鉄製の扉が施錠される。

 

「全てを薙ぎ払え、グランストリーム!」

 詠唱が完了したシード少佐が両腕をガッツポーズのように空高く振り上げると、彼を中心点として凄まじい突風が巻き起こり、そのまま暴風(ストーム)に成長する。

「うわぁー! 何が起こった?」

「く、苦しい、息が出来ない!」

「ひぃ! 目が回る、助けてくれ!」

 散開する囚人や逃げ遅れた兵士など敵味方関係なく、中庭に取り残された全ての者を中空高くに巻き上げる。最後は乱気流(ストリーム)へと進化し、まるで全自動洗濯機に放り込まれたかのようにグルグルと回転しながら生身の空中遊泳を強いられる。

「これが次世代オーバルアーツの中でも最強と謳われる全域属性魔法か。発動までの詠唱時間の長さがネックだが、威力、攻撃範囲共に現行品とは比肩すら出来んな」

 風が止んだ中庭には、少佐以外の人間が酸欠状態に陥って全員うつ伏せに倒れている。

 人為的な天変発生により、暴動を起こしていた囚人の七割近くが一瞬で無力化された。人の域を超えた御業の代償なのか、戦術オーブメントから煙が吹き出し更にはシード本人も苦痛で端正な顔を歪める。

「少佐、大丈夫ですか?」

「平気だ。プロトタイプでの実験を試みた以上、この程度の反動を身体にきたすのは覚悟の上だが、本当に一撃で故障するとは思いもしなかったな」

 駆けつけてきたベルクにそう冗談めかすと、自軍の被害状況を確認する。

 憐れにも巻き添えを喰った味方の数は二桁を数えたが、その十倍以上の囚人を道連れにし、収支は大幅な黒字報告。これなら兵士たちの自己犠牲も十分報われる。

「負傷した部下の手当てと並行して、まだ動ける囚人を一人も逃さず捕縛せよ。私は一旦、司令室に戻るが、ここまで戦況が推移すれば問題ないな?」

「もちろんであります。お疲れ様でした、少佐」

 左肩を引きずるようにして司令棟に帰還する上官を敬礼しながら見送ると、建物に隠れて竜巻を避けた予備兵力を全軍投入する。

 手負いの上に今の天変地異に戦意喪失した囚人は、一方的に蹂躙される。戦局は次第に掃討戦の様相を帯び、王国軍の誰もが勝利を確信したが、既にラッセル博士の存在そのものが失念されている研究棟の中には難を逃れたエステル達とカプア一家が無傷で生存しており、窓から外の様子を観察し脱出の機会を虎視眈々と伺っていた。

 

        ◇        

 

「陽動作戦は上手くいったみたいね」

 一方その頃、とんでもない災厄をレイストン要塞に齎した張本人は、もぬけの殻となった要塞司令室に騒ぎに乗じて潜り込んでいた。

「さてと、早めに探すとしましょうか」

 そう呟くと、室内の壁に耳を当てて軽くノックする。見込みが外れたら、少し位置をずらして、また同じ動作を繰り替える。

 大火を消し止めるには相当量の放水が必要だから、部屋の主のお偉いさんが現場から帰宅するにはまだ時間があるが、他の駐屯所に援軍を要請されたら脱獄は困難。急ぐ必要があるかもしれない。

「必ずある筈よ」

 ヨシュアが探しているのは、この手の要塞には付き物の秘密の脱出経路である。

 受付のキリカが非合法な手段で入手したレイストン要塞の設計図と睨めっこしたヨシュアは、各階施設を立体的に組み合わせ俯瞰から再構成した結果、ちょうど要塞司令室から地下を経由して湖の方角へとデッドスペースともいうべき不自然な空間が出来あがるのを目敏く発見した。

 キリカとも相談し、その部分には緊急避難通路があるのではとの共通の見解を抱き、老体の保護対象のラッセル博士を最も安全に護送可能な脱出路の最有力候補として、作戦の基幹に添えることにした。

「軍部の最重要機密事項だろうから、図面からトンネルの記載は省いたみたいだけど、ここまであからさまだと擬態の意味を成さなかったわね」

 合理的な思考フレームの演算では、よほど奇人変人の設計者が無意味にダミーを仕込んだのでない限り、98%の高確率で抜け道の存在を主張したが、万全を期する為に自分の眼で確認するまではエステル達実働班に対しては恒例の秘密主義を貫いた。

 

 時計周りに壁を移動しながら、聴診器で診断するような仕種でコンコンと音を聞き分けて十五分近い時間が経過し、ちょうど指令デスクの真後ろの地点でピタリと足を止める。

「みーいっけたぁー」

 入口には迷彩が施され、更には先の彼女のような聴診で探り当てられるのを防ぐ為、ドアには遮音材のクッションが敷かれノック音に変化は無かったが、天才シンガーの絶対音感は千分の一デジベル単位の微小な音質の違いを聞き分けて、更にはマイクロセンサーのような敏感な指先が扉と壁の微かな隙間を探知するので、要塞設計者(アーキテクチャ)の偽装工作は徒労に終わる。

「どこかにこの隠し扉を開くスイッチがあるだろうけど、それを探すのは現実的じゃないわね」

 不用意に室内の調度品を弄って警報を鳴らでもしたら、ここまでの苦労が水泡に帰す。ヨシュアは両手にアヴェンジャーを展開すると強行手段に訴える。

「真・双連撃!」

 双剣をクロスに数回振り抜くと、恐らくは特殊合金の材質で作られた強固なドアが豆腐のように斜めに切り落とされて、見込み通りの奥長の空間(トンネル)が目の前に出現する。

 本来、非力なヨシュアは固い物質を破壊するのは苦手だったが、新たな(ことわり)に目覚めた結果、物理防御力(DEF)は何ら意味を持たない死にパラメタと化す。軽く人指し指を舐めて目の前に翳すと、外界との繋がりを約束する生暖かい風が吹き込んでいるのを知覚。

「思った通りね。気持ちよく風穴を通しちゃって、囚人の再抑留といい色々と後始末が大変そうだけど、所詮は他人事だし後は野となれ山となれよ」

「おいおい、そいつは少し無責任すぎやしないかい?」

 突然、後方から野太い声が掛けられる。扉の破壊に全神経を注ぎ込んで、迂闊にも周囲への警戒を怠っていたヨシュアは、ビクッと黒猫のように全身の毛を逆立てさせる。

 恐る恐る振り返ると、要塞の守備隊長であるシード少佐が両眼に強い敵意を浮かべてこちらを睨んでおり、ヨシュアは思わず「やばっ」と声が漏れる。

「随分とお早いお帰りでしたね? もしかして、私の目論見に気づかれたのですか?」

「まさか、ちょっとした偶然の巡り合わせから面倒事が早く片づきそうなので、壊れた戦術オーブメントを取り替えに立ち寄っただけだが、こうして事件の黒幕と遭遇できたのはエイドスの思し召しなのだろうな」

 ヨシュアは殿方に媚びるような営業スマイルを堅持しながらも、心中で舌打ちする。

 実戦は頭の中で思い描いた起算通りにまず運ばず、常に想定外のアクシデントに悩まされるのは承知しているとはいえ、中庭で何が起きたか判らないが、こんな早期に暴動が鎮圧に向かうとは計算違いにも程がある。

 つくづく世の中とは、百と零以外のパーセンテージは信用ならないものだ。

「投降するなら良し。抵抗するのなら少々痛めつけてでも、このレイストン要塞で何を企んでいたのか吐かせるとしようか」

 シード少佐はポーカーフェイスを維持していたが、頭部に怒筋を浮かべている。どうやら子悪魔の所業の数々に大層ご立腹の御様子。

 甘いマスクに似合わずフェミニストの気は無さそうな守備隊長殿は左肩の激痛を堪えなから脇に差していた長剣を引き抜いて襲いかかり、ヨシュアは双剣で受け止めて対抗する。

 

 強者同士の無秩序な決闘へと入り乱れた救出作戦は、怒濤の後編へと続く。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。