星の在り処   作:KEBIN

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二つの冒険(Ⅳ)

「うお、眩しい」

「うむ、坑内の暗闇に浮かび上がるセプチウムの輝きも風情があっていいが、やはり、太陽の光は格別だな」

「まさに、天の恵み。空の神(エイドス)に感謝しないとな」

 突貫作業で壊れたエレベーターシャフトを掘り起こして、手動で一階に生還してきた坑夫たちは、半日振りに全身に浴びた暖かい日の光に、それぞれの感慨に耽る。落盤で地下深くに閉じ込められ、魔獣の大軍に襲われた時は、再び生きて朝日を拝めないのでと半ば覚悟していただけに、地上の新鮮な空気は格別だろう。

 まあ、今現在の時刻は朝方ではなく、既に夕暮れ時なのだが。

「本当に世話になったな、エステル。お前さんがいてくれなかったら、どうなっていたことやら」

「気にするなよ、親方。これが、ブレイサーの務めだからさ」

 左の頬を掻きながら照れ臭そうにそっぽをむく。昔から悪戯ばかりしていた悪ガキなので、どうにも褒められるのは苦手だ。

「そうだ、エステル。今の仕事が一区切りついたら、街で打ち上げ会をやる予定なんだが、お前も参加しないか? クラウス市長がこの件の功労者全員に奢ってくださるそうだ」

「おいおい、親方。これでも俺は一応未成年だから、酒なんか勧めるなよ。それより宴会って、ヨシュアがバイトしていた時のアレをまた繰り返すつもりかよ?」

 苦笑しながらも、何とも言えないニュアンスで言葉を濁す。

 

 ガートンらは去年も居酒屋アーベントを借り切って親睦会を行っており、夜中になっても一向に帰宅しないヨシュアの身を案じて街まで迎えに行ったことがある。

 通常の営業時間を過ぎ、『貸し切り』の札がかかった居酒屋の扉を開くと、義妹が夢に出てきた黒猫メイド衣装で仮設ステージの上でノリノリで歌って踊っていた。

 さらには酔った坑夫たちに混じって、この町の重鎮たるクラウス市長とカシウスが共に肩を組んでヨシュアに喝采を浴びせる姿を発見した時には本気でロレントの行く末を心配したものだ。

 結局、このナイトフィーバーは朝方まで続いた。

 ヨシュアのおかげで給仕に専念できたもう一人の猫メイドの幼馴染みとロレントの暗雲立ちこめる未来について一夜を明かして語り合った後、酔い潰れた馬鹿親父を店に放置。クタクタに疲れて爆睡する義妹をおんぶして帰宅した。

 

        ◇        

 

「親父も含めて、この町の男は皆、ヨシュアのファンクラブみたいなものか。それは好きにすればいいけど、俺まで巻き込むんじゃねえよ」

 マルガ鉱山を後にしたエステルはスケジュールの遅れを取り戻すべく駆け足で山道を下ったが、口を開けば肉親への愚痴が止まらない。

「またヨシュアちゃんの天使の歌声が聞けたら最高だな」

「俺、この仕事を終わって生きていたら、彼女に結婚を申し込むんだ」

「というわけだ、エステル。義妹さんにはお前から話をつけておいてくれよ」

 坑夫たちの熱意にオフ会への参加を拒みきれなかったエステルは、その時には彼等のマドンナたる歌姫を連れてくるのを半ば強引に確約させられてしまう。

 

「どいつもこいつも、あんな腹黒猫被り娘のどこがいいんだ? 兄より強い義妹なんて、この世に存在していいわけねえだろ。まあ、夢の中みたいに殊勝にしていれば、可愛がってやらないでも……んっ?」

 マルガ山道の中間地点で、見知らぬ三人の男衆に取り囲まれる。

「何だ、こいつら? 道に迷った旅人って雰囲気じゃねえよな」

 緑を基調とした白い襟巻き付きの防寒服にお揃いのゴーグル。何らかの組織のメンバーのようだが餓狼のようにギラついた瞳でエステルを睨み、どう見ても堅気とは思えない。

 その先入観を助長するように、腰元から短剣を抜き出して、刃先をこちら側に向ける。恐怖心でなく諦観の境地から、軽く自らの頭を小突いた。

「魔獣に襲われるならともかく、こんな白昼堂々と追剥が出没するのかよ? 平穏なロレントの田舎町も随分と物騒になったもんだな。これもヨシュアが親父や町の野郎共をどんどん骨抜きにするから……」

「坊主、命が惜しければ、その懐に忍ばせている宝石をこちらに渡してもらおうか」

 治安の悪化の要因を身内に押し付けようと目論んでいたエステルのご高説が遮られる。輸送品の中身を言い当てられ目の色を変える。

「おろっ。最初からこの七耀石が目当てかよ? ということは、こいつら単なるコソ泥じゃねえな」

 目に止まった旅行者が偶然襲われたハードラックでなく、予め獲物の価値を知った上でこの場所に網を張り待ち伏せしていた組織的犯行。

 先の落盤事故に続き、今度は盗賊団の襲撃ときた。本来、運搬者の良心が問われるだけの簡単なお遣いの筈が、まるでこの結晶そのものが曰く付きの呪いの宝玉のように次々と厄介なトラブルを持ち込んでくる。

「全く臨時の追加ボーナスでも貰わないと割に合わないよな。とはいえ」

 エステルは決して粗暴ではないが、明らかに退屈より刺激を好む精神的な傾向がある。さっきから、身体の奥底から沸き上がってくるワクワク感を押し留める事ができない。

「こうでなくっちゃ、ブレイサーになった甲斐がないよな」

「やっちまえー。相手はたったの一人だ!」

 盗賊達が短剣をぶん回して襲いかかり、背中に背負った通常の半分ほどの長さの短棍を取り出す。棍にしては中途半端なリーチの得物を構えたエステルに敵は顔を弛緩させる。

 だが、次の刹那、エステルが右腕で棍をビュンと一振りすると短棍が一気に伸長、今までの倍以上の長棍に生まれ変わる。普段は持ち運びの邪魔にならぬよう畳めるが、戦闘時には通常棍よりも遥かに長い射程を得られる伸縮自在のギミック武器。

 この調節機能こそが、エステルの得物が『物干し竿』と呼ばれる真の所以。

 

「そらよ」

「ぐあっ」

 軽く一突きすると、盗賊の一人は派手に崖壁に叩きつけられ、短剣を取り零す。

「何だ、こついら。見た目はごついけど、素人に気が生えた程度のレベルだな」

 ギュンギュンという異様な風切り音を靡かせて、片手で軽々と長棍を振り回して威嚇するエステルの怪力に盗賊らはたじろく。

 実際、『エルガー武器商会』が魔改造したこの特注棍は、伸縮のギミック性を保ったまま単樹から削りだした木棍と同質以上の強度と柔軟性を維持するため、特殊な金属による補強が幾重にも加えられていて見た目以上の質量を誇り、生半可な腕力では到底扱えない。

 そういう意味ではこの物干し竿は特異なリーチと重量から、剣聖(カシウス)でさえも扱いに手子摺る紛れもないエステル・スペシャルである。生身の単純な膂力だけなら、エステルは既に父親を超えているかもしれない。

 

「これで、お終いっと」

 物干し竿を垂直になぎ払い、萎縮した残りの二人に纏めて叩きつける。まるで球技のボールのような空中遊泳を強いられ、数アージュ後方に弾き飛ばされる。

「くそ、引き上げるぞ」

「とりあえず、坊ちゃんに現状を報告しよう」

「小僧、今度会ったら、覚えていろ」

 一対多数でも補いようがない力量差を肌で感じ取った盗賊達は、負け惜しみの捨て台詞を吐きながら這う這うの体で逃げ散っていく。

「おうよ、俺は準遊撃士のエステル・ブライトだ。何時でも相手になってやるぜ、盗人め」

 カラカラと笑いながら、ピースサインで決めポーズをつくると、地面に落ちていた戦利品の短剣を拾いあげた。

 

        ◇        

 

 ここはどこだろう? 前後左右の重力の感覚がない。身体がフワフワする。

 星が遍く銀河のような不思議な場所を、ヨシュアは浮遊している。

(私は翡翠の塔のクエストをしていた筈では?)

「ヨシュア、久しぶりね」

 突如、背後に巨大な人影が浮かび上がる。ヨシュアは振り返ったが、影はまさしく黒いシルエットそのもので、何者か判別できない。判るのは、十アージュを越す大型の巨人だということだけ。

(いや、違う。この大きさは、単に私の中のこの人物のイメージが具現化しただけ。私はこの女を知っている。けど、どうしても顔を思い出せない)

 気づくといつの間にやら、巨人の大きな両掌の中に身体ごと包まれている。ヨシュアの琥珀色の瞳が灰色に濁り始める。

「わたくしの愛しいヨシュア。あなたにとって、男という存在は何?」

 巨人の禅問答染みた質問に、夢遊病患者のようにボソボソと答える。

「男とは、愛する一人の殿方と、利用するだけのその他大勢の鴨を指します。愛するたった一つの存在に、己の魂の全てを捧げて生涯を尽くす。残りの鴨達は、出涸らしの紅茶のように搾り取れるだけ搾り尽くし、欠片も利用価値がなくなったら、勘違いを起こす前に始末し、また次の対象を探す」

 果たしてこれはヨシュアの本心なのか、それとも謎の巨人にマインドコントロールされた結果なのか?

 エイドスを信仰する七曜教会の信者から、売女と蔑まされそうな回答が囁かれたが、出題者自身はこの答えがえらく気に入ったみたいだ。

「エクセレント、流石はわたくしの可愛い娘ね。ご褒美として、封じていたあなたの力の一端を開放してあげる」

 

        ◇        

 

「ここは?」

 目を覚ましたヨシュアは、猫のような仕種でキョロキョロと辺りを見回す。既に日が暮れ掛けた翡翠の塔で、屋上にも夕日の赤みが差している。

「何か、夢を見ていたような。駄目だ、思い出せない」

「あら、起こしちゃったかしら」

 ヨシュアが軽く頭を振ると、突然、頭上から穏やかな声が掛かる。ぼやけていた視界が明瞭になると、アルバ教授がくすぐったそうな表情で、ヨシュアを見下ろしている。

「私、寝ていたの?」

 能天気なエステルじゃあるまいし、まだクエスト最中だというのに信じられない失態。頬を赤く染めると、気合を入れ直すが如く、さらに強く頭を振る。すると、後頭部に暖かくて柔らかい膝裏の感触を感じる。どうやら無防備にも、アルバ教授に膝枕までされているみたいで、ますます赤面し、慌てて膝上から距離を置く。

「もう少し、ゆっくりしていて良いのに」

 ヨシュアに逃げられた教授は、子供っぽく拗ねて、物足りなそうに頬をぷくっと膨らませる。

「えへへー、ヨシュアちゃんの可愛い寝顔を撮っちゃいましたよ」

「日が暮れてきたし、そろそろ戻るぞ。身体の調子は大丈夫か、ヨシュア?」

 就寝中に取材を完了させたらしく、ドロシーとナイアルが近づいてきた。体調に問題ない旨を報告し、帰り支度を始めるヨシュアに再び教授が声を掛ける。

「あのっ、ヨシュアさんは、まだ十六歳なんですよね?」

「ええっ」

 後ろを振り返らずに、素っ気なく応える。何となく気恥ずかしくて、教授の顔をマトモに見られない。

「若くていいわね。無限の可能性に溢れていて、お肌もピチピチで。あなたぐらい奇麗だったら、きっと周りの男の人は放っておかないでしょうね」

 ひたすらシカトを決め込みながら、ナイアル達を追って階段を降りようとしたが、次の教授の一言がヨシュアの足をその場に縫いつけた。

 

「もし、わたくしが結婚していたら、今頃、あなたぐらいの娘が産まれていたりしたのかしらね」

 トクンと鼓動が跳ねあがる。何故、この女性の一挙一動に、こんなに動揺しているのか判らない。ひたすら釣り鐘を叩き続けるかのように、ドクドクと心臓が波打ち、足の震えも一向に止まらない。

「ずっと、研究一筋で、完全に婚期を逃しちゃったからね。今の仕事に、この身の総てを捧げたつもりだったから、悔いはない筈なんだけど、ヨシュアさんぐらいの年頃の娘を見ると、時々振れちゃうのよ。もしかしたら、わたくしにも、もっと違った人生が歩めたんじゃないかって。もし、あなたぐらいの年齢から、もう一度人生をやり直すことが出来るのなら。わたくしとあなたの人生を取り替えられるのなら」

 この女性は、さっきから何を訴えようとしているのだろう? 一体どんな顔をして、こんな恐ろしい話をしているのだろう?

 意図はともかく表情の方はすぐに確認できた。何時の間にか正面に回り込んでいた教授が、常変わらぬ理知的で穏やかな顔つきで見下ろしている。

「あはははは。何を言っているのか、自分でも判らなくなってきちゃった。何か色々と溜まっていたみたいね。忘れて、ヨシュアさん」

 教授が軽く頭を掻きながら、照れ臭そうにはにかむ。

「おい、何グズグズしているんだ。さっさと帰るぞ、二人とも」

 階下から、ナイアルが大声で叫んでいる。それが合図となったのか、足が動く。ヨシュアの身体を戒めていた呪縛が解かれた。逃げるように必死に階段を駆け下りる。

「最後に一つだけ良いかしら、ヨシュアさん」

 再び、教授から声が掛かったが、ヨシュアは振り返らない。まるで、それが予め定められた、二人の間の特別なルールであるかのように。

「あなた、今、好きな男の子がいる?」

 

        ◇        

 

「ナイアル先輩、これって」

「ああっ、教授を襲った例の魔獣だよな」

 帰り道の三階で、一行は再びマッドローパーに遭遇した。ただし魔獣は既に息絶えており、全身をグチャグチャに磨り潰されて原型すら留めていない。

「一体、誰がこんな所業を?」

「判らないけど、レーザーのような熱線で、ズタズタに引き裂かれたみたいね」

 壁一面にぶちまけられた、魔獣の肉片を調査していたヨシュアが、独り言のように呟く。

 焼け焦げた残骸の温度が一定であることから、二桁を超える熱線を、複数同時に浴びせられた可能性が高い。導力銃で武装した猟兵団(イェーガー)が乗り込んできたのか。それとも広範囲の熱放射能力でも持つ、さらなる未知の魔獣が潜んでいるのか。

 

「いずれにしても、ここに長居は無用ね。先を急ぎましょう」

 そのヨシュアの意見に反対する者はおらず、パーティーは早足で塔を下っていく。

 敵か味方か判らない謎の下手人の存在に一行は怯えたが、途中で特に襲撃を受けるでもなく、無事に翡翠の塔から脱出した。

 


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