星の在り処   作:KEBIN

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漆黒の福音(Ⅴ)

「はーい、皆さん、こんばんは。ツァイスラジオ局DJのヘイゼルです。今夜も人には言えない恋の悩み相談を受け賜っちゃいまーす。えーと、本日のお葉書はルーアン在住のP.N『学生に身を窶したプリンス』さんから」

 

『つい最近、とても好きだった少女に失恋してしまいました。彼女が義兄に恋しているのは判っていたのですか、あの日以来毎日眠れぬ夜を過ごしています。部屋を暗くして目を閉じると在りし日の光景が今でも頭の中に浮かび上がってきます。ブルマからスラリと伸びた白く眩しい太股、背中に押し付けられた乳房の柔らかさ、夢のような桜色の唇の感触。ああっー、いけない事と知りつつも今宵も僕はまた彼女を穢してしまう……』

 

「わおっー、いきなりヘビーなお便りを、ありがとう。くよくよするなよ、学生君。世界中の半分は女なんだし、何時か君も運命のお相手と巡り逢えるよ。そんな傷心のあなたを応援し、元気づける為に、『琥珀の愛』を贈ります。

 

『流れ行く星の軌跡は、道しるべ君へと続く。

 焦がれれば思い胸を裂き、苦しさを月が笑う。

 叶うことなどない儚い望みなら、せめて一つ傷を残そう。

 はじめての接吻、さよならの接吻。

 君の涙を琥珀にして、永遠の愛閉じ込めよう』

 

以上、ツァイスラジオ局からDJ(ディスク・ジョッキー)のヘイゼルがお送りしました。それでは、また明日ー」

 

        ◇        

 

「なあ、聞いてくれよ、ヨシュア。まずは簡単そうな『臨時司書求む』のクエストから手をつけたんだ。中央工房の各部屋を巡って本を回収するだけの簡単なクエストだと思ったら、美人局(つつもたせ)みたいに性質の悪い続きがあってさあ」

 日の暮れたラッセル工房。ティータも含めて夕飯の食卓を囲ったエステルは、『臨時司書の残業』に変貌したクエストを司る三枚のメモ用紙をヨシュアに差し出した。

 

『山里や 池にたたずむ石の人 近寄りて見よ さらば得られん』

 

『● ●

  ×

 ● ●』

 

『ああ、丘に立つ3

 1本の糸杉よ。か

 ねの音の長いよい

 んにまどろむ私に

 べつの世の中にあ

 る苦しみが、かる

 く坂を転げる酒樽

 のように近づく。』

 

「…………何これ?」

「コンスタンツェさんが言うには、昔三冊の本を借りパクした技術者が残した本の在りかの手掛かりらしい。まさか科学都市に来てまで、こんなしょーもない謎々ゴッコに付き合わされるとは夢にも思わなかったけど、お前なら判るかヨシュア?」

 いきなり知恵熱の出そうな難題にぶち当たってしまい依頼の進捗を滞らせてしまった愚兄は愛玩犬のような切ない眼で賢妹に縋るが、少女にしてもここまでヒントが不明瞭だと(特に二番目の訳ワカメな図は何よ?)、常のエスパーモードで決め打ち解答するのは不可能。ただし、三番目だけはイージー問題なので、文章の両端を『縦読み』するように指示する。

「最初と最後を縦読みって…………ええっと、『あーねんべるぐの3かいにある樽。』…………『アーネンベルグの三階にある樽。』か? おおっー、あの意図不明な心情吐出がマジに意味のある文章に化けやがった!」

「ふえぇー、凄いです。ヨシュアお姉ちゃん」

 メモを透かしたり、炙り出しのように火や水元に近づけたと妙な試行錯誤をしていた男二人は感心する。

 せっかくのエステルの一人修行なのに早速お節介を焼いてしまったわけだが、以前に「その人間に思い浮かばない発想は、百年思考を巡らせても決して出てくることはない」と明言したことがある。こういう言葉合わせは完全にエステルの着想の範囲外なので(ティータなら時間を掛ければ気づいた可能性はあるが)、こんな所で無意味に足踏みしても仕方がないので特別に手助けした次第。

 ただ、謙遜でなく残り二つの暗号に関しては現地点では見当すらつかないが、解読済の一文から察するに本は市街の外に持ち出された模様。暖炉前の肘掛け椅子で名探偵を気取るよりは、ツァイス市全域を渡り歩いてヒントに合致しそうな場所を自分の眼と足で確認した方が良いと捜査法の方向転換を勧める。

「確かにその方が俺には向いているわな。ちょうど俺好みの依頼を請け負ったことだしな」

 エステルは虫歯一つない白い歯をニカッと光らせながら、行儀悪く両足をデイニングテーブルの上に投げ出して新品のスニーカーを見せびらかす。

 何でもストレガー社のまだ発売前の最新モデルのプロトタイプ。42195アージュ以上走破して履き心地のモニターをする。御社の熱烈なファンとして小遣いの70%を搾取されている体力馬鹿からすれば、さぞかし遊撃士に就職した有り難みを感じるクエストであろう。

「それはそれとして、このお好み焼きとたこ焼きスゲエ旨いな。やっぱりお前が調理したのかよ、ヨシュア?」

 健康で真っ白な永久歯に青のりを沢山貼り付けながら、エステルは絶賛する。

 お土産として十枚ほどエジルに焼いてもらった作り置きを晩御飯のオカズにしたが、大食漢のエステルはもちろん、見掛けに反して意外と食が太いティータと併せて既に八箱も消費済み。屋台のお持ち帰り用を暖め直しただけとの回答に二人は目を丸くする。

「マジかよ? レンジでチンでこれなら、焼きたてほやほやならどんだけ美味いんだ? 一点物限定とはいえ、ヨシュアに匹敵する料理人がいるとは驚きだぜ」

「はうぅー、ツァイス在住歴十二年。おじいちゃんに連れられて屋台村は結構食べ歩いたつもりだったけど、こんな隠れた名店が潜んでいたとは知らなかったですぅー」

 その屋台は本格焼き物店として近々に新装開店すると聞いた二人は毎日でも食べに行くと確約する。ヨシュアは表情を綻ばせた後、ラッセル工房にはしばらく帰宅しない旨を通達。

 依頼を義兄に全て押し付けて暇を持て余しているニートな義妹の夜遊び宣言にエステルは眉を顰めたが、ヨシュアの猫みたいな気紛れは今に始まったことではない。美容効果に優れると評判のエルモ温泉にでも浸かりに行くのだろうと決めつけ放置することにしたが、ある意味ではクエスト三昧のエステル以上の難問にこれからヨシュアは取り組むのだった。

 

        ◇        

 

「おおっ、何だ。あの美人は?」

 翌日のツァイス市。すれ違った九割の男性が振り返る程度の赤いドレスを纏った金髪碧眼の絶世の美女が降臨する。

 言わずと知れたヨシュアが扮装した姿。エジルとの約束まで二日の猶予を残し出没したのには理由があり、この街ではしばらくの間カリンとして過ごすつもりだ。

「あらっ、一等地?」

 どの場所に店を構えるべきか市内を物色していたカリンは、『テナント募集』の貼紙の張ってある三階建ての小ビルを目敏く発見。蒼い瞳をキュピーンと紫色に妖しく光らせる。

 不動産業界には大切な決まり事が三つある。一に場所、二に場所、三に場所だ。

 つまり、それほどに場所というのは重要で、それは食べ物商売でも何ら変わらない。

 いかほどの絶品料理を提供しようとも、山奥の僻地まで訪ねてくるグルメは少数派。ほとんどの人は多少の味より利便性を重視する。一部の突き抜けたマニアよりも、そこそこで愉しむ大多数の人間を取り込むのが商売のイロハである。

「こんな美味しい貸しビルがちょうど空家になるなんて、開始早々ツイてるわね」

 中央工房玄関口右手前に位置し、ツァイス発着所と市内を繋ぐエスカレーターとの三叉路全てに面している。工房から外食に出向く技術者と逆に中央工房に用があってエスカレーターを登る市民。更には飛行船から発着所に降り立った市の来訪者と全ての客層を逃さない最高の立地条件。

 得意のキッピング技術で不法侵入して、さっそく中を覗いてみる。以前も食べ物商売が営まれていたらしく、キッチンや椅子食器類などが居抜き状態で残されている。

 普通は契約を破棄する際にスケルトンにしてコンクリート状態に戻すのだが、前の借主はその費用も捻出できない程に切羽詰まっていたのだろう。そのまま使える調度品も多く化粧直しに掛かるコストを最低限に抑えられそうなので、カリンとしては反ってあり難い。

「二階はお座敷になっているから宴会などの団体客に対応し、三階は事務所として商品の備蓄や従業員の仮宿としても機能する。商売をやるには理想の環境よね」

 貼紙をもう一度確認すると一階は月二万ミラ、二階も同額で三階のみ半値となっている。ビルをまるごと借り切れば月五万ミラの家賃を支払う計算になる。更に契約時には十カ月分の保証金も必要なので、五十万ミラもの現金(げんなま)を耳を揃えて用意しなければならない。

「…………立地を考慮すればまあ妥当な金額だとは思うけど、これじゃ赤が出てしまうわね」

 内部の改装工事費用や食材の仕入れ金、従業員への手当てなどを考えるとビルのショバ代に全額を費やす訳にはいかない。

 カリンの預金口座には百万を越えるミラが唸っているので、その気になれば追加資金を投じるのは可能だが、当初設定した予算の範囲内で遣り繰りするのが商いの鉄則。

「家賃を値切れないか駄目元で交渉してみましょう。ええっと、レオパレス不動産? ああっ、スタイン武器商会の二階にある小さなオフィスのことね」

 

        ◇        

 

「いらっしゃいませ」

 象牙色のコートを纏った見覚えのある銀髪の青年がエジルに劣らぬ仏頂面でお客を出迎え、カリンは冷や汗を流す。

 メーヴェ街道でヨシュアが叩きのめした釣公師団の暇人の一人。確か『釣帝』とか大層な二つ名を自称していたが、自分やエステルに関する記憶は抹消済み。仮に思い出したとしても、今の金髪碧眼の女性と黒髪琥珀色の瞳の少女を結び付けるのは困難。

 それよりも、これからの値下げ交渉の方が重要。カリンは『レオパレスビル』を全部屋借り受けたいと申し入れ、中央工房の端末からプリントアウトした大陸の路線価などの資料を提出して、相場よりも多少割高であるのを指摘する。

「お客様は中々にゼムリア大陸の土地事情に精通していらっしゃるようで……」

 レオパレスは腕を組んだまま無表情に褒め称え、カリンは心中で嘆息する。

 良く『商人は人を見て値札をつけ替える』と言われる。大陸各所で現地人相手に適正価格で売っている品々を何も知らない観光客には十倍値で売り付けるなどというアコギな商法は日常茶飯事だが、この場合は騙される方が勉強不足なのだ。

 某ダンジョンの冒険者の如く、魅力(CHR)の値が低いとエジルみたいに食い物にされがちだが、カリンのように高ければ逆に捕食する側へ立場を入れ換えられるようで、レオパレスは条件を見直した上で再提示する。

 家賃と保証金をそれぞれ一割削減するとのこと。費やした労力を鑑みれば十分な成果だが、予算配分を考えるともう一声まけさせたいのが本音。

 ただし、今の駆け引きで既に基準地価に達したので、真っ当な商売人ならこれ以上譲る筈もなく、この気難しそうな男性を得意の色香で惑わすのはカリンといえど難しそう。

 「流石に魔眼で操るのはルール違反よね」と裏技の行使を控えたカリンが、ふと周囲を見回す。壁一面に貼られた物件情報の合間に、魚拓と思わしき額縁が複数飾られている。

 「この人は釣りオタクだったわね」と学園祭で『理外の竿』を振り回していた狂態振りを思い出したカリンは物は試しとそれとなく釣りの話題をあげてみると……。

「おおっ、お客さん、お目が高い。俺はこう見えても釣公師団で釣帝と呼ばれた釣道楽でね」

 効果は絶大だった。

 目の前の無骨な青年がキラキラと瞳を輝かせながら、デスクに身を乗り出さんばかりにカリンの目と鼻の先に顔面を突き付けて、釣りの素晴らしさを得々と語り始める。

 寡黙な人物が嗜好とするテーマを割り振られた途端、急に饒舌となるのは彼方此方で見慣れた光景ではあるが、あまりの豹変具合にカリンはタジタジとなる。

「実は長年ツァイス支部長を務めた第二柱の発明家女性の海外赴任が長引いた為に彼女は海外総支部長に転任し、俺が新しくこの地方を統括する使徒の第六柱に抜擢されることになった。まあ使徒と謳っても単なる支店長だから、別段釣行者に比べて釣力が勝っている訳ではないが栄達には違いないな」

「そうなのですか。釣公師団の序列は良く分からないですが、とにかくおめでとうございます」

「大事なことを思い出した。ヴァレリア湖畔のヌシを釣り上げて剛竿トライデントに選ばれたエステルとかいう小僧が、つい先日に釣吉紳士を打ち負かしたそうだ。なぜ、ど忘れして王都に戻ったのかは謎だが、是非とも爆釣百番勝負を挑まねば」

「あのー、まだお話は続く………………」

「ここからが重要な所なんだから、良い所で話の腰を折らない!」

 

        ◇        

 

「ふうー、偉い目に遭った。三時間ぶっ続けの講演は聞き上手の私も少々堪えたわね」

 目の下に隈を作ったカリンは窶れた表情で、気分転換にブルブルと首を左右に振りポキポキと凝った両肩の骨を慣らしながら、レオパレス不動産を後にする。

 そのお陰で、ビル全体の家賃が四万ミラ、保証金も六カ月分という出血大サービスでオマケしてもらえたのだから、対時間費用を考えれば破格の時給だが不思議と得した気分になれないのは何故か。

「まあ、済んだことは忘れましょう。最大の難関をクリアしたとはいえまだまだ問題は山積みだけど、次に手間取りそうなのは従業員選びよね」

 開店間際はカリンという万能助手がいるので特に必要ないが、長期的に店を運営するにはクエストで出張気味になる正遊撃士の留守を預かるお手伝いさんの存在が不可欠。

 運悪く休業日に御足労したら、ほとんどの客は二度は訪ねてくれないので、盆正月以外の毎日営業は客商売の基本中の基本。更には店長の無愛想振りを考慮すると、可能ならその分野の欠点を補える人材であるのが望ましい。

 ようするに、カリンのように殿方受けしそうな愛嬌のある若いレディーが適任。

 その上でエジル秘伝のお好み焼きの味をある程度模倣する調理技術と並々ならぬ向上心を合わせ持ち、店主不在時でも一人で店を錐揉みするバイタリティと店のレジを安心して任せられる人柄を兼ね揃えた才色兼備の娘が相応しい。

「なーんて厳しい雇用条件を設けてみたけど、そんな私みたいな優良株。今時、鐘と太鼓で探してもそうそう見つかる筈が………………って、いた?」

 市内を歩く人込みの中から、本来ならボースにいる見覚えのある女人の後ろ姿を視認したカリンは予期せぬ掘り出し物の発見に興奮し蒼い瞳を再び紫色に輝かせた。

 


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