星の在り処   作:KEBIN

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ルーアン最終攻防戦(前編)

「申し訳ありません、テレサ先生。お預かりした大切な再建資金をむざむざ奪われてしまって」

 マノリア村の宿酒場『白の木蓮亭』の二階。負傷した正遊撃士マリオとカンナバーロは面目無さげに謝罪するが、テレサは軽く首を横に振る。

「いえ、あなた達がご無事だった、それだけで十分です。もう、マーシア孤児院絡みで誰にも傷ついて欲しくないですから」

 他者を批難したり妬んだりといった精神構造は彼女には皆無。流石はマザーテレサに譬えられる貴婦人だと二人は感じ入ったが、プロの遊撃士として任務に失敗した身では、口汚く罵られる以上にその慈愛の心が傷口に沁み入る。

 この後、テレサはホテル・ブランジュで市長御用聞きの建築会社の係員と打ち合わせの手筈となっていたが、依頼のキャンセルをお願いする。

 幸いか寄付金を失い護衛の必要性もなくなった。子供たちに介護を頼むと二人に会釈して部屋から出ていく。

 クローゼやデュナン公爵などの多くの人間の力添えを受けながら再建を放棄するのを心苦しく思っているのは間違いないが、それを口にすれば二人を傷つけると判っているので敢えて無言を貫いた気遣いが辛かった。

「よう、ガキども。邪魔するぜ」

そのテレサと入れ違いに、目立つ大剣(オーガバスター)を背負ったアガットがずかずかと乗り込んできた。クラムを押し退けるように無遠慮にマリオのベッドに腰をおろす。

「お前ら、昨夜の襲撃について聞きたいことがある」

「ちょ、ちょっと、カンナバーロさん達は怪我をして……」

「いや、いいんだよ。マリィちゃん」

 二人はヨロヨロとベッドから起き上がる。子供たちの頭を軽く撫でた後、包帯を巻いた手負いの状態のまま事情徴収に付き合う。不甲斐無い身だが持てる情報を手渡して少しでも役立たなくてはならなかったし、何よりも今の彼らは気遣われるよりもアガットのぶっきらぼうな対応の方が有り難かった。

「寄付金を強奪したのが、レイヴンというのは確かなんだな?」

 チームを創った元総長として最も重要な点を改めて確認し、マリオは首を縦に振る。二人ともルーアン支部の遊撃士。ロッコ達とも面識があり見間違えなど有り得ないが、アガットは訝しむ。

「解せないな」

 旧知の間柄を庇う意図ではなく、正遊撃士が奴ら程度に不覚を取った以上に腑に落ちない点を謳い挙げる。

 二人が目撃したのは確かにレイヴンなのだろうが、だからこそ不自然極まりない。

 襲撃時、メンバー全員が堂々と意匠の赤いバンダナを巻いていた。これでは儘と大金をせしめても、後日、王国軍に逮捕されるのは目に見えている。暗がりに乗じた夜襲なのだから、覆面を被るなりして、もっと正体を隠す工夫があってしかるべき。

 悪事にも遣り方というものがある。ディン達は学のない落ちこぼれには相違ないが、そこまで先が見通せないマヌケではない。

「そうだ、アガット。二つほど気になることがあるのだが」

 アガットの疑惑とは別に、直接彼らと対峙した二人が感じた違和感について報告する。

 一つは以前、チンピラ同士の騒動を起こしマリオらに懲らしめられた経緯があったが、その時に比べてメンバー全員の身体能力が大きく向上していた。

「というか、まるっきり別人だったな。その上、あいつら、まるで感情を感じさせずロボットと戦っているような嫌な気分だったぜ。ただ、それだけなら負ける気はしなかったんだが」

 二つ目がより重要。奴らの中に明らかに異質な気配を抱えた戦闘員が紛れていて、重傷を負わされたのはその凄腕の二人だ。

「レイヴンは伝統的に警棒を得物にしているそうだが、そいつらは鉤爪のような妙な武器を両腕に仕込んでいて、力、技量、速さのどれもが尋常ではなかった」

「そうか……」

 それだけでアガットには二人組の正体が判った。「邪魔したな」と呟くと、挨拶もせずに白の木蓮亭を退出する。

 自身の苦い体験から、温情は逆効果なのが判っている。柄にもない労いの言葉を掛けたりはしないが、寄付金を奪い返し同胞の無念を晴らす腹積もりだ。

 

「とは云ったものの、さて、どうやってあの馬鹿共を探し出すべきか」

 倉庫は当然もぬけの殻。酒場やカジノなどロッコ達が顔出ししそうな心当たりの場所は既に調べ尽くしており、途方に暮れる。遊撃士らしい地道な聞き込み調査で足取りを追うしかないかと長期戦を覚悟したが、そんな彼女に声を掛ける人物がいた。

「お困りのようっすね、アガット先輩。何なら俺たち助太刀しましょうか?」

 振り返ったアガットの黒い瞳が、まるで幽鬼を見かけたかのような不審と驚愕に彩られる。

「てめえら、どうしてまだルーアンにいやがる?」

 

        ◇        

 

 リベールはおろか、大陸有数の近科学都市ツァイス市。

 その心臓部である中央工房の玄関口から、得物の大斧(バルディッシュ)を背中に担いだエジルが現れ大きく伸びをする。

「ふーう、工房長から直々に大口のクエストを任されるとは、今月はついているな。これで溜まっていた屋台のリース料が払える」

 ヨシュアが幾度となく短期間であまりにも手際よく大金を掻き集めるので錯覚しがちになるが、これが正遊撃士の標準的な懐事情。糊口を凌ぐ為に始めた筈の副業の赤字分をクエスト報酬で補填するとか、極貧すぎて泣けてくる。

「んっ、アレは?」

 右手の発着所から、物干し竿を抱えた長身の栗色の髪の少年と黒を基調としたミニスカートを履いた長い黒髪の少女を見かけ、思わず無骨な顔を綻ばせる。

 そういえば先程、ルーアンからの便の到着がアナウンスされたのを思い出す。エジルは、早速後ろから二人に声を掛けた。

「おーい、ヨシュア君、エステル君、久しぶりだね。ツァイス市にようこそ……………………って、君らは一体誰だい?」

 

        ◇        

 

「そのような経緯ですので、この話は無かった事にしていだだけないでしょうか?」

 ホテル・ブランジュの一室。アネモネ建設のヒラガーと名乗る中年の担当者と対話したテレサ院長は、事情を説明し契約の取り消しをお願いする。ヒラガーは神経質そうな眼鏡の奥の目を細めて針のような視線で彼女を居抜き、テレサは大層居心地の悪い思いを味わった。

「困るんですよ。市長のたっての頼みというから、本来なら百万ミラかかる工事を九十万ミラの割安価格で受け入れたのですよ。コストを抑える為に機材の発注や人材の確保も既に完了しているので、今更無かった事にしてくれと無茶を申せられたら我が社は大損害ですよ」

「申し訳ありません。ですか、そこを何とか」

 ひたすら恐縮するしかないテレサに、ヒラガーはキュッキュッと音を立ててメガネの曇りを布で吹き取ると居丈高な態度で通告する。

「確かに無い袖は振れないでしょうね。なら、違約金の方を払っていただきましょうか。ほんの七十ニ万ミラほど」

「はっ?」

 思わず耳を疑ったテレサに、ヒラガーはクラブハウスで署名した契約書をデスクの上に置く。隅っこの方に虫メガネが必要なほど極小サイズの文字で付け加えられていた特記事項を指差す。

 要約すれば、『もし契約者側の都合により、契約を破棄する場合は、代金の80%を解約手数料と設定する』という趣旨。あまりの暴利に世間馴れしてない院長をして疑念を感じたが、ヒラガーは素人を煙に巻く常套手段の専門用語の羅列で反論を封じて、何なら裁判所のような出る場所で闘っても良いと脅しをかかる。

「そんな、これではほとんど工事の受注料金と変わらないじゃないですか。そのような大金をお支払いする術は……」

「まあ、院長さんに無理なら、孤児院の児童にでも働いてもらいましょうかね」

 再び耳を疑う。マリィなどはそんじょそこらの若者よりもよっぽど利発だが、まだ社会に従事できる年齢ではない。

 だが、中年男は卑下た笑みを浮かべると、小さい幼女だからこそ需要がある顧客を知っていると嘯く。クラブハウスでロリコン学生の下心に気づかなかった彼女も、今度ばかりは内情を悟らざるを得ず顔面蒼白になる。

「お願いします。私に出来る事なら何でも致します。だから、子供たちにだけは手を出さないで下さい」

 縋るように哀願するテレサの姿に、欲していた言質を確保したヒラガーは満足そうに見下ろしながら、次の段階に話を進めようとする。その瞬間、施錠した筈の部屋に何者かが乱入してきた。

「やーれやれ、どうせ碌でもない爆弾が契約書のどこかに埋め込まれているとは思ったけど、まさかここまで厚顔無恥な条件を付け加えていたとはね」

「な、何だ、小娘! どうやって入ってきた?」

「ヨシュアさん?」

 テレサが驚きの声を上げたように、ツァイス市に旅立った筈のヨシュアが八卦服を纏って颯爽と登場。

 シェラザード直伝のピッキング技術で扉を解錠し、堂々と侵入を果たすと契約書を片手に講釈を垂れる。

「おじさん、さっき法律用語を早口言葉みたいに唱えていたけど全部出鱈目じゃない。一つ一つ反論してもいいけど時間がないから最も重要なのに要約すると、建築関連の違約金は最高30%と大陸法で定められているのを知らない訳じゃないでしょう?」

 法知識に長けた第三者の出現にヒラガーは一瞬言葉を詰まらせるが、直ぐに開き直る。

「うるさい! こちらは既に人材、資材の発注を済まして今更金銭的な後戻りは効かないんだよ。どうしても依頼をキャンセルするなら、既にかかっているコスト分を払うのが筋だろうが?」

「ふーん、なら本来なら違約金なんか取らずに真面目に工事をしたかったわけね?」

「当たり前だ!」

「なら何の問題もないじゃない。これで解決ね」

 居直ったヒラガーに向かって、ヨシュアは得意の営業スマイルで微笑むと、懐から紙幣の束を取り出してデスクの上に置いた。

「ちょうど百万ミラあるけど、九十万ミラで工事を請け負ってくれるなんて、太っ腹よね」

 目敏く十万ミラ分を差し引くと、自分の懐に戻す。当然これはヨシュア個人のポケットマネー。一般庶民に早々百万近い大金など用意できる筈はないと多寡を括っていたヒラガーは目を白黒する。

「そ、そんな馬鹿な。有り得ない。だって、寄付金は既に奪…………うぐっ!」

 危うく共犯事項を口走りそうになった男は慌てて口を紡ぐ。敢えてヨシュアは聴こえぬ風を装い、起工を催促する。

「で、孤児院の再建作業は何時から始めてくれるのかしら? 日雇いに工賃まで先払いしたのなら、それこそ今日からだって可能よね?」

「い、いや、それはその…………色々と準備が必要だから、少し時間が……」

 想定外の事態の連続にどんどんボロが出る。男の主張が矛盾だらけになり、ヨシュアは間髪入れずに止めを刺す。

「出来る筈なんてないわよね? 最初から資材の発注なんてしていないし、そもそもアネモネ建設なんて、エレボニアのどこにも存在しないダミー会社に過ぎないからね」

 王立図書館の端末から『カペル』の大規模データベースにアクセスし、そんな名前の会社が企業登録されていないのは既に確認済み。その証拠となる資料をデスクの上に投げ出した。

 名探偵に外堀を完璧に埋められ、袋小路に追い詰められた犯人はとうとう暴発する。

「ガキがあ! 賢しげな口で、大人を舐めるんじゃねえ!」

 ヨシュアの襟首を乱雑に掴むと、アウトローの最後の拠り所であるバイオレンスに訴えようとするが、云うまでもなく漆黒の牙相手にこれは最悪の悪手。

 数分後、ヒラガーはコテンパンに叩めされ、断崖絶壁に身を投げる前の犯人役さながらに洗い浚い自供させられる羽目になる。

 

        ◇        

 

「ほう、君たちはヨシュア君のご学友な訳か?」

 手馴れた手つきで箆でもんじゃを引っ繰り返しながら尋ねるエジルに、席に腰を降ろした男女はコクリと頷く。

 ここはツァイス市の屋台村。エジルは副業衣装の法被に鉢巻きを締めると、カルバートの東方人街直伝の関西風お好み焼きをご馳走する。

「学友といっても、一緒に席を並べたのは二週間ぐらいなんすけどね」

「私たちはジェニス王立学園の生徒で、私はジル。こちらはハンスと言います。よしろくお願いしますね、エジルさん」

「それで、そのコスプレ衣装は彼女が現在手掛けているクエストに関係あるわけかい?」

 エジルは苦笑しながら、二人の訳ありの恰好を見下ろす。

 ジルはヨシュアを模した服飾に黒長の鬘を被っており、更にはトレードマークの眼鏡を外した裸眼状態である。

 ハンスは髪を栗色に染め、シークレットブーツを履いて身長を底上げし、物干し竿の模造品まで背負っている。至近から観察するなら偽物であるのは一目瞭然だが、エジルが勘違いしたようにぱっと見の遠目からなら二人を知る者はブライト兄妹と見間違えてしまう。

 先日、ルーアン発着所に張り込んでいたギルハート秘書が市長に誤報をしてしまったように。

「エジルさんのお察し通り、これらは敵の目を欺く擬態でして。本物のエステルとヨシュアちゃんは近々こちらを尋ねてくることになると思いますよ」

「敵を油断させる。その為だけに影武者を態々ツァイスまで送り込むとか、本当にヨシュアは遣る事が徹底しているわよね」

 これがヨシュアの次善の策。クラブハウスでそのまま証拠を抑えられれば、それで良し。もし失敗したら、ダルモア市長から不信感を持たれるのは避けられないので、敢えて二人がルーアンから旅立ったように見せ掛けて、その裏をかく作戦。

「まあ、お蔭でこんな美味しいお好み焼きを奢って貰えたしね」

 ジルはどろソースをたっぷり含んだ生地を口に運ぼうとしたが、ポロリと零してしまう。近眼の彼女が眼鏡無しなら、この結果は必然。コンタクトレンズをしないのは、「痛そうで怖い」という意外と子供っぽい理由。見慣れない裸眼の素顔と含めて良く知る筈の少女の新鮮さに思わずハンスはドキマキする。

「ハンスぅー、食べさせてー」

「もう、しょうがないな……」

 衆人の目の前で臆面もなく、ハンスは箸で摘んだ生地をまるで雛鳥のようにジルの口まで運んであげる。熱気に当てられたエジルは、軽く額に手を当てて思わず天を仰ぐ。

 実際、ここに着くまでハンスは盲人の介護状態でジルに付き添っている。既に市長勢力の目が届かないツァイス市に到着しながら、ジルが一向に眼鏡を装着しようとしないのは公然とハンスに甘えられるからのようだ。

 ハンスにしてもこれはこれで役得なので、もう一つの『捨てがたい恩恵』と合わせて、ジルに我が儘放題のお姫様状態を満喫させることにした。

「さて、ルーアンに戻るまでまだ時間があるだろうし、良かったらツァイス市を色々と紹介してあげようか?」

「本当ですか? この都市の近代設備には前々から興味があったんですよ」

 エジルの提案にジルは歓喜すると、懐から愛用の眼鏡を取り出してハンスが制止する間もなく装着する。市内見物をするのに盲目状態では意味がないからだか、裸の女王様は現在の自分の本当の姿に気がついてしまう。

「………………ハンス、あんた、知っていて黙っていたでしょう?」

 ワナワナと肩を震わせる生徒会長殿に副会長はブルブルと首を振るが、嘘なのは明白。

 ヨシュアの一張羅をそのまま着込んだので一見モトモな恰好に思えるが、問題なのはミニというのすら憚る超短めのスカート丈の長さ。明らかに布地の面積が下着をカバーするのに物理的に足りておらず、ちょっと動くだけで直ぐに水玉パンツが丸見えになってしまう。

 絶対領域のスキルを所持するヨシュアならあの服飾でもパンチラを防げたが、これではほとんど露出狂の痴女。サイズ合わせをした時にヨシュアが必死に笑いを押し殺していたのはそういう理由のようだ。

 ジル本人も単にブルマに羞恥心を感じないだけで、普通に花も恥じらう乙女なのだ。思いっきり赤面しスカートを縦に引っ張ると、今度は後ろががら空きになるという悪循環状態が続いた。

「だから、何時も俺が口酸っぱく訴えていただろう。女子は普段からスカート下にブルマを着用して、オーバーパンツとして下着をガードした方が良いと…………」

「アホかー、ブルマニストのあんたを余計に喜ばせるだけでしょうが!」

 奪い取られた模造棍で思いっきり後頭部を引っ叩かれて、ハンスは地面にうつ伏す。

 「ヨシュア君の友達には個性的な面々が多いみたいだな」と夫婦漫才を繰り広げる少年少女をエジルは感心したように観察する。

 

 その後、エジルの案内でベル・ステーションを訪れた際に、ハンスは罰として五千ミラもする高級服をプレゼントさせられて、それでようやくジルは機嫌を直してくれた。

 

        ◇        

 

「ううっ、馬鹿な。お前、一体何なんだ?」

「ブレイサーよ、市長さんから聞いていないのかしら?」

 華奢な少女に指一本触れることすら叶わずにボコボコにされる。皹割れた眼鏡越しに忌ま忌ましそうにヨシュアを睨むが、少女は悪びれることなく出自を明らかにし、詐欺師の天敵ともいえる職業に唖然とする。

「公文書偽造、児童売春斡旋、更には暴力による恫喝と罪状には事欠かないわね。おじさんは帝国人みたいだし、ハーケン門を介して帝国憲兵に引き渡しましょうか?」

「ひぃっ! まっ、待ってくれ、それは……」

 ヒラガーは思わず悲鳴を上げ、ヨシュアは小悪魔的な笑顔を浮かべる。

「そりゃ困るわよね。鉄血宰相と恐れられるオズボーン宰相は自国民が余所の国に迷惑を掛けるのを一番嫌うから、多分アルカトラス刑務所に送られて無期懲役に処されちゃうものね」

 現在、エレボニア帝国は周辺諸国への国際信用力を強化する為に国事犯よりも越境犯罪者の方を遥かに厳しく取り締まる些か奇妙な警備態勢が敷かれている。結果、格付会社(S&P)による国債の信用格付けは常に大陸トップのAAA(トリプルエース)を維持しており、実はヨシュアの預金もオリビエが手持ちの国債を売り捌いて工面したミラだったりする。

「頼む、知っていることは何でも話す。だから、それだけは許してくれー」

 恥も外聞もなく地面に額を擦りつけて、ひたすら平身低頭する。寛大なアリシア女王麾下のリベール法で裁かれるなら悪くても一年以下の拘禁、上手くいけば執行猶予で済む。天国と地獄の待遇差だけにヒラガーも必死だ。

 

 一通りの情報を引き出した後、予め扉外に待機させていた王国軍の兵士にヒラガーを引き渡し一段落つける。ふと、ボースで奇縁を囲ったカプア一家の命運が気になった。

 ジョゼット達も浅からぬ事情を抱えていたようだが、今の帝国法を鑑みると態々リベールくんだりまで来て悪事を働くなど自殺行為に等しい。ましてや、ハイジャックなど正気の沙汰でない。

 全ては親玉のドルンが、あの女に洗脳された顛末。このまま本国に送還されて難攻不落と謳われるアルカトラス監獄に収監されることになれば、キールらは二度と日の目を見ることが許されなくなるのかと思うと柄にもない感傷に浸される。

「ありがとございました、ヨシュアさん。私が世間知らずなばかりにご迷惑をおかけしました」

 そんなヨシュアの内心を露知らずに、テレサ婦人が本当に面目無さげに頭を下げる。

 今ではクラブハウスで契約内容の確認を促したヨシュアの正しさを骨身に染みる。事勿れ主義に終始した挙げ句、危うく子供たちの身まで危険に晒しそうになった我が身の至らなさを嘆いたが、彼女が正遊撃士達の失態を詰らなかったように、ヨシュアもそんなテレサの純朴さを攻めたりはしない。

「困った時はもう少しだけ他者を頼りにして下さい。人それぞれ苦手とする分野はありますから、判らないことで知恵を借りるのは決して恥ずかしことではないですよ」

 「私も力仕事は苦手なので、荷物運びなどでエステルに頼りきっています」と冗談めかしてつけ加える。

 ある意味、今回は彼女の無知蒙昧が招いた災いではあるが、今更テレサ婦人が知識を蓄えて世の善意に猜疑を抱いて狡猾になるなど、マーシア孤児院の関係者は誰一人望んでおらずに反って悲しむであろう。

 クローゼのように王国全土を背負わねばならない立場ならともかく、孤児院と子供たちの笑顔を守るだけなら今の彼女が変わる必要はない。

 その真っ直ぐな人柄故に、テレサ院長には頼もしい味方が大勢いるのだから。

「これで、こっちは何とが片づいたわね。エステル達の方はどうかしら? 上手く寄付金を取り戻して、犯人の尻尾を掴んでいると良いけど」

 

 マーシア孤児院の再建を巡り、クローゼ達親テレサ派と現職市長ダルモア一派によるルーアン最終攻防戦の火蓋が今まさに切って落とされた。

 


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