星の在り処   作:KEBIN

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二つの冒険(Ⅱ)

「いらっしゃいませ、ご主人様……って、ヨシュアじゃないの?」

「久しぶりね、エリッサ。相変わらずエキゾチックな格好ね」

「お父さんの趣味でね。私は恥ずかしくて、本当は嫌なんだけど」

 茶髪セミロングのシャイな少女は、お盆を抱えたまま赤面する。

 今のエリッサは裾の長いメイド服に、猫耳バンドと猫の尻尾を装飾具(アクセサリ)として身につけている。彼女の父デッセルが、隣国カルバード共和国の東方人街を訪ねた際に立ち寄った『メイド喫茶』なる異国の文化から、強い感銘を受けた結果らしい。

 それ以来、居酒屋アーベントの看板娘は、リベール通信のリゾート欄に写真が掲載され、一躍有名人となる。当然、商売は繁盛したが、元来、内向的な友人が、多くの殿方の好奇の視線に晒される心情を察すると同情を禁じ得ない。

(そういえば、もう一人の社交的な悪友へのお仕置きがまだだったわね。なら、エリッサよりさらに恥ずかしいメイド服姿で……)

「ねえ、ヨシュアがここに来たということは、また一緒に働いてくれるんでしょ? ミラが入り用だって聞いたし」

「ちょっと、そんな話、誰からって、エステルね」

 エリッサのツケで食事でもしていた時に、愚痴を零した姿が目に浮かぶようだ。ティオの件といい、いくら信頼する幼馴染みとはいえ、口が軽すぎる。まかりなりにも遊撃士となった今、もう少し守秘義務感覚に敏感になってくれないと。

「ヨシュアがまたバイトしてくれたら、お父さんは凄く喜ぶし、私も嬉しいよ」

 縋るような瞳で、必死に哀願される。ヨシュアはデッセルに拝み倒されて、居酒屋アーベントの売上に貢献していた時期がある。エリッサにしてもヨシュアと一緒なら、男性客の邪な目線が皆、黒猫メイドの方に集中するので、親友の職場復帰を熱望している。

「残念だけど、今日は依頼人に会いに来ただけだから、要望は叶えらないわ。けど、心配しなくても、大丈夫。近いうちに新戦力のメイドを派遣してあげるから。エリッサへの注目が薄れるぐらい際どいメイド衣装を、私が直接繕ってあげるつもりよ」

「本当に? ヨシュア、ありがとね」

 瞳を輝かせて謝意を示す。その素直な笑顔からは、自己顕示欲や嫉妬心は、まるで伺えない。だからこそ少女はヨシュアの数少ない貴重な同性の親友たりえるわけだ。ただ、ヨシュアとしては友情だけでなく、苦難も三人で共に分かち合う為に、近い将来、もう一人の友達に生贄になってもらうつもりだ。

 

「あれが、今回の依頼人ね」

 エリッサと別れたヨシュアは、店内を探索するまでもなく、リベール通信の記者を発見する。禁煙ブームが最も根強いロレントの気風に逆らうが如く、狭い喫煙席でもくもくと煙草をふかしながら、酒を呷る中年男性がいて、目立つことこの上ない。早速、声を掛けてみることにした。

 

        ◇        

 

「俺はカシウス・ブライトを指定した筈なんだけどな」

 ナイアル・バーンズは無精髭を撫でながら、胡散臭そうな目でヨシュアを見下ろす。十代半ばのほっそりとした小柄な少女が、遊撃士を自称しているのだから、彼の不審は妥当なのだが、実は問題は全く別の所にあったりする。

「ですから、先程説明した通り、ギルドから派遣されてきた準遊撃士のヨシュア・ブライトです。依頼書には、『ロレント所属のブライト遊撃士を直接指名する』とだけ記載されていたので、条件はきちんと満たしていると思いますが」

「トンチをやっているんじゃねえ。リベール唯一のS級遊撃士の取材も同時にこなせると思ったからこそ、編集長を口説いて高い報酬を用立てしてもらったんだぞ、俺は。実子か養女だか知らねえが、どの業界でもどうせ二世にはロクな人材はいねえんだよ」

(なるほど。内容の割に妙に高額な依頼だと思ったら、そういう裏があった訳ね)

 ヨシュアは得心する。それにしても、対外的にはAランクまでしか公表されていないカシウスの非公式Sランク設定を把握しているあたり、この男、口は悪いけど侮れない。自らを敏腕記者と自称するだけはあるが、それでも相応に抜けている部分もある。

 そもそも、横着せずに依頼書にきちんと『カシウス・ブライト』とフルネームで記述しておけば、ヨシュアに言葉遊びを許す隙を与えなかったのだし。

 まあ、兄妹が準遊撃士の資格を取得していない先々週までは、リベール王国にブライト性の遊撃士は彼一人しか存在しなかったので、運が悪かっただけとも言えなくもないが。

「とはいえ、お前さん、見てくれの方は悪くないな。ルックスといいスタイルといい、実に読者受けしそうな容姿をしている。これで剣聖の爪の垢ほどの実力もあれば、記事の作りようもあるが、その華奢な身体にそこまで期待するのは酷ってものか?」

 好色とは異なった怜悧な視線で、ナイアルはヨシュアの肢体をじろじろと眺める。プロの雑誌記者として、カシウスの養女に何か使い所はないか品定めしているらしい。

 リベール通信の側に落ち度が全くないわけではないが、確かにギルドの対応は詐欺に近いものがある。すれ違った契約の落とし所として報酬の減額で手を打たせた。

 

        ◇        

 

「ヨシュアだっけ? 今更だが、本当に腕の方は大丈夫だろうな?」

 あれからドロシーという若い女のカメラマンと合流したナイアルは、ヨシュアの案内でマルガ山道に聳える翡翠の塔の入口に辿り着いたが、声には彼らしくもない緊張が滲んでいる。

 『ペンは剣よりも強し』がナイアルのモットーだが、魔獣にその理屈は通じない。護衛を司る少女が見た目通りのもやしっ子なら、まさしく命懸けの取材になる。

「なるべく、大きな音をたてたりして、刺激しないようお願いします。この塔を根城にする魔獣に好戦的な種はいませんから、上手くいけば戦闘抜きで屋上まで辿り着けます」

 ナイアルとドロシーの二人は欲していた身の安全の保証を、少女の平和主義的な回答から見出すことは叶わなかった。

 

        ◇        

 

 塔の内部は気味の悪い魔獣がうようよしていたが、一定の距離を保っている限り、三人に襲いかかってくる気配はない。折り返し地点の三階までは、あっさりノーバトルで到着する。

「確かにこれなら遣り過ごせそうだな」

ヨシュアの言いつけ通りに小声で囁くナイアルが安堵した刹那、事件が発生する。

「おおっ、いい顔してますねぇ。とってもキュートですぅ」

 突然ドロシーが、パシャパシャとストロボをたいて、周囲を浮遊する魔獣の姿をカメラに撮る。仰天したナイアルは、シャッターを切り続けるドロシーの手を押さえる。

「馬鹿! 何、やってやがる、ドロシー?」

「魔獣さんがあまりにセクシーだったので、つい。でも、大丈夫ですよ、先輩。このカメラ、ツァイス中央工房(ZCF)の最新式超静音構造で、ストロボ音が極小ですから。ちなみに、この子は『ポチ君マークⅡ』と私が名付けまして」

「フラッシュの光だけで、大声を出すよりも、やばいんだよ。この、トンキチ娘が!」

 現在の自分らの置かれた危険な状況を弁えずに、呑気にカメラ自慢に現を抜かす新米助手に、ナイアルのイライラは最高潮に達するが、ドロシーも負けじと反論する。

「先輩のキンキン声の方が、よっぽど魔獣の注目を集めてますよー」

「いーや、お前のフラッシュが」

「先輩の……」

「いつまで漫才しているつもり? 囲まれたわよ」

 ムキになって罵り合いながら、魔獣を誘き寄せる特殊効果を持つ『美臭』クオーツの如くひたすら魔獣を吸引し続ける二人に冷淡に現状を報告する。二桁を数える魔獣の群が三人を包囲している。

「先輩、怖いですぅー」

「何時もマイペースな癖に、こんな時だけしおらしくなるんじゃねえ。おい、護衛の出番だぞ。何とかしろ」

 腰元に必死にしがみつくドロシーを引き剥がそうとしながら、ナイアルはヨシュアを焚きつけたが、表情には余裕はない。魔獣の数が多すぎる上、退路も完全に塞がれている。

 挙げ句の果てに、命の綱の警護役が貧弱そうな線の細い小娘とくれば無理もない話。それでも剣聖の義娘というヨシュアの立ち位置に、一縷の望みを託したナイアルだが。

「運が悪かったわね、あなた達」

 天を仰ぐように、軽く十字を切る黒髪の少女の姿に、微かな希望は大いなる絶望に上書きされた。

 

「俺は夢を見ているのか」

 本当に一瞬だった。ヨシュアが双剣を装備し、「漆黒の牙」とか呟いたかと思ったら、ナイアル達の周辺を覆う魔獣の群れは、次々に解体され躯を晒していく。

「おい、ドロシー。今の写真に撮ったか?」

 我に返ったナイアルは、すぐにブン屋根性を発揮して指示を出したが、彼女は首を横に振る。ドロシーもまたプロカメラマンらしく反射的にシャッターを切ろうとしたが、ヨシュアの動きがあまりに速すぎてファインダーで追い切れなかった。

「本当に運が無かったわね」

 琥珀色の瞳に微かな憐憫を浮かべて、足元に散乱する魔獣の残骸を見下ろす。ボディーガード役が彼等が実力を良く知るエステルだったら、そもそも魔獣はびびって近づいてすらこなかった筈。

「お前さん、見掛けと裏腹に相当腕が立つな。これなら安心そうだ。ただ、出来るだけ良い構図で絵を撮りたいので、次に魔獣に襲われた時はドロシーの被写体に納まる範囲のスピードで戦ってくれないか?」

 『喉元過ぎれば、熱さ忘れる』という諺があるが、自分たちの安全圏を確信したナイアルが戦闘の細かいスタンスにまで煩く注文をつけ始め、ヨシュアは呆れる。

 恐らくは、『剣聖の愛娘が遊撃士デビュー』とかのゴシップ記事用の派手な戦闘写真を期待しているのだろうが、今回、不必要なバトルをこなす羽目になったのは、そちらのトンチキ娘が馬鹿をやらかした所為ではないか。

「私より、エステルに取材した方が良いと思いますよ。エステルは父さんの実子ですし、何よりも私より格段に強いですから」

 内心の鬱屈した感情をひた隠しながら、得意の営業スマイルで義兄をスケーブゴートに仕立てたが、ナイアルの反応は芳しくない。

「生憎と力量云々でなく、野郎より美少女を題材にした方が絶対に受けるんだよ。去年も武術大会で優勝したモルガン将軍のごつごつしい戴冠記事よりも、ロレント特集号に掲載した猫メイド娘のスナップの方がやたら反響が大きかったしな。けど、エステルとかいう小僧が今の嬢ちゃんよりさらに腕が立つというなら、二世に対する偏見は改めないといかんかもしれんな」

「勿論です。私の義弟は、私より強い子ですから」

 満面の笑顔で、ここぞとばかりにマスコミの人間に、自分の方が義姉であることを売り込み始める。

 この会話を聞いたら、「出鱈目を言うな」と色んな意味でエステルは憤慨しそうだが、何一つ虚言を弄してはいない。生誕日的にヨシュアの方が義妹など有り得ないし、エステルが意固地に拘っている物理的な戦闘力など、遊撃士に求められる数多くの適正の中のほんの氷山の一角に過ぎない。

(そういえば、マルガ鉱山の方はどうなったのかしら)

 ちょうど話題にあがったこともあり、エステルの進捗状況が気になった。彼方は単なるお遣いクエストなので、何のトラブルもなく順調に推移すれば、既に依頼を達成してギルド二階の休憩室のソファで寛いでもおかしくない時間だ。

 ネコババ云々は考慮すらしていないが、オッチョコチョイのエステルのこと。帰参途中で数百万ミラもする運搬物品を紛失したとか、洒落にならない大ポカをマジに起こしそうだから怖い。

 

        ◇        

 

 その頃エステルは、親方のガートンから無事に七耀石の結晶を受け取っていたが、未だに鉱山で足止めを喰らっている。ただし、ヨシュアが危惧したような人為的ミスではなく、純粋に落盤事故に巻き込まれた顛末だ。

「ひゃあああー! ブレイサーの兄ちゃん、助けてくれぇー」

 閉じ込められた坑内で、坑夫に襲いかかる甲殻魔獣をエステルは棍で弾き飛ばす。今の一撃で魔獣の甲羅に皹が入ったが、絶命させるまでには至らず、耳にツーンとくる金切り声をあげる。すると更に複数の魔獣が応援に駆けつける。

「ちっ、装甲が固いから、一匹仕留めるにも手間がかかる上に、次から次へと切りがないな。けど、ロレントにこんな魔獣いたか?」

 エステルは準遊撃士の資格を取る以前から、実戦トレーニングと地域の安全確保を兼ねて、ロレント中の魔獣を定期的に間引いてきたが、目の前の種族にはまるで見覚えがない。 

「多分、そいつは地底に棲息するタイプの魔獣だと思う。さっきの崩落で、坑道の一部が魔獣の巣と繋がったんだろう」

 岩影に隠れて、怪我をした坑夫の治療をしながら、ガートンが大声で叫ぶ。その音に釣られるように、先の手負いの魔獣が飛び掛かったが、直線貫通型クラフト『捻糸棍』で、強硬度の甲羅に穴を穿ち、今度こそ止めを刺す。

「なるほどね。まあ、物理防御力(DEF)以外は、そこまで手強い魔獣じゃなさそうだが、数の多さが厄介だな」

 未知の魔獣(キラーキャンサー)の正体が判明したは良いが、状況は一向に改善されていない。エステル単独で多くの護衛対象(NPC)を守りながら戦闘を続けており、しかも、魔獣の増援は途切れる気配がない。

 このままだと物量で押し切られ、犠牲者が出るのも時間の問題。

(俺にもヨシュアみたいな全体Sクラフトがあれば、仲間を呼ばれる暇なく、こいつらを一気に殲滅できるのに)

 Sクラフトとは、体内の闘気(CP)を全て消費する、その名の通りの超必殺技(スーパークラフト)。対集団戦闘タイプのヨシュアは、目につく全ての敵を無差別に蹂躙する雑魚掃討用の『漆黒の牙』を翡翠の塔で披露した。

 逆にタイマン特化型のエステルは、『烈波無双撃』という単体最強ダメージを誇るボス戦御用達の奥義を保持しているが、このような乱戦では今一つ使い勝手が悪い。

 尚、差し仕様のエステルが基本雑魚専のヨシュアに一対一の勝負でずっと手玉に取られている件は可哀相なので突っ込んではいけない。

(それとも、単独でクエストをこなせると背伸びして、ヨシュアと別行動を取ったのがそもそもの間違いだったのか?)

 一瞬、弱気な考えがよぎったが、直ぐにかぶりを振る。どれほど現実を憂いたところで今この場にヨシュアはいない。エステルが知恵と勇気を振り絞って、一人でこの窮地を切り抜けるしかない。

 見習いとはいえ、エステルは既に遊撃士。泣き言は絶対に許されない。

 

 坑夫たちを背中に庇いながら、棍を振り回して魔獣を牽制し、じりじりと後退していく。そろそろ後がない。安全確認でチラリと後ろを振り向くと、落盤で埋もれた一階に通じるエレベーターシャフトが目に入った。

「なあ、親方。時間があれば、あのエレベーターの入り口を掘り起こして脱出できるか?」

「それは問題ない。故障していたとしても、手動で動かせる。ただ、その肝心の時間が」

 じわじわと数を増やす魔獣の群を、忌ま忌ましそうに見つめる。

「それは俺に考えがある。さっきから魔獣は左手前奥からしか出現しない。つまり魔獣の巣穴はそこにあるってことだろ? なら、こいつで塞いじまえばいい」

「エステル、お前、そんなものを何時の間に?」

 懐からダイナマイトを取り出したエステルに、ガートンは驚愕する。さっき、坑夫の一人を助けた時に彼が落としたのを密かに回収していた。

「アクション映画じゃあるまいし、素人考えなのは判っている。ヨシュアなら多分、もっと現実的な良いアイデアを出したんだろうけど、俺の頭じゃこれが精一杯だ。時間がないから行って来る。だから、親方は皆を」

「確かに素人考えだな、エステル。火薬を取り扱った経験がないお前じゃ、発破のタイミングを見誤って自爆するのがオチだ。だから、その役はワシがやる」

 エステルが全てを言い終える前に、爆薬を取り上げる。さらに余計な押し問答で不要に時間を潰さないように、即効で導火線に火をつける。確かにこうなったら、初心者のエステルには手のだしようがない。

「無茶だぜ、親方。戦闘素人のあんたが、どうやって魔獣の包囲網を突破するんだよ?」

「それでも、やらねばならないんだ。ワシはこの現場の責任者だからな。皆を安全に地上に返す義務がある。援護を頼む、エステル」

 爆薬を抱えて特攻するガートンの前に、当然だか甲殻魔獣の集団が立ち塞がる。エステルは必死にガードしたが、数が多くて中々前に進めない。そうこうしているうちに、火のついた導火線はじりじりと短くなっていく。

(くそっ、本当に時間がねえ。何とか、魔獣を親方から引き離す方法が……そうだ!)

 バーゼル農園の一件で魔獣がセピスに惹きつけられる性質があるのを思い出し、ショルダーバックから親方から預かったセプチウムの結晶を取り出す。風の力を秘めた巨大な翠耀石(エスメラス)は、神々しい緑色の光を放ち、暗い坑内を一気に照らしだす。七耀石の輝きに魅入られた魔獣は、親方から離れて一斉にエステルに襲いかかる。

「でかした、エステル。これで何とかなるぞ」

 フリーになったガートンは、坑道の奥へと突き進む。エステルも群がる魔獣を振り払いながら並走する。結晶をチラつかせ、新たに出現した魔獣を自身の方向に誘導し、道を切り開き続ける。

 巣穴の前に辿り着いたガートンは、冷や汗をかきながら、爆発寸前のダイナマイトと睨めっこする。長年の経験と勘で、一時的にでも穴を塞げる爆破ポイントを見極めようとしている。

「まだかよ、親方?」

「まだだ…………よし、今だ」

 時間と空間を完璧に制御し、巣穴に向かってダイナマイトを放り投げる。同時に慌てて退避するが、エステルが後をついてこないのを不審に思い、背中を振り返る。エステルは結晶を狙う複数の魔獣に絡まれ、未だに爆風の範囲内で足止めを喰らっている。既に爆発は秒読み態勢に入っており、このままだと巻き込まれるのは確実。

「その結晶を手放せ、エステル! 貴重な宝石だか、人の生命には替えられない。クラウス市長も女王陛下も判って下さる」

 リベールのお偉い方に対する親方の見識には同感だ。もし、窮地に陥ったのが他の民間人だったなら、依頼に失敗したとしても同じ道を選択しただろう。

 しかし、ガートンが部下の命に責任を負ったように、エステルもまたこのクエストに使命を持つプロの遊撃士(ブレイサー )なのだ。

 だから、絶対に自分の道を曲げない。最後まで決して諦めない。

 

「うおおおおおっー!」

 持てる力の全てを振り絞って、魔獣を振り払いながら必死に前へ進む。だが、導火線を最後まで飲み込んだダイナマイトがとうとう発火する。坑内一帯に激しい爆音と振動が響きわたり、耳を劈くような大爆発が起きる。

 そして、ガートンの目の前で、エステルは土砂崩れに飲み込まれ生き埋めにされた。

 


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