星の在り処   作:KEBIN

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学園祭のマドモアゼル(Ⅷ)

「ご来場の皆様、長らくお待たせしました。これより、ジェニス王立学園第五十二回、学園祭を開催します」

 導力仕掛けの正面の鉄門が自動で開かれると同時に、凄い数のビジターが波のように学内に押し寄せ、校内は瞬く間に人で埋めつくされた。

「まだ開場して間もないのに、去年の倍近い人数が集ってますね。二時間も前から長蛇の列が並んでいたのには、驚きましたけど」

「しかも大部分がぱっと見、外国の旅行者ときたものだ。正直、眉唾だったけど本当に効果があったんだな」

 体操服に着替えた小麦色の日焼け学生が、帝国内で開催されるという某即売会に匹敵する人のごった煮に目を丸くする。

 女子も同じく学校指定服のブルマで、模擬店を営んだり展示物のパンフレッドを配ったりで、一部……もとい多くの客層の注目を集めている。

「おおっ、本当にブルマでござるよ。まさか、かようなパラダイスが、未だに大陸に生き残っておろうとは」

「もし、この小国が我がエレボニアに併呑されていたら、ブルマも廃止されていたよな? つくづく十年前の百日戦役が失敗して良かったんだな」

 姿も言動もオタク丸出しで、己の欲望を包み隠そうともしない賢者。

「なんじゃ、この学校の女子は? あんなに太股を露出させて、慎みというものを知らんのか?」

「全く近頃の若い娘はふしだらで嘆かわしいというか、実にけしからんぞ」

 紳士の体裁を取り繕いながら、チラチラと女生徒を盗み見する挙動不審な動作でお目当てが透けて見える愚者。

「ねえ、パパ。どうして今年は、外国のお祭りを見にきたの?」

「特に深い意味はないさ。ほらっ、お小遣いをあげるから、欲しい物を買っておいで」

「本当に好きものね、あなた。学生時代の頃とちっとも変わってない」

 所帯を持ちながらも、家族総出で来場してきた剛の者。

 人によって、態度は様々だが、遥々国境を超えてきた意志は万国共通のようだ。

「ここまでは、ヨシュアの目論見通りかな」

 エステル達が来場者を値踏みしている間も、門を潜る人の流れは途切れることない。この調子だと例年の三倍強に達する見込みで、まずは多くの来客を集めるという第一フェーズはクリアした。

 その発起人は、朝方届いた海産物を鮨ネタにする追い込みの最中。一部の女子に手伝ってもらい、十時開店を目指してクラブハウスに引き籠もっている。調理素人の殿方二人はいても邪魔なだけなので、それまで自由に遊んできて構わないとクラブハウスから締め出された。

「この後のハードスケジュールを考えると、展示や模擬店を冷やかせる時間ができたのは有り難いです。けど、ヨシュアさんと一緒に見てまわれないのが少し残念です」

 長袖長ズボンの青いジャージを着こなしたクローゼは、軽く溜息を吐く。

 ジルとハンスは生徒会の仕事で忙しく、ヨシュアは前述の通り。このような事情で野郎二人で行動を共にし折角のお祭見物も潤いのないこと甚だしい。もっとも、秀眉な彼らが一声かければ、いくらでも道連れの女生徒を見繕えるのに当人だけが気づいていない。

 なお、ジャージの色は男子はブルー、女子がレッドで統一されているが、例の事情により女子のジャージ着用は生徒会から固く禁じられているので、学内に真紅の華か咲き乱れることはない。

「今回のヨシュアは珍しく本気みたいだからな。さっき、切札は出し惜しみなく全て投入するって宣言していたし」

 こちらは半袖短パン姿のエステルで、不精者が勤労意欲に覚醒したのを喜ぶべきなのだろうが、少しハリキリ過ぎやしないかと暴走を危惧する。

 寿司の模擬店、騎馬戦のエキシビション、更にメインの『白き花のマドモアゼル』の上演劇とイベントが目白押し。華奢な義妹の体力を心配するが、二人が学生の身分でいられるのは今日限りなので、ここは多少無理してでも思い出作りをしておくべきか。

「切札って、他にも何か寄付金を増やすアイデアを温存していたのですか?」

 あれだけ方々に策を巡らせて、まだ奥の手を隠し持っている引き出しの多さに脱帽する。その手管は正直予測がつかない、というか打てる手は全部出し尽くしたように思える。

「『スペードのキングとジョーカーが化学反応を起こせば、革命が起きる可能性がある』ヨシュアの大好きな言葉遊びだけど、何のことか判るか?」

 生徒会室では女狸と女狐の韜晦劇場を同時通訳したクローゼも、今度はさっぱりで首を横に振る。

 トランプの絵柄を何らかの比喩に用いているまでは見当がつくのだが、逆に前回完全な聞き役に徹していたエステルの方に若干心当たりがあるようで、軽くクローゼを驚かせた。

「スペードは基本的にトランプで一番強い絵柄(スート)で、キングは文字通り王様だろ。ならこの場合はリベール王家の誰かじゃないか?」

 一瞬、自分の正体を見抜かれたかヨシュアがばらしかのかと勘繰り、ドキリと心臓を震わせたがクローゼとは別人を指していた。経済援助を求めるなら貧乏人より剛腹な金持ちにすべきという結論が兄妹の間で取り決められており、お誂え向きに現在ルーアンには王族の一員が視察に来てる。

「リベールの王族って、叔父さ……いえ、デュナン公爵ですか?」

 次期国王を狙う不埒者と一方的に敵視され、決して嫌ってはいないが別段好いてもいない血族のむさ苦しい顔を思い出し、複雑な表情を浮かべる。吝嗇でも冷酷でもないが、福祉に無関心で狭量な所がある叔父に気前良く多額の寄付金を吐き出させるなど、結構な難題ではなかろうか。

「確かにな。俺たちもあの馬鹿公爵と関わったことがあるが、悪人とは言わないが人助けに尽力する柄でもないよな」

 ならば化学連鎖を引き起こすという、もう一枚のカードの役割を割り振られた人間が意味を持つのだろうと推測する。

「もう一枚のカードって、ジョーカーですか?」

「ああ、ジョーカーの意味は道化師だろ? こっちも些か心当たりがあって、実はボースで……」

「久しぶりね、エステル」

「ふっ、元気だったかね、マイブラザー?」

 会話の途中で懐かしい声色が割って入る。エステルが慌てて振り向くと、そこにはロレントにいる姉代わりの女性と洒落た燕尾服を着こなした金髪の青年が控えていた。

「シェラ姐? それにオリビエまで」

「そうよ、まあボースでも会ったから、しばらくって程じゃないけど、相変わらず壮健みたいで安心したわ。それで、そっちの可愛い坊やが学園で新しく出来たお友達ね」

 露出度の高い衣装に日焼け少年らと異なり天然の褐色の肌を持つシェラザードは、軽く背伸びしてエステルの頭を撫でる。クローゼにも挨拶して、両者は簡単に自己紹介を済ませた。

「オリビエがここに来るのは、何となく想像がついたけどな。大方、リベール通信で体育祭の話を聞きつけて、シェラ姐に頼んで連れてきてもらったのだろ?」

 己が欲望に極めて忠実な帝国人が、ヨシュアのブルマ姿を見逃す筈はないとエステルは確信したが、シェラザードが残念そうに首を振る。

「少し外れね。オリビエを王立学園に足を運ばせるよう依頼したのは他でもないあの娘自身よ」

「ヨシュアが?」

 何でもクエストで極上の鞭を手に入れたとかで、オリビエ同伴で訪ねてくれば寄贈すると電話で告げられ、居酒屋アーベントで幼馴染みの猫耳メイド二人に粉をかけていたオリビエを強引に引っ張って、昨日の最終便でルーアンに乗り込んだ。

「こんな小細工をしなくても、こいつ、飛行客船の中でリベール通信の学祭紹介記事をニヤニヤしながら眺めていたから、自力で学園まで駆けつけた公算は高かったでしょうけど、完璧主義者のヨシュアとしては念には念を入れたのでしょうね」

 一旦厄介払いしたオリビエを腹黒娘がどうリサイクルするつもりかは知らないが、今度こそ骨の髄までしゃぶり尽くす魂胆だろう。

 まあ、シェラザードとしては約束した龍牙鞭さえ頂ければ、後のオリビエの運命がどうなろうと関知する所ではない。ヨシュアの所在を聞きつけると、彼方此方の欲望物(ブルマ)にフラフラと興味を惹かれるオリビエの左耳を掴んで、クラブハウスの方角に消えた。

「あの人がボース冒険譚に登場したオリビエさんですか。破天荒というかヨシュアさんとの距離を5アージュ縮める為だけに百万ミラを投げ捨てるなんて、人としてのスケールが段違いですね」

 根が純朴なクローゼは嫌味でなく、「僕には、とても真似できそうにありません」とオリビエの器量に感嘆する。ヨシュアへの愛の深さで遅れを取ったように錯覚し劣等感を催したが、「単に馬鹿なだけだろ」とエステルはあっさり切り捨てた。

 実際、ヨシュアの脳内階級では、鴨のオリビエはお友達のクローゼよりも下位層にランクされており、脳筋のエステルから払い損の間抜け扱いされるのも無理はない。

「けど、これでジョーカーがオリビエであるのはハッキリしたな。スペードのキングに奉られた馬鹿公爵と絡ませて、今度は何を企んでいるのやら」

 オリビエも一応は帝国からの旅行者なので、ボースの大盤振る舞いを鑑みれば寄付金をせびる財布として申し分ないように感じられるが、そうそう柳の下に泥鰌は何度も潜んでいるものだろうか?

 

「エステル兄ちゃん、クローゼ兄ちゃん」

 再び見知った声に振り返る。今度はテレサ院長に連れられたクラム他四人の子供が、正遊撃士二人に護衛されて門を潜った所で、早速、二人に飛び掛かってきた。

「クローゼ君、今日はお招きいただきありがとうございます」

 テレサ院長が丁重に頭を下げる。クラムを頭に乗せて、両腕にポーリィとダニエルを巻きつかせた怪力のエステルと、マリィに左手を握られてちゃっかり一人キープされたクローゼも釣られて挨拶を返す。

「お芝居の他にも、騎馬戦とか面白そうなイベントを色々とこなされるみたいですね。この子たちにとって楽しい思い出の一日となるのを願っています」

 含みを持った物言いに、二人は互いに何とも言えない表情を見合わせる。恐らくはダルモア市長の懇意を受けて、王都に行く決心を固めたのだ。孤児院再建の目処が立ちそうな現状を今直ぐにでも伝えられないのが歯痒くて仕方がない。

 何しろ、我欲が皆無に等しく奥ゆかしいテレサ院長のこと。今日まで二人が奔走してきた経緯やましてやヨシュアが莫大な身銭を切るかもしれないなどと知れば、多くの人間に迷惑をかけたと恥じて寄付金の受け取りを辞退するのは目に見えている。ことを公にするのは全てが完璧に成されてからだ。

「さあ皆、お手手を出してください、良いものをつけて差し上げますよ」

 クローゼはそう宣言すると、まずはマリィの左腕にゴムで出来た腕輪を嵌めてあげる。

「なあに、クローゼお兄ゃん? もしかして、婚約指輪の代わり?」

 おませなマリィがポッと頬を染める。クローゼは苦笑しながら、他の子供たちの腕にも同じ物を装備させてあげる。

「これをつけていると、学園内で食べ放題になる魔法のアイテムです。だから、失くさないようにして下さいね」

 子供向け番組のようなシンプルな解説に全員、瞳をキラキラと輝かせる。ようするに、鉄道や遊園地の乗り物に使われるフリーパスと同じシステム。予め模擬店の女子に渡りをつけていて、後々クローゼがミラを纏めて清算するカラクリ。

 食べ放題の魅惑のフレーズに心奪われたクラムはエステルから飛び下りると、子供たちはテレサ院長を引っ張って、まずは近くにあった『氷菓子フルーレ』に突進。三段重ねのアイスを注文する。

 更には『クレープ屋なごみ』や『駄菓子フェルタシモ』を梯子にする。小さな両腕一杯にクレープやゼリーを抱え込むお子様の姿は見ていてとても微笑ましいが、クローゼは少しばかり小さな子の食に対する執着心を甘く見ていた。

 さっきから、彼の予測を遥かに上回るペースで買物が進行している。この調子だと学祭終了後にとんでもない額の請求書が届きそうなので貧乏学生には痛い出費だ。

 クローゼの場合なら、『身体で支払う』ことで女子からの借金はチャラにしてもらえるだろうから、家宝のクリムゾンアイを競売にかけて手離す最悪の事態だけは避けられそうだが。

 

        ◇        

 

「まあ、エステルさん。お久しぶりですね。何でも今年は小規模ながら体育祭も復活するそうで、とても楽しみにしていたのですよ。かつてわたくしも大将騎の騎手として、赤組を勝利に導いたこともあるので血が騒ぎますわ。まあ、それはそれとしてリベール通信の記者には、掲載した写真について一言あってしかるべきですわね」

「お嬢様、あの不届き者らを闇へ葬るおつもりなら、手筈の方はお任せを……」

 

        ◇        

 

「あら、エステルさん。その節は色々お世話になりました。はい、わたくしもこの学園の卒業生なので、毎年、学園祭には顔を出させてもらっています。そういえば、メイベル……いえボース市長もどこかに来ている筈ですよね。ちっ、あの小娘、人の積年の苦労も知らないで世襲で易々と現職を手にするなんて、どこまで目の上のたん瘤………………いえいえ、何でもありませんのよ。ささっ、コリンズ学園長に挨拶に参りましょう、市長」

「ギルハート君、私はもう少し、ここにいたいのだが。そういえばブレイサーの黒髪娘はどこにいるのだね?」

 

        ◇        

 

「あらまあ、エステルさん。ロレントの居酒屋で寝食を共にして以来ですね。クローゼさんもヨシュアさんと紺碧の…………おほほっ、これは禁則事項でしたわね。はい、わたくしのお目当ては王立図書館の方で、何か古代の文献でも眠っていないかと訪れてきたのですが、本日休業でしたので学園祭の見学に切り換えたのです。えっ? この腕に嵌めたゴムバンドと山のように抱え込んだ食料品はどうしたかって? 実は模擬店を顔パスで渡り歩く羨ましい子供たちを見かけたので、指を銜えて物欲しそうに眺めていたら、「おばちゃん、これあげる」と緑髪の小さな女の子が憐れみの目でこの神アイテムをわたくしにお恵みして下さったのです。いやはや、全ての模擬店で無銭飲食が可能な優れ物で、既に五千ミラ程食べさせてもらいました。更には向こう一カ月分の携帯食を買い溜めする所存で…………えっ、これを返せって? 駄目ですよ、クローゼさん。これはわたくしが…………ああっ、乱暴は止してください。若い殿方が力づくで衆人環視の前でわたくしを嬲り者に…………あーれぇー」

 

 その後も懐かしい顔ぶれが次々とエステル達の前に出現し、学園祭はオールスターキャストの様相を帯びてきた。溢れ出る夢と希望の中から幾つかのブラックユーモアが滲み出た王立学園祭は、まだまだ始まったばかりである。

 


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