星の在り処   作:KEBIN

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二つの冒険(Ⅰ)

 遊撃士(ブレイサー )遊撃士協会(ギルド)に所属し、あらゆる国家、企業、宗教に組さず極めて中立的な立場から、地域の平和と市民の安全を守る為に活動する冒険者たち。

 国内最大部数を誇る老舗雑誌『リベール通信』の読者アンケートでも、幼い子供が将来就きたい職業に五年連続トップの座を維持している。

 ロレントに住むエステル・ブライトもそんな正義の味方に憧れた少年の一人。十六歳の誕生日を迎え、尊敬する父親の背中を追い掛けて、パーゼル農園での資格取得試験に挑み、義妹と一緒に合格。準遊撃士となる。

 遊撃士としての華々しい活躍の日々がスタートすると、本人は信じていたのだが。

 

「もう、どこ行っていたの? 心配していたのよ、アリルちゃん。本当にありがとうございます、ぶれいさぁーさん」

 居酒屋アーベントのテラス。一時間振りに感動の再開を果たした迷い猫と飼い主の依頼人はヒシッと抱き合い、お互いの鼓動と肌の温もり確かめ合う。

 妙齢の婦人の笑顔に釣られてエステルも笑みを返すも、少しだけ表情か引き攣っている。エステルの両腕には爪で引っ掻かれた無数の傷跡があり、左頬にも四本の赤線が走っている。今回のクエスト『子猫の捜索』で被った戦禍。

 

        ◇        

 

「猫型魔獣を相手に無双したエステルが、まさか本物の仔猫に負傷するとはね」

「笑い事じゃねえぞ、ヨシュア。お前、こうなると判っていて、俺に押しつけただろ?」

 ギルドのロレント支部二階の休憩室。口元を掌で抑え、クスクスと忍び笑いしながら傷の手当てに努める義妹を、懐疑的な視線で見下ろす。

 依頼書を流し読みしたヨシュアは「雌だと私は駄目ね。雄なら簡単なんだけど」と義兄に丸投げして、当人は別クエスト『光る石の捜索』に着手する。ただし、依頼人の児童から話を聞いた後はギルドの台所に籠もって料理に勤しむだけ。一向に町中探索に出る気配がない。

「ヨシュアお姉ちゃん。石を見つけてきたよー」

 ルック、パッド、ユニのお子様トリオが、ドタバタ足音を響かせながら、二階に駆け上がってくる。エステルか満身創痍でクエストに取り組んでいた間、ヨシュアは一人優雅に紅茶を嗜みながら幼子を上手く手懐けて、労せず依頼を遂行した。

「ありがとう、やっぱり地下水路に落ちていたのね? 魔獣がいないのは確認済みだけど、暗くて怖くなかった?」

「こわくなんかねえよ。俺もしょうらい、りっぱなブレイサーになるんだぜ、お姉ちゃん」

 身体中泥だらけのルックは、誇らしげな表情で、戦利品の『光る石』をヨシュアに貢ぐ。代わりにリボンでラップされた三つの小袋が各々に手渡された。

「おめでとう、貴方達は本物のクエストを見事にやり遂げたのよ。はい、ご褒美のメイプルクッキー。皆で仲良く分けて食べなさいね」

「やったぁー、ヨシュアお姉ちゃんの手作りクッキーだぁ」

 町の男衆が羨望するヨシュアお手製料理を賜った子供たちは大喜びで、乗り込んできた時と同様に慌ただしく階段を下っていく。ルック達が踏み荒らした絨毯の痕に、大量の汚泥がこびりついているのがエステルの目に入った。

「ふーん、壊れたクオーツかしら? これを依頼人の少年に渡せば、『光る石の捜索』もクリアね。けど、報酬はたったの三十ミラだから、クッキーの材料費だけで赤字も良いところね。んっ、どうかしたの、エステル?」

「ヨシュア、お前、場所が特定出来ているなら、どうして自分で取りにいかねえんだよ?」

「ブレイサー志望のルックに、クエストの雰囲気を体感させてあげたかったからよ。ほら、子供達に夢と希望を与えるのも、私たちブレイサーの努めでしょ?」

「本音はお前が服と肌が汚れるのを嫌がったからだろ?」

 両掌を豊満な胸に押し付け、琥珀色の瞳をキラキラと輝かせながら、芝居がかった一挙一動で遊撃士活動を讃歌するヨシュアに正鵠を突きつける。

 黒髪の少女はごまかすように軽く自分の頭を小突きながら、「てへろぺろっ」とウインクしながら舌をだす。その可愛らしい仕種に殿方を虜にするのと同時に、同年代の少女たちから疎まれる要因を改めて垣間見たような気がする。

(待てよ。ヨシュアは魔獣はいないと断言していたが、地下水路は稀に下水道から魔獣が紛れることがあった気がするが、俺の勘違いか?)

 軽く小首を傾げる。ヨシュアの衣服の目立たない複数箇所に、ルック達と同じ汚れが微かに染みついているのをエステルは見落としている。

 いずれにしても追求する気力が失せたので、現在の財政状況を確認する為、一階の受付係のアイナに解決済みクエストの未払い分を清算してもらうことにした。

 

        ◇        

 

「ブレイサー家業に手を染めて、今日でちょうど二週間。二桁以上のクエストをこなしたのに、稼いだ報酬の総額は七千ミラ弱。(※別の次元世界の円相場に換算すると、一ミラ=十円)これなら居酒屋アーベントでヨシュアがウエイトレスのバイトをした方がよっぽど儲かるな」

 父カシウスはエレボニア帝国に長期出張中。三万ミラ程の旅費を貯めたら、王国巡りの旅に出ようと企図していたが、懐具合はあまり芳しくない。

「仕方ないでしょう、エステル。ギルドは基本的に非営利団体だから、クエスト報酬も極力切り詰められているわ。一部の金持ちだけでなく、子供を含めた一般庶民の誰もが気兼ねなく依頼できるようにね」

 澄まし顔で紅茶のお代わりを追加するヨシュアの姿に、エステルの鬱憤がさらに積もる。夢と希望に胸を膨らませて、勢い勇んで冒険者たちの世界に飛び込んだというのに、舞い込んでくるのは日常のお手伝いの延長でしかないお手軽なクエストばかり。

「薄給は我慢するとして、もっと遣り応えのある面白いクエストはないのかよ? 身代金目当てのハイジャック犯を一網打尽にするとか、クーデターを企む軍部の暴走を未然に阻止するとか、古代兵器復活を目論む悪の秘密結社の陰謀に正面から立ち向かうとかさ」

「アニメの冒険活劇に毒され過ぎよ、エステル。ここは平和なロレントの田舎町。そんな大規模犯罪の温床は存在しないわよ。よしんば大きな事件が発生したとしても」

 金払いの良い高難易度クエストは優先順位が高い正遊撃士に持っていかれて、見習いの出る幕などない。新人にもお鉢が回ってくる真っ当なクエストは、せいぜい魔獣退治ぐらいが関の山。

「正遊撃士でもクエストの報酬だけで食べていけるのは、B級以上のほんの一握りの上位ランカーだけよ。大抵は別の副業を営んだり、アルバイトで食い繋だりだりして、ギルドから大口依頼の連絡が入るのを心待ちにしているのだから」

 ヨシュアはさらに紅茶のお代わりを追加しながら、ルック達に謝礼として渡したクッキーの余剰分を頬張る。

 理想と現実のギャップに苦しむのは、どんな職業にも必ず存在する一種の通過儀礼のようなものであるが、早速その洗礼を浴びたエステルは何とも言えない表情でストレスを爆発させる。

「これが大陸中の子供たちか憧れるブレイサーの実態かよ? やっていることは、単なる町の便利屋さんと何も変わらないじゃないか」

「落ち着きなさい、エステル。騒いだ所で現状は何一つ改善されないわよ。それに赤字のクエストにも、それなりに意義があるのは知っているでしょう?」

 旅費とは別に、兄妹がロレントを旅立つのに必要なものがある。それはギルドから発行される推薦状。

 準遊撃士はリベールの五大都市を旅して、各支部の全てのギルドから推薦状を集めないと正遊撃士に昇格できないのだ。発行基準は受付の裁量に完全に任されているが、大体は数カ月間、各ギルドに常駐しながら依頼をこなし、一定のBP(ブレイサーズポイント)を獲得することにより推薦状を貰えるのが通例となっている。

 ただ、前述の事情により、ルーキーが得られるブレイサーズポイントには限りがあり、見習いの立場を卒業するまで数年かかるケースも珍しくない。

 そういう意味では、正規の遊撃士が敬遠する子供のお小遣いで依頼される『光る石の捜索』のような極貧クエストにも、雀の涙程度だがきちんとBPが設定されているので、二人はこつこつと小口の依頼をこなしてきた。

 

「けどよお、ヨシュア。これじゃ、ロレントを出発できるのは何ヶ月先になることか」

 食欲魔人のエステルが目の前に積まれたクッキーの山を無視し、机の上にノノ字を描いていじけ始める。珍しく意気消沈し萎れた花のようにしょぼくれた様をヨシュアは無感動に眺めていたが、ポットの中の紅茶が切れたのを確認すると助け船をだす。

「高額のクエストも、一応キープしてあるけど」

 そう前置きして空になったティーカップを片づけると、二枚のクエストの依頼書を懐から取り出した。

「マジかよ?」

 ヨシュアの掌から依頼書をひったくると、むしゃぶりつくように内容を読み漁る。

 一つ目は『クラウス市長の依頼』。とある品物をマルガ鉱山から受け取って、市長宅まで送り届けると記載。残りの一つは『記者たちの案内』。リベール通信の記者を翡翠の塔の屋上まで案内するガイドとボディーガードを兼任したようなクエスト。

 報酬はどちらも五千ミラを超え、取得できるBPも多い。本来なら駆け出しのエステル達に手が届く依頼ではなく、あまり物事を深く考えない楽天主義のエステルも不審を隠せない。

「これは元々、父さんが受ける予定のクエストだったのよ」

「親父が?」

「そう、急な出張で依頼をキャンセルした時、父さんに頼んで依頼の権利を取り置きしてもらったの。ちゃんとアイナさんにも話を通してあるわ」

「ちっ、ブレイサーは公私混同を弁えなければいけないとか偉そうに説教垂れていた癖に、親父の奴、相変わらずヨシュアにだけは甘いんだな」

 カシウスは質実剛健を旨とする誰にでも公平な人間だが、養女のヨシュアに対してはやや親馬鹿なところがあり、実子のエステルは舌打ちする。

 最近になって「亡くなった母さんによく似てきたな」とか意味不明な世迷い言をほざいていたりするので、そのうちヨシュアの称号が義妹から義母にバージョンアップしたりするのだろうか?

「甘え上手というか狡辛いというか、毎度毎度、抜け目がない女だな。まあ、今回は特別に多めに見てやるか」

 世に『剣聖』の通り名を持つカシウスさえも浸食するヨシュアのフェロモンへの抗体持ちのエステルは、功労者の義妹の頭をナデナデしながらも、心は未知なる高額クエストの方に傾き、気分を高揚させる。

 頭上に置かれた暖かい義兄の手。この感触をヨシュアは嫌いではなかったが、その熱意に水を差すことを告げなければならない。

「予め断っておくけど、この依頼は両方同時には受けられないわよ」

 依頼書の期限部分を指し示す。どちらも日時指定がなされていて、日付が重なっている。

 当初、カシウスは愛弟子のシェラザードと依頼を分担するつもりだったが、まだ見習いの立場の二人は共同作業で一つのクエストに絞った方が良い。

 

「さて、あなたはどちらのクエストを選択するの?」

 依頼書を二枚並べて、『大きなつづらと小さなつづら』のように選別を迫ったが、未来は既に定まっている。ほどなく少女が予知した通りに『クラウス市長の依頼』が掴み取られた。

「やっぱりね」

 国の重要文化財に指定された翡翠の塔は魔獣が蔓延る危険な場所ではあるが、エステルからすれば散々遊び倒した庭場のようなもの。子供の頃から飽きるほど内部を探索し、今では魔獣の方がエステルの来訪に怯える始末。

 ならば、未見のマルガ鉱山の方に興味を惹かれるだろうとの予感を的中させたが、次の一言は想定外。

「俺がこのクエストをやるから、ヨシュア。お前は『記者たちの案内』を頼むぜ」

 目の前にもう一枚の依頼書が押し付けられ、目をパチクリして、義弟(※ヨシュアの一方的な認識)の満足げな表情を覗き込む。この少年の突拍子もない行動は時に二人の偉大な父親以上に、計算づくで生きてきた少女の思考の意表を突く。

「エステル。あなた、自分が何を主張しているのか判っているの?」

「お前は一人でもミスしない。だから、俺がきちんとこの依頼をやり遂げられるかだろ? 大丈夫、鉱山から物品を受け取って市長宅まで運搬する簡単な……って、はて? どうして、こんなにミラが貰えるんだ?」

 ヨシュアを説得する最中、自らの説明に疑問を抱いたようで、「う~ん」と考え込む。

 鉱山に通じるマルガ山道は安全な遊歩道ではないが、そこまで危険な魔獣が潜伏しているわけでもなく、多少腕に覚えがある者なら問題なく通れる。実際のクエストの内容そのものは子供にでも可能な単なるお遣いでしかない。

「それは運搬する物品がとんでもない価値のある代物だからよ。多分、七耀石(セプチウム)の結晶。依頼額からして数百万ミラは下らないと見たわ」

「数百万ミラだとぅー?」

 依頼書には機密保持の為に、運搬物の内容については何も記されていなかったが、受取先が七種類あるセプチウムの一つ、翠耀石(エスメラス)が採れるマルガ鉱山であること。今年でちょうど六十歳の節目を迎えるアリシア女王の生誕祭が近づいていること。更にはクラウス市長が「今年こそは、ロレント市民全員の感謝を表すような贈り物を、陛下にお渡しできそうだ」と意気込んでいたのを、うっかりヨシュアに漏らしてしまったことなどを材料に、少女の合理的な思考フレームは上記の結論を導きだす。

 

「だからね、エステル。この依頼に問われるのは、腕っぷしの強さでなく信用なの。実際に似たような依頼で、ブレイサーによる持ち逃げ事件も頻繁に発生しているわ」

 少年の純朴な遊撃士像を打ち砕くような世知辛い現実を再び叩きつける。正遊撃士による犯罪は擁護のしようがないが、中には最初から窃盗目当てで準遊撃士の資格を取得する小悪党も存在していたりする。

「ちょっと待てよ。そんな性根の腐った奴が、そもそもブレイサーになれるのかよ?」

「五大都市の推薦状が必要な正遊撃士はともかく、見習いの仮身分を得るだけなら担当官運次第ね。試験官役の正遊撃士の裁量一つで、町の地下水路奥の小箱の持ち帰りから、危険な古代竜が潜む洞窟の探索まで、資格取得試験の難易度も幅が広いから」

 色々ととんでもない話である。エステルでさえも開いた口が塞がらない。

「どちらも依頼人が直々に、父さんを名指しで指定してきたの。カシウス・ブライトなら確実に依頼を全うしてくれると信じて。だから、このクエストを引き受けるというのは」

「親父が受けると同義。なら、絶対に失敗は許されないということだろ?」

 更にやる気を漲らして、ヨシュアの言葉を先取りする。

「止めても無駄みたいね」

 先とは異なる真摯な雰囲気を感じ取れたので、それ以上の翻意を諦める。ヨシュアが土壇場までこの依頼を隠していたのは、遊撃士の後ろ暗い側面を知って尚、当初の志を貫けるか見極める為なのだろう。

 今のエステルなら、報酬額の多寡や依頼の面白さでクエストを選り好むような不真面目な真似はするまい。

 

        ◇        

 

 翌日、常に行動を共にしていたヨシュアとエステルはギルドの前で別れを告げて、それぞれの依頼人の元へと向かう。

 二つの冒険(クエスト)が始まる。

 


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