星の在り処   作:KEBIN

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学園祭のマドモアゼル(Ⅳ)

「リベールを揺るがす、とんでもない災厄か」

 空賊のドルンを裏から操り飛行船誘拐を目論んだのが本当に情報部の仕業なら、単なる誇大妄想で片付けられない。ナイアルの指摘通りに孤児院放火の意図は不明だが、次はどんな騒動をこの王国に齎そうというのか。

 かつてエステルが夢想したハイジャック事件に続き、今度は軍事クーデターまで現となる嫌な予感が頭から離れない。

「なあ、ヨシュア。俺たち、こんな所でノンビリしていていいのかな?」

 ナイアルとの一連の会話を反芻し、学舎の安寧な身分に疑問を抱くも、ヨシュアはその迷いを一刀の下に切り捨てる。

「なあに、エステルらしくもないわね。まあ、確かにリベール存亡の危機に比べたら、孤児院の再建や子供たちを楽しませるお芝居なんて小事だし、学生ごっこはもうお終いにする?」

 冷淡に突き放されたエステルは、自分の思い上がりに赤面する。

 駆け出しの見習いとして、義妹におんぶ抱っこの情けない有様ながら、未熟なりに悟った事がある。全てのクエストには依頼する人間の『心』が秘められているという真理。

 先例の『定期船失踪事件』の大事件も、『光る石の捜索』のような雑務にしろ、困っている民間人が遊撃士を頼りにギルドの門を叩いたのに違いはなく、簡単な依頼だからといってその願いを疎かにして良い道理があろう筈ない。

 ましてや、依頼人のクローゼや子供たち以外にも既に多くの生徒の様々な想いがお芝居に篭められている。かつてヨシュアの一連の態度を窘めた当人が、他事に気を取られて上の空で現在手掛けているクエストを蔑ろにするようでは本末転倒だ。

「大丈夫よ、エステル。今日明日でいきなり事態が大きく動くとも思えないし、まだまだ時間の猶予はあると見て良いわよ」

 正義感が人一倍強いエステルが気を揉む気持ちは判るが、どのみち次の一手を慮るにはナイアルの調査待ちの部分もある。今は目の前の依頼に専念するよう言い聞かせてから、舞台衣装に着替えるため一時的に離別する。

 

 本日は午前授業の日。いよいよ放課後からヨシュアが稽古場に復帰するが、その小柄な背中に複数の敵意の視線が突き刺さる。

「はーあ、憂鬱よね。折角、上達を実感してきたのに、また格の違いをまざまざと見せつけられて、性悪妹に嫌味を言われないといけないのかしら?」

「あの女、クローゼ君とエステル君を下僕のように侍らせて何様のつもりよ? 体育もないのにブルマなんか穿いて、そこまでして点数稼ぎをしたいわけ?」

「でも、あれだけ綺麗なら男は放っておかないだろうし、人生色々楽だったでしょうね。うーっ、あのツヤツヤの黒髪とすべすべのお肌が妬ましい」

 お芝居に参加する女子生徒の中でも、反ヨシュア急先鋒の少女たち。稽古場での傲慢な振る舞いをしつこく根に持っている。クローゼはもちろん意外と女子人気が高いエステルと何時も一緒に行動しているのが許せない。天は二物も三物も与えるなんてエイドスは不公平すぎる。

 憤るポイントは各々微妙に食い違っていたが、ヨシュアがむかつくという方向性は完全にシンクロしていた。

「あの女、調子に乗り過ぎだし、校舎裏にでも呼び出して締めてやろうかしら?」

「無理、無理。ひ弱そうに見えても、あれでもブレイサーなのよ。逆に返り討ちに遭うのが関の山よ」

「けど、この前の屈伸運動でジルに潰されていたし、あの娘、全然体力ないじゃん。どうせ戦闘はエステル君頼りだろうし、もっと人数を集めれば何とか…………あらっ? 何か落とした?」

 少女らを取り巻く空気が不穏に変化した刹那、故意か偶然か腰元に括ったポーチから一枚の写真が零れ落ち、ヨシュアはそのまま廊下の角を曲がる。

「何かしら? 何かあの女の弱みに………………こっ、これは?」

 写真を取り囲んだ乙女たちの背中に電流が走る。まるでペトロブレスのアーツで石化したように金縛り状態が継続した。

 

        ◇        

 

「いよいよ通し稽古ですね。再びヨシュアさんと共演できると思うと、胸の鼓動が高まります」

「俺たちの練習の成果を見せてやるとしようぜ。けど、あいつ皆と上手くやれるのだろうか?」

 既に舞台衣装に着替えたクローゼとエステルが、準備運動代わりに軽く剣を合わせながらチームワークの悪化を思い患う。

 セシリア役の天才少女をメインに添えて舞台を繰り広げるのに皆納得はしたが、さりとて一度深まった心の溝は簡単に埋められる筈もない。本番までの間、これからずっと稽古中の雰囲気がギスギスするのかと憂鬱な気分になる。

「噂をすれば、主演女優がおいでなすったようだ…………んっ?」

 剣演舞の合間を縫って、ヨシュアを肴に言葉のキャッチボールをしていると、噂の主が白いドレス姿で講堂に出没したが、想定外の場の空気に小首を傾げる。

 ヨシュアの左右を女生徒らが取り巻いているが、二人が集団幻覚に囚われたのでなければ、黒髪の少女を中心に和気藹々とした雰囲気に包まれていた。

「よっ、お待ちしていたわよ、千両役者。やっぱり主役がいなくちゃお芝居は始まらないものね」

「義妹さん、本当に綺麗な黒髪よね。お肌も白くてすべすべで羨ましい限りだわ」

「事情があって、本番前日には通し稽古を完了させないといけないのよね? なら、一日も無駄にできないし、今日から張り切って練習しましょう」

 聞こえてくる会話も予想された殺伐さとは無縁。エステルはヨシュアの手を掴むと、強引に少女たちから距離を取らせる。

「おい、ヨシュア。お前、女子生徒に何をやらかしたんだ?」

 まさかボースでオリビエやドルンが被った暗示とかいう怪しい洗脳術を処方されたのではと疑ったが、彼女らが魔眼の発動条件を満たすことはまずないので単なる杞憂。

「やあねえ、エステル。あまり人聞きの悪いこと言わないでくれる。お芝居の成功を願わんとする同じ志を持つ者同士、腹を割ってお話しただけよ」

 ヨシュアは満面の笑みで奇麗事を抜かし、ますますエステルの疑念は深まる。

 エステルは人間性悪説の信奉者ではないが、「他人を意のままに動かすのに、異性は嘘泣き一つで十分だけど、同性の場合は買収するのが一番手っとり早いわね」と常々公言していた義妹の御為倒しを真に受ける気にはなれない。

「うんうん、仲良きことは美しきかな。お互いに歩み寄れば、世の中分かり合えないことなど何一つないのです」

 性善説を妄信するクローゼは目の前の麗しい友情劇に素直に感銘を受けたようだが、本当に見た儘を有りの儘に受け入れても良いのだろうか?

 良く長所と短所は表裏一体と言われるが、クローゼ本人が自己診断したように、このお人好し度は一国の最高権力者となるにはちと問題があり過ぎる気がする。

「ああっ、クローゼ君」

 少女たちは頬を赤く染めながら妙に熱っぽい視線をクローゼに注いでおり、気のせいか呼吸がかなり荒い。

 この場にいるほとんどの女子がクローゼにお熱なのは鈍感なエステルでも察せたが、何か盛りのついた雌猫というかヨシュアファンクラブの大きなお友達に似た危険な臭いをプンプンさせているのは何故か。

 どんな魔法を使ったのかは皆目見当もつかないが、それでも最大の懸念材料だったヨシュアと女生徒の確執は未然に取り除かれたのだ。乙女たちの淫らな変化について、あまり深く考えないことにした。

 

        ◇        

 

「よし、これでやっと全員揃ったわね。それじゃ全体の流れを確認するために、早速通し稽古を始めるわよ」

 監督のジルがそう宣言し、待ちに待った瞬間を控えて皆の間に緊張が走る。この一週間ヨシュア抜きでの稽古を続けてきたが、欠けていたジグソーパズルの最後のピースが嵌め込まれた時、どんな絵図が完成するかは未知数だ。

 ただ、リチェルを自信喪失に追い込んだ全てを蹂躙する衝撃が未だ記憶に鮮烈に残っており、ヨシュア不在時に感じずに済んだコンプレックスを再発させないか懸念していたが。

「街の光は、人々の輝き。あの一つ一つにそれぞれの幸せかあるのですね。ああ、それなのにわたくしは…………」

(あれっ?)

「ああ、オスカー、ユリウス。わたくしは、どちらを選べばいいのでしょう?」

(一体どうなってやがる?)

「ユリウス。本当に久しぶりです。今日はオスカーと一緒ではないのですね。お父様がご存命だった頃、宮廷であなた達が談笑するさまは、侍女たちの憧れの的でしたのに」

(気のせいか、何かヨシュアの演技が大人し目だよな?)

「駄目ー!」

(けど……)

「まあ、ユリウス、オスカー。まさか、あなた達まで天国に来てしまったのですか?」

(おかげでスムーズに舞台は進行しているよな?)

 淡々と演目は続いていく。台詞をとちったり、露骨な演技ミスをする役者もなく、つつがなくフィナーレを迎える。

「まあ、初めての通し稽古にしては上出来かな? 皆、遅くまで居残って練習した甲斐があったわね」

 パイプ椅子に偉そうに踏ん反り返って、特等席からお芝居を鑑賞していたジルは満足そうに頷く。当初の不安は取り越し苦労に終わったが、稽古中にエステルがずっと感じていた違和感をこの場にいる全員が共有している。

(ヨシュアの演技はこんなものだっけ?)

 真のセシリア姫を降臨させたと錯覚させたトランス状態に比べたら、今回のヨシュアは明らかな人間業。とても同一人物の演技とは思えない。

 とはいえ劣化した訳でも、ましてや手を抜いているのでもない。その証拠に一連の舞台の流れは滞りなく進んでいる。バランスという意味では、一人芝居の神クオリティを持ち込まれるよりも今の状態の方がよっぽど有り難いが、これはどうした塩梅なのか。

 考えられるのは一つ。ヨシュアが皆の力量を正確に把握し、そのレベルに会わせて演技の質を調整している。実際、今披露した出来栄えでも、本来のポテンシャルの半分も満たしていない。

 この調和は共同作業をする上で、結構重要なファクターだ。アイドルのワンマンショーと異なり、舞台演劇は脚本、演出など全てを引っくるめて総合的に評価されるので、ヨシュア一人が突出して目立っても他との協調を欠いたら物語として失敗だ。

「私たちのこれからの課題が見つかったわね」

 ジルは敢えて明言を避けたが、何を主張したいかは皆良く判っていた。意外と空気が読める天才少女が全体に合わせて力の出し惜しみを可能とするのなら、全員の力量がさらに向上すればそれ分だけオスカー女優の魅力も増幅される。

 プロの劇団員でなく素人学生の集団だから、残りの短い期間でマックスを引き出すのは無理だろうが、70%ぐらいの領域に到達できれば、それだけで今とは全く別次元のステージへと観客を誘える。

 1%でも多くヨシュアの本気を引っ張り出す。

 学園祭までの具体的な目標を見つけた皆のボルテージは俄然高まってきた。ミス無しで通し稽古を乗り切った今の立ち位置はゴールではない。ヨシュアの加入でやっとスタートラインに足を踏み入れたに過ぎないという過酷な現実を正面から受け入れる。もはや現状に満足する怠け者など……一人(ミック)だけいた。

 その想いは役者だけでなく裏方の生徒にも伝染し、少し休憩したら今度は照明や演出を入れた完全な本番形式で、もう一度通し稽古をするよう提議する。

 

 ヨシュアという名の強烈な個性を持つ最後のワンピースがパズルに嵌め込まれたが、当初憂いていた全体の構図のパースを目茶苦茶にすることなく、綺麗に一枚の絵図として完成させた。

 更にはこのピースは全体絵図自体の変貌を促し、それに合わせて自身に刻まれた模様を変化させるという類まれな修正機能を備えている。

 本番の学園祭までに、『白き花のマドリガル』というジグソーバズルにどんな絵図が描かれるのか、今からとても楽しみだ。

 


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