星の在り処   作:KEBIN

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学園祭のマドモアゼル(Ⅰ)

「ふんふん、ふふん、ふんふーん」

 王立学園の旧写真部の部室から、ハミングするような鼻唄が聞こえてきた。

 草木も眠る丑三つ時。態々、遮光カーテンを引くまでもなく、暗室となった仕事場。何者かが定着、水洗い、乾燥の一連の現像作業を、実に手際よくこなしている。

「流石、私ね。ドロシーさんみたいなプロには及ばないでしょうけど、十分綺麗に撮れているわ」

 夜目が効くのか。一切の光が届かない深海層のような暗闇の中、完成した写真を見定めて、出来栄えに満足し思わず笑みを零す。

「悪く思わないでね。クローゼ。これも、あなたの念願のお芝居を成功させる……」

「おいこら、誰かそこにいるのか?」

 学内の見回りをしていた用務員のパークスが、ガサゴサと聞こえてきた物音を不審に思って、懐中電灯を照らしたまま部屋の扉を開ける。

「ここは確か去年廃部になった写真部の部室だよな? こんな所に人がいる筈もないし、やっぱり気のせい……んっ、何か踏んだか?」

 足元で何か紙のようなものを踏みつけた感触を覚えたので、懐中電灯の光を当ててみると、写真のようだ。暗くて顔がハッキリしないが、男子学生服(ジェニスカラー)を着た少年が、妙なロープのようのもので身体中を拘束されているように見える。

「うちの男子生徒だよな? ひっ? 今、誰か俺の背中を叩いて…………ひぎゃあああ!」

 恐る恐る振り返ったパークスの顔が、恐怖と絶望に彩られる。深夜の学舎に用務員の絹を裂くような叫び声が響き渡る。

 

 翌朝、園内の鍵開作業をしていた受付係のファウナが、部室の扉の前でぐったりと就寝していた用務員男性を発見する。

 目を覚ましたパークスは写真を含めた昨夜の経緯を何も思い出せなかったが、唯一つ、真っ赤な瞳で長い黒髪を靡かせて何故かブルマを履いていた少女の姿を気絶前に目撃したことだけは覚えていた。

 こうして真夜中に旧写真部に出没するブルマ姿の幽霊の逸話が新たに学園の七不思議に付け加えられたが、このこと自体は物語の本筋とは何の関連もない。

 

        ◇        

 

「おはよう、エステル」

「おう、おはよう、ヨシュア。って、お前、その格好は?」

「まあ、ちょっと色々あってね」

 朝のホームルームの時間。シャツにブルマという体操着姿で教室に顔を出し、エステルその他の男子生徒は騒然とする。またぞろ点数稼ぎかと女子生徒は苛つくが、ブルマに抵抗感を持つヨシュアは椅子に座ったままモジモジし、本人が望んだ展望ではない。

「ふふんっ、ジェニス王立学園校則第七条二項。生徒は学園内では本校指定の学生服の着用を義務づけ、私服による登校は禁ずる。この場合、制服がなければ別の本校指定服の体操着で過ごすしかないわよね」

 頬を真っ赤に染めて縮こまっているヨシュアに、ジルが眼鏡を光らせて解説する。昨日のクエストでジルから借りた一張羅の女子学生服(ジェニスブレザー)を台無しにしてしまい、それが彼女の逆鱗に触れて罰ゲームを科された。

「サイズ合わせした時に「胸とお尻がキツキツなのに、ウエストはガバカバね」とか嘲笑われたのを根に持っている訳じゃないからね、規則よ、規則」

「ジルぅー、私が悪かったから、もう堪忍してよー」

 ヨシュアが瞳を潤ませ両手を合わせて拝み倒す。この手のお強請りは殿方相手に絶大な威力を発揮しても、同性への効果は皆無でジルは知らん顔している。

「スゲエな、あのヨシュアが謝ってやがるっ……って、お前らの間でどんな遺恨があったか知らないけど、朝っぱらからその格好はまずいんじゃないか? あいつが……」

「ブ、ブルマぁー!」

 言い終わらない内に、予想通りにハンスが暴走モードで突進してきた。以前、認識操作を施されたが、皮肉にも処方した張本人のブルマ姿を生鑑賞し目出たくパッションを再燃。

「ハンス、ヨシュアさんには指一本触れさせな……って、うわあああ!」

 想い人を守ろうとクローゼが立ち塞がったが、彼のサクセスストーリーは前話で打ち止めのよう。トラックに跳ねられた端役の通行人Aのようにあっさりと弾き飛ばされる。

 これまた異空間で命懸けの大冒険をこなした導かれし者とは思えぬ不甲斐無さ。一度主人公補正を失うと凋落は坂道を転がり落ちるが如し。

「頭を冷やしていらっしゃい」

 窓側の席に移動して窓ガラスを開いたヨシュアは、暴れ牛そのもののハンスの突進を闘牛士のようにヒラリと避けながら足元を払う。バランスを大きく崩したハンスは、真っ逆さまに窓外に落下していく。

「あの、ここは三階で……」

「ああ、平気だろ? 俺なんか五階相当の時計塔の頂上から、ヨシュアに叩き落とされたことがあったしな」

「いえ、象が踏んでもへっちゃらそうなエステル君と違って、ハンスは一応は生身の普通の人間でして」

 常識人のクローゼが親友の安否を気遣ったが、エステルの見解の方が正しかった。ザパーンという水音と共に、派手に水飛沫がここまで跳ねてきた。

「そういえば、この真下はプールでしたね」

 先のジルのケースと異なり、自分に否がない時のヨシュアのリアクションに容赦ないが、それでも一般生徒にそこまで無茶をする筈もなく、これも計算の内か。窓下を覗き込むと、プールの中で全身ずぶ濡れになったハンスが呆然とこちらを見上げており、完全に熱病から醒めたらしい。

 

        ◇        

 

「ううっ、寒い。やっぱり、この季節に寒中水泳は無理があるよなー」

 制服を乾かしている間、上下ともジャージに着替えたハンスは、自分自身を抱き締めるような態勢でぷるぷると凍える。

 魔眼で封じられ鬱積していたブルマ愛が一気に解放された結果、先の暴走が引き起こされただけなので、前生徒会長から王立学園のブルマ存続の使命を託された使徒の彼が、短期的な欲望で自らの首を締める行為に身を委ねることはもはや無い。

「ねえ、ジル。私もアレ欲しいんだけど。ジャージだって体操服の筈でしょう?」

 飴玉を催促する子供のような物欲しそうな仕種で、ハンスが着ている長袖長ズボンの青いジャージを指差すも、ジルは非情に首を横に振る。

 彼女の親友はヨシュアに似て意外と執念深い性格のようだ。校則を笠に更なる抗議をしようとしたが、その瞬間、教壇の真上に設置されたスピーカーからアナウンスが聞こえてきた。

「これより定例の生徒会役員会議を行います。役員の生徒は、至急、第二生徒会室に集合して下さい」

 ピンポンパンポンのチャイムと共に校内放送も終了し、現生徒会長と副生徒会長が席を立つ。どうやら生徒会とかいう組織の面々は公然と授業をサボる特権を授けられているとエステルは曲解したが、二人に続いてヨシュアまでもが教室から出て行こうとし怪訝がる。

「学園祭までの間、臨時の役員として、生徒会の仕事を手伝うことになったの。これは生徒会長様から直々に依頼されたクエストよ」

 ヨシュアはシャツを縦に伸ばしてブルマ隠しを継続しながら、依頼書を翳す。お芝居と同じくミラにもBPにも結びつかない極貧クエストだろうが、それでも正式な依頼であることに違いない。何よりも授業を堂々とエスケープする口実を入手したヨシュアが羨ましくて仕方ないのだが、そんな内心を見透かしたようにジルが悪戯っぽく笑いながら声を掛ける。

「何ならエステル君もヨシュアと一緒に来る? 君だって一応はブレイサーだしね」

「えっ、いいの?」

 甘い言葉で誘われ、エステルは瞳を輝かせる。何かヨシュアのオマケのような引っ掛かる物言いをしていた気もするが、特に深くは考えずにホイホイと面子に加わった。

「相変わらずジルはエステルに甘いというか、職権乱用が過ぎるわね」

 そう呆れるも、ここ最近のエステルは芝居だけでなく毎日の授業も真面目に受けていて、この間の小テストでも全教科で零点を免れるという偉業(?)を達成した。

 元々苦手の克服に取り組むことに意義があり、短期留学生の自分らに授業そのものはさほど意味はない。「気分転換にはちょうど良いかも」と常の毒舌は封印し同行を許可する。

「本当にエステル君に一番甘いのは、ヨシュアさん。他でもないあなた自身なのですけどね」

 ブルマ視姦という羞恥プレイを受ける羽目になった裏事情を一切エステルに明かさなかったヨシュアの無言の心遣いに、またぞろ嫉妬心を刺激されたクローゼは教壇についたヴィオラに手を挙げて何かを訴えた。

 

        ◇        

 

「でっ、何でクローゼまで一緒に来ているんだ?」

「授業は一通りの予習が済んでいるので、僕も何かお役に立てることはないかと思いまして。担任のヴィオラ先生からは、きちんと許可を貰っています」

 クローゼは赤面しながら、後ろめたそうに視線を逸らす。鈍感野郎はともかく、他の面々には優等生が授業をボイコットした本音が透けて見える。ヨシュアは軽く嘆息し、ジルとハンスはニヤニヤ顔が止まらない。

「やれやれ、私が何度、生徒会にラブコールしても、連れない返事しか寄越さなかったクローゼ君がねえ。よっぽど誰かさんに対抗意識を燃やしているみたいね」

「ジル、せっかく誰かさんと違って有能な戦力が来てくれたのだから、それ以上煽らないの。それよりも昨日から気になっていたけど、私に依頼したい仕事って何なの?」

 まさか学園祭の間、生徒会を取り纏めろという訳でもあるまい。実際、ヨシュアに仕切らせれば、運営効率を現在比の280%まで向上させる自信があるが、それは各々の役員の自主性を排して単にヨシュアの端末化させる所業。生徒一人一人が作り上げる学園祭のコンセプトとは嚙み合わない。

 そんな息苦しいお祭を皆が楽しめるとも思えないし、享楽主義者のジルも望んではいまい。

「そう焦らない。二人の飛び入り参加は予想外だったけど、人が多い方が色んなアイデアが出易いし、何よりも今回の議題はあなた達二人にも関係あることだしね」

 そう前置きして、全員を席につかせる。中央に会長副会長のジル・ハンスが陣取り、左側にエステル達ゲストの三人。右側に平の役員生徒四人を座らせて一通りの資料を配ると、書記の生徒に本日の議題をチョークで黒板に手書きさせる。

『学園祭の寄付金について』

「ジル、私達を呼んだのって?」

「上手くいけばテレサ院長や子供たちは、王都に引っ越さなくても済むのですね?」

 ヨシュアはその一言だけでピンときた。クローゼも渡された資料の福祉活動の一文から自分達との関連性を悟ったが、エステルには何のことやらさっぱりだ。

「つまりね、エステル。学園祭で寄付金を一定額集められたら、孤児院の再建が出来るかもしれないってことよ」

 ヨシュアが判りやすく補説し、実際に資料の二ページ目にもそう記載されている。以前、資産家に援助を求めるのが一番の近道だと薦められたが、多くの社交家か顔見せする学園祭は多額の寄付を募るのにうってつけの狩場。

「その通りよ。コリンズ学園長の発案でね。純粋な寄付金に限らず、学園祭での模擬店やバザーなどの収益も、毎年、国内外の福祉団体に全額寄進していたけど、今年は特別にマーシア孤児院の再建費用に充てたらどうかってね」

 そうなればクラム達は住み慣れたこの町を離れなくても良い。クローゼとエステルの瞳に希望の光が灯されるが、ヨシュアは渋顔を継続する。

 マーシア孤児院の児童に思い入れがない訳ではないが、それでも我が事のよう感情移入している男子二名に比べれば幾分か温度差があり、その分だけ客観評価が可能で問題点が浮き彫りなのだ。

「それで、ジル。最低ノルマを百万ミラに設定するとして、毎年どのぐらいの寄付金が集まっているの?」

「添付資料として付け足したけど、その年の景気や来場者数に左右される所もあるけど、平均すると五十万ミラぐらいかな?」

 それプラス模擬店などの収益も加わるが、材料費などの必要経費を差し引くと、こちらは微々たるもの。

 パラパラと資料を捲ると、一番後ろのページに、ここ十年程の寄付額が折れ線グラフで判りやすく表示されている。年度によって多少のバラツキはあるものの、上限と下限の目安は大凡定まっている。今年の寄付金だけが統計から大きく逸脱する根拠は今の所何もない。

「本来、チャリティーというのは個人個人の精一杯の善意の気持ちを形にしたものだから、即物的な目標額を定めるのは無粋だと私も思うのだけど、今年は事情が事情だからね」

 寄付金を増やすアイデアを生徒会でも色々検討してみたそうだが、経済に関しては所詮、素人学生の集団なので手詰まりだ。

 校内の生徒から広くアイデアを募集してみてはとの意見も出たが、案件の性質上、あまり多くの人間に内情を知られるのも好ましくない。それが守秘義務を伴うクエストという形にして態々依頼した理由らしいのだが。

「あのね、ジル。ギルドは経営コンサルタントじゃないのよ。大多数のブレイサーは商売っ気とは無縁で、生活そのものに苦労しているし、そんな簡単に五十万ミラを倍にするアイデアが出せれば、誰も苦労しないわよ」

 ボースで色々世話になった正遊撃士エジルも、副業でお好み焼きの屋台を営み糊口を凌いでいる。ツァイスに来た時には二人にご馳走すると照れ臭そうに頭を搔いていた姿が少女の記憶を過る。

「まあ、そうなんだけど、他のブレイサーは知らないけど、ヨシュアには商才あるっしょ? 私の憧れのメイベル市長から百合姉妹の盃を受け取ったそうだし、何よりも短期間で手持ちの五十万ミラを投資して百万ミラに増やした実績があるそうじゃない」

「エステルぅー」

 琥珀色の瞳を真っ赤に染めてギロリと口軽の義兄を睨み、エステルは口笛を吹きながら目線を逸らす。大方、漢たちの熱い夜でエステルが物語ったボースでの冒険譚がハンス経由でジルの耳に入ったのだろう。

 伝言ゲームのように、一部事実が歪められて伝わっているのは故意か偶然の賜物かは判別つかないが。

「メイベル市長って商業都市ボースの親玉で、大商人のご令嬢だよな。そんな人と親友認定って凄くない?」

「それよりも、あの若さで五十万ミラも所持しているのがまず有り得ないでしょ。やっぱり噂通り男に貢がせたのかしらね」

「どうやって倍に増やしたんだろ? ルーレットの赤黒賭けか、チンチロリンにでも勝ったのかな?」

 役員の生徒が好き勝手に論評するが、最後の推測だけは実は当たらずとも遠からず。ヨシュアは周囲の好奇の視線を無視して、このタイミングで懐事情を暴露したジルを懐疑の眼差しで睨んだ。

「ジル、もしかして、最初から預金の方が目当てだったの?」

「いやー、いくら私でもそこまで図々しくはないわ。あくまでも保険よ。とにかくヨシュアはブレイサーとして、責任もってクエストを完遂してくれると信じているわよ」

 眼鏡を外して曇った部分を布で拭き取りながら、ジルは白々しくすっ惚けたが、ヨシュアは疑惑を確信へと変える。

「なあ、クローゼ。また、お利口さん同士の韜晦が始まったけど、お前なら意味が判るか?」

 女狸と女狐の化かしあいからは、重要なセンテンスがいくつか省かれており、なぜ二人の間の空気がこうまで殺伐としているのか皆目見当がつかなかったので、別の知恵者に翻訳をせがむ。

「多分、ジルさんは寄付金が百万ミラに届かなかった時には、ヨシュアさんが個人資産から足りない額を寄付という名目で補填するのを期待しているのだと思います」

 他の役員には聞こえないように、クローゼがヒソヒソ声でエステルの耳元に囁く。以前、エステルも御布施を促して拒否された経緯があったが、学年首席を競う現生徒会長は外堀の埋め方が一味違うみたいだ。

「これならクエストの成否に関わらず、どちらに転んでもマーシア孤児院は再建できます。ただ、ヨシュアさんからすれば、不条理な提案であることには違いはないですね」

 言質を取らせない曖昧なニュアンスで暈しているとはいえ、ジルの無意識下の欲求は厚かましいにも程がある。特に元々無理ゲーそのもののクエストの尻拭いを遊撃士本人の懐から賠償させるなど理不尽極まる。

 女同士の友情は金か男で途切れると相場が決まっている。流石にヨシュアもぶち切れるのではと男二人は固唾を飲んで成り行きを見守っていたが、黒髪の少女は表情を崩すとシニカルな笑みを零した。

「ジル、あなたって、本当に油断ならない女ね」

 清々しいまでの図々しい要求に、多少呆れてはいるものの、そこに嫌悪はない。例えばドロシーのような悪意なくトラブルを誘発する天然さんよりも、ジルのように理性と感情のバランスが良く清濁併せ呑んだ娘の方が道理が通じる分だけ末永く友情を築けそうな気がするのだ。

「えーと、それは褒められていると思って良いのかな?」

「勿論よ。そのギャンブル……もとい依頼、正式に受理させて貰うわ」

「おいおい、マジかよ?」

 孤児院の再建を願うエステル達としては願ったり叶ったりの展開ではあるが、正直ヨシュアがクエストを受諾するメリットは皆無。

 そんなエステルの戸惑いに呼応するかのように、条件面での見直しが求められる。

「ただし、報酬にはそれなりに色をつけてもらうわよ。今回の寄付金はマーシア孤児院の再建のみに使われるのだから、百万ミラを超えた場合は余剰分と考えていいのよね?」

 その質問にジルの顔から初めて余裕が消える。怜悧な彼女にはヨシュアの意図する所が判ったようで、しばらく考え込んだ後、「半分が限界かな」と呟き、その線で互いに了承する。

「つまり寄付金が百万ミラに届かなかった時には、ヨシュアさんが差額を補充する代わりに、百万ミラを上回った場合の差引残高を歩合で報酬額に設定するよう交渉した訳です。ジルさんは半額に値切りましたけど」

 さっきから二人が主題を暈したまま会話を継続しているのは、寄付金をオモチャにしてマネーゲームに興じていると周囲から誤解されるのを防ぐ為。空気を読んだクローゼはエステルにだけ小声で通訳する。

 案の定、周りの役員の生徒らは二人の遣り取りについていけずに小首を傾げているが、ジャージ姿の副会長は気づいたようで、「女って恐ろしい」とブルブルと震えていた。

 一見リスクとリターンが釣り合ったよう錯覚するが、後一週間足らずで寄付金を倍に増やすアイデアを出すなど現実的には厳しい。

 仮に何らかの奇跡が起きたとしても目標額を大きく上回る事態はまず考えられず、最悪あぶく銭で稼いだ五十万ミラを吐き出す投資額を鑑みれば、収支の期待値が割に合わないのは数学が苦手なエステルにさえも一目瞭然。

(それでもヨシュアさんのことだから、きっと何らかの成算があるのだろうな。本当に頼もしいというか何というか)

 ユリアからは、「何時までも今の無垢なままのクローゼでいて欲しい」と縋るように諭されていたが、自分に足りないのはこういうダーティーな部分なのだと常々痛感している。

 ペーパーテストの成績ならジルにも引けを取らないが、善良過ぎる彼は思考のラフプレイがトコトン苦手。それが奇麗事だけで勤まる筈のないリベール国王の地位を忌避し、ヨシュアの腹黒さを知って尚、想いを募らせる要因にも繋がっている。

(いっそ、ヨシュアさんを女王と仰いで、僕はサポートに徹した方がこの国の未来は…………って、何を考えているんだ僕は……)

 最近、ちょっとばかり妄想癖が過ぎるクローゼは、先走りすぎた自らの煩悩に頭を抱える。

(ヨシュアの奴、案外、採算度外視の見切り発車で引け受けたのかもな)

 少女の無謬性をやや妄信するクローゼとは真逆の感想を彼女の兄弟は抱いた。ああ見えてヨシュアは結構な博打好きで、小遣いや釣りのガラクタ(※実際はエステルが知らないだけのレアアイテム)を賭けて良くポーカーで遊んでいた。

 手先の小器用なヨシュアはやろうと思えばいくらでもイカサマのスキルを所持している筈だが、賭け事は意外と正々堂々とやる性質で常に平勝負に徹していた。

(それでも大抵は俺が大敗していたけど、今回もヨシュアの奴、目当てはミラじゃなくて、ジルの思惑以上の寄付金を搔き集めて一泡吹かせてやろうと企んでいるのかもしれないな)

 

 かくして生徒会長から『生徒会臨時役員』の腕章を授かった三人の導かれし者はお芝居と並行して生徒会の依頼をもこなす次第になり、マーシア孤児院の再建を巡り様々な駆け引きが強かな二人の少女の間で繰り広げられることになった。


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