星の在り処   作:KEBIN

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パーゼル農園の魔獣退治(後編)

「どうやら、魔獣はここから入り込んだみたいだな」

 農作業の疲労と食後の満腹感から齎される強烈な睡魔を、強靱な精神力と生姜入り飲料の効果で抑えつけながら見回り続けること一時間。牧舎の裏側のフェンスが破られているのを発見する。

 とはいえ農園を囲む灯柱の効果で、本来なら魔獣がフェンスに近づくこと自体あり得ない筈。不審に思ったエステルはランプで周辺を照らして、用心しながらフェンスの外側に出ると思ったより簡単に元凶に突き当たる。灯柱の一つが粉々に破壊され、内部のセピス(※七耀石の欠片)が食い荒らされていた。

「なるほどな。この灯柱が不具合か何かで、魔獣除けの機能を果たさなくなったので、中のクオーツを狙って、魔獣に壊されたというわけか」

 魔獣はクオーツの原料となるセピスを好む性質を持つ。結果、この辺りの隠蔽効果が薄まり、外敵の進入を許した。尚、ティオの話によると目撃した魔獣の数は三匹だけ。

「なら、そいつらを片づけて、他の魔獣に目をつけられる前に灯柱を修理すれば、農園は元通り平和になるわけだな」

 空になった魔法瓶を放り捨てて得物の物干し竿を装備すると、魔獣の姿を求めて園内を徘徊する。

 

        ◇        

 

 キャベツ畑で作物を食い散らかす、畑荒らしと呼称される三匹の猫型の魔獣と対峙したエステルは、直ぐさま戦闘に入る。

 ロレント地方でもさほど手強い魔獣ではないが、すばっしこく何よりも逃げ足が早い。畑荒らしが信条に反して、いきなり遁走しなかったのは、相手を単独と見縊ったからだろうが、早速、見込みの甘さを思い知らされることになる。

「みゃお、みゃおおーっ!」

 ネコ科特有の鋭い爪先を展開し、数の利を活かして三匹同時に襲いかかるも、エステルを中心に棍を竜巻のように振り回す、クラフト『旋風輪』により、まとめて跳ね飛ばされる。

 

 戦技(クラフト)とは、CP(クラフトポイント)と呼ばれる体内の闘気を燃料に行使するバトル専用の特技。旋風輪みたいに射程範囲内の対象を纏めて攻撃したり、またはヨシュアの『絶影』のように直線上の敵にDELAY(※行動遅延の状態異常)を促したりと、使用者の個性に応じた能力がある。また、攻撃クラフトの他にも補助、回復クラフトなども存在するが、ここでは割愛する。

 

「なんでえ、これじゃ腹ごなしの運動にもならねえな」

 ヨシュア以外の人か魔獣と闘うことによって、相対的に実は己は結構強いらしい現実を噛み締めてきたエステルは、また悪癖を発揮し油断を生じさせる。

 素早いといっても、普段エステルが一緒に稽古しているヨシュアの超スピードとは比べるべくもない。畑荒らしはヨロヨロと立ち上がったが、今の一撃で深刻なダメージを負い、逃走もままならない有り様。このままだと戦略ミスのツケを命で支払うことになりそうだが、このファンシーな見た目の魔獣の真価は戦闘力とは別な所にある。

「んっ? まだ、やるっていうのか?」

 三匹はよろめきながらもエステルの方向に近づいていく。流石に少しばかり警戒し棍を構えるエステルの目前で、畑荒らしがとった行動。それは。

「なっ?」

 土下座だ。三匹は両掌の肉球を見せ降参の意を訴えると、額を地面に擦りつけて命乞いを始める。

「お前ら、そんなチンケな詫びで、野菜泥棒を見逃せとか言うつもりか? 寝言も休み休み……うっ?」

 三匹は頭を上げ、潤んだ愛くるしい瞳でエステルに哀願する。これこそが畑荒らしの奥の手。ゼムリア大陸には多種多様な魔獣が棲息するが、自らの可愛さを自覚し、それを武器として行使する愛玩種族は他に例がない。

「やめろ、その円らな瞳で俺を見るな」

 市民の平和と地域の安全を守る遊撃士としての義務感と、元来の可愛いもの好きの動物愛護精神との板挟みに陥ったエステルの心に迷いか生じる。

 魔獣の瞳が狡猾に光る。人間が修練によってクラフトを会得するように、魔獣は生まれながらにその固体に応じた特異なスキルを保持している。再び土下座する振りをしながら、特殊能力『畑あらし』で野菜を齧って体力(HP)を僅かながらに回復させる。

 今度は選択を誤らない。ヒットポイントを持ち直した魔獣の群は、エステルが顔を背けた僅かな隙を逃さずに一斉にトンズラした。

 

「しまった」

 我に返ったエステルが慌てて魔獣を追い掛ける。

 戦闘はともかく単純な追いかけっことなると、俊敏で小回りの利く魔獣の方に分がある。おまけに三匹にばらけて逃走されると、単独のエステルでは手の打ちようがない。

「そうだ。破れたフェンスの前で待ち伏せすれば」

 あれだけ手酷く痛めつけられたのだから、今夜は退散を目論むだろう。そこに網を張って一網打尽にすれば良い。珍しく頭を使ったエステルは鬼ごっこを一時的に取り止め、唯一の逃走ルートの前で待ち構えることにする。

 

        ◇        

 

「みゃあ、みゃああー」

 破れたフェンスの側に三匹は再集結したが、その手前にエステルが仁王立ちで行く手を塞ぐ。魔獣は尻込みしたが他に逃げ場はない。手負いの今の状態では新たにフェンスに穴を開ける気力すら残されていない。

 意を決してエステルに特攻を仕掛けるが、当たり前のように蹴散らされる。魔獣の身体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。三匹の畑荒らしはピクリとも動かなくなった。

「ちっ、なんか、弱いもの苛めしているみたいで、すっきりしな……えっ?」

 力尽きた筈の魔獣が復活し、一目散でエステルの脇を駆け抜ける。最後の切り札の『死んだふり』で再度、エステルの慢心を誘い出すのに成功した。

「くそっ、何やっているんだ、俺は」

 灯柱を直して農園の隠蔽効果を復活されたところで、一端餌場を覚えた魔獣には意味がない。ほとぼりが醒めた頃に再出没し、また悪さを繰り返すだろう。兄妹にしても何時までも農園に常駐して警備する訳にもいかない以上、クエストに失敗したことになる。

「みぎゃあ。みぎゃああー!」

 突如、魔獣の断末魔の雄叫びが響きわたる。フェンス穴の目前で、三匹の畑荒らしは何者かに襲撃され、再び宙を舞う。

「相変わらず、詰めが甘いわね、エステル」

 暗闇から浮かび上がるように、両手に双剣を装備したヨシュアが出現する。彼女の足元に転がる魔獣は今度こそ本当に戦闘不能に陥ったらしく、グッタリしている。

「ヨシュア。 どうして、ここに?」

 暖かい家屋で寛いでいたとばかり思っていたのに、突如の助っ人参戦に戸惑う。

 ヨシュアはエステルの質問を無視し、懐から取り出した手帳にスラスラと手書きし、反射的にエステルは中を覗き込む。

 

・収穫作業を手伝う        BP+3

・魔獣の進入経路を特定する    BP+1

・魔獣との戦闘に勝利する。    BP+2

・油断して魔獣を取り逃がす    BP-1

・油断して再度魔獣を取り逃がす  BP-2

現在までの合計          BP+3

 

「あの、ヨシュアさん。何ですか、これは?」

「シェラさんから頼まれたエステルの遊撃士試験の採点表よ。+5以上が、合格ラインらしいから、まだ少し点数が足りないわね。ちなみにこれはブレイサー手帳と言って、クエストの詳細を書き込んで、後々、ギルドにBP(ブレイサーズポイント)という形で査定……」

「待て待て、採点表って? お前、密かに俺のことを尾行して、行動を逐一チェックしていたのかよ?」

 こくりと頷く。夕食の支度をする傍ら農園を探索し、既にフェンスの穴を発見していたが、エステルの遊撃士に必須の捜査能力を見極める為に敢えて放置した。この分だと魔獣との珍騒動も、得意の隠密行動で全て観察されていたということか。

「お前は俺の試験官かよ? シェラ姐もいくら何でもヨシュアに権限を与え過ぎだぜ」

「あら、私の試験結果もエステルと一連託生だから、あなたが合格しないと準遊撃士の資格すら取れないわよ。だから、最後にちょっとだけ手を貸してあげたでしょう?」

「例によって少ない労力で美味しい所を掠め獲ったとしか思えないけどな。要領良いのは結構だが、そんな性根だからティオとエリッサ以外の同性に嫌われ……」

 ふと、ヨシュアの足元に転がる魔獣の姿が目に入る。奴らの様態が気になった。

「死んでいるのか、こいつら?」

 普段の可愛い子ぶりっ子に反して、戦闘時の冷徹さを承知しているエステルは恐る恐る尋ねたが、意外にも答えは否。依頼人に対象の魔獣か確認してもらう為、敢えて気絶させるだけに留めた。

「その後で、やっぱり殺さないと駄目か?」

「それを判断するのはエステル、あなたよ。試験はまだ続いているのだから。フランツさんが帰宅するまで時間はあるから、じっくり考えてみると良いわ。それよりも」

 倉庫に仕舞い込んだ立方体の荷物(※実は灯柱のスペア)を、ここに持ってくるように指示する。ギルドで魔獣退治の依頼書を吟味したヨシュアは、パーゼル農園の図面と睨めっこし、エステルが現場を直接確認して把握できた現象に机上で辿り着く。故に、修理加工などのオーブメント専門店『メルダース工房』の地下倉庫に放置されていた予備の灯柱を予めエステルに持たせた。

 尚、ヨシュアの合理的な思考フレームの演算結果によると、現実に灯柱が一本だけ破壊されている確率は50%。実際は単なる半丁博打だったそうだ。

「お前、もし予測が外れていたら、どう責任を取るつもりだったんだ?」

「エステルが骨折り損するだけで、他に害はないわよ。結果的にはあなたの頑張りは無駄にならなかったのだから、別に良いでしょう? おかげでエステルが魔獣の処遇でどういう選択をしたとしても、合格に必要なBPが稼げそうだしね」

 全く悪びれることなく工具の一覧を広げると、灯柱の修復作業を開始する。

 結局、今回の試験でのエステルの苦労も、最初から最後までヨシュアの掌の内だったということか。

 何となく釈然としない想いを抱えながらも、指図通りに灯柱のスペアを地面に埋め込む。ヨシュアが内部の導力器の試運転をしている間に、破れたフェンスの立替えも行う。力仕事はエステルが分担、特別な知識技巧が必要な作業はヨシュアが担当する。二人はお互いの短所を補い合った本当に良いコンビだ。

 

 農園が本来の隠匿効果を取り戻した頃には既に朝日が昇り、フランツも配達から帰宅。ヨシュアに眠らされたハンナとティオも起き出してきた。

 家屋にエステルとヨシュアの姿が見えないことを不審に思ったパーゼル一家が、「まさか、魔獣にやられたのでは」と戦々恐々しながら園内を探索すると。牧舎の裏側のフェンスの側で、ロープでグルグル巻きに縛られて「みゃあ、みゃあ」鳴いている三匹の魔獣と、二人で寄り添うように仲良く熟睡しているブライト家の兄妹を発見した。

 

        ◇        

 

「これで良かったのかな?」

「さあね。私なら始末していたけど、今更、あなたの選択にケチをつける気はないわ」

 正午過ぎ、パーゼル農園を後にしたエステルは、縋るような表情で審判を委ねたが、返答は素っ気ない。

 結局、エステルは魔獣を殺さなかった。「もう悪さはしないだろう」という、希望的観測から齎された甘い訴えを農場一家は受け入れてくれた上に、お人好しにも傷の手当てまでしてあげた。畑荒らしはいたく感服し涙を流して平伏していたが、死んだ振りまでする狡賢い魔獣なので腹の中は怪しいもの。

「根は悪い奴らじゃないと思うんだけどな」

「その根拠は何? ただ、見た目が可愛かったからでしょ?」

「それを言われると…………って、何だよ?」

 ヨシュアが上目遣いでエステルの顔をじっと見つめる。少女の琥珀色の瞳に、何時になく真摯な光が宿っているように感じられれ、柄にもなく緊張する。

「エステル、良い機会だから、覚えたおいた方が良い。本当に怖い何かが、大型魔獣のような判り易い恐ろしい外見をしているとは限らない。むしろ、一見、無害を装っている代物ほど実際は危険な場合がある」

「可愛い顔して、実は腹黒? それって、お前のことじゃないか?」

 言わなくても良い余計な一言で、不必要にヨシュアを怒らせてしまうのが、エステルの至らなさである。ましてや真剣な話の最中に入れるべき茶々ではない。

 得意の柔術で頭から投げ落とされるのを予見し、反射的に受け身の態勢を維持するが、いつまで待っても手をあげる気配はない。

「ふふっ、判っているじゃないの、エステル」

 自嘲するように見解を肯定したヨシュアは儚げに微笑む。物理的な報復を覚悟し身構えていたエステルは、却って拍子抜けした。

 

        ◇        

 

 全てが赤い満月の夜。

 野原に聳え立つ一匹の小さな怪物。

 爛々とした二つの真紅の魔眼。両の手に握られた凶器から滴り落ちる真っ赤な血。

 足元を埋めつくす、人、ひと、ヒト。

 夥しい数の死体が転がっており、本来、緑の草原は血で赤く染まり、まるで赤い海のよう。

 死体の山の中に、喉を引き裂かれた、虫の息の生者が混じっている。

 けど、もうすぐ死ぬ。死んで死体の仲間入り。

 生者は、自分の背丈の半分ほどの、小柄な怪物を見上げる。

 その瞳は恐怖と嫌悪感に満ちている。

「ば……け……も……の…………め……」

 震える唇で、声にならない呪詛を投げ掛けて、生者は事切れる。

 今度こそ本当に死体の仲間入り。

 己以外に生ある者のいない、死の世界で怪物は考える。

 あの男は最期に、私のことを化け物と呼んだ。

 なら、私は怪物ではなく、化け物なのだろう。

 第三者から見れば、実にどうでも良いことを怪物は考える。

 私は化け物、生者に死を司る者。

 怪物は空を見上げる。

 全てが赤いこの死の世界で、月だけが、やっぱり赤い。

 

        ◇        

 

 紆余曲折あったが、『パーゼル農園の魔獣退治』のクエストは無事完了した。

 後日、エステルとヨシュアが無事に合格した旨が試験官のシェラザードから伝えられ、二人は正式にリベール王国所属の見習いたる準遊撃士(ブレイサー )の資格を取得した。 

 


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