星の在り処   作:KEBIN

31 / 138
マーシア孤児院放火事件(前編)

「はい、お爺さん。整備工具48点セットと、差し入れのアゼリア・ロゼに、ツマミの辛口アンチョビです。あと、マリノア特産物を私なりにアレンジしてお弁当を作ってみたので、良かったら」

「ほーう、気が利くな、娘さんや。よーし、ワシが昔使っていた、闘魂ハチマキをお前さんに授けよう」

「わーい、有り難う、フォクトおじいちゃん、大好き」

「あのー、やたら重い工具がたくさん詰まった鞄をここまで運んで、灯台に巣くっていた魔獣を掃討したのは俺なんだけど、俺には何にもなしっすか?」

 

        ◇        

 

「そーれと、釣れた、釣れた。こいつがハーグさんの探していた鍵で間違いないかな?」

「相変わらず、惚れ惚れするようなフィッシング技術ね、エステル。簡単な依頼だったけど、これで、『倉庫の鍵』クエストも……!」

「よーし、捲くれた、捲くれたって、やっぱり見えないのかよ。本当に一体どういうカラクリに……ぐげえ!」

「どこに釣針を引っ掛けているのかしら、エステル? 生命はいらないみたいね」(クラフト『朧』にて即死効果発動)

 

        ◇        

 

「やったよ、ついに見つけたよ。これこそが、大海賊シルマーの宝の地図の在り処を示した地図だったんだよ」

「宝の地図の地図って、一体何のジョークだよ?」

「まるで、マトリョーシカ人形みたいね」

「これも君たちのお陰だよ。お礼のミラが心もとなかったんで、一緒に見つかったこのスカルダガーは、君らに贈呈するよ。それじゃ、アデュー」

「行っちまったよ。ジミーの奴、本気で次の宝探しを始めるつもりだな。ヨシュア、髑髏装飾の薄気味悪い双剣だけど、お前が使うか?」

「うんしょ、うんしょ。こんな重たい武器は、私の腕力では自由に振り回せないわ。マニア受けしそうな造形だし、オークションにでも出品してみましょう、エステル」

「重すぎるって、お前、少しは身体鍛えた方が良いと思うぞ」(スカルダガーをお手玉中)

 

        ◇        

 

「はーい、魔獣さん。こちらへいらっしゃい」

「物の見事にボス格の大蛙(ジャバ )以外の取り巻きの魔獣が、ヨシュアに惹きつけられていったな。ということは、このジャバはメスなのか? 俺、これでも一応フェミニストのつもりなんだけどな」

 

「ふーう、手配魔獣の討伐完了。女に手をあげたみたいでスッキリしないが、人を襲う魔獣は見過ごせないし、ブレイサーとしてその当りの峻別はきっちりつけないとな。どうやらあっちも終わったようだ」(『漆黒の牙』発動による魔獣全滅を確認)

 

「こんなに早くCPが溜まるって、闘魂ハチマキって便利だな。俺にも貸してくれよ、ヨシュア」

「駄目よ、エステル。これは私が貰ったものだし、私が装備可能な軽量のアクセサリは限られているのを知っているでしょう? だから、替わりにSクラフトが撃ち放題になる大皿料理を食べさてあげる」

「マジかよ? いだたきまーすって、ぐわああああ。身体が痺れて、目眩が…………けど、何故だが身体の芯から熱くなって…………いく」

「凄い、本当にCPが限界値まで溜まっている。地獄極楽鍋って大した代物ね。私は絶対に食さないけど」

 

        ◇        

 

「迷惑な旅行者、またあのバカ公爵かよ? ヨシュアは、他の旅行者の陳情に捕まっているし、俺がやるしかないのか?」

「うむ、其方はいつぞやの遊撃士見習いではないか? クエストを用立てるとは申したが、今現在困ったことは……」

「困らせているのはアンタじゃなくて(そうだ)。実はエア=レッテンに身を投げた女の幽霊が出没すると依頼を受けたので、退治しにきたんすよ。閣下は危険だから、退避した方が」

「はっはっは、この科学万能の時代に幽霊など。ひっ、フィリップ。お前、今、私の肩を触ったか?」

「いえ、わたしくは何も」

「そんな筈はない。ひっ、ひええ。今度は左肩が濡れて?」

「閣下、それこそが女の幽霊にございます。俺の眼にも、ハッキリと見えます。ほら、水に滴った長い黒髪を靡かせて、閣下の肩に乗っかって」

「ひょえええ……。こんな所にいられるかー。戻るぞ、フィリップ」

「有り難うございました、お二人とも」

 

「咄嗟のアドリブにしては冴えていたわね、エステル」(ぽった、ぽった)

「お前もナイスアシストだったな、ヨシュア。けど、本当に滝に飛び込んでずぶ濡れになるとは凄い役者根性だけど、公爵以外の観光客も皆逃げちまって、これでクエスト成功と言えるのか?」

 

        ◇        

 

「えっと、次のヒントは、『赤と黒とが繰り広げる果てなき演舞』。なんじゃこりゃ? もしかして、市長秘書の縞パンのことか?」

「どうすれば、そういう発想に辿り着くのやら……。本当に、四大欲求(戦闘欲、食欲、睡眠欲、性欲)だけで生きているのね、エステルは」

「今度のヒントは、『陸の港で身を休める1つ目の獅子』? ライオンはリベールにいないし、何よりも俺たちと同じ二つ目だぞ」

「いい加減、このクエストのルールを把握したらどうなの、エステル。早朝から始めたのに、本当に日が暮れてしまうわよ」

 

「やっと、燭台に辿り着けたか。マジに日没までかかるとは、本当にしんどいクエストだったぜ」

「ひーひー、それは、こっちの台詞よ、エステル。こんな幼児レベルのナゾナゾに、ルーアン市を何十週する羽目になったのよ?」

(なら、最初からヨシュア一人でやれば、三十分も掛からないだろうに、わざわざ俺のペースに付き合うとか妙に律儀な所があるよな、こいつは)

 

「ありがとうございます、お二人のご活躍で貴重な燭台を取り返すことが……って、なんですの、エステルさん、わたくしの顔をじっとお見つめになって。(まさか、わたくしに一目惚れ)……って、きゃあー!」

「うーん、やっぱり縞パンは白と水色で、赤と黒じゃないか……」

「結局、最後までこういう落ち? それにしても、こういうしょーもない悪戯が大好きな困った変態を私は良く知っている筈なのに、どうしても思い出せないわね」

 

        ◇        

 

「いやー、本当に素晴らしいよ、二人とも」

 エステルとヨシュアがルーアン支部に所属を移してから十日程が経過。掲示板からはみ出んばかりに溜まっていたクエストは軒並み解決した。

 その中には、本来なら見習いには回ってこない高額クエストもいくつか混じっている。この短期間でロレントとボースで稼いだ累計分の倍近いBP(ブレイサーズポイント)を荒稼ぎした二人は、準遊撃士クラスをワンランクアップで六級に昇級。『石化の刃』クオーツを褒美として賜った。

「この調子なら、今回も一月前後で推薦状に届くんじゃないかな?」

 一般市民から滞ったクエストの陳情を受けていたジャンは、二人の予想外の活躍ぶりに大層機嫌良い。近い将来の巣立ちの時を約束してくれたが、「僕としては何時までも君たちにルーアンに留まって欲しいけどね」との意味深な目つきに、二人はゾクリと背筋を震わせる。

 まさか、この人の良さそうな青年に限って、前受付のような職権濫用に手を染めるなど考えたくもないが。

「しかし、まあ、ヨシュア。面倒臭がりのお前が、今回は随分と頑張ったよな?」

 エステルはそう感心し、目の下に隈を作って眠そうな義妹の頭をナデナデする。

「明日には正遊撃士の人たちがボースから帰参するし、私はチャンスは逃さない主義よ、エステル。けど、これで改めて、見習いのシステムの問題点が浮き彫りになったわね。アネラスさんには悪いけど、一つの支部に半年以上も留まるのは単なる時間の浪費でしかないわ」

 推薦状への近道は、いかに所属した地方の正遊撃士のお目通りを良くし、割りの良いクエストのお零れを頂戴できるかといっても過言ではない。

 遊撃士協会(ギルド)もまた企業や軍隊と同じ縦社会構造。いかに才覚に恵まれていても、愛想がなく上役の覚えが悪い人間が出世を早められる道理はない。

 実際、エジル達がボースに長期間逗留していたのは、骨休めと同時に兄妹が働きやすいよう配慮してくれた無言の気遣いだ。嫌がらせを受けたボース初期とは全くの逆転現象で、どんな職場でも本当に人間関係というのは大切だ。

 ヨシュアとしては、ますますエジルに頭が上がらなくなる。彼らの好意を無駄にしない為、貢ぎ物の甘い蜜を啜る女王蜂体質を一時的に冬眠させて、瞬間風速的に働き蜂に転職したが、本来の生きざまを曲げるのは色々と無理が祟った模様。半死半生のゾンビのような面構えでギルドに顔をだしており、白面の美貌が台無し。

「流石に今日一日は寝て過ごしたいわね。残っているのは極小クエストが三つだけだし問題ないわよね、エステル?」

「ああっ、ゆっくり休めや、ヨシュア。残りは俺か一人で片付けておいてやるからよ」

 貧乏性な上に精神的活力に恵まれたエステルは、正遊撃士が里帰りする前に全てのクエストを平らげる腹だ。

 「これが若さという奴かしら」とエステルと同い年でありながら、妙に婆臭い発言をしたヨシュアが大きな欠伸を噛み殺しながら、階段を登って二階の仮眠室へ向かおうとしたが、電話を受け取ったジャンに呼び止められる。

「すまない、二人とも。大変な事態が発生した。白の木蓮亭から連絡があって、昨夜マーシア孤児院が火事で焼け落ちたそうだ」

 ジャンからの悲痛な報告にエステルは仰天し、ヨシュアも一気に眠気を覚まして覚醒。目の下の隈が消えて、土色の肌が本来の白雪のような透明度を取り戻した。

 疲れているのは事実だろうが、死にそうな形相をしていたのはエステルの同情を誘う猿芝居のようで、肌の色を意図的に変質させたスキルは東方武術における『気功』をヨシュア流にアレンジした七十七の特技の一つ。

「マジかよ。それで、ジャンさん、テレサ院長やクラム達は」

「それは大丈夫だ、全員マノリアの宿屋で保護されて、生命に別状はない。けど、事件か事故かは不明だけど、ギルドとしては放っておけないし、調べに行って欲しいんだ」

 孤児院の懐事情を鑑みると、この件をクエスト扱い出来るかは微妙だけどと只働きを心配したジャンは心苦しそうに呟いたが、その危惧は今更エステルには不要。

 マーシア孤児院とは旧知の中だし、地域の平和と民間人の安全を守るのが遊撃士の本懐。その両方が脅かされているとあって、黙っていられよう筈がない。

 ただ、緊急の調査が必要な今回のクエストでは、可能ならヨシュアの知恵を借りたいが、ついさっき休暇を確約してしまった手前、撤回し辛い。

 特にルーアンのクエストでは、エステルの武者修行で頭を使う業務を彼が担当するよう計らってくれた。結果、彼女一人の方が短時間で解決できる案件に無意味に長時間つき合わせ、華奢な義妹の体力を削ってしまい無理強い出来なかった。

「そんなわけだ、ヨシュア。ちょっくら、マーシア孤児院まで」

「私も物事の優先順位くらい弁えているつもりよ。行きましょう、エステル」

 エステルはお供を諦観したが、自然に同行を申し出る。これまたロレントにいた頃の女王様気質からは信じられない変貌振り。彼女なりにボースでの体験で、遊撃士の心構えに対して思うところがあり、内面的に成長しているのはエステル一人に限った話ではなさそうだ。

「サンキュー、ヨシュア」

 望外の頼もしい助っ人参戦に、エステルはヨシュアの頭を一撫ですると、ギルドから飛び出していく。疾風のように消え去った兄妹を、ジャンは眩しそうに見つめる。

「いやー、これが本当の若さという奴かな。もしかしたら、あの二人が、カシウスさんの持つ最短遊撃士昇格記録(175日)を、八年振りに塗り替えるのかもしれないな」

 そうなれば、最年少昇格記録も同時に更新することになる。手放すには惜しい逸材だけど、来るべき時が来たら彼等の躍進を妨げないように推薦状を手渡そうと、前任者の轍を踏まないよう己の心に誓う。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。