星の在り処   作:KEBIN

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祭のあと(ボース編エピローグ)

「以上が、『定期船失踪事件』のクエストの顛末です」

 ギルドのボース支部。受付のルグランとメイベル市長を交えて、ヨシュアが報告書を提出する。アネラスは名誉の負傷で入院中だが、それ以外のクエストに参加した遊撃士が集結し、一階はやや手狭な状態だ。

「ふ~む、まさか、最後の段階で王国軍が介入してくるとはのぉ」

「よく兵士を犬に譬えたりするけど、あれじゃ軍用犬じゃなくて、単なるハイエナだぜ。こっちは怪我人まで出したのに、ナイアルの野郎、シカトしやがって」

 エステルが愚痴を零すのも無理はない。王国軍が登場した地点で、人質の救出と空賊の武装解除はブレイサーズの手によって、ほぼ成し遂げられていた。なのに、メディアは全て軍の手柄と報じている。

 エステルほど口は悪くないが、エジルら正遊撃士の軍とマスコミへの不信感も似たようなものだが、オブザーバーとして参戦した自分たちの立場を慮って、敢えて無言を貫いた。

「口を慎みなさい、エステル。どのみち乗客や空賊の移送をするのに、軍の手を借りる必要があったのは確かなのよ。地域の平和と民間人の安全というブレイサーの理念を達成できたということで割り切りましょう」

「その通りですわ、ヨシュアさん。リベール通信のような蒙昧なマスメディアが何をほざこうとも、わたくしは真実を承諾しています。ですから、自分たちの仕事に誇りを持ってよろしいのですよ、エステルさん」

 何かナイアル達との間で揉め事でも起こしたのか。メイベル市長らしからぬ刺々しい物言いが少し引っ掛かったが、そう気遣ってもらってエステルの気が楽になる。

「人質が全員無事に解放されたのは、紛れもなく遊撃士協会(ギルド)の功績です。というわけで、約束通り報酬をお支払いします。リラ、例のものを」

「はい、お嬢様」

 メイドのリラが脇に大切そうに抱えていた封書から一枚の小紙を取り出して、メイベル市長に手渡す。さらにリレーのようにルグランのデスクに置かれた。

「なんじゃ、こりゃ?」

「為替手形よ、エステル。銀行に持っていけば、ここに記入されたミラに両替してくれる魔法の紙切れよ」

 帝国がリベールに持ち込んだ手形制度は、まだまだ一般層には浸透しておらず、エステルが知らなくても無理はない。ヨシュアは常のように勉強不足を咎めたりせず、子供向け番組のレベルにまで噛み砕いて補説する。

「お手数かけて申し訳ありませんが、現在ボース市はこれからの国際化社会に対応すべく、試験的に手形での商取引を義務づけておりますの。皆様のおかげで、ようやく定期便再開の目処がたちました。わたくしはその為の会議に参加しなくてはならないので、これで失礼します」

 「また、何かあればギルドを頼りにさせていだだきます」と明言してから退出する。

 メイベル市長からの信頼を勝ち得て個人的なパイプを繋ぐことが出来たのは、今後二人が遊撃士の活動する上で多額の報酬や推薦状の入手以上に意義のある成果かもしれない。

 

「ふ~ん、このペラペラの紙がミラに化けるのか? 何か武力侵略されるまでもなく、どんどん我が王国がエレボニアに侵食されているように感じるのは俺の気のせいか、ヨシュア?」

「多分、錯覚じゃないわよ、エステル。鉄血宰相と名高いオズボーン宰相は、経済戦争を仕掛けて周辺諸国をどんどん吸収しているみたいだから、リベールへの攻め方を変えたのでしょう」

 基本、武術と食事にしか関心のないエステルが珍しく経済に興味を示したので、この機とばかりに近隣の国際情勢を叩き込もうとしたが、手形に記入されたミラの額が目を掠め驚嘆する。

「成功報酬が五十万ミラとは、メイベル市長も随分と奮発したものね」

 基本5000ミラを超えれば高額クエストと認定される中、その百倍の報酬となれば、正規の遊撃士が目の色変えて仲違いするのも無理はない。

 彼らとて霞を食べて生活しているわけでなし。邪念に囚われたとしても、最終的には正道に立ち返った訳で、一時の気の迷いを咎める気にはなれなかった。

「まあ、カプア一家がリベール王家に要求した身代金は一億ミラじゃそうだし、これ以上流通が滞れば市の損害額も数千万ミラに達しただろうから、メイベル市長からすれば安い投資じゃろうて」

 またぞろ、準遊撃士の二人に隠していた機密をクエスト完了後に後出しされ、ヨシュアは憤慨する。

 五十万ミラは国や市の予算としては端金だが、一個人に支払われる褒賞額としては度を超えすぎている。

 七曜教会の御布施と同じく、遊撃士のクエストは非課税と国で定められている。ギルドの維持・運営費に最高率の30%を差し引かれたとしても、三十五万ミラも手元に残る計算になる。S級遊撃士のカシウスでさえも、このクラスの報酬を一括で支払われた事例は例のカルバート事件ぐらいだ。

「なあ、ヨシュア」

 エステルの澄んだ瞳を見たヨシュアは、ミラの魔物に心を奪われなかったことに軽く安堵しながらも、彼の思いを先読みする。

「エステル、あなたが主張したいことは判っているつもりよ。けど、正遊撃士の人達にもブレイサーとしてのプライドがあるわ」

 報酬の山分けを提案しようとしたエステルに、一端自らケジメをつけたエジル達がミラを受け取る筈がないとお節介に釘を刺す。

「けどさあ、今回の『定期船失踪事件』のクエストは、俺たちの力だけで解決したわけじゃないし。何よりこんな超高額クエストに巡り逢える機会なんてまずないだろ?」

「そうね、この平和なリベールでは、この先十年はありえないでしょうね」

 「エステルがロレントで羨望していた国家転覆を目論む軍事クーデターでも発生しない限りはね」と冗談めかして返したが、その時に妄想していたハイジャック事件が(うつつ)となったのは単なる偶然であろうか?

「なら、尚の事、このミラは受け取れないだろ?」

 理想と現実の狭間で苦しんできたエジル達正遊撃士の葛藤する姿を見るにつけ、奇麗事だけで生きていける甘い世界でないのはエステルも薄々察している。まだ若輩の自分たちが単一のクエストであっさりと大金を手にしたら、燃え尽き症候群を患いかねない。

「多額のミラがあれば助かるケースに、この先色々と巡り逢うと思うけどね」

 そう意味深な予言をしながら、エステルの頑迷さを承知しているヨシュアは、現実的な落とし所を思案する。

「ルグランお祖父ちゃん、こうしてはいかがでしょうか?」

 今回のクエストが今この場にいる遊撃士全員の功績なのは事実として、助手として参加した彼らは報酬を拒絶する。

 ならば報酬はギルドが預かることにし、調査費用や滞在費など今回のクエストに費やした実費を還元する形にすれば、正遊撃士の側も比較的抵抗なくミラを受け取れるのではないかと提言する。

「ふーむ。中には、今回のボース駐留に私財を注ぎ込んだ者もいるだろうし、そうしてもらえると助かるが、本当に良いのかい?」

「はい、領収書は残してないだろうから、申告額は各々のブレイサーとしての良心に任せるということで。それでも余ったミラは、準遊撃士の育成基金にでも充ててはどうでしょうか?」

 今までのように後継の遊撃士の裁量に任せる曖昧な方式でなく、育成や監督システムをマニュアル化し徹底させれば、窃盗目的の子悪党が紛れ込むのは難しくなる。

 そうして質が向上すれば、見習いに無意味な制限をかける必要もなく、さらにクエストを潤滑に遂行可能になると皮肉っぽく直訴する。意外と根に持つタイプのヨシュアにルグランは苦笑しながらも、この議案の稟議書を本部に提出する旨を約束した。

 

「で、何でお前がいの一番に並んでいるんだよ、ヨシュア?」

 早速、受付前で調査費用の申告が始まる。遊撃士が長蛇の列を作ったが、ヨシュアの提出した費用の明細に呆れる。

 ホテルの宿泊費は良いとして、何故か金持ちに貢がせたブランド品が調査経費に含まれていて、ご丁重に領収書まで添えてある。

「私達だって今回のクエストに関わったブレイサーの一員なのだから、調査費用を要求する権利はある筈よ、エステル。あと遊撃士(ブレイサー )の誇りにかけて、申告に偽りがないのを誓約するわ」

 「ドレス等のブランド品やエステ料金がどうクエストに関わるんだよ」とエステルは突っ込んだが、実際に調査に貢献している。その上でミラの出所はヨシュアの財布でないのが余計に性質が悪い。

 ヨシュアも今回の流れまで予見したわけではないが、将来何かの役に立つかもと貢ぎ元から領収書を回収し、手元にキープしておくあたり本当に抜け目がない。

「なるほど、君がカリンだったのか?」

 次に並んでいたエジルがヨシュアの背後から申告書を盗み見て、合法詐欺師は猫のように全身の鳥肌を逆立てさせる。

「今日までどうして忘れていたのか不思議だが、その明細を見てハッキリと思い出したよ。君がギルドに置き忘れた調査ファイルが、あまりに我々の成果と酷似していて、皆首を捻っていたんだ。カリンの衣装を再現した明細の一覧といい、物証を幾つも残したのは君にしては詰めが甘かったかな、ヨシュア君?」

 魔眼については本人でさえ把握していないブラックボックスだらけだが、強い精神力と何らかの切っ掛けがあれば、ヨシュアの支配を上回れるらしい。

 名探偵のぐうの音も出ない推理に、彼らを虚仮にした事実が露見。何と弁解していいのか判らず、断崖絶壁に身を投じる犯人役さながらに追い詰められ、ダラダラと脂汗をかくが、エジルは落ち着かせるように軽くヨシュアの肩を掴むと、他の者に公表する意思はないと告げた。

「君は見習いの立場で可能な最善を尽くしただけで、他人が咎めるような筋でもない。ましてや、正規の遊撃士が十六歳の小娘に鼻の下を伸ばして、クエストの機密を漏洩するなど洒落にならない失態だからな。君の正体が明るみになって、本当に立場が不味いのは、むしろ俺達の方さ」

「エジルさん」

「とはいえ、君のパートナーのあの少年の立場が少し羨ましいかな。もし次にカリンと会える機会があったら、デートを申し込むとするよ」

 「ただし今度はお酒抜きでね」とナイアルと似たような感想を抱きながら、理解力に溢れた大人の男性の貫祿を示したエジルに、ヨシュアは久しく忘れていた灰色の金髪(アッシュブロンド)の青年の凛々しかった姿を重ねた。

 

        ◇        

 

「随分と愉快そうだな、ヨシュア」

 怪しげな明細と領収書で、ちょっとばかり煮え湯を飲まされたルグラン爺さんを騙くらかし、三万ミラほど回収できたことにささやかながら溜飲を下げたのか。

ヨシュアは鼻唄を歌いながら、エレボニア銀行の自動支払機(ATM)の空になった口座にミラを補充する。

「勿論よ、エステル。やっぱり一文無しで旅を続けるのは不安だしね。けど、それだけじゃないの」

 キャッシュカードをスロットに差し込んで、有り金を機械に吸い込ませる。

「何ていうかさ、エステル。ブレイサーってとっても素敵ね」

「はあっ?」

 ほんのりとヨシュアの頬に、赤みが射している。

 遊撃士の旅を退屈凌ぎの手段ぐらいに軽く考えていたであろう義妹の突然の心変わりに、エステルは狐につままれたような顔をする。ヨシュアはルンルンと上機嫌でカードを懐に戻したが、残高を照会した途端、態度を硬化させる。

「どうした、ヨシュア?」

「エステル、私、博打に勝ったみたい」

 放心した表情のヨシュアが,残高証明書をプリントアウトしてエステルに手渡す。口座残高は103万ミラと記載されており、エステルは目の玉が飛び出るほど仰天した。

 グラン=シャリネに曰くする五十万ミラの元手で百万ミラの錬金に成功したのは、アンテローゼ・オーナーのメイベル市長ではなく、全財産をオリビエに寄贈したヨシュアというプチわらしべ長者の誕生だ。

「マジかよ。オリビエは本当に只の馬鹿じゃなかったのか? まさか正体は、お偲びでリベールを尋ねたエレボニアの王子とか言わないだろうな?」

「かも、しれないわね」

 普段はエステルの突飛な妄言を一笑に付すヨシュアもこの時ばかりはその可能性を真剣に検討するが、あまりに現実感を欠いたサスセスストーリーに思考が上手く纏まらない。

「けど、口座が復活したことを、喜んでばかりもいられないわね。ミラがきちんと振り込まれていたということは、当然、次に発生するリアクションは」

「ヨシュアくぅーん、どこにいるんだーい? 君を再びこの手に抱き締める為に、僕は幼馴染みに操を売り渡してきたよぉー」

 予測に違わぬハイテンション。しかも、相変わらずの斜め上の言動を携えてオリビエが突進してきたが、ヨシュアの5アージュ圏内に侵入した途端に暗示の効果によって姿をロスト。キョロキョロとあたりを見回す。

「流石にこんな大金を貢いでくれたのは、オリビエさんが初めてね。女冥利に尽きると言いたい所だけど本当何者なのかしら、この人? いずれにしても約束はちゃんと守らないとね」

 苦笑いしながら、左手の人指し指を親指で弾き、「ぱちっ」という音を鳴らすと、オリビエに刻まれた暗示が解かれる。

「おおっ、ヨシュア君。そこにいたのかい。君と会えないこの数日は、まるで僕にとって十年の幽閉に等しい魂の拷問だったよ。けど、もう僕たちの愛を遮るものは、この世界のどこにも存在しない。さあ、一緒にハネムーンに旅立とう」

 瞳をキラキラと輝かせ、得意の美辞麗句を並べ立てながらヨシュアに襲いかかってきたが、容赦なく得意の一本背負いで今度は頭から叩き落としてオリビエの意識を刈り取る。

 過程を省略しまくったオリビエのアプローチの仕方に問題が在り過ぎるとはいえ、どのみちヨシュアに触れることすら許可されないのなら、暗示による5アージュ禁止例が解除されてもさして意味はなく単なる払い損だ。

「どうやってミラを工面したか聞き出したいけど、どうせはぐらかされるのが関の山ね。行きましょう、エステル」

 形はどうあれ百万ミラも貢ぎながらも一顧だにされないオリビエの憐れさに今回ばかりはエステルも同情するが、頭の周囲にお星様を展開させたオリビエの気絶顔は何故かとても幸せそうだった。

 

        ◇        

 

「それではアネラス君の退院と、正遊撃士昇格を祝って乾杯」

 空賊事件が解決してから一週間が過ぎ。居酒屋キルシェを借り切った遊撃士一堂は、アネラスを主賓に添え飲み会を行う。エジルの音頭の元、各々はアルコール飲料の入ったグラスを合わせて祝福する。

「おめでとうございます、アネラスさん」

「ありがとうヨシュアちゃん。正直に本音を言えば、私としてはまだ戸惑いがあるんだけどね」

 一応未成年ということで、不本意にもラヴェンヌ村特産の絞りきりジュースで乾杯したヨシュアに思いの丈を告白する。

 『定期船失踪事件』のクエストでは、戦前の予測通り報酬だけでなくブレイサーズポイントの査定も大奮発される。エジル達正遊撃士は全員昇級してランクを一つ上積みし、中でも主役級の活躍をしたエステルとヨシュアの二人は、単一のクエストの功績のみでボースの推薦状を貰い受けた。

 退院してギルドに顔を出したアネラスは、ルグラン爺さんから手渡された正遊撃士へのパスポートとなる最後の推薦状を、「自分は最後で足を引っ張ったから」と受け取るのを躊躇った。

 だが、今回のクエストは、遊撃士全員が一致団結したからこそ成果を成し得た。そういう意味では外れを引いて出番のなかったクローネ峠の待機班も、ラスボスを仕留めたヨシュアにも単に役割分担の違いがあっただけで優劣の差はない。

「ましてや、アネラスさんは人質の救助に貢献しました。あの地点で、独楽舞踊を発動させて敵の手の内を暴いてくれなければ、油断していた私も巻き込まれてパーティーは全滅していたと思います」

 後衛の盾となって負傷するのは足手纒いでなく、立派に前衛の務めを果たした誇り高き武勲であり、その差がドルンとヨシュアの勝敗を分けたのだ。ヨシュアに熱心にそう諭されて、アネラスは自分の今の境遇を前向きに受け止められるようになった。

 赤の他人、それも同性の進退にここまで献身する義妹の姿をエステルは訝ったが、アネラスに感じた友誼と同等比率で、一種の代替行為が含まれていた。

「私は、私の言葉に救いを求めてくれた人間に、結局何も答えてあげられなかったから」

 自嘲するようにそう囁いた時の、深い悲しみに彩られた琥珀色の瞳はハーケン門の方角を向いている。多分そこに収監されたジョゼットやキールを憐憫しているのだろうなとエステルは察した。

 そのキールは逮捕前に意味深な発言をヨシュアに託している。ドルンの洗脳といい、事件は解決したものの、残された謎は深まるばかり。

 

「アネラス君、これは我々からのささやかな贈り物だが受け取って欲しい」

 話は現実へと戻る。エジルはアネラスの正遊撃士の祝いの品として、テディベアのぬいぐるみを取り出した。

「この黒曜石を嵌め込んだ円らな瞳。絹糸で縫い合わせたモコモコの毛並みが滑らかな肌触りを演出し、さらに内部に埋められた綿羊は、優れた抱き心地を保証する。ああっ、この娘は紛れもなく、私のローズマリー」

 可愛いものソムリエという遊撃士として不要のスキルを所持しているアネラスは、ショーケースに幽閉されたぬいぐるみの素材を一発で見当てる。

 アネラスはツーッと涎を垂らしながら、夢遊病患者のようにフラフラと手を伸ばし掛けたが、直ぐに首をブルブルと振り強靱な意志の力で煩悩を払いのける。

「駄目です。お気持ちは嬉しいのですか、私はローズマリーを自力で」

「アネラスさんはいらないそうなので、私が貰ってもいいですか? 実に魔改造のし甲斐のあるぬいぐるみなので、まずは、片目にドルンさんのような渋い縦傷を刻んで、その上で両手をドリルに改造……」

「わーあ、いただきます、いただきます。皆さん、本当にありがとうございました、一生の家宝にさせていただきます」

 ヨシュアの恫喝に、慌てふためいてテディベアのぬいぐるみをエジルの手から引ったくり、皆にぺこぺこと頭を下げる。

「ああっ、私のローズマリー、あなたはどうしてそんなに可愛いの? し・あ・わ・せ」

 あまりの至福の肌触りと抱き心地の良さに、抑えつけた煩悩を再び全快にし、そのまま昇天する。

「これもまた、無欲の勝利という奴かな、ヨシュア?」

「否定はしないわ」

 十一人による共同購入の上に、恐らくはクエスト枯渇現象への謝罪の意味もあったのだろうが、二万ミラもする海外の有名ブランド品を貢がせるあたり、アネラスは天然悪女の素質を秘めているやもしれなかった。

 

「盛り上がっているわね、アネラス、エステル」

「シェラ姐?」

 予想だにしなかった人物が、『貸し切り』の札がかかった居酒屋キルシェの門を開き、エステルは素っ頓狂な声を上げる。

「いやはや、もうルーアンに出発した後かと思ったけど助かったわね。ボース支部を尋ねたらルグラン爺さんから、ブレイサーは皆こっちに出向いていると伺ったけど、こりゃ良いタイミングだわ」

 お祭騒ぎに目がないシェラザードが、早速主賓のエステルとアネラスの合間に割り込んで図々しく酒を催促する。

「正遊撃士昇格おめでとう、アネラス。まだ若いから風当たりが強いのはしょうがないけど、あなたの実力からすれば遅すぎたくらいね」

「ありがとうございます、シェラ先輩。けど、ロレントにいる筈の先輩がどうしてボースに?」

「クエストで出張してきた風でもなさそうですし、何か私達に急用があって、再開した定期便を利用し駆けつけてきたという所かしら?」

 夢から現実への帰参を果たしたアネラスが疑問投げ掛ける。故意にシェラザードの挨拶から漏れたヨシュアが別段拗ねるでなく、会話から察せる用件を推測する。

「まーね、実は先生宛に、こんなものがあなた達の自宅に届いていたのよ」

 真っ黒い半球状の奇妙な物体を懐から取り出した。

「なんじゃ、こりゃ? 導力器(オーブメント )か何か?」

「のように、あたしにも見えるけど詳細は不明。スタインローゼの二十年ものを拝借……、いえ、たまたま、先生宅に寄った時に見つけたのよ」

 カシウスが隠し持っていた秘蔵のブランデー目当てで、ブライト邸に忍び込もうとした折、郵便受けの中に放置されていた小包を発見した。シェラザードの手癖の悪さは相変わらずだが、この場合はまさしく怪我の巧妙だ。

「知っての通り、先生はエレボニア帝国に長期出張中でしょ。けど、クエスト関連なら急務になるケースもありえるので、悪いとは思ったけど小包を開いたら、この奇妙な物体とこんなメモが出てきたわけよ」

 差出人は不明。何やら曰くあり気のブツと判断したシェラザードが、遊撃士らしい柔軟な対応で開封に踏み切った。

『例の集団が運んでいた品を確保したので保管をお願いする。機会を見て、R博士に解析を依頼して頂きたい K』

 これがメモの内容であり、エステルやヨシュアだけでなく、興味本位で覗き込んだエジル達も首を傾げる。

 

 ボースでのクエストを見事にやり遂げたエステルとヨシュアの二人だが、シェラザードが持ち込んだカシウス宛の謎の漆黒のオーブメントの存在が、二人をさらに未知なる冒険(クエスト)へと導くのであった。

 


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