星の在り処   作:KEBIN

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消えた飛行船の謎(Ⅶ)

「やあ、僕だよ。敬愛なる幼馴染みよ。今、どこにいるかって? ふふっ、野暮なことを聞くものじゃない。わかった、わかった。真面目にやるから、そんなに怖い声をださないでくれ」

 

「実は少しばかり困ったことがあってね。予め頼んでおいた工作費用が、ちょっとばかり増えそうなんだよ。そう、ほんの五十万ミラ程」

 

「いきなり大声を出さないでくれ、僕のデリケートな鼓膜が痛むじゃないか。今度は何をやらかしたのかって? いや、話せば累刊150冊を数えるグイン・サーガの大長編小説なみに長くなるのだが。急に興味を無くさないでくれたまえ。本当にツンデレだな、我が友は」

 

「やっぱり、部の活動費にそんな余裕はなしか。仕方がない、手持ちの国債を切り崩して構わないから、数日中にこの口座に百万ミラを送金しておいてくれ。まだ例の彼とも会えてないし、彼女達とカプア一家との決着も近そうなので、こんな所でドロップアウトする訳にはいかないからね」

 

「いや、本当に今回ばかりは反省しているって。新しい動きがあったら、また連絡するよ、親友。やれやれ、相変わらず融通の効かない男だ。そこが可愛くもあるのだが」

 

「それにしても暗示とか言っていたけど、あの力は何なんだ? 僕のように無断で何らかの古代遺産(アーティファクト)を所持しているのか、それとも七耀協会あたりの秘術なのか。まあ、所詮は門外漢だし詮索するだけ無駄か」

 

「ふっふっふっ。僕は心底、君のことが気に入ったみたいだよ。絶対に振り向かせてみせるからね、ヨシュア君。暗示が解けた暁には、是非とも感動の熱いベーゼを。って、あれ? 親愛なる友の声がする。もしかして、まだ繋がってたりして、全部聞かれてたりするのかい?」

 

「はっはっはっ。いやだなあ、この僕が美人局なんかに引っ掛かる訳がないだろう? ただ、五十万ミラのワインをただ飲みしたら、何故か借金が百万ミラに増えてしまって…………って聞いてるのかい、心の友よ? おーい、もしもし? お願いだから、切らないでおくれよ。もしもし? もしもーし?」

 

        ◇        

 

「王国軍の協力は仰げない。そうおっしゃったのですか、ヨシュアさん?」

 ギルド二階の応接室。ブライト兄妹はメイベル市長を交えて、空賊事件の今後の協議を始めたが。ヨシュアは軍に応援を頼むという以前の主張を180°反転させたので、エステルは訝しむ。

「これをご覧下さい、メイベル市長」

 ラヴェンダ村を尋ねる前にエステルに見せた、二百の情報を収録したファイルのNO.177を指し示す。

 そこには警備飛行艇の哨戒記録が書き記されている。カリンに酔い潰された遊撃士の一人が、軍の内部情報を非合法な手段で入手したものだ。

「これによると王国軍はこの二十日の間、四台の警備飛行艇を一日三回、時間と場所をランダムにして、ボース市の上空を哨戒させていたとあります。NO.054にあったリンデ号に搭載されていた荷物の総量と乗客、乗組員、総勢124人の人員から、昨日までに積み残されていた荷物の量を差し引いて、目算ですが敵の小型の飛行艇の積載量を計算すると、賊のアジトと例の谷間を最低でも七往復はしたことになります」

「演算オーブメントも使わずに、大した特技をお持ちですね。それにしても、合計すると十四回もですか。ヨシュアさん、その間、空賊艇が一度も軍の哨戒に引っ掛からないで済む確率はどの程度なのでしょか?」

「細かい計算式を省いて、結果だけを述べさせてもらうと約0.2%です。つまり五百回に一回あるかないかのパチスロの大当たり並みの数値ですね。エステル、これが意味する所は何だと思う?」

「えっと、俺?」

 いきなり質問を振られたエステルは焦ったが。

 1『カプア一家の奴ら、よっぽど悪運が強かったんだな』

 2『キールって勘が良いみたいだけど、まさかこれ程とは』

⇒3『軍の内部に、空賊のスパイがいるってことかよ?』

「正解よ、エステル」

 一瞬、2にしようか迷ったが、辛うじて3の選択肢をチョイスして、ブレイサーズ手帳にBPが+3される。エステルは安堵したが、それ以上に安心したのは実はヨシュアの方。メイベル市長の信頼を損ねずに済みそうだ。

 他にもキールの意味深な発言など、カプア一家が軍の動向を掴んでいることを匂わせる材料を幾つか提示して、メイベルを納得させる。現状で内通者を特定するのはまず不可能で、こんな疑心暗鬼の状態で、軍との協調体制など築けるわけがない。

 

「お話は良く判りました。けど、この先の調査には、どうしても飛行艇が必要になるのでしょう? 飛行制限が続いている今、わたくしの方でも簡単にはアシは用意できませんし、王国軍の警備飛行艇を頼れないとなると、どうやって空賊のアジトを特定するのでしょうか?」

 メイベルが当然の危惧をしたが、それに関してはヨシュアに腹案があるとのこと。ただ、その為のクリア条件がまだ満たされておらず、プランの詳細は秘匿されたが、市長の姉弟への信望は揺らがなかった。

「ふふっ、頼もしいですね。ボースの市長として、あらためてお二人に依頼します。『定期船失踪事件』のクエストを、正式にお受けしていただけますね?」

「はい、勿論」

「悪い市長さん、その依頼は受けられねえよ」

 当然のように了承しようとしたヨシュアの声量をエステルが上書きする。予期せぬ話しの流れに、この場の三人の女性は軽く喫驚する。

「エステル?」

 多少の苛立ちの感情と共にエステルの顔を覗き込む。

 あの手この手のお膳立てでようやくメイベル市長から正式な依頼を引き出す所まで漕ぎ着けたというのに、相変わらず彼女の兄弟は良い意味でも悪い意味でもヨシュアの予測の枠を超えた行動を選択してくれる。

 だが、エステルも一時の気紛れや気遅れで、クエストを拒絶した訳でない。いつになく真摯な表情で拙い想いを訴える。

「こんな自分の身を軽んじた発言をしたら、ヨシュアに引っ叩かれそうだけどさ。成否の担保が俺個人の進退で済むなら、俺は相当無茶をやれると思うんだ」

 その自信はマルガ鉱山で結晶を守った一件で裏付けられており、決してエステルの自惚れでないのをヨシュアは承知している。

「けど、今回のクエストには、百人以上の民間人の生命が俺たちブレイサーの双肩に掛かっている訳だろ? 失敗しても、俺の身一つで償えるような軽い案件じゃない」

 勇気と無謀の境界線は常に紙一重で、後先考えない捨て身の行動が称賛されるべきではない。意外にもエステル本人がその辺りの峻別を弁えていた。

 決して怖じ気づいたのではなく、依頼を正規の遊撃士に回して欲しいと頼む。経験豊富な正遊撃士の指揮下で自分らは助手として参加した方が、上手くいく確率が高いだろうと踏んだ。

 

「エステル、あなたは本当にそれで良いの?」

 琥珀色の瞳に微かな戸惑いを小波ただせて、ヨシュアは問いかける。

 質問はシンプルだが、その中には複数の意図が凝縮している。ロレントでのクエスト『市長邸の強盗事件』のケースのように、助手にはBPや報酬も要求する権利はない。それこそリベールでは十年に一度クラスの花と実の両方を得られる高難易度クエストの主権を逃がしてもいいのか再確認する。

(悪いな、ヨシュア。ファイルの作成には、色々と骨を折っただろうし、市長さんからここまで信用を得るのも、簡単じゃなかっただろうにな)

 彼方此方で脳筋扱いされているが、色恋沙汰を除けば実はそこまで愚鈍でもない。ヨシュアが会話の行間で主張したかった隠語は心得ていたし、恐らくはエステルの為に陰ながら尽力してくれたであろう内助の功に感謝しているが、今更迷いはない。

「ブレイサーにとって一番大事なのは、地域の平和と民間人の安全だろ? 推薦状を入手する活動は空賊事件が解決してボース市が平穏を取り戻してからじっくり取り組めばいいさ。だから市長さん、この依頼は」

「その必要はないよ、エステル・ブライト君」

 何者かがエステルの声を打ち消す。まるで木霊のように先の現象がトレースされる。反射的に後ろを振り返ると、そこにはヨシュアの犠牲者第一号の正遊撃士が控えていた。

 

「エジルさん」

 もしやナイアル経由でカリンの正体がばれたのではと肝を冷やしたが、エジルは二人の側を通りすぎると、深々とメイベルに頭を下げる。

「メイベル市長。あなたは軍よりもギルドを頼りにしてくれたのに、今回のクエストでその期待を裏切ってしまったのを、大変申し訳なく思っている」

 「今、一階で待機している同士達も皆、同じ気持ちだ」とつけ加える。階下にはボースに在中している正遊撃士が勢揃いし、エジルが一同を代表して謝罪に来たということか。

「頭をあげて下さい、エジルさん。本音を申し上げれば、些か失望を感じたのは事実ですが、わたくしにも責任はあります。ことをなあなあで済まさずに、こちらできちんと主体を定めておけば、自ずと違った結果が齎されただろうと反省しています」

 流石に若輩ながらも女傑と謳われたボース市長。社交辞令的に負の感情を包み隠すことなく、その上で自身の落ち度をきちんと認める度量も備えている。

「ですが、事件はまだ終わったわけではありません。今からでも遅くはありません。エステルさんが主張した通り、今度こそギルドが一丸となって、今回のクエストに当たってはもらえないでしょうか?」

 メイベルは真摯な瞳で頼んだが、エジルは申し訳なさそうに首を横に振る。

「その件なのですが、昨日同士達で話し合って結論が出ています。成果を示せなかったブレイサーのケジメとして、私たち十一人の正遊撃士はこのクエストから手を引く事にしました。ですから当初の約束通りに有力な手掛かりを発見したこの二人に正式に依頼されるようにお願いします」

 そう宣言したエジルは、市長と逆側のソファに座る準遊撃士の少年の顔を見つめる。

 情熱、友愛、勇気、希望、そして夢。若人の無垢な瞳の中には、エジルが失って久しい瑞々しい感情がまるで七耀石(セプチウム)の原石さながらに漲っていた。

 

「英雄の子もまた英雄か」

「えっ?」

「いや、何でもない」

 エジルはまるで世代交代の引き継ぎのように、軽くエステルの肩を叩くと、今度はヨシュアを視界に捕らえた。

「メイベル市長、彼に諭されるまでもなく、私達はブレイサーです。クエストや依頼とは無関係に困っている民間人を見捨てるような真似は絶対にしません。ヨシュア君、人質の救出に何か妙手があるみたいだが、我々でも手助け出来る雑務があればどんな些細なことでも遠慮なく相談して欲しい」

 メイベル市長が彼の言葉を取り違える前に、エジルは自分たちの真意を伝える。正規の遊撃士の彼らが準遊撃士である二人の助手の立場で報酬とは無関係に働くとこの場で誓約した。

 

(もしかしたら、焦っていたのはエステルでなく、私の方だったのかもしれないわね)

 ロレントのケースと同じく、打算のないエステルのひたむきな行動が、意図せず道を切り開いていく現状に感動すら覚える。

 エジル達にも数多のクエストを解決してきた正遊撃士としてのプライドがあるだろうに、鳶に油揚げを攫われた挙げ句、その傘下につくという苦渋の決断を下すのにいかほどの葛藤があったのだろうか。

 ここに来た地点では未だ心に迷いを抱えていたのであろうが、最後の一押しとなったのはエステルが掲げた『地域の平和と民間人の安全』という遊撃士の青臭いスローガンだったのは疑いない。エステルには父親とは異なった他者を導く英雄としての資質が眠っているのかもしれないが、そう断じるのは現地点では早計だ。

(いずれにしても、エステルのお陰で、欲していた最後の一ピースが揃いそうね)

「エジルさん、それではお言葉に甘えて、あなた達の力をお借りしたいのですが」

 ヨシュアは席をたつと、エジルの耳元でごにょごにょと何かを早口で告げる。

「そういう人物を探せばいいのか?」

「はい、それも出来る限り、早急に」

「判った、今日中に結果を出せるように努めよう。ところで、君とはどこかで会ったような気がするのだが」

「もしかすると、私たちは前世からの恋人同士だったりします? そうなら嬉しいですけど、ナンパの台詞としては古いですよ、エジルさん」

「いや、そんなつもりはないのだが、これで失礼する」

 エジルは慌てて階段を下っていくが、体よくあしらったヨシュアの方もタラリと冷や汗を流している。

 しばらくして二階の窓下を眺めると、聞き込み調査にテキパキとボース各地に散っていく様が映る。今まで各自バラバラに行動していた正遊撃士がはじめて一つの目標に向かって一致団結した姿だ。

 

        ◇        

 

 それから改めて、クエスト『定期船失踪事件』の引き継ぎを行った兄妹は、メイベル市長に事件の早期解決を約束しボース支部から引き取らせると、受付のルグラン爺さんに進捗を報告する。

「そうか、お前さんら二人が正式に受け継ぐことになったのか」

「はい、飛行艇を手に入れる算段は今話した通りで、人数が多すぎてもマズイのですが、私たち二人だけだと心許ないです。三~四人が適切だと思うので、例の頼みごとが終わったら正遊撃士の誰かに」

「ああっ、それだったら、是非とも加えて欲しい子が一人いるんじゃが」

 ルグラン爺さんは何とも訳ありな表情で、人員を推挙する。

 エステル達と同じ準遊撃士。既に四つの都市で成果を修め、このボースの推薦状を手に入れれば、めでたく正遊撃士に昇格できるとのこと。ただ、見習いの悲しさでクエスト枯渇現象に巻き込まれて燻っているので、この機会に活躍の場を与えて欲しいと哀願される。

「ちょっと性格が頼りないが、腕の方は正遊撃士と比べても遜色ないとワシが保証する。多分、ボースデバートの五階に張り付いていると思うので、声を掛けてくれんかの」

 この世界の生き字引たるルグランに頼まれたのでは、是非もない。性格云々のくだりが少し気になったが、実際、人手が欲しかったのも確かなので、二人はボースデバートを訪れることにした。

 

        ◇        

 

「そういや俺たちの他にも、もう一人見習いがいるって言っていたよな? まだ一度も顔を遭わせたことないけど、どんな人物だろう?」

「アレみたいよ、エステル」

 エスカレーターで五階のオモチャ売り場に辿り着いたヨシュアは、ショーケースに張り付いている栗色の髪の女性を指差す。

 戦士風の軽装の鎧を纏い、背中に年代物の古びた長剣を背負いながらも、頭部に巻かれた黄色いリボンと、キュートな童顔が実にアンバランスで何とも形容し辛い。

「ローズマリーが私を呼んでいる。駄目よ、私、お財布の中のミラは、もうとっくに底をついているのに。ああっ、愛しのローズマリー、その円らな瞳で、どこまで私を苦しめれば気がすむの?」

 ケースにべったりと両手の指紋をつけて、中に飾られたテディベアのぬいぐるみの名(※恐らくは彼女が勝手に命名した)を連呼する少女の姿にエステル達は何と声を掛けていいが判らずに困惑する。

 

 これが後に長いつき合いになる、準遊撃士アネラス・エルフィードとブライト兄妹との最初の邂逅だ。

 


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